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「オレサマはモンスターなんだよ(7)」

 正直な話――形状が自分の物と違い過ぎていてパウロは解らなかった。タオルか何かと思っていたようである。


「・・・・・。」


「あ、あの、アルフィースつぁん。そろそろ機嫌さ直してくんろ?」


 それが自分で言うところの下着パンツに相当するものであると、それの女性版であると理解できたのは、アルフィースがまくし立てる言葉の端々から到達した解答による。


「・・・・・。」


「お、オラだってそっただなこと……知ってたらもっと丁重ていちょうあつかってだな、きちんと折りたたんで返――」


「・・・・・黙って」


「あい、すまんす……」


 少年と少女の旅路はなんとも気まずい事態におちいってしまった。思い返してみれば、そもそも少女の不注意が原因であるような気もするが……。


 命じられたまでではないものの、さすがにパウロも思う事があって押し黙る。実のところパウロはヒントを過去に得ていたはずだった。


 あれはカースエイドに向かう途中……近頃サボっている少女の怪しい舞の最中さいちゅう。パウロはバッチリ“得体の知れない布類”を目撃していたのである。とてつもなく冷静になれば、そのことに思い至って何かできたかもしれない。


 パウロはしょんぼりとしながら脳内での悪しき思考との戦いをやり過ごすしかない。ただし、何が悪しきなのかをパウロは解らない。


「・・・・・ぬぅぅ!」


 少年はともかくとして、アルフィースもまた頭を抱えていた。こうやって見られたりさわられたりしたくなかったから「開けるな!」だったのに……。まさかガッチリつかまれてかかげられようとは……想定外にもほどがあろう。


 旅というものは何が起きるか解らないものだ。だからこそ、様々なケースを想定して備えておくべきであろう。だが、それにも限度がある。


 アルフィースはブツブツうなったりボヤいたりしている。隣の少年は脳内での戦いに懸命で聞こえていないようだが、聞こえていたらより複雑な状況が発生していたはずだ。



 さて、そんな2人であるが――今現在、何を思ってわざわざ“森の中を歩いている”のか?



 それはあきらめた赤い鞄とは別の“白い鞄”を探しているからである。パウロの証言によると、どうやら白い鞄は空中を飛んでいる最中さなかに手元から離れたらしい。


 森林の中からは解りにくいが……山肌には地層が露出ろしゅつしている。そこにたくましく芽吹く植物はあるものの、山肌に木がしげっている訳ではない。つまり、この渓谷に繁茂はんもした森林は細長い緑色地帯ということである。


「んっと、確かこんくらいの角度で回ってほんであっちさ飛んで落ちたんがあんな感じらっけ……」


 パウロにはなんとなくの“当たり”があるようだ。それは彼がきりもみ回転に空を飛びながら、驚異的な動体視力で“鞄の落下を観察していた”からこその当たりである。


「ほーして、えと、ん~~……?? やっぱす一度、がけさ登って上から見っかねぇ」


「結局、見つからないのね・・・ハァ」


「や、らっけ一度オラ上さ行くっけよ。アルフィースつぁんさここで待ってて……ぬぉ??」


「はぁ……こんな不気味な場所に私を1人置いて行くなんて、思想からしてどうかしているのね。そもそもこの、セイデンのアルフィース様がどうしたってこんな薄暗い森の中で1人になりますか? 虫の1つでもついたら本来は懲罰ちょうばつものですわよ、従者として…………ああっ、もうっ!! いいわよ、いいわよ、そうやって勝手にして! 今度こそはぐれちゃうかもねッ!!!」


 強い口調で言い捨てるアルフィース。それはまたたく間に少年が姿を消した事実に対する皮肉ひにくめいた自虐じぎゃくである。


 彼女の自虐した言葉が風に流される程度、わずかな時間。


 たったそれだけの間に少年は“樹上から”少女の前に跳び戻ってきた。


「あっただよ!! アルフィースつぁん、ほれほれ、カバンさあっただ! 今度は開いてねぇし、きっと中身も……」


「あら、それは良か――って、だから開けないでよぉ! いいから寄越よこして、あなたはそこで待機!!!」


「お、おぉ! ほれ、どんぞ~~」


「やっぱり油断ゆだんすきもないわ。放っておくと何するか解らないんだから、んもぅ……」


 呆れた様子ながらも、白い鞄が見つかったことに安堵あんどはしているらしい。香ばしい匂いがする鞄を開くと、中身はしっかりと詰まっていた。外側にぶら下がっている少年用の布袋も無事だし、ルイドにもらった物もきっちり収まっている。


