「オレサマはモンスターなんだよ(15)」
『――――“盗賊をやめろ”、だと?』
『ええ、そうよ。お願いきいてくれないと、さっきのことリーリアに言っちゃうから! “カイルに押し倒された~!”……ってね!』
『ふむ……何故、お前がそのようなことをオレサマに願う?』
『え・・・そ、それはだって……イケないことだからでしょう? 盗賊なんて卑しいこと、やめなさいな!』
『ふんっ、正義感か? そうかそうか……感心したものだよ、アルフィース』
『あら、物分かりが良いじゃないの。よしよし、これで――』
『だが…………嫌だね。余計な世話だ、キサマは引っ込んでいろ』
『なっ・・・・・はぁぁぁ!?』
『先ほどのこと、アイツに言いたければ勝手に言え。そもそもアイツは解ってくれるはずだ……オレサマがキサマのようなちんちくりんなど相手にしないと、誰よりもアイツが理解しているからな』
『・・・・・・・・バぁぁぁぁぁあア!?!?!?』
『話は終わりだ、さっさとリーリアの所に行け。くれぐれもあいつの具合を乱すようなことは――』
『おいおい……おいッ!! 待ちなさい、ナニ逃げているのよ!? 誰がちんちくりんって――――あんた訂正しなさい!! あと、盗賊ももちろんやめなさい!! これは命令よ!!!』
『あ゛?? おい待て――“命令”、だと?? キサマが?? このオレサマに?? ・・・・・この際もう、キサマの無節度には言葉も無いが……嫌だと言ったら、嫌だ。盗賊はやめないぞ、このちんちくりん女が!!』
『まばっ、ばっ……!! ……!! ……!!!! ……ぐぉののののっ、意地っ張りの、我がまま鈍感ダメ皇子……ッ!!!』
『やめるものかよ、やめてどうする? 悔しいがな……アイツの命は今、薬の力でどうにか繋がれている。必要なのだ、金が……どうしようもなく……』
『――っ!? そ、それは……!!』
『なぁ、何か妙案があるか? 金を得る手段が他にあるのならば、進言してほしい。オレサマは現状、他に知らないのだからな……』
『え。・・・・・ま、薪割りという仕事があってね? それで確かパウロが――』
『それは知っている。週に7000PLだろう? それではまるで、足りん……』
『え、ええと……あとは、他には……ええと……あの…………』
『そうか――――代案が無いのなら、黙っていろ。さっきの願いは聞かなかったことにしてやるよ』
『うぅっ……。でも、盗賊をやめてくれないと……!』
『事情を解っていて、そのようなことは言わないな? 何せ、そうでなければキサマは……オレサマに向けて、“リーリアの命を諦めろ”とほざいたことになるからな』
『そ、そんな言い方……でも、だって……リーリアが泣いているもの。あなたの、ために……知らないの?』
『…………話は終わりだと言っただろう。食事は少し遅れる、それまで寝室で大人しく待つが良い』
『あっ……ちょっとまだ話しは――』
『――だが、オレサマ達のためにその涙を流してくれたこと。そのことには感謝しておこう……なぁ、セイデンのアルフィースよ』
『!? ――ッ、カイル…………カイル=ブローデンッ!!』
|オレらはモンスター!!|
「あなたは、あなたって人は――――ほんッッッと、分からず屋よ!!!」
「ひぇぇっ!? ご、ごめんなさい…………」
朽ちた宮殿に似つかわしくない、飾られた清浄なる寝室。ここで珍しく開閉可能な窓ではレースのカーテンが揺らいでいる。
「わ、私きっと何か……何か失礼をしてしまったのね。ごご、ごめんなさい……あのあの……うぅぅ……」
「・・・・・あれっ??」
小さな丸テーブルを挟んで座る2人の女性。
マスクを付けている全体的に希薄な印象の人がキョロキョロと、目線を床に向けて狼狽した。
それに対面している呆然とした様子の少女。部屋に流れる涼しい風によって長い黒髪が揺らぐ。前髪の1本がポカンと開いた口元にかかった。
「おっ――――オォッホホホホ!! いけませんわ私ったら、ついついぼ~っとしてしまいまして。それで私……何か言ってしまったかしら? だけどあなたは何も気にしなくってよろしくてよ?? そそ、それにしたって良い天気ですわねぇ。ほらすっごい風――ああ、気持ちイイ!!」
【少女アルフィース】は状況が掴めずにいる。しかし、自分の無意識な発言によって対面の人が困惑しているのだと、そのことは理解できてこれまた狼狽しているらしい。気品を装ってはいるが、繰り出される言葉の内容に統一性がない。
「え……と……あ、はい。そうです、ね? 良い天気で、はい……あの、怒ってない……の??」
「何がでして!? 私が怒るなど、そのようなことがありましてかしら?? このアルフィース、いつだって聡明に冷静でして、ましてやあなたを怒る理屈がどこにあるのかしらね???」
「え、だって……さっき分からず屋って大きく声を荒げて…………」
「・・・・・あらあら、いけないわ!! それってカイ――いいえ、“パウロ”!! そうっ、パウロ、あの男に対してのことでしてよ!? ……オッホホホ、ちょっと昨日の大層な無礼を思い出しましてね。ついつい口走ってしまったのよ…………ね??」
「パウロ?? ……あっ、それって昨日話していた……ええと、身体が大きくて野蛮だけど力強くて頑丈で……たまに頼りになるとかいうええと……付き人さん、でしたっけ??」
どうやら好き勝手に評していたらしい。パウロ少年の人物像は【希薄なリアンジェン】の中で“クマみたいな生物”に設定されつつあるようだ。
何やら会話が錯綜しているが……ともかく。清浄な寝室で時を待つ2人の女性。その時とはすなわち、『朝食』である。
どちらも大食いというわけでもないし、むしろ小食であるのだが……さすがに早朝も過ぎてしばらく経つ。特に活発性のある少女は空腹を気にして「鳴るんじゃないぞ」と心の中で念じた。
