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「オレサマはモンスターなんだよ(11)」

 ――荒涼こうりょうとした大地が広がっている。赤く焼けた大地にはしる深い亀裂から炎が高々ときあがった。


 流れる溶岩の川。【白き者】はそこに足をひたしてゆったりと歩きつつ、空を見上げる。黒々とした雲は分厚く空をおおっており、響く雷鳴が止むことはない。


『……成し遂げたことは良い。だが、我々は暗きかせから解き放たれた代わりに偉大なる光を見失ったのだ。これからどうすればよいのだろう?』


 小高い山脈の上に腰を下ろしている【青き者】。それは稲光いなびかりを浴びて面倒そうに首を振るった。


 溶けた岩の流れをさかのぼるる白き者。その瞳から流れるしずくが炎の奔流ほんりゅうに落ちると白く光る宝玉が生じ、それは赤き川に紛れて沈んだ。


 白き者はゆったりと歩きながら、振り返ることもなく友の問いに応える。


『――愛しましょう。我々は今の光となり、枷にめられた“彼ら”を護るのです』


『ほぅ、愛する……と? それはどのようなものかね。私は何をすればええんだ?』


『君は変わらず私のそばにあってください。さすれば私を見て、きっと知ることになるでしょう』


『……そうか、わかった。ならばこれからも君に寄りうことにしよう。なんわがらんけんど、きっとそれが新しい我々の世界ちつじょになるんだな?』


『そうです。きっとそれがいい。さすれば彼女の眠りが正しいものだと思えるはずです。いえ、それもいずれは――』


『そっか、それは良いこった。オラたつにとって……ん?』


『されど我々の身体は終わりを知った。ならば考えなければなりませんね。この世界を導き続けるべく――』


『待った。おめさ……何だ? いや、オラは……オラは、何だ??』


『たとえこの身に限りがあろうとも、我らの血が永遠であること、血を永遠と成すことは可能です――ええ、ならば紛れましょう』


『いぁ、おめさそこの白いの。オラはおめぇと話してんだか? なんだってオラは……そもそも、ここは――――』




――――ここは、どこだっぺや?




 ・・・いぁ、どこも何もねぇわな。何さ、よっぐ見たらオラん家じゃねぇが。オラってばいつの間にか寝ちまってたんか? おっかぁ(母)も起こしてくれたらええのによ。


 しっかす、なして家ん中に丸太さゴロゴロあるんかね。こんなん、いっつも外でやってんのに・・・。


『なにしてんだ、パウロ。おめさ昼寝なんてはええっぺよ?』


 おっ?? ありまぁ、“おっとぅ(父)”でねが! なしてここに・・・って、オラん家だから当然だわな。居て当然だべよ。


『それよりおめさ、薪割りサボってからに!! そんで寝てる場合でもねぇらろが!!』


 えっ、薪割り?? ・・・ああ、そうか。いつもの日課だっけね。


『ほれ、はよせんば!! いつまで“あの子”待たすんね!?』


 おお、そうさね。薪さ割らんと・・・いぁ、ちと待った。


『おめさそうやってよ、だらしなくしてっとな――』


 オラは今、違うんよ。薪割りの人じゃねぇんさ。オラは今、あの子の・・・。


『あの子に――“アルフィースさん”に呆れられっぞ??』


 そう、アルフィースつぁ・・・・・んぉ!?


『いや、だから何してんの? マジ、ありえねーから……』


 ほぉあっ!?!? じ、“ジェット”でねぇが!? なしてオラの家に・・・??


『こんな街中で、道のかたわらで火なんかつかうなよ。普通にヤベーじゃん、それって?』


 え、火って・・・ありィ? いつのまにここさ、家と家がちけぇな??


『学習しないとな。あと、目を離すんじゃねぇって――言っただろうが?』


 あのさジェット、聞いてくんろ! オラこの間の奴に会ってだな、そんで・・・。


『あんましそんなんだと、嫌われたって知らねーぞ。あの小動物によ……』 


 え、小動物って・・・ああ、アルフィースつぁんのこと・・・・・んあれぇっ!?!?


『……パウロ。たとえ戦いの中にあっても、見失ってはならないものがある……』


 ぬぁっ!? 今度はルイドか!! おめさもここに・・・なして??