「ハァァァ・・・。改めて確認すると、やっぱり赤い方を失ったのはショックね。先にある集落とやらでお買い物できるといいけど……」


 アルフィースは周囲の緑を見渡して溜息ためいきいた。こんな自然豊かな場所に彼女がお気にすショップなどあるのであろうか。いや、無い。


「あ、アルフィースつぁん……やっぱす、オラもっと川ん中さ探して――」


「いいわよ、もう! さっさと次に休める所に行きましょう。こんな森の中で夜を過ごすなんて、イヤだわ!」


「ん、んだなぁ。だけんど、あとどんくらいで人居るところ出んだ?」


「知らないわよ――――あなたも知らないの?」


「いや、知らねっぺよ。らってここ馴染なじみの山じゃねぇし……」


「それはそうよね……あぁ、どうして私達ってこう、行き当たりばったりみたいになるの? なんだかお腹も空いてきたし……」


 行き当たりばったりはどうしてであろうか? それは旅に必要な何かが足りていないからかもしれない。例えば物資とか、情報とか、計画性とか……。


「……クッキー食うべか? 結構いっぺこと貰ったんでねの?」


「そうね。何処どこか座れそうなところはありまして?」


「お~っ、イイ岩さあったわ。ほれ、こうして服さいて……」


「・・・ま、いいでしょ。ふぅ、やれやれ」


 平たい岩に敷かれたジャケット。そこに腰かけるアルフィース。そして地べたに座るパウロ。


 渓谷の森林は静かなもので、木々のさわめきと川の流れる音がかすれ聞こえる程度。


 のどかな森の影でリスが走る。小鳥は枝から羽ばたいて空高くへと消えた。


「カボチャが入っているのね。甘いし、食感が面白いわ」


「んだな、昨日のとはまた別の味なんね~~」


「ん、昨日って??」


「ああ、夜にシノさんとちぃっと話してたんよ。オラたちの旅とか、シノさんの旦那だんなんことだったり……」


「へぇ、旦那さん? …………そう、どんな人だったのかしらね?」


 クッキーをかじる「カシッ」とした音は自然によく残り、混乱の余波で微妙な緊張があった2人の関係を甘みが緩和してくれるかのようだ。


 陽はまだ高い。しかし、先の見えない行程ゆえに、このままでは野宿を回避できない可能性も高い。


 実のところ、集落はそう遠くはないのである。そして、だからこそ――――。


 先ほどの騒ぎも“彼ら”に聞こえていた。


 クッキーをかじっている少年と少女。少年がクッキーに手を伸ばす度、自然と距離は近くなり、目と目が合う。2人は自然に、そのまま会話をする。


 クッキーが緩衝剤かんしょうざいとなっているようだ。共に美味しいものを食べている時、2人は共感して会話の切っ掛けを得た。


 そんな2人を茂みの影から観察する“複数の眼”。それらもにごった眼を合わせ、ヒソヒソと密談を交わしている。


「女と……男だな」

「女って、子供だぜ? ヤロウはデケーな」

「見ろよ、あのむすめ。中々着飾ってやがる。こんな渓谷に……」

「やたらお上品ぶってるからな。きっと“お嬢様”だろうぜ」

「なんだって、とりあえず襲ってみればいい。そうだろうが」

「よしとけって、“カシラ”は耳もえる」

「おうよ。“オキテ”だって、破るとおっかねーからな」

「なーに! 川にでも放り込んじまえば、解らねぇだろうさ」

「なんだっていい、おらぁもう、我慢できねーぜ!」

「おうよ、略奪万歳! 怖気おじけづいて、家業が務まるかい!?」


 “それら”は本当に小さな声で話している。距離はあるが、一応、気配を出さないようにもしているらしい。


 抜き足、差し足にジリジリと近づいていく“それら”……。


 ただし、それらの隠匿いんとく技術など、野生動物達に比べれば随分と生温いものだ。


 付け焼き刃の隠匿術ならそこらの野ウサギの方がまだ優れる。そういった連中を遊び相手にしてきた人に、通じるものではない。


「――――そっか。シノはずっと、旦那様のことで悩んでいたのね。だから、あの目はあんなにもさびしそうだったんだ」


「だな。……んでなぁ、ちぃっといいかに、アルフィースつぁん?」


「ん、どうしたのパウロ?」


「いぁぁ、ちぃっとだけね。耳さ押さえててくれっか?」


「みみ? みみって、コレ? 私の耳?? どうして???」


「いぁ、ほんにちぃっとでいいんだわ。一言くらいだっけさ、しっかりふさいでてくんろ」