目の前にある高貴……とは少し違うか。ともかく気品を感じる女性に恥ずかしいところを1片でも見せたくないのであろう。
“ くきゅぅぅぅ~~~~るるる……きゅ。 ”
そしてその念は効果がなかったらしい。まぁ、解術士でもなんでもないので当然だ。
「・・・・・。」
「あっ。……あの…………」
「ええっ、何かしら!!? 今、そうね……ウサギかなにかいらしまして?? 鳴き声が聞こえたわね……まったく、どこに隠れてますのかしら???」
わざとらしく周囲を見渡して、ベッドの下などを指さすアルフィース。ウサギが居るとすれば音の発生位置からして、自身の腹の中ではなかろうか。
「ウサギが……そ、そうですね! でもあの…………呼びましょうか?」
気を遣いながら同調しつつ、リアンジェンはそっと、ベッド脇にある“小さな鐘”を手に取った。
「呼ぶって……な、何を??」
「ええと……その、カイルを……彼にも申し訳ないのだけど…………」
小さな鐘を手にして、リアンジェンはそれを鳴らそうかどうか迷っているらしい。
「かかか、カイル!? それを鳴らすと彼が来るの!? いいわ、いいわよ!! 呼ばなくっても……というか、どうして!?」
「え、だって……あっ、そうですそうです。私、お腹が空いたのでそろそろ朝食を持ってきてもらおうかと…………」
「うっ!? あなたが……そ、そう? どうしてもと言うのなら仕方ないけど……私はまだ平気だし、あんまり来てほしくはないけどね」
カイルを呼ぶ鐘を注視して表情をしかめるアルフィース。何気ない反応だが、そのことはリアンジェンの視線を下に落とさせた。
「…………彼のこと、アルちゃんは嫌いですか?」
「へぇぁ?? 彼って、カイルのこと? ・・・・・べ、別に?? いやそれは、あの不遜な態度は気に食わないけれども……まぁ、仕方のない人ね、って。そんな感じかしら?」
「あの……もしかして、ですけど……先ほど彼と何か…………ありましたか?」
「先ほどって――――ゲゲェッ!? い、いやいやいや!! ななないわです、何も!? いきなりどうしてですこと?!」
「ああ、やっぱり。声が聞こえたので……微かにですけど、彼の強い口調が聞こえて……その、アルちゃんの叫ぶ声も…………」
「・・・・・・。」
まぁ、聞こえるであろう。長い廊下の最中で発せられた叫びは宮殿のみでなく渓谷にまで響き渡るほどであった。内容まではともかく、超人的な聴力がなくとも「何かあった」くらいには察せられる。「何もなかった」と誤魔化すには無理があるというものだ。
少女アルフィースは先ほどの光景を思い起こして若干に顔を赤らめながら……小さく溜息を零して、ゆっくりと応える。
「――――心配しないで? ちょっとアイツが分からず屋だったから、声を荒げてしまったの。まったく、仕方のない人よね……本当に。いつもあんなに恐ろし気な顔をしているのに……あなたがやたらと彼を心配する理由も、今ならなんとなく解る気がするわ」
去り際に礼の言葉を送りつつ、背を向けた。そこに見えた彼の横顔……。
カイル=ブローデンのいつも見開かれている強い眼光はしかし、その時だけ。
まるで別の印象を少女に与えていた。
「……うん、でも……そうですか。きっと、昨日のことですよね? アルちゃん……頑張ってくれたのね…………」
リアンジェンは昨晩のことを思い起こしていた。そしてテーブルを挟んで対面に座る少女を見る。
この小柄な少女はなんと勇敢であろうか。昨日の今日でさっそく、行動をしてくれたのだと察することができた。そして彼女の反応からそれが良い結果を出さなかったことまでも理解できたが……結果より、その行動こそが何より心を暖めてくれる。
「べ、別に頑張ってなんか……でも、ごめんなさい。私、昨日あれだけ、きっと偉そうだったのに……なのに――」
「アルちゃん! いいの、いいのよ……私は本当に嬉しい。そして憧れるわ……あなたのように勇気ある、強い人に……」
「!? ・・・・・ピッ。ぃ、ぅ……そ、そそ、そうでして??」
「私なんか、とても弱いから…………あなたを見ていると、心地よく眩しく感じるの」
「・・・・・ま、まぁ? 眩しいのは当然でしてよ。だってこのアルフィースですもの。だから憧れるなんて、そんな……オホホっ、――――ンヌォォォオオオオッホホホホホ!! でもよろしくってよ、ええ、とっても!!!!!」
たまらず立ち上がって真っ赤な顔で高笑う。幸せの絶頂かのように少女アルフィースは愉悦の笑みでフニャフニャな表情をした。
「うふふ……それに、とっても可愛い。やっぱり私はアルちゃんのことが…………好き」
「・・・・・マ、うひ・・・ウォッホン! ウォオッホン、ンンッ!!! ……わ、私だってね、その……好きよ。リーリアのこと? あなたはとっても穏やかで、それこそ憧れちゃうくらい綺麗だし……」
咳払いしてもダメだ。表情からニヤケがとれず口元はヘラヘラとだらしない。危うく涎でも垂れそうなほどである。少女アルフィースはお淑やかさの見本みたいな女性からの賛辞を立て続けに受けて……もう、たまらなくなっている。
「そう……嬉しいわ、こんな私なのに……。お世辞でも、そう言ってもらえると、本当に…………」
「ハハハ・・・・・はぁ?? 世辞、ですって?? ……ちょっと、ちょっと。いい加減にしてくださいな!?」
「えっ!? あ、ごめんなさい……あれ、でもどうして怒って…………??」
いきなり一変した。キリッ、と勇ましい表情へと突然に変異した少女の様子。これに対して、リアンジェンは困惑を隠せない。
しかし怒るというか……少女が「ムッ!」とするのも当然である。