『それは相手の姿、それだけではない。大切なこと……解るな、パウロ?』


 あ、あんね、ルイド。今さここにジェットがおったんらけど・・・あれぇ??


『ワタシに教えをうた理由。それこそが“目的”であろう。忘れるなよ……』


 る、ルイド・・・オラの、オラが戦う・・・戦っていた??



 ――――あっ!?



 そうだ、オラは今戦っていて。そんで、そんで…………そんで???


『なに、寝ぼけてやがる――――』


 うぉおっ!!! お、思い出したっぺ! おめさか、“カイル”!!!


『今は眠るがいい、パウロ=スローデン。キサマはこのオレサマに倒されねばならない存在だッ!!!』


 う、うぉああ!? ま、負けたくねぇ!!


 オラは、オラは……。



 オラは勝ちたいんだ、護りたいんだ!!


 オラはアルフィースつぁんのために、そのために……!!



「 負けられねぇんだっぺよぉ!!! 」






 |オレらはモンスター!!|







「負けられねぇんだっぺよぉ!」――と、よく響いたものだ。


 薄暗がりの空間に反響した決意の声。半身を起こした大柄おおがらな少年が、格子こうし窓から差し込む月明かりに照らされている。


 窓枠で羽を休めていたフクロウが一羽、大きな声におどろいて飛び去った。


「・・・・・およ??」


 高らかにえ、拳を突き出した姿勢で身体を起こした少年――【パウロ=スローデン】は周囲の見慣れぬ光景にきょろきょろとし、先ほどまで見ていた光景がぼんやりとも思い出せないことに戸惑とまどっている。


 そして気が付いた。


「んっっツ……い、いてぇ!? なんか胸んところさやたらと痛ぇっぺよ……おちち……!」


 半身を起こしたはいいものの、次第に意識が明瞭めいりょうとなる内に“胸の痛み”も明確となってきた。それも尋常じんじょうではない痛みで、思わず「バタン」とその身を横たえてしまうほどである。その衝撃でまたズキズキと痛む。


「な、なしてオラこんな……なんか巻いてあるな? んぁ、そもそもここは何処なんだっぺや?? えらくおおっぴろげな部屋だけんど……」


 そのたくましい胸部には包帯が巻かれており、背中にフカフカと感じるのは布団の感触である。頭頂部と足先が金属に触れており、どうやらこの“ベッド”はパウロ少年からしてサイズが小さいらしい。まぁ最も、この大柄な少年がゆったりと眠れるようなベッドがポン、とある方が不自然であろう。


 何が何やらという様子のパウロ少年。彼が周囲を見渡すと、どうやらここは広々とした薄暗い空間らしい。彼は「部屋だ」と表したが、部屋と言うには天井が高すぎる。しかもその天井は半分無いらしく、夜空を過ぎる流れ星がくっきりと見えた。


 そうした薄暗がりの広い空間。半壊した天井から射し込む月明かりに照らされて、そこにはパウロの他にもう1人。何者かが存在しているらしい。


「――まったく、やかましいではないか。このオレサマの宮殿に招かれておきながら、節度というものがまるで感じられないな」


 それこそ宮殿の大広間にて、豪奢ごうしゃなカーペットの上に置かれた玉座ぎょくざに王がふんぞりかえるような……そういった情景がそこにある。


「んや、その声は・・・カイル!? 確かカイルらろ、おめさ!」


 キラキラと月明かりを反射している椅子に腰掛ける存在。それに向けてパウロは叫ぶように声を張り上げた。


「おぅ、いかにも。して、その様子ならパウロよ……どうやら容態ようだいは深刻ではなさそうだな」


 大広間は薄暗く、月明かりに数本のロウソクがあかりとしてるだけだ。


 そのような薄暗い大広間にて。敷かれた豪奢なカーペットの先、備えられた金色こんじきの玉座に腰掛ける男――。


 【カイル=ブローデン】はさも当然とした態度で玉座にくつろいでいる。脚を組み、頬杖を着いてと……その姿はあまりにふてぶてしい。現在の位置関係からして、どうやら彼はわざわざ20mもの距離間から眠るパウロを見張っていたようだ。


「不意なこととはいえ、あまりにオレサマの痛烈な一撃が入ったからな。多少の心配くらいはしてやっていたのだぞ?」


 そう言いながらカイルは立ち上がる。さすがに会話となると20mの距離は遠すぎるだろう。というか、容態をうかがうのならば最初からもっとそばに居たほうがよいだろうに。よほど玉座が好きなのか、それとも癖なのか……。