「??? なんだか解らないけど……こうでいいかしら? 聞こえないわよ、何も?」


「んだ、それでええ。ほしたらな・・・・・スゥゥゥゥ――――っ!!!」


 アルフィースは耳を塞いだ。首を傾げて不思議そうにしている。


 一方、パウロは息を大きく吸い込んだ。彼の強靭きょうじんな腹部はへこみ、胸部がふくれ上がる。


 ――次の瞬間。森の静寂を切り裂く“咆哮ほうこう”が、辺り一帯に響き渡った。



「 ゴラッ!!! おめだつ、そこでなにしてんだッッッ!!!!! 」



 座ったまま、首の向きだけを変えて放ったパウロの咆哮。そのすさまじい音圧は周囲の木々を激しく揺らし、衝撃の波がしげみの揺らぎとなって目に見える程。


 一種の攻撃行動に近いそれは単に威嚇いかくであるのだが……並みの人間にとっては異常な現象に思える。不意をつかれたのならば、驚愕することであろう。


「「「 うわわぁっ!? な、なんだなんだ!? 」」」


 総勢にして『8名』が茂みから姿を現した。全員が灰色の上着を羽織はおった男性であり、それらはすべて驚きと耳鳴りですくみ上がってしまっている。


 目が点になったかのように呆然ぼうぜんと森林に立ちくす8名の男性陣。それを1人1人眺ながめて、ゆっくりと立ち上がる大柄な男……。


 こそこそしていた8名にパウロ少年は威圧の視線を刺していく。彼は、そいつらの正体に心当たりがあった。


「おめたつ、何者だ? まさかシノさんさ言ってた盗じょ――」


 言いかけて言葉が途切れる。恰好かっこうをつけていたわけではないが、それなりに見栄みばえの良い場面であろうに……。


 一体、何が少年の見せ場を妨害したのであろう?


「うぅぅぅぅぅぅ――――っるっさいのよォォォ!!! いきなりとんでもない大声を出さないでくださいますぅ!!?」


 アルフィースだ。彼女がわざわざくつを脱ぎ、その底を用いて少年の顔面を叩いたのである。しかし今の彼女も十二分にうるさい。


「えっ!? いぁ、らっけ耳さ塞いでくろって――」


「ふさいだわよ!? それでもうるさいったらないわ、どういうつもりなの!? なに言ってるかわからなかったけど……ともかくこの耳鳴りをどうしてくれるのよっ!?」


 近すぎたのだ。パウロは音の発生方向を変えたのだが……それにしたって近すぎた。至近距離で音波攻撃を受けたようなものなので、アルフィースはカンカンに怒っているのである。


「す、すまんす。んでもな、アルフィースつぁん。こういう手合いには先に手さ打たんと――」


「えっ?? なんですって?? んんんもうゥ!! いまいち聞こえないっ、聞こえにくいっ!! ンギーッ!!!」


 まだ耳鳴りが収まらないらしい。アルフィースは地団駄じだんだを踏んで抗議した。裸の胸板を靴底で叩かれながらも、パウロはなんとか落ち着いてもらおうとしている。


「らっけな、あっこにるろ? ほれ、あいつらたぶん盗ぞ――」


「はぁ? なに? 何がおるって?? そうやって気をらしてもね、私はこの怒りを――」


 パウロの指差した方向にチラリと視線を向けるアルフィース。彼女は「気を逸らす作戦だ!」と指に釣られて見ただけで、すぐに視線をパウロに戻した……が。あらためて視線を示された方向に向けた。


 少女の視野には鬱蒼うっそうとした森林の茂みに立ち尽くす8名の姿がある。威嚇によって竦んでいた彼らだが、今はただただ、少年と少女のやりとりを呆然と観ている。


 アルフィースは確認するようにパウロを見上げた。パウロは肯定こうていするように「ウンウン」とうなずく。


 アルフィースは「コホン」と一息。そうして会釈えしゃくをしながらドレスのすそを広げた。


「・・・・・ご機嫌よう。ええと、“盗賊”の皆さん? 私はアルフィース、セイデンの淑女しゅくじょですわ。以後、お見知りおきを――」


 状況を確認したが、飲み込めてはいないのであろう。アルフィースは「初対面の人達への対応」を社交辞令として行っている。



 渓谷の森林地帯。川のせせらぎと木々のさわめき。たたずむ8名の男性。


 パウロ=スローデンは気が抜けたように、隣で咲いた可憐な少女のお辞儀じぎを眺めていた――――――。






第36話 「オレサマはモンスターなんだよ(7)」END







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