「あのね、リーリア。さっきもあなたは自分が弱いとか言っていたけど……そうやって自分を下げること、よしてくださいな。あなたはそれでいいかもしれないけどね、そのね……」
途中で言い淀み、少女の顔が再び紅潮していく。視線をサッと逸らして、彼女は口をすぼめた。
「す、好きな人からすると……あなたを好む人からするとね? それって腹立たしく思われるわよ。だって好きな子をね……こんなに綺麗で、穏やかな女性を悪く言われたら……たとえそれが本人だとしても、訂正させたくなるものよ??」
「・・・・・??」
「あのね……私だって、あなたが羨ましいわ!! お淑やかな女性らしいというか?? アイツじゃなくったって、私があなたを護りたくなるもの――――そして、だから納得できないのね!? アイツがあなたを護っているって、その気になって……それなのに泣かせていることが気に入らないのね、私ったら!!!」
カイルという男に対すると妙に強く当たりたくなる……。その理由みたいなものを自分の言葉から発見して、アルフィースは勝手に納得している。
怒られているのか褒められているのかよく解らない。コロコロと変化激しい少女を前にして、お淑やかなリアンジェンは困った表情を目元に浮かべている。
「そ、そんな……私なんか、カイルもよく言ってくれるけど……でも、それってどうしてなのかしら……?」
「・・・・・あんまり謙遜が過ぎると、それはそれで何か腹立たしくなるわ。そのくらいにしてくださいな?」
まぁ、そうだろう。美しい人間が自覚をもった上で「私って全然、美しくなんてないんですよ~?」と繰り返していたら「何を言ってほしいのだ?」と煩わしさを感じても仕方がない。それは人に賛美を強要しているようなものなのだから。感情を強要されることほど煩わしいものもない。
しかし、このリアンジェン……事情がそれとは異なる。
「だって……だって“骨人間”ですよ?? “不純物”でもあるし……今もやつれて、弱々しいし……実際、弱いし……だから、私にそんな資格なんてないのに…………どうして??」
背を丸めてか細い声が次第に一層小さくなっていく。言葉の端々にどうにも自信というものが感じられない。
確かにリアンジェンは細身だ。それは病を患っていることもあろうが……それにしても骨人間とは如何なものだろう?
「ほ、ほねにんげん?? 何よ、それ……あなたが? どういうことかしら。骨なんて人間なら、誰だってあるものでしょう??」
「え。あの…………子供の頃、そう呼ばれていたのです。確かに骨と皮だけみたいで……服だってまともじゃなかったし……」
「??? 骨と皮だけみたい???」
「あの……食べ物があんまりなくって、何とか生きてて……。呼ぶ理由もそんなになかっただろうけど……よく、ゴミ箱からどかす時に“邪魔だ骨人間”って……それがいつの間にか定着していたようです…………名前も無かったし」
「?? ――――り、リーリア?? さっきからどういうことなの……ちょっと私、まるで解らない……え、なんなの、その話?? 子供の頃って、あれ……んん??」
淡々と幼いころの経験を語っていくリアンジェン。記憶への恥じらいとか嫌悪感などはなく、ただ”辛かったなぁ”という、困ったような表情をしている。マスクを付けていて目元しか解らないが、若干懐かしんで微笑んでいるようでもある。
あまりに当たり前過ぎるのだろう。過去が当然のこと過ぎて、それが“異常”だと思う感性が無い。だから、真逆の経験者であろうアルフィースに事態をのみ込めるはずもない。
「あれ…………ご、ごめんなさい? あの……えと、私、子供の頃はアプルーザンの大水道近くに住んでいて……というか、住み着いていて? その、話です…………えっ??」
「??? ま、まって……つまり、何? あなたは子供の頃、食べ物もろくに食べられないで名前も無く下水道に住んでいて…………いや、それは何よ!? まったく解らない!!!」
「ええっ!? そ、それは…………誰も知らないです。私だって、そもそも最初に名前なんてあったのか……気が付いたら骨人間になっていたので解りません。…………あの、ご、ごめんなさい……」
「そんな謝られても……どうすればいいのよ。何なの、この気持ち? では、だったら……リアンジェンって、その名は??」
「ああ、それは私を保護してくれた? 人達がそのように呼び始めて……それです。その人達は私みたいなのを集めていて……他に生活する場所を探してくれました」
「はぁ…………ハァ! そう、そうなの……うん…………へぇ!!」
「私の場合はそこがお城だったのです。でも、こんな私がお城になんて…………場違い過ぎて、だから“不純物”って、当然の呼ばれ方なんです」
「??? …………? ……ん……??? …………えっ、と…………うん??」
「でも、お城だとご飯もあって、服もあって……人間になったなと、そう思えました。だけど……そうしたら今度はこの病でしょう? もう、本当に申し訳なくって……お仕事もまともにできない、その上カイル様の貴重なお時間まで奪って…………皇様に“本来死すべき”と言われても、それは当然なことで――」
「――――――ウゥッ!!!」
「それにしたって…………天と地の差でしょう? 本当に、どうしてカイル様は私なんかを……。呼び捨てないと怒って……これからずっと、対等にしようと……それほどまでに私を愛してくれている…………ねぇ、どうしてなの??」
リアンジェンは質問をしておきながら呆然と外の景色を眺めた。きっとその質問は目の前にある少女に対するものではないのだろう。
「リーリア……私、解らないわよ。でも、私……尚更……絶対……ッ!!」
目の前にある女性が経た過去に、耐えられなかった。アルフィースの頬にはいつしか流れ始めた雫が伝って止まらない。口元は喜びと真逆の感情に歪んでいる。