「つーれつな、いちげき?? ・・・・・ぬはっ!?」


 言われてパウロは思い出した。自分が意識を失う直前。一体何が行われており、自分がどのようなことになったのか……。


「そうだ、オラは、オラってやつはまた……また、“負け”たんか……」


 正確にはすべてを認識していたわけではない。ただ、現在の状況と最後の光景から考えるに、自分が「目的を達成できなかった」と感じたのである。


 しょんぼりとした。パウロ少年は胸の痛みも忘れて身を起こし、頭を抱えている。互いに渾身の一撃を構え、直後に気を失ったということは……明確な結果がそこにあったと彼は考えたのであろう。


「――――あ゛??」


 だが、もう1人の男は違うらしい。


「ふざけるな……おい、ふざけるなッッッ!!! “負け”とはなんだ、”負け”とは!!? つまりはオレサマがあれで“勝った”だと!? ……あまり馬鹿にしてくれるなよ、パウロ=スローデン!!!!!」


 キレている。眉間みけんには青筋あおすじが浮き、クッと大きな両眼はさらに見開かれ、瞳孔は縮んでいる。カイル=ブローデンは声を荒げてつばが飛ぶことも構わずパウロにつかみかかった。


「んなっ……い、痛ぇっ!? な、なにすんのあんた!??」


「おい、キサマおごるんじゃないぞ!? あんなものが決着であるものか!! 勝手にキサマが気絶したようなもので……オレサマの一撃は確かに最強かつ華麗であったが、実際はほとんど事故のようなものであろう!? オレサマ達の決着はまだ、ついていない!!!」


 荒ぶっている。カイルがたたえる心の液体はよほど沸点が低く、備える感情の湯沸かし器は無駄に高性能であるようだ。掴んだ少年の体をガクガクと揺さぶって吼えている。


いててててっ!? らっけ、痛てーってば!? や、やめちくりぃ~~、ゲッホゲホ!!」


「――――ハッ!? あっ……お、おぅ……そうだったな。キサマは怪我人だったな……すっかり失念してしまっていた。許せ」


 ようやく現実を取り戻してカイルが手を放した。解放されたパウロは胸を押さえてゆっくりと体を横たえる。息も絶え絶えで、相当に痛みがあるらしい。それもそうだろう。彼の鋼鉄のようなあばら骨は3本も折れている。


「な、なんね……オラなんかしたか??」


「い、いや……キサマが負けただなどと、その……はき違えたことをだな、口走ったのが悪い。キサマ、反省しろ!!」


「お、オラが悪いんか。そうか…………ん?? そうか???」


 パウロは素直に受け取ったが、さすがにここは納得がいかないようで首を傾げた。勝ち負けはともかく、パウロが悪いは無いだろう。


「んでも、オラさおめーに蹴られて、ほんで眠ったってことはよぉ。やっぱす――」


「だから、違うだろう? ああ、それはそうなのだが……違う。オレサマの美技はともかくとして、キサマは負けていないし、オレサマも勝っていない」


「・・・なして??」


「なんでって……だってそうだろう。勝負というものは、闘争というものは……どちらに優劣があるかを双方で決するものだ。あの場面において、我々の優劣を決したのは我々ではない。だから、断じて違う!!!」


