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「オレサマはモンスターなんだよ(3)」

 月明りが照らす平原。山脈の稜線りょうせんが星空の下でおぼろに浮かんで見える。


< ウォォォォ~ン――――!! >


 眠る牛達。渓谷けいこくから残響して届いたオオカミの遠吠えに、ピクピクと耳が動いている。


 すっかり夜だ。テッペル渓谷近くの平原にある家々は灯りを落とし始めている。


 今でこそポツポツと家屋かおくが点在する牧歌的な風情ふぜいすらある平原。それも200年程前の同じ時刻には槍を手にした兵士たちが警戒し、夜襲に備えていたものである。その名残なごりなど、今となってはせいぜいがちたさくくらいのものだ。


 白い壁の一軒いっけん家。シノーファー宅は2階建で間取りから本来は3、4人での住まいを想定していたのであろうことがうかがえる。しかし現在、2階はほとんど持て余されており、1室に置かれた「使われていないベッド」は手入れだけされていた。


 久しぶりに本来の役割を成しているベッド。そこに眠るのは20000PLペルラのパジャマを身にまとった可憐かれんな少女である。


 ベッドわきに置かれた大きなかばん2つにはそういった類のものが色々入っているのであろう。何か明らかに雑な様子で鞄の1つにくくりり付けられている布袋もあるが……。


 小さな寝息をたてて眠る少女アルフィース。2階には彼女しかいないが、1階のリビングには2人の姿がある。


 【家主のシノーファー】はゆったりと椅子に腰かけ、木片をけずって細工をしている。それなりに手慣れた様子ではあるが……棚に飾られた作品と比べたら随分ずいぶん……率直に言って“出来が悪く”思われる。そしてそのことを彼女は誰よりも承知しょうちしており、だからこそ趣味としているのである。


 同じ空間でやや身をかがめて立つ【パウロ少年】。一度天井に頭を当てて「メキッ」と変な音をたててしまったので用心しているらしい。


 整頓せいとんされたリビング。物を多くあらわにしない、落ち着き払った清潔さがそこにある。“無骨ぶこつ”と無縁むえんなこの空間において筋肉質な少年は場違いであろう。


 少年が着用している寝間着パジャマはぴっちぴちだ。


「…………パウロくん、やっぱりキツそうですね。もうちょっとよく探してきましょうか?」


「んぁ? キツいって……あ~、こん服かね! そうでもね~っぺよ? たすかに動くと“ミシミシ”音さすっけど……オラは痛くもなんともねっけ、大丈夫(で~~じょうぶ)だべ!」


「そう? ならいいけど……」


 現在、パウロ少年が着用しているものはあきらかに「男性もの」の寝間着である。しかしこれは彼の所有物ではない。


 パウロの所有する衣類はえりにボタンのあるシャツ1枚と下着パンツが3枚、それにたけの短いズボンが1枚のみである。初期装備ではないが、別に旅立ちから特段良くなったわけでもない。下着が1枚から3枚に増えたことが一番の強化である。


 そのパンツも、ある日にルイド・カチースキーが――


『……毎日同じ下着をき続けることは推奨すいしょうしない。下着に限らずだが、衣服というものは人間の身をいろどるためのものではなく、本来、体温調節の補助や代謝による発汗等を吸収し、表皮清潔を維持する道具の1つと言える。例えば……』


 ――などと、色々ぶつぶつ言った上で買ってくれた+2枚だ。パウロは言われるがままそれらを受け取って使用している。


 つまりはその“下着2枚”こそが彼の荷物と言えるのであるが……これは彼が持ち運ぶ大きな鞄に入ることを許されていない。その横にぶら下がる8PLの布袋へと雑な具合に突っ込まれている。


 現在、パウロが着用している男性ものの寝間着は家主のシノーファーが貸してくれたものだ。「そのままあげますよ」と言ってくれたので、実質「もらった」ものである。


「んでも、これっておめさのなんらろ? ほんとに貰ってええんだか?」


「私の……ではないかな。でもええ……もう、使うことは無いだろうから……どうぞ?」


「いぁ~~、なんもかんもすまんだすなぁ。世話さなりっぱなしらっけよ~!」


 手を後頭部に置いて仰け反るように笑うと天井が軋んだ。「イケネっ」と、少年が大柄な身体を屈める。


 その動作に思わず「クスっ」としながら、シノーファーは途中の木彫り細工を机に置いた。


「……ねぇ、パウロくん?」


「んだ、なした?」


「少し、聞いてもいいかしら。ちょっと興味きょうみがあるだけで……別に話せないなら、それでもいいのだけど……」


「お~、なんでも聞いてくろ。こんだけ良くしてもらってっけ、そんくらいお安い御用だわ!」


 机に置かれた細工は牛の木細工。2頭作っているようで、大きさが異なる。


 視線を木細工から少年に移し、シノーファーはふくよかな身体を背もたれにあずけた。


 ゆったりとした所作しょさにふっくらとした身体。そこからおっとりとした、しとやかな言葉で彼女は興味をつむぎ始める。


「……パウロくんとアルフィースちゃんは、どうして2人だけで旅をしているの?」


「オラとアルフィースつぁんの、旅?? そらなぁ、そもそもオラの村にあの子さ――」


 パウロは色々語る。情報の整理など関係なしに、思いついたまま。旅の始まりといきさつを語った。


 そして、シノーファーが聴いたそれらを要約した上で羅列られつすると以下のようになる↓↓


・会ったのはだいたい10日くらい前のことだった。

・村の近くの森で乱暴な男共に少女が襲われていた。

・助けて帰ったら頼りにされたので任された。

・少女とその……なんかすると身体が変になる。

・そうしたら、父親に投げ飛ばされて旅が始まった。

・仕方なく歩いたら人がいっぱいいる場所にびっくりした。

・宿のじいさんが怒って、逃げた。

・気の良い男とキレイな女の人に出会った。

・悪いヤツ……信じられないけど、そんなのがいた。

・しかも負けた。

・2人と別れて言われた通り東に行ったら、クマがいた。

・森の中で2回負けた。クマとの戦いは護れなかったから負け。

・一度負かされた男は頼れる人だった。隣の人は元気な女の子。

・色んなことを教わった、すごい喧嘩