アルフィースには情景もなにも想像できたものではないが……それでも彼女の過去を想うと堪えられないものがあったのだろう。
「え…………アルちゃん? どうして……な、泣かないで? ご、ごごごめんなさい……あのっ、私やっぱりカイルを…………!」
「違うのぉ……空腹とか、そんなんど~~だっていいのぉ! リーリア……ああ! リーリアぁ……!!」
「えっ、えっ…………な、なに? あの、えっ…………ご、ごめんなさい。どうか、泣かないで? あの、どうすればいい――――――ノグガッッッ!!?!?」
「うぅぅ……リーリア、リーリア……だから謝らないでって、もぅ! あなたって人は本当に――――ん。リーリア???」
「カッ……ハッ! …………グ、エ……ア…………カッ、カッ…………!」
目を見開いている。青い瞳を力強く見開き、リアンジェンが胸元を押さえて机に伏す。
言葉を発することもできず……それどころか、呼吸すらままならず。
「なに、どうしたの!? ちょっと……リーリアってば!? これって、一体……」
「カヒュー、ヒュー、ヒュー……! ヒュ……………………ケヒッ、ヒュー…………!」
異常である。リーリアの突っ伏した身体は「ビクッビクッ」と不規則に、弾むように痙攣している。次第に傾き、ぐらりと……彼女の体は高級な絨毯の上に落ちた。
「ア……アル……ちゃ…………! ヒュ……ヒュ…………!」
「リーリアッ!!!」
慌てて椅子を蹴り倒し、倒れ込むように希薄な女性へと身を寄せるアルフィース。覗き込んだ表情にある瞳は無感情のように輝きなく、しかし少女の姿を“思い出を残す”かのように見つめている。
ソローミン型肺気障害――――それは突発的な発作により呼吸困難を引き起こす、常に死の危険が付きまとう難病である。
医学界としては完全な解決例が皆無であり、特に【帝都】及び【護都】付近における発症が目立つ。それに限らず帝国領内にて生ずる事例が多く、聖圏においては“無神の罰”などと、帝国の在り方そのものに対する「咎」の意味合いとして捉えられている。
アプルーザン地方は護都の一部であり、リアンジェンもそこの生まれらしい。
「リーリア……!! どうしたらいいの、これが病なの!? 私は、私ったら……どうしてお医者じゃないのかしら!?」
アルフィースはこれまでになく狼狽えた。急速に弱りゆく命の灯を前に、わけも解らずただ呆けてしまう――――――ような人ではない。
彼女はこの時こそ――彼女自身も息を乱しながら――“何とかするのよ!!”と、頭脳をフル回転させた。
そして数秒、考えに至ると同時にテーブル上へと手を伸ばす。
細腕にも力いっぱいに鳴らす。
我武者羅に、とにかく大きな音を出せと……少女が“鐘”を鳴らす。
そこまで全力にしなくともきっと“彼”には聞こえるのだが……。
いや、この場合は“彼ら”か。どちらも常人離れした聴力の持ち主である――――。
|オレらはモンスター!!|
――――時間は少し遡る。それは少女が「分からず屋!」だなどと叫び、希薄な女性を驚かせた時分である。
黒岩の宮殿からニュッと突き出ている監視塔。その屋上にて、黒の外套を纏った男が1人。呆然と空を見上げて寝そべっていた。
大広間から続く螺旋階段を上るとここに至る。広間の屋根からみても20数m、地上からは40m近くはあろう。
高所にある風はふきすさび、冷たく――長身の体を頭から撫でて過ぎた。
「…………このオレサマに対してよくも偉そうにしたものだ。何様なのだ、アイツは?」
脚を組んで腕を枕に……やはりふてぶてしい様で寝転がる長身の青年。寝転がる【カイル=ブローデン】は自身の胸元にある金で作られた鎖を指先で弄っている。
癖なのであろう。どうやら彼にとって「高い場所と黄金の存在」は心を安らがせる癒しの効果があるらしい。
「…………本当に、余計な世話だ。あの女、最初こそわりと可憐気なのかと思ったが――とんでもない。図々しいことこの上なく、まるで自分を全てに秀でているかのような自尊心を隠そうともしない。……いや、そういった部分にすら気が付いていないのではないか? いずれにせよ、偉そうに言えるものかよ、まったく……」
他に誰もいないのに何か言っている。つまりは独り言だが……この男はやたらとそれが多い。
自己解決しようとする思いが強いのか、他者の存在をあまり意識していないのか……そのいずれでもあろうか。
「…………泣いているだと? それはキサマがとんだ粗相で場を乱したからだ。それでむせ込んだから……それが悪いのだよ。どうしてリーリアがオレサマのせいで……泣くものか!」
先まで透き通りそうな空。流れる雲のように形定まらない幻想が、2人の女性を交互として虚空に描く。感情が見せる再現映像にカイルは眉間を険しくしたり、弱々しく目を細めたりしている。
強く言い放たれなくとも、わざわざ他人に言われずとも――。
誰より互いを理解しているからこそ、当たり前に解ることだからこそ……改めて指摘されたことが悔しいような、腹立たしいような……。
「…………だから、余計なのだよ。快く思っていないことなど、知っている。……だが、ならばどうする? オレサマにアイツの手を握って、静かにその命が尽きる時を眺めていろと? 最後に穏やかな時を過ごして、アイツを美しい思い出にでもしろと??」
「グッ」と、鎖を握る手に力が入る。軽く力んだものだが、それで金の鎖は潰れてしまった。しかしそれを気にする素振りも見せず……今はそのことに気が付けない程、思考に余裕がない。
リアンジェンと話すことこそ本来、カイルにとって最高に至福な時間である。しかし、ここのところはどうにも彼女と話した後に独り、この監視塔の屋上で過ごすことが多くなった。