「・・・???」


「……だからな? キサマ、気をとられただろう。ほら、あの女に……アルフぃ――」


「んおお、そうだっぺよ!! 【アルフィース】つぁんさ今、どこさおるん?? というかだな……まんずここが何処だ??」


「そう、アルフィースだ。キサマはあの女に気を取られて、勝手に一撃を受けたのだ。まったく情けない話ではあるな……解らんでもないがよ」


 この場において何かが足りない。パウロにとって決定的なそれは、当然ながら“少女アルフィース”だ。


 しかし、負傷したらしいパウロのかたわらに、いわく付き人である彼の傍に……付きってあげないというのも少々薄情に思える。


 まぁ、事実を先に述べれば。少し前まで彼の傍らでウトウトする少女の姿があったのだが……。


「そういや、もう夜なってんだわな。オラどんくらい寝てたんね? アルフィースつぁん、お腹空かしてっぺよ、早よなんか食べてもらわんと……」


「ふん、安心するがよい。あの女にはたらふく、飯を食わせてやった」


「おっ、そうなんけ? あんがとねぇ~~・・・・・ほんで、ここはどこ?? アルフィースつぁんさどこさ??」


 パウロはすっかりカイルの言葉を信じ切っている。それは殴り合う内に彼が“盗賊”という事実はともかく……自分に通ずる共感のようなものを強く抱いたからであろう。


 殴られた拳の熱量もそうだが、何より戦いの中で感じた彼の態度に思うところがあったようだ。


「ここはオレサマの“宮殿”だ。最も、古くに捨てられていたものを使っているのだがな……まぁ、いたし方なかろう」


 カイルは我が物顔かつ不服そうだが……現在、彼らがるのは古びた「黒岩の宮殿」。これはちく数百年の代物であり、戦火によって半壊しているものの、それなりに居住性は保たれているらしい。今ではここいら一帯がカイルの統率する盗賊団の根城と化しているようだ。


 つまり、この渓谷に打ち捨てられていた黒岩の宮殿は本来カイルの所有物ではない。まぁ、はるか昔に所有者は戦死し、半壊した宮殿はそのまま放棄されていたので勝手に住み着いていても……そんなに悪くはないだろうか。


 不遜ふそんなカイルはパウロの問いに続けて答える。


「あの女だがな……少し前まではここにいた。キサマの隣で眠そうにしていたよ。そこで寝床を用意してやろうと思ったのだが……うんと……そうだな。ええと……そのな?」


 唐突とうとつに歯切れが悪くなった。どうしたことか? あれほど自信に満ちた不遜な態度を続けていたカイルが、言葉の途中からソワソワと落ち着きなくし始めた。何かやましい……というより、「不安」そうな様子がそこにある。


「なんね、どしたん? アルフィースつぁんさ、どこにおるんね?」


 不安そうな態度を見ると、それを見た人間もまた不安になるというものだ。パウロは顔をしかめた。何せ、彼にとっては今一番知りたい内容がハッキリしないのだから、それはいぶかしむというもの。


「あのな……つまり、アルフィースはキサマにとって“大切な人”、なのであろう? あれだけ怒りをあらわにしていたからな。単に護衛というわけではないのだろう?」


「んぇ??? あぁ、まぁ……そら大切だっぺよ! んだって、オラさあの子護るって約束してっし、あの子もオラのこと信じてくれてんだっけよ。こんなオラでもさ! 大切なんは……あり?? そう、大切…………うん、大切なんだわな、ともかく!!」


「んん?? ……まぁ、そうか。ならばまぁ、解ってくれるだろう?」


「なにがだ?」


「何がって……お、オレサマにもな、その…………いるんだよ」


「?? らっけ、なにって?」


「だから、な? あの……きっと、年が近いと思うんだよ。そう、アルフィースと……だからな? オレサマだって話相手になれるが、やっぱり違うだろうよ。たまには同じ年ごろの女性と話すということは良い刺激になると考えたのだ」


「・・・・・まったぐわがらんね。らっけ、アルフィースつぁんさドコおるってよ?」


「だ、だから…………話し相手になってもらっている! その、ほら……な?」


「おぅ! らっけ、誰の???」


「・・・・・ええいっ、解らんか!?!? オレサマにだって“大切な女”がいるんだよ!! それで……“アイツ”の話し相手になってほしいと、このオレサマが直々に頼んだんだ!! だから、ここにいない!! あっちの部屋にいる!! いいな、解っただろう!!!!!」


 何故か怒っている。カイルは勝手に怒り口調となり、恫喝どうかつするように頭突きしかねない距離にまでパウロにせまった。


 いきなり声を荒げるものだから、パウロも呆気あっけにとられるしかない。


 しかしともかく。どうやらカイルにも大事な人がいるらしく、その話相手としてアルフィースが頼まれた……ということらしい。カイルが顔を真っ赤にしているのは怒っているから……というわけでもないようだ。


 言動は荒っぽいのだが、この盗賊頭領に「温かみ」を感じたパウロは「そうか」とだけ答えてそれ以上追及しなかった。パウロはこのカイルという男に自分と同じ部分があると感じるからこそ、疑おうともしないのであろう。


