「オラはモンスター(3)」
駆けに駆けたパウロの快速。低空ジャンプを繰り返す若干飛行のような走法によって、8kmの距離は瞬く間に消え去った。
“市場”に到着したパウロ――と抱きかかえられる少女。彼らはその場が崩壊していることをすぐに知った。
崩壊した家屋から炎が立ち昇っている。それは放火によるものではなく、圧壊したことによって色々崩れた副次被害によるものであった。
店主やらはそれぞれ道の端っこに座り込んで「あわわわ」と言っているし、果敢にも市場のド真ん中で倒れているのはパウロの父であった。
「あんれぇ!? おっとぅ(父)!?」
パウロ少年が駆け寄る。こんな朝っぱらから酔いつぶれているのなら、それはいつものことだ。後で母に報告するだけである。
しかし、どうやら父は怪我をしており「ううむ……」と唸って苦しんでいるらしい。
「な、なにが!? どうすたって、おっとぅ(父)がこんな怪我して……!?」
「むっ……おお、パウロか。なんだ、どうしてここに?」
「いやいや、そりゃこっちの質問だべ!? なしておっとぅ(父)さここで倒れてんだ!?」
「そりゃお前ぇ……お前ぇが何か女の子連れ込んできて、そんで薪をほったらかしだから仕方なくおりぇが担いでこっちきたろ? そこを知らねぇヤツにぶっ飛ばされたからだろうが!」
「ぶっ、ぶぶ、ぶっ飛ばされた!?!?」
パウロは驚愕した。何せ、彼の父はこれまで喧嘩という喧嘩に負けたことがなく、クマすら数km離れた距離で常に父を警戒しており、万一に遭遇すると隠していたサケを持ってきて機嫌を窺うほど畏怖された存在なのだ。
「強い」というイメージしかない父が「ふっ飛ばされた」とケガして倒れている状況はパウロにとって信じがたいものだった。
「まぁ、そういうことだから……ここは一度、お前は逃げい。ありゃどーもならんてば」
「に、逃げぃって……そげなことできっかよぉ! おっとぅ(父)やここはどうなっちまうんだ!? 大体、おっとぅ(父)ふっ飛ばすヤツって……そりゃバケモンか!!??」
「おうさ、バケモンだわ。だっけ、逃げ。おりぇは死んだふりでどうにかすっがら、いいな? ――ぐふっ!?」
「お・・・・・おっとぉぉぉぉぉぉぉぉ(父)!!!!!」
事切れたように演技を始めた父。残されたパウロは悲しみの咆哮を空に突き上げている。
「あ、あうぅぅ……!?」
「アっ、こりゃすまねぇ。勘弁しちくり……」
そしてたまったものではない。抱っこされた状態で叫ばれた少女は耳を抑えて苦しがった。慌ててパウロが彼女を降ろすと、それと同時に唯一原型を留めていた家屋が炸裂したように弾ける。
「あっ、なんだぁ!?」
パウロは驚愕して思わずバケツを落として仰け反った。それは家屋が弾け飛んだことにもそうだが……それより。
瓦礫の中から出て来たクマよりもでっかく、そこらの樹木よりも下手すりゃデカい……。
ともかくデッッッッッカイ、巨大なる“鉄みたいな重くて動き難そうな服を着ている輩”……要は“大きな騎士”が姿を現したからである。
『む? おお、そこに居たのか……みんな、団長が見つけたぞ』
大きな騎士はパウロ少年3つ分くらいの身長を揺すって少年達へと寄ってくる。パウロ少年が193cmなので、つまり大きな騎士=約6mだ。大きさだけで見ればとても人間とはいえないものだろう。おっとぅ(父)がバケモノと発言したことにも頷ける。
自らを「団長」と呼称するそれは一歩、一歩。地鳴りを生じさせながらパウロへと……いや、その視線は別に向いている。
どうやら団長の目的は少年ではなく、その傍らにある――。
「し、しかもデっケなコイツ……どうなってんだ!?」
『団長はノッポでノンビリだから、少し遅れてしまった。そのせいでみんな痛かったらしい……団長は責任を感じている』
「こんなん……どうにもならんべや。どうすっかな……オラも死んだふりしてみっか?」
もう、見た感じからして絶対に無理な相手である。よってパウロは父の術を真似ようと考えた。
しかし「ハッ!?」と。隣から漂う可憐な香りに気が付き、思い改める。
(イカンっ! オラがそんなんしたらアルフィースつぁんが……あんなきれいなベベ(服)着た娘っ子を、地べたに這いつくばらせるわけには……!!)