その度に自分の奥底から湧く感情との対話に気を取られている。だが、今日は特に意識のほとんどが集中するほど……心の声が煩わしく感じられる。
「…………馬鹿げているよ。そうなるくらいならオレサマは……オレサマが代わりに……それでも構わない。だが、代われない……代わってやれない。これほどの想いがありながら、アイツに本当の意味で手を差し伸べてやれない。ならば……ならばせめてオレサマは……このオレサマの誇りや生き様などッ、捻じれて切れても――――悪くはない!!!」
「・・・・んだか?? 悪ぐねって……“誇り”さおめさにとって大事らろ~に。それさ変になったら……いや、よっぐ解らんけどに? なぁんか、おめさらしくねぇって、オラそう思うんらけろ? おめさそういう男さ……違うんけ??」
「誇りか……ああ、そうだとも。このオレサマは生まれながらに崇高だ。しかしな…………フンッ! 昨日今日会ったばかりの男が何を言う? キサマにオレサマの何がわかッ――――――ドワァ!?!?」
カイルは本能的に立ち上がり、身を屈めて彼本来の戦闘態勢をとった。危うく先手をとろうと片手を地に着いた時点で・・・ガクッと、力が抜ける。
「なにさ、いきなしそんな構えてっからに……いぁ、たすかにオラ昨日会ったばっかだかんね? おめさのことよっぐは解らんよ? んでもなぁ……ああして喧嘩してみっとよ。おめさはなんかそんな、軽く誇りさ捨てられる男とは……むしろまだ誇りに満ちているようなよ……らっけ、スッキリしないんだわ??」
「き、キサマ・・・・・ええいっ、ゴチャゴチャといきなりなんだぁ!? キサマ、“パウロ=スローデン”!! どうしてここにキサマが在るのだ!? それが嫌だぞ、オレサマは!!!」
この屋上にはついさっきまで男が1人だった。しかし、今はもう1人……【パウロ少年】がいつの間にか存在している。
パウロは宮殿内を駆け回る中で途中から嗅覚に重きを置いて探索を行った。そうして僅かな痕跡を辿り、強まる痕跡に惹かれて螺旋の階段を上り……そうしてたった今、ここに至ったのである。
ここでいう“痕跡”とはつまり。カイルが普段からつけている香水の残り香であって特に強いものではないが……。戦いの中で接近したことで否応なしに覚えたものである。「男なのに女みてーな匂いすんな?」と意外だったので尚更だった。
「嫌って……ここは立ち入り禁止なんか? んだったらすまんす。いんやぁ~、ちぃっとおめぇに話さあったっけよ! ハハハ、あっちで待っとけばよかったかにぃ?」
「いや、別に……立ち入り禁止などではない。ま、高所で柵すらないから普通の者は来るべきではないが…………ともかく、そういう話ではない!!!」
確かに危ない場所だ。広さとして直径15mはありそうな円形の屋上だが、囲いらしきものがまるでない。いわば単なる平らな屋根でしかないので、ここで暴れようものなら危険である。風も強く、絶対に子供などは連れ込めないであろう。
「な、なんだそんなに怒って……。悪りかったっぺよぉ~~、んじゃオラすぐに戻るっけさ。それじゃぁ、お邪魔すますた……面目にぃね…………」
「・・・・・マテ。来てしまったのだから、もうよい。何か話があると言っていたな? 申してみよ」
大柄な背中を丸めてスゴスゴと引き下がろうとする姿。情けない様相の獣を見るような、そんな哀愁を感じてカイルは少年を引き留めた。
悪いことをしてしまったと、また知らない内に迷惑かけちまったと、そういう思いがある少年は引き留められても表情が情けない。
「そ、そっかぁ? んだば話ささしてもらっけど…………あんな? 昨日の続きなんらけろ――」
「そんな顔をしているなよ。別にもう、気にしていないから……。それで、話しとは一体なに――――アっ、まさか!?」
「ほれ、昨日話したわ? おめさが盗賊ぅ――」
「またかよ!?!! ガァァァ……ッ、お前らというものは揃いもそろって……!!!」
思い悩んでいた直後にこれである。頭に血が上ったカイルは拳を床に叩き落とした。岩の屋根に十字の亀裂が生じる。
「いやぁ、やっぱすね? オラは納得できねぇんだ。さっきも言ったけんど、おめさはやっぱす、本当は違うっちゅーかに? 言い切ると悪いかもしれんけど……誇りさ大事にしてて、もっと偉そうなくらいだと思うんよ? それが盗賊だなんてよ……。きっとおめさも納得なんてしてねーんらろってさ。いくら事情はあるって、それはそうだとしてもよ? きっとおめさはこんなん言われっと、まぁた気を悪くすると思うけど――」
「解っているなら黙っていろよ! どうしたってキサマらはそう、オレサマ達に不必要なほど踏み入ろうとするのだ? 放っておけよ!! …………一応、オレサマはな。キサマらを手厚く持て成しているつもりだよ。このオレサマが、この宮殿にて、他人を世話してやっているのだ。身に余る光栄に感謝して、大人しく過ごせばよかろう? それが節度分別というものではないか!!??」
「やっぱす、言っても解んねーか。ほんに、おめぇってヤツはよぉ……」
「解らんのはキサマ達だ。もういい。もう、いいから……そうっとしておいてくれよ。頼むよ……」
若干の憔悴であろうか。1日の始まり、朝っぱらから立て続けに激怒させられて、さすがにカイルは疲弊しているらしい。
「なんだってそう、世話を焼こうとする? オレサマは誰の助力も必要ない。この力でアイツを――リーリアを、護っていたいんだ……」
カイルは「ドカッ」と座り込んで胡坐の姿勢で項垂れてしまった。
「……そっか。自分の力で大切な人を護りたい、か……」
パウロもまた、座る。同じく胡坐の姿勢で腰を降ろす。
渓谷の朝日が眩しい。黒練岩に混じる砂の粒子が反射して、黄金のきらめきがチラチラと、監視塔の黒い屋上に瞬いている。
早朝の霧が晴れた渓谷は水気を帯びており、異常な視野に広がる森の緑は輝かしい。異常な聴覚には風に紛れて、山肌に流れる滝の音が聞こえてくる。