 それはきっと、戦いなどの枠組みを超えた、もっと大きな部分での【共鳴】である。




 ・・・・・で、それはさておき。




 男2人。どちらも無駄に声量の大きな2人がちた宮殿に声を響かせ合っていた頃。


 大広間から廊下ろうかを真っすぐ、一本進んで奥まった位置に部屋がある。そこは過去に宮殿の主が寝室としていた一番安全な位置にある一室だ。


 ここには現在、2人の女性が居る。


「…………。」


「…………。」


 そして、対照的である。大広間はやかましいくらいなのにこの一室はまるで静寂そのものだ。


「…………。」


「…………。」


 椅子に腰掛けて腕を組んでいるのは【少女アルフィース】。彼女はこの清潔な空間を眺めまわしたりしていたが、それももう、見る場所がなくなって目をつむっている。まぁ、眠いということもあるのであろう。


 そして、もう1人の女性。それはかざられた大きなベッドで横になっており、けがれの無い純白のシーツに溶け込みそうなほど、白い肌がわずかに見える。「わずか」というのは、純白のシーツに体のほとんどが隠れているからでもあるし、口元をこれも白いマスクでおおっているからでもある。


 つまり、この清潔なベッドでアルフィースから目を背けるようにして寝ている彼女に対して、アルフィースからは首元と目元、それに光をんだかのようにしなやかな長い白髪しか様子が伺えないのである。それだけでも清楚せいそなイメージは受け取れるが……言い様によっては「希薄」ともとれる。


「…………。」


「…………。」


 希薄な少女が「寝ている」と表したが、実際には眠っていない。首をくっと曲げて視線を合わせないようにしているだけで、その青い瞳はきっちりと開かれている。つまりはこれらの少女はどちらも“起きている”のである。


 じゃぁ、どうしたってこの空間は静寂であるのか?


「…………ハァァ。」


「…………ヒィ!?」


 理由は2点ある。まず、“アルフィースが不機嫌”という点。


 なんたって、いきなり『頼みがある』と印象の良くない相手から言われ、押し込まれるようにここへと連れてこられたのだから上機嫌になるわけがない。


 印象が良くないというか……アルフィースから見たカイルの評価は“最悪”である。故郷をけなされて、あまつさえ大切な付き人のパウロと殴り合いをしたのである。


 いくらその後、気絶したパウロをかついで宮殿へと運び、手当てをして、料理をこさえて振舞ってくれたとしても……まだまだ怒りが収まらない。


 そんなカイルも一応は・・・


『口走って悪かった。しかし、どうにも敵対国故、聖圏そちらの印象が悪くてな。個人個人にはまともなのもいるのだろうが……ともかくお前の反論がわずらわしくて、思わず熱くなってしまった。許せ、大人気おとなげなかったな』


 ・・・などと、謝罪(?)はしていた。しかし、これもまたアルフィースには釈然しゃくぜんとしない。むしろかえって眉間にシワが寄るというものだ。


「…………。」


「…………。」


 もう1つは、当たり前だが……“まったく知りもしない人間をホイっと密室に放り込んで『さぁ、楽しい気分にしてやってくれ!』”などと……それは無茶な振り方というものであろう。


 アルフィースからして警戒心が強い女性である。おいそれと初対面の人に愛想を振りまいたりせず、まずは探って様子を見るし、そもそもが他者への興味を能動的に示さないタイプだ。生まれ育った環境からか、興味は他者が抱き、向こうからすり寄ってくるものという考えが根底にある。


「…………ふぅ、まったく!」


「!! …………ぅ、ぁ……」 


 そして、そこにいる希薄な少女もまた、自分から他者の手を握るような性質ではないらしい。「希薄」としたのは見た目だけでなく、態度からしてそうなのだ。


 目を合わさないようにつとめているのは、目が合ってしまったことで何かアクションを求められることが「怖い」からであり、また相手にアクションを求められたと思われることすら「怖い」からである。


 希薄な少女は首がつりそうになっている事すらこらえてそっぽを向いている。その理由は決して、冷たいものではない。苦肉の策なのだ。


「――やれやれ、仕方がないわね!!」


 少女アルフィースは立ち上がる。彼女はここに放り込まれてからの“沈黙した45分”をついに破ったのである。


「……!? ……ぇっ、ぅゎ……ゎ……わっ!?」


 いきなり立ち上がったアルフィースに驚いたのだろう、希薄な少女は思わずそむけていた視線を見知らぬ少女に向けた。びっくりして急に動かしたので「痛っ!」と、色白くて細い首筋をさすっている。