少年の葛藤――いや、絶望。
大きな騎士はこれも彼ら用に作られた巨大な両刃剣を――それは大剣と呼ぶにも度が過ぎたものだが――ともかくそれを振り上げた。例えばこれを腰元に構えて回転、振り回したとしたら、民家程度なら軽く弾け飛ぶであろう。
迫る圧倒的な存在感。パウロ少年は怯えて歯を「カチカチ」と鳴らしていたが……隣の少女を思うことで歯鳴りは止まり、メラメラとした覚悟の炎が瞳に灯る。
一方の少女は――沈黙。恐怖して竦んだのであろうか?
だから無表情に近い様相で“少年を”見ているのであろうか?
その“冷めた瞳”は一体、どのような感情によって成されているのであろうか?
「…………。」
「ちっくそ……アルフィースつぁん、逃げちくり!! ここはオラが引き受けっから!!」
「…………。」
「ん? あ、あのぉ……アルフィースつぁん?? ほんと、オラはなんとかなっから。せめて君だけでも――」
「……ねぇ、パウロ様?」
「お、おぅ。なんね?」
「あのね、聞かせてほしいの……お願いだから」
「へぇ?? な、なにを?? いぁ、ってか今そんな場合じゃ……!!」
「ねぇ、聞かせて? パウロ様、私の力になってくれるって……さっき言いましたよね?」
「ぬぅ? いぁ、そら言ったけんども……いやいや、だっからこうしてオラがおとりとして君を――」
「そんなことはいいから。お願い……聞かせて? 私の為に……どうしてくれるって??」
「タハぁぁぁっ、勘弁しちくりゃれぇぇぇぇ!! ホント、こんなヤツの剣を防ぐ術なんてオラには――」
「んもぅ、いいから聞かせてくださいってば!! あなたまだ言ってないもの!!」
「頼むっけ、言うこと聞いちくりぃぃぃ、アルフィースつぁぁぁぁぁんんん!!!」
何やら意図が掛け違っているらしい2人。しかしそれは大きな騎士には関係ない事情である。
容赦はしない。騎士の剣が、振り上げられたギロチン刃の如き輝きが、今にも振り下ろされんと――
「ほら、私の為に?? “なんでも”――なんですって!? いいからさっさと、誓いなさいッ!!!」
「らっけ、何度も言うとろぉが!? オラはアルフィースつぁんの力になれるなら、“なんでもするっぺよぉ”って――――――むがッ??」
大剣の刃が太陽光を反射している。巨人騎士の鎧が炎の揺らぎによって朱く染まっていた。
怯える村人たち。崩壊した市場の惨状。うつ伏せにチラチラと、視線を向けている父親……。
そして交わされた“くちびる”、繋がった手のひら。
ほのかに甘い香りが、少女の前髪が……少年の額に触れる。少年は何も理解できず、巨人も何も見えず感じられず……ただただ、頭が真っ白になった。
そしてこの時。少女の想いは――少年へと“装心”されたのである。
「―――――――――――??????」
くちびるが離れた。驚くをすっとばして放心する少年。
対して何事もなかったかのように……少女は「ニヤリ」と不敵な笑みで“敵”を見上げる。
「 契約は成されたり。拠り人に憑けよ、変ぜよ……現れよ、我が内なる怪物!! 」
――逆枝の怪物― バウランシア ―BOULUNCIA――
「 な、なんだ??? お、オラは一体……何が起こったんだ??? 」
揺らぐ少年の心身。心と体が分裂したかのような、それとも融合したかのような……。
そこにあるのは違和感。痛みは無く、ただ「なぁ~んか変だべや?」と彼は思った。
それだけでパウロ少年の身体は全身が“黒ずくめの様相”となり、無数の刺々(とげとげ)しいモノが体表を覆っていく。
まるで異形な存在。パウロ少年の身体は瞬く間に異形へと変貌したのである。
明らかに重そうな見た目になりながら、不思議と身体は軽々と感じられた。あまりに軽くて、少年は姿勢の制御に戸惑うほどだ。
「へぇ、随分と真っ黒なのね……まぁ、いいわ」
『ちょ、ちょっと!? なんかオラ、どっか変でねぇか!?』
「そんなのいいから……ほら、きたわよ」
『えっ……んぬぁぁぁ!?!?』
まったく自分の身体のことが解らないまま。怪物と化したパウロは振り下ろされる巨刀の脅威に対抗せねばならなかった。
『ま、待って!? アルフィースつぁんがまだっ……ええいッ、やるしかねぇ!!!』
やけっぱちの抵抗である。隣にいる少女は変わらず……いや、不気味なくらいニヤニヤしているが……それは兎も角としてその場に残っている。
動かない彼女ごと切り裂こうとする刃を満足する結果に済ませるには……なんとかして、受け止めるなりするしかない!