男2人、並んで座る背中。胡坐の姿勢から、背後に影が伸びている。
「……なぁ、カイル??」
「……なんだ。もう放っておけと言ったであろう」
「違うんて。さっきの話は置いておいてな? ちぃっと聞くくらい、いいらろ?」
「ム、質問だと? ……まぁ、よい。腹立たしい内容でなければ、答えてやる」
「おぉ! あの……腹立たしかったらすまんな??」
「・・・・・なんだよ、その切り出し方。答える気が失せるぞ」
「いやぁ、あんな? おめさはよ、リーリアって子が大切だって……そう言うわな?」
「そうだ。何より、オレサマはアイツが大切だ……それがどうした?」
「んとな、その…………あんな??」
「なんだよ、歯切れが悪いな。キサマの女々しい姿など好かん!」
「えっと…………なんて言えばいいんかな? あの……その子を、その女の子をな? 大切らって、それさな??」
「・・・・・ええいっ!! イライラするではないか!? ハッキリしろ、ハッキリと!! それでも男か!!!」
「うぅっ!? あんの……た、大切だって……その理由さ、大事な誇りを失ってでも大事にする、その理由って……“大切の理由”さなんなんかなぁ~~、ってよ。それさ気になって…………うん」
「なに、大切な理由だと? オレサマがリーリアを大切にするワケ…………か」
「あっ! す、すまんす……やっぱすこれ、腹立たしい質問らかな? オラ、よっぐ解んねぐって……その、あの……無茶言ってすまんす」
「――――フッ、オレサマがアイツを大切にする理由だと? そんなこと、決まっているではないか……」
「や、やっぱす答えらんねよな? らっけ、やっぱ――――えっ??」
「オレサマは――このカイル=ブローデンはな。リアンジェンという女を…………“愛している”。心の底から彼女のことが好きなんだ。ずっと傍にいたいし、傍にいるだけで満たされる。可能ならばずっと、触れていたい。可能な限りの時間をこの腕で抱いていたい……。あの瞳に見つめられて、見つめ返していたい……それが理由、だな」
「・・・・・・おっ・・・・・・・ほぇ・・・・・・・・・・おぉ???」
「――――いや、なんだその顔……聞こえなかったか? これでも、まぁお前だからと答えてやったのだぞ。・・・に、2度とは言ってやらんからな??」
「はぁ、はい・・・・・んだか??」
「疑問が残っているようだな……何か? 好きの理由でもと?? そうだな……いや、それは、う~~ん……好きの理由となると、それはもう全てとしか……。だからこそ好きだというか……嫌いな部分?? も、あると言えばあるが……それすら愛おしいというか、なんというかな……」
「・・・・・・。」
「すまんな、そこは少し難しい。我ながらこのようなことを答えるのは初めてで……慣れない。しかし答えとしてはそんなところだ、解ったか? オレサマがアイツを大切にする理由……これでは不十分か??」
「い、いぁっ!! 十分だと……お、思うっす。んだな、そっっっかぁ~~~。そういう……えっ、うん???」
「アイツの容姿、性格、そしてその運命まで……全て愛しているよ。ただ、勘違いするなよ? それは同情によるものではない。オレサマがアイツの経緯を知ったのなど、仲を深めてからしばらく経ち、周りに諭されるようにしてだし……病の発症はさらにその後だ」
「オラも護りてぇって、大切だって……らっけ同じかもって、そう思って…………ありぃ???」
「フンッ――――そうだな。言うなれば、あの日あの時……あの瞬間。ようは“一目惚れ”というやつなのだろうな、全てとしては。……フフッ、このオレサマに相応しいと思わんか? 皇としての器が、最愛とすべき女を導いたのであろうよ。……そこだけは親父に似たのかもしれん。まぁ、仕方があるまい」
「ら、らってオラはあの子さ森で助けて……。背中の感触だってそら、たすかにあったけぇ……ってなったけんど。飯さ食ってるだけで、美味そうにしてくれてっと、オラの拳じゃねぐって、心さ、心が…………胸が…………でも、それって…………」
「・・・・・おい、聴いているのか? ぶつくさと独り言を零して……ふざけた態度だ。このオレサマに質問をしておいてその体たらく……記者ならば王室出入り禁止に処すところだぞ、オイッ!!!」
「んぁっ!? あ、はい、聞いてるっぺさ。うんうん……アッハハハハ! そっかぁ、そうなんかぁ……そりゃ、そりゃぁ…………護るっきゃねぇっぺなぁ!!!」
「――――なんだか不気味だぞ、キサマ。その不自然な笑顔をやめろ、馬鹿にしているのか? まったく、答えなければ良かったな……いや、そもそもらしくないか、このオレサマが。確かに、少し自分を見失いつつあるらしい……」
カイルは静まった心で嘲笑し、少年は誤魔化した笑みで表情が歪んでいる。あれほどいきり立っていたカイルは落ち着き払い、呆けたようにのんきだったパウロが浮足立った。
盗賊頭領の告白により、対照的に入れ替わった2人の感情。澄み渡る空をカイルは見上げ、パウロは黒くて硬い床を見つめている。
カイルは空に身を投げたような感覚がある。図らずとも人に語ることで、きちんと声を出すことで……自分の覚悟を再確認したのであろう。
パウロは渦巻く渓流に身を投げた状態に近い。自ら聞いたものの……返ってきた答えによって今度は自分に対する疑問が生じる結果となった。
――少年はカイルとアルフィースが「同じ」だと以前に感じた。確かに言動や価値観に通じるところはあるだろう。しかし、在り方として――同じく大切な人があると断言する身として――本当にカイルと「似ている」のは誰であろうか?
それは何処まで「同じ」なのか。強さか、覚悟か、それとも――――理由/目的か?