 何やら勝手に慌てている少女を尻目に……アルフィースは本棚から一冊の本を取り出してみせた。


「この本……あなたもこの絵本、好きなの?」


「えっ、えっ…………えぇっ!?!?」


 何せ45分間である。アルフィースは椅子に腰かけながら、たっぷりとこの部屋を眺める時間があった。


 飾られた大きなベッドはうらやましいほどにフカフカで、き詰められたカーペットが武骨な石造りの壁面と対比して柔らかい印象をもたらす。


 壁際には本棚が並んでおり、そこそこに書物が押し込まれている。ベッドに近い小型の棚には絵本が並び、その中のいくつかにアルフィースは見覚えがあった。


 中でもアルフィースは虹色の背表紙に強い覚えがあり、今はそれを手に取って表紙をながめている。幼い頃――この部屋とも比べ物にならないくらい豪華な部屋で、高級なベッドの上に寝そべってよく読んでいた【絵本】。


「“七色の動物園”――久しぶりに見たけど、やはり素敵よね。私は特にこのクジラさんが好きなの。優しくって力持ちで、みんなを海とかいう場所に連れて行ってくれて……ね?」


「あっ、その……は、はい。わ、私も……その絵本、好き……です」


「そう、良い趣味だわ。気が合うかもね、私達。でも……気をつけなさい?」


「え、あの……はい?」


「いいこと? 本物のクマさんったらね……この絵本のように楽しい存在じゃないのだから。女の子にも容赦ようしゃしない、暴漢ぼうかんのように野蛮やばんな存在なのよ!!」


「え? …………あ、はぁ。そう、ですか…………はい」


 アルフィースは得意気にして蘊蓄うんちくを披露している。しかし、聞かされた方としては「はい、そうですね」と既知きちの事実に共感の意を表すしかない。


 会話の内容はともかく。アルフィースにとってはこうして、彼女の「視線」を向けさせただけでも良い。本当は静寂のままふぃっと、席を立って去ろうとも考えたのだが……。


 はかない印象の少女と、ずう々しくも真剣な男の表情を脳裏のうりに照らし合わせて。少しだけ力を貸してやろうかと、少女アルフィースは自分から苦手なことをこなしてみせた。これは勇気のいる行動であろう。


「ええと、そうね。今更なのだけど――お名前を聞かせてもらってよろしいかしら?」


 カイルという男は無茶を言ってアルフィースをこの部屋に押し込んだ割に、その仲介を行う素振そぶりすら無かった。どちらに名乗らせることもなく、先ほどのような内容をげて、そそくさと去ったのである。そりゃぁ、気まずくなるのもしかりというものだ。


「え、名前……ですか? えと、はい……わ、私は……私の名前は、【リアンジェン】……です」


 対する希薄な少女――“リアンジェン”はやや口ごもって返す。その声はマスクで抑えられている上に、元の声量の無さも相まってとにかくか細い。


「そう、リアンジェンね。私はアルフィースと申します。以後、よろしくしてくださいな?」


 そう言って少女アルフィースはふわり、ドレスのすそを広げてお辞儀をしてみせた。


「わぁ…………あっ! よ、よろしくお願い……します」


 当然のように高貴な振る舞いをしてせる少女のぎょう々しいまでの挨拶。しかし、それは違和感もよどみもまるで感じさせず。


 その可憐な姿に、リアンジェンは思わず見とれた。


 そう……アルフィースという女性は人を見とれ・き付けさせる魅力の使い方を心得ている。つまりは貴人としての素質を本来、備えているのである。ちょっと油断すると地が出て品位が怪しくなるだけなのだろう。


「・・・ふんっ! と、いうかね。あの男――カイル!! まったく、仕方ない人よ。聞いて、私ったらね……あなたとお話でもしてほしいって、そう言ってあの男に頼まれたのよ」


「え……あ、そうなのですか……カイルが……?」


「まぁ、それはいいわ。どうやらお年も同じくらいだそうだし? でもね……だったら普通、こうして迎え入れてから“ええと、こちらにいらっしゃる方は~~”って! そういった場のセッティングも行うことが当然ではなくって??」