『あっひぇぇぇぇぇ!?』
恐怖によって怪物パウロは吼えた。目も閉じていたであろう。だから、あんまりにも感触なく時間が進んでいることに「違和感」を覚えるまで時間がかかった。
まったくもって痛みも何もないままに「これが死ぬってことだか?」と思いつつ目を開く。すると……。
無謀にも刃を受け止めようと掲げた双腕は、その無謀を可能としてガッチリと巨大な剣を受け止めていた。あまりにも重さが無く感じられて寸止めされているのかと思うほどだが……巨大な騎士はプルプルと震えており、どうやら筋力をフル稼働している最中らしい。
『・・・・・な、なして???』
「ふんっ。ま、そうよね。解らないから……“指示が必要”よね」
この異常な光景にまったく動じていないアルフィースは先ほどまでの弱々しさが嘘のように太々(ふてぶて)しい。
少女は胸をのせて腕を組み、口角をひん曲げながら声を張り上げる。
「“枝を伸ばしなさい”、バウランシア。“無数に伸ばして、貫いて差し上げなさい”。そして……“どっか放ってしまってください”な、その無粋なる下郎を!!」
涙をながし、お淑やかに身を竦めていた少女の姿はそこにない。あるのは自信に満ち溢れ、さながら己の絶対なる力に酔いしれるかのような……狂気めいた無邪気な姿である。
不思議なことだが……どうしてか、態度の大きい少女はこの時ぼんやりと輝いている。
『オ――――――オガァァァァァァァァ!?!?!?』
騎士の巨人が野太い悲鳴を上げる。彼の振り下ろした大剣には今、眼下の怪物から無数に伸びた黒色の枝がまとわり、そして刃を登って巨人の鎧を一気に刺し貫き始めたからである。
先端の尖った無数の枝は容赦なく騎士の鎧にまとわり、次々と剥ぎ取ってまる裸にしてしまった。重厚な金属片が飛び散って市場の瓦礫へと落下していく。
傷だらけの裸体となった巨人。それは左右に軽々と振り回された後に、束ねられたしなる枝の集合体によって遥か彼方の大空へと放り投げられた。
「ズゥゥゥゥゥゥン!!」――と。近場の山林から大質量が落下した轟音が響き、土煙が巻き上がる様子が伺える。
しばらくすると……「団長!」「団長!」と騒ぐ4人ばかしの声と『イデェヨォォ』という呻き声が木霊し、それらはやがて悲鳴と共に遠ざかって行った。
どうやら危機は去ったらしい。そして、それはそれとして……。
『・・・・・。』
困ったのはパウロである。確かに脅威は去ったらしいが、今度はそれと別の異常が現在の彼に切迫している。怪物と化した己の身体だが、正直それすら本人はよく理解できていない。
「あ、あんの……アルフィースつぁん? オラには何がどうなってんだが――」
「ほら、何をいつまでも呆けているの? もう戻してあげたから……少しは私の“下僕”らしく、シャンとしてくださいな!」
「え? ……あっ、ホントだっぺや! 元に戻・・・・・っとぅえ、下僕ってなんだず??」
「頭が高いわよ……下僕め、“跪きなさい!” この主である、アルフィース様にねッッッ!!!」
「んぉ?? ・・・おっ、おわわぁ!?!?!?」
意思とは無関係に。少女の“命ずる”まま、パウロは地に膝をついた。
少年は何が何やら解らない……。
一体、彼女はどうしてしまったのか? 自分に何が起こったのか? 騎士は大分大変なことになったけど、生きているのか? 父はピクリとも反応しないが、まさか本当に死んだんじゃあるまいな……?
巨人が何処かに飛んでいった光景を確認した村人達は口々に喜んではしゃいでいる。父は膝のあたりを掻いているので、どうやらちゃんと生きているらしい。呻き声が聞こえたので巨人もまぁ生きてはいるのだろう。
そして、崩壊した市場には少女の「オーッホホホホ!」とした高笑いが響き渡っていた。
その傍らには……正座してようやく少女と同じくらいの高さになった大柄な少年の呆然とした姿がある。
――どうやらパウロ少年の理解は追い付いていないらしい。代わりに少し、説明するとしよう。
つまり……彼はこの日。世界に巻き起こっている【装怪者】を巡る騒動にすっかり巻き込まれてしまったのである。
山奥のヤットコ村で穏やかな人生を送るはずだった彼の運命。それはこの日、生涯に渡って関わることになる“少女”の登場によって、全く平凡ではないものへと変貌してしまった。
そうとも知らず。少年パウロがここで最終的に考えていたことは……。
(なんか知らんが、ともかくあん子が元気そうでえがったなぁ~)
ということだった――――。
第3話 「オラはモンスター(3)」END
怪物は2人を試す心の天秤、人の心という重りは硝子細工の人形である。下がればそこに、長い爪がかかる。