今、この場で現実を直視できずにいる者はカイルではない。
「護る理由。カイルは大切な人が、大切な理由が……」
「・・・・・何を不気味にしているか知らんがな? 人に聞いておいて、その態度もそうだが……それで終わりというのもどうなのだ?」
カイルは不服らしい。それはそうだ。
「教えろ」と言われて、自分らしくないと思いつつも答えてやったのである。ならば、それには礼節をもって返すべきである。
「…………えっ??」
「何を呆けて……つまり、お前はどうなのだよ。お前も“アイツ”が大切だと言ったな? “護る”と、“信じてくれている”と……ならば、その理由は??」
例えば「友」として聞いたのならば――“お返し”するべきである。こういう場合は特にそうであろう。言わせておいて自分が言わないとは……それこそ卑怯と思われても仕方がない。
「うぇ…………えっ…………えぇァッ!?!?」
「なんだ、どうしたその顔。熱した鉄板にでも触れたように、やけに驚くな……」
当然として、何気なく聞いたつもりなのに。相手の反応は思わず驚愕としたもので……思わずカイルは身を引いた。
「まっ――――だっ!?!? 言ぇっ、えっ??!? お、オラは――オラって……んんなして!? そんな……いぁ、らってオラはそんな、こんな大雑把なんが……そんなん、らってアルフィースつぁんは…………アルフィースつぁんさ小っこいんだが!?!?」
「どうしたいきなり。背丈はまぁ、小柄だろうが……まだちんちくりんに思えるほど子供であろう? ならばそのくらい妥当ではないか? むしろ子供にしては少々…………ンンッ!!」
咳払いをして誤魔化したが……まぁ、カイルの言う通り。
確かにアルフィースは小柄であろう。しかし、15という年齢を考えればそれほど小さいというわけでもない。平均よりやや低い、程度である。ほとんど常にパウロが横に存在していたら、それこそ誰だって大げさに小柄な印象となる。
それにしたってパウロのこの狼狽ぶり。その真っ赤に紅潮した顔を見て、カイルは深くため息を吐いた。
「うぅ…………お、オラは…………オラは…………???」
「――――もうよい。ここで即答できないようならば、答えずともよい。まったく、情けないものだ……」
「あぅ、う…………す、すまにぃ。なして言葉さ、オラ、いっつも出てこねぇの……?」
「骨のある男だと思っていたが……やれやれ。キサマ、度胸という点ではまるであの女に敵わないな!」
やれやれ、と首を振りながら。これも嘲笑してカイルは立ち上がった。
「うぅぅ…………情けないのか、これって? オラ……オラは解んねぇだよぉ…………!!」
「何度でも言ってやるが……そんな有様では苦労するぞ? 少なくともいずれはハッキリさせる覚悟くらいしておけ。これはオレサマからの有難い忠告である。・・・・・フンッ! 話は終わりだな。キサマはしばらく、そうして悶えているがよいぞ? フフッ、……フハッ、…………フゥゥハァッハッハハハハ!!!!!」
相当にフラストレーションが溜まっていたのであろう。ここぞとばかりにカイルは高笑いして、自問自答に悶える少年の様を大いに見下した。
そのまま腕を組んだ姿勢で悠々とその場を去ろうとする不遜な盗賊の頭領。
しかし、それを――――呼び止める声がある。
「――――ま、待ったぁ!!!」
「……ふぅ。話は終わりだと言ったのに……またしても、よくぞまぁ揃って同じことを…………」
ついさっき。同じこの日の朝に同じようなことをされたなぁ、と。カイルは苦笑いに“2人の姿”を並べて脳裏に描いている。
振り返るとそこには……まだ表情がわやわやなようだが、どうにか立ち上がって後頭部を掻いている大柄な男の姿があった。
「話さ、まだ終わってねーんだわ? いぁ、さっきの話はもう……んだな、終わりだわな。……うん!!」
「うゎ・・・・・逃げやがった。ううむ、図体に似合わぬ小心者めが……やれやれ」
やたらと冷めた瞳だ。カイルは顎を上げて少年を完全に見下げている。それがあまりに露骨なもので、少年としては良い気分がしない。
「な、なんだ!? なにさ、その目ぇ!! お、オラのこと馬鹿にしてんのか!?!?」
「さてな? キサマがそう思うのなら……そうかもな?」
「ぬっ……ぐぐぐ!! お、オラはよ……もう一個、納得できてねぇことあんだよ」
「――――ほぅ、奇遇だな。実はオレサマも1つある。おそらく、同じ事であろう……」
「んだか? んなら……丁度良く今、オラの拳さ熱っちくなっちぇるし…………なぁ!?」
パウロが拳を突き出す。握りしめられた拳から硬い骨が軋む音が零れた。
この男2人が共通して納得していないこと……それは、誇りを賭した昨日の結果である。
森の中で互いに構えた最後の一撃。その行方が本来のものではなくなったので正しく終わっていない――と考えている。
「だがな……キサマ、胸がな? それ、完治しておらんだろう。ならば正当な解決には至らん。よって、後日にだな……」
「それなんだけどよぉ……この傷だって、昨日の戦いの中でさできた傷らろ? 原因がなんであれ……オラが気を取られたんだから、それはオラの不注意だべや。んだっけよ、この傷もまた、やっぱす戦いの一部なんでねーが?? オラはそう思うっぺよ」
「……見上げた根性だが、それでもな。オレサマの勝利に一点でも曇りがあってはならぬ。ましてやオレサマはキサマに、完全に解らせてやりたいのだ。そうでなくてはいずれ我が軍の将とする際――」
「こん傷を言い訳になんかしねーってば。それにオラ……“こんくらいならおめさに勝てる”って、そんな気がすんだわな? 負けっかもしんねーけどよ、それは傷が無ぐってもそうだっけね? ハハハ……!」
「――――――ほぅ?」