「う……そ、そうですね……ごめんなさい。カイルがどうにも、ご迷惑をおかけしたようで……」


「迷惑というか……というか、何様なのよ、あいつ!! 人のことを無礼だ無礼だと見下して、当の自分こそ不遜極まりないじゃないの!? 自分が見えていないのかしら??」


「あぁ~~……ご、ごめんなさい。本当に……でも、悪い人じゃなくって……」


「悪くない?? だって盗賊でしょ、それも盗賊のリーダーなんでしょ?? それって私、悪い人の代表みたいな存在だと思うのだけど?」


「あぁ……うぅ……でも……ちがうんです。その……カイルは悪くなくって、悪いのは…………」


「ふんんん!!! あいつの顔を思い出したらあったまってきたわ!! んんっ、何か飲み物でもほしいわね!!!」


「あっ……お、お水ならそこに……コップもありますので……ど、どうぞ」


「あら、そう? なら頂くわ――――そもそも、こういった配慮はいりょもね、紳士たるならばまず率先して行っておくべきでしてよ、客人に対して! それをまったく、このセイデンのアルフィースをなんたると……ゴクゴクッ、プハァ~~。・・・・・そうそう、私の故郷までコケにしくさっていたわね、アイツ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、盗賊だもの、きっと生まれながらの悪人なのよ!!!」


 カァッ! と水を一杯、一気飲み。強く息を吐いて怒りも吐き出す少女の姿。仁王におう立つ鬼人の気迫がそこにある。つまり、アルフィースは現在、油断している。


 アルフィースのもったいないところはその短気さ……特に礼節に関する事柄に対してきびしすぎるところであろう。それは育つ環境からして周囲がそういったことにそつなかったからこそであり、「できて当然」の思いがあるのかもしれない。実際、確かにカイルはあまりに不配慮ではあったのだが……。


「ち、ちが! ……うぅぅ、ご、ごめんなさい。本当に……うぅ……」


 スイッチが入ってすっかり気品を忘れた少女。それを前にして希薄なリアンジェンはただただ謝っている。別に彼女は何一つ悪くないし、むしろ彼女も無礼の被害者と言えばそうであろう。それなのにまるで自分のことのように心を痛めて謝った。


 そうした態度に対して、アルフィースはこれもまくし立てるように食って掛かる。


「あら、どうしたってあなたが謝るのかしら? あなただって思うでしょう、いきなり知らない私を自分の部屋に連れ込まれて……“どうしたらいいのかしら?”って、困った気持ちになるでしょう!?」


「え、こ、困っては……その…………はい、困りました。でも……何も言えない私が……それは、悪いから……」


「いえ、悪くないわよ。勘違いしないでくださる? 私、別にあなたを責めているわけではないのだから。悪いのは全部、ぜぇ~~~んぶっ! 全部全部、あいつが悪い!!!」


「その……か、カイルを……あの方を悪く思わないで……ください。本当は……本当は、本当に優しくて……悪いのは私で……」


「――なによ。あいつって、そんなにかばってあげるほどのものなの? 私の価値観だとそうは思えないけどね……」


 どちらもしつこい。アルフィースはともかく、あのカイルという男が「悪」だと結論付けたい。自分の中では定まっていても、他者の賛同を得て自信からの安心を得たいのである。要は共感して欲しいのだ、この同じ年頃らしい少女に。


 そのリアンジェンが彼の非を認めようとしない。かたくなに彼を嫌わせないように自分を下げてでも庇っている。つまりは護っているのだが……言い換えると、これは反論を続けていることになる。だからアルフィースは次第にいら立ち、淑女性が薄れていく。


 ともあれ、聞く限りにはアルフィースの言い分が正しいように思われる。だって実際にカイルは不遜で不配慮だったのだから。それをなぜリアンジェンは認めようとしないのか……?