カイルは組んでいた腕を解いた。外套を外そうともしたが……留めている金の鎖を握りつぶしてしまっていたので、止む無く無理に引きちぎる。この行動は単に怒りが湧いた、その余波でもある。
大事そうに黒の外套を畳んで、風で飛ばないように階段の中へと置く。そう、ここは監視塔の頂上。外套が飛んでしまいかねないほど、強い風が吹く高所である。
「ほんとうに解らんヤツだな……あれだけやられて、まだ勝てるとでも思っているのか?」
「そだっけか? オラの方が押してた気もすっけど……んまぁ、どのみちまだ解んねぇからよ。らっけ、“ヤル”んだわな! オラとおめさ、どっちの方がつぇえのか…………ハッキリ、させてぇらろ?」
屈伸運動。体を捻ると胸に強い痛みが奔ったが……相対する男を見るうちにやがてほとんど感じなくなった。
少年の身体が警告し、備えているのである。この男を相手に痛がっている場合ではない――と。
「一々な、キサマな、言い方な?? ――しょうがないヤツだ、自覚がないのだろうよ、この無礼者は……。そして結果などすでに解っている――――“オレサマが勝つ”。戦いとは常にそれを証明するだけのものだ。忘れぬよう、その身に刻んでやるよ……」
ブーツの足先を床で鳴らし、両の拳を当て合い、ぐるりと首を回す。そしてカイルはやや身を屈めてゆったりと、両腕を構えた。
「ッ……っ痛ちちち! ……おめさやっぱすな、“負けたことねー”って、それ危ねぇっけよ。ここで負かしといた方がよさそうなんらよ。誰だってよ、人は負けるもんだって……どんなつえ~~人でも、解らんもんだからに?」
準備運動を終えて、大きく深呼吸。息を吐きつつ、パウロ少年は対面から身体を斜めに向けて両手を顔の前で構えた。
「負けるのは弱いからだ。そしてオレサマは強い……この世の誰よりもな!!」
ニヤッ、と鋭い犬歯を覗かせて笑う頭領。
「いやぁ、んでも負けることあるろ……例えばもっとつえぇの相手してな!!」
ニカッ、と真白い歯を輝かせて笑う少年。
2人の間に流れる風が、強く吹き付けていた高所の風が――――止まった。
同時に笑みを取り払う2人。どちらの拳も熱くなっている。
常人の秤を超えた超人的な身体能力と五感を持つ2人。
それらは昨日の戦い、その決着をつけようと――――
「――――ムっ?? これは…………これはッ!!?/
/ン、なした……とぉっ?? なんね、この……“音”??」
今にも踏み出しそうだった2人の「聴覚」に刺激が入る。
それは“鐘の音”。決して大きな鐘ではなかろうが……力強く、何度も何度も鳴らされる、その音。
パウロは「なんか聞こえるね」程度にキョトンとした。一方のカイルは――――――顔面蒼白の様相である。
「――“鐘が鳴っている”!! しかもなんだ、このけたたましさは!? どうした、何がッ…………リーリアァァァ!!!!!」
咆哮のように絶叫し、カイルが駆け出す。もう、まるでパウロなど視界にはない。存在すら忘れているのであろう。
呆気にとられるパウロを背にして、カイルはそのまま直進。そう、この地上から40mはあろうかという、監視塔の屋上を……。
尋常ならざる瞬発力で、飛ぶように駆け抜ける。
「か、カイ――――ルェエッ!?!?」
パウロは唖然としていたが、それは驚愕に変わった。理由はカイル=ブローデンの姿が瞬く間にこの屋上から“消え”たから。
少年の目の前でカイルは明らかに、この屋上から“飛び降りた”。
パウロは少しの放心……後、「いくらなんでも!?」と慌てて屋上の縁へと駆けた。
縁に立つとやはり目もくらむような高さ。眼下にあるのは半壊した大広間の天井と、広がる森林、流れる渓流……実に見晴らしの良い景観だ。
ここから落ちればかなり痛いに違いない。重大な負傷があるかもしれないな……と。もちろんこれはパウロ個人の感想であり、常人なら間違いなく骨肉が砕けて潰れ、死ぬであろう。実際のところパウロも落下で死にはしなかろうが……さすがにしばらく動けなくなるはずである。
では、そんな高さを落ちたカイルはどうなったのか……?
これも異様に速かったパウロはカイルの“落下風景”を途中から目撃できた。しかしそれは落下というには少々、趣が異なる。
――カイルは屋上の縁から飛び降り、即座に指先を監視塔の壁面に引っ掛けた。
そのまま指先で岩を抉りつつ、靴の底でも壁面に摩擦を生じながら降下。指先からは熱によって煙が生じ、それに削れた岩の粉が混じった灰色の靄が風に流されていく。
そして降下の途中で壁を蹴り、半壊した天井を越えて何かが砕けた音と共に大広間内部へと着地。そのまま留まることなく即座に駆け出した。
「・・・・・化け物かよアイツ。無茶苦茶してからに……。しっかし、何をそんな慌ててんだ。何かあったんだか? さっきの音さ、関係あんのかに??」
カイルの尋常ならざる身軽さと耐久性、そして豪快さ。それらを目の当たりにしてしばらく目を輝かせていたパウロだが……どうやら「何かあったらしい」と、事態の緊急性を感じて自身も駆け出した。
・・・とは言え。さすがにカイルの真似をするのは怖いので、大人しく螺旋階段を降ることにする。
大人しくとはいえ、急いでいる。それに狭く、周って降りる階段なのだから……。度々と少女に諫められるように、この少年には周囲環境への配慮が足りない。もしくは世界が、彼に対して小さすぎるのか。
パウロ少年は駆け降りる。螺旋階段を降って――曲がり切れずに肩で岩壁を砕き、「やべぇ、すまん、すまんすなぁ~」と謝りつつ――大広間へと向かった。
痕跡を辿り、カイルの行先を探る。匂いは、長く湾曲した廊下の先……。
清浄なる寝室へと、続いている――――――。
第44話 「オレサマはモンスターなんだよ(15)」END