「フンっ、あいつが優しいって……リアンジェン、あなた何かだまされているのではなくって? 大体、こんな古い、壊れかけた山奥の宮殿なんかに住んでるって……それもおかしい話よ。その割にはこの部屋って妙に整理整頓されているし……まさかあなた、とらわれのお姫様なの? そう言われても自然なくらい、あなたって清楚だしね……髪と目元くらいしか解らないけど!!」


「ぇあっ!? ご、ごめんなさい。あの……えっと……気が付かなくって……」


 アルフィースの畳みかけるような口撃こうげき。敵の仲間は敵という認識は自然の発想であるが、これに現在のリアンジェンが該当がいとうしかけているのであろう。本当は仲良くしたいという葛藤かっとうも強く、対立する自身の意見が荒れて、アルフィースを尚更なおさら早口にさせる。


 だからこれも自然と、わざわざ初対面で名乗ってあげたのに……“顔も見せない”希薄な女性の態度を指摘したくもなった。おっしゃる通りではあろうが、理由も聞かずにとげ々しい指摘は如何いかがなものか。



 そして・・・・・直後、アルフィースの苛立ちはどこかへと飛んでいった。



「…………本当に、ごめんなさい。私ったらずっと顔を隠して、気が付かないで……。その、これはカイルからよく言いつけられていて……でも、本当、そうですよね……私っていつもこうで……本当にごめんなさい……」


「――――――。」


 言葉が出ない。アルフィースはコップに2杯目を注ごうとした姿勢のまま硬直していた。


 彼女は幼いころから高貴な世界で生きてきて、それなりに美しいものを見てきたのだが……。


「せめて挨拶の時くらいは、顔も見せずになんて……ごめんなさい。あの、悪気はなかったのです……だからどうか、許してください……アルフィースさん……」


 儚い印象はある。マスクを外したリアンジェンの顔立ち。その頬は少しやつれており、色の白さから活気というものを感じられない。しかし、その青い瞳に見つめられると、その薄い唇が小さく動くと……つむがれる言葉の1つ1つすら愛おしく感じられて、アルフィースはなんだか足元が揺らいでいるかのような浮遊感におそわれていた。


「――――えっ!? あ、ああ~~! い、良いわよ、別にそんなこと……オホンっ!!」


 気を取り直すようにして、せき払い。アルフィースははやる胸の鼓動を押さえて視線を一度、天井に向けた。


 アルフィースの故郷には高名な花園があり、そこには季節に応じて色とりどりの花が咲き誇る。その中でも彼女が一番に好きな花がある。その花はたった一晩しか咲かず、されどその一晩限りをどの他者よりもうるわしく……。


 物心付いた頃、夜半に照らされたその花を初めて見た時の高揚こうよう。それと同じ感情が今、成長したアルフィースの心に花弁かべんを広げている。


「あっ! ……あの、その、アルフィースさん……」


「な!? な、ななな何でしょうかしら!? 私ったら、別段にして正常でございますわよ!?」


「えっ……はぁ、あの……水が……あの……」


「何、水ですって?? 水ならほら、今こうしてそそいで・・・・・」


 まぁ、率直に言って見とれていた。顕わとなったリアンジェンの表情に、少女アルフィースはすっかり見とれてしまって全ての意識をそこに持っていかれたのである。


 だから手にしていたボトルが傾き、水が注がれ続けていることも忘れて……。


「んなぁぁああッ!? み、水ッ!! 水がッ!? あわわわわわわ……」


「あぁ、いいです。カイルを今呼ん――――ウッ?!?! ウゲッホ、ゴホッ、アッ――――うぅぅ……!!」


「ふ、きますわ!? わたくしはそつなくってよ!? 落ち着いて、ええとカバンの中に……かっ、カバンは部屋ですわ!? ここではなく、私の部屋ですわよ!? た、タオルがッ……!! 取りに行きますわ!! 慌てないわよ!?」


「い、いいですいいです! タオルならそ、そこ……に゛ッ!? エッホ、ゴホッ、ウホェッ!?」


「あわわわわわわ、タオルタオル、違う、これは絵本! 絵本は違くって、タオルを持って…………ハッ、まずはボトルとコップを置かないとですわね!?」


「うぅぅ…………く、薬を……エホッ、ゴホッ……! うぅぅ……ごめんなさい、カイル……うぅぅ……」


 やっとにぎやかになった。先刻、静まり返っていた清浄な寝室だが、ここにきて随分ずいぶんさわがしい。ただ、楽しであるかというと……それはどうであろう?



 ベッド横に広がる水たまり。落ちた絵本がれて湿しめり、タオルは宙を舞う。


 少女2名が騒がしく、どちらも事態収拾を試みている光景。



 最も、内1名はまず、自分の体調を収めることに必死であるのだが――――――。






第40話 「オレサマはモンスターなんだよ(11)」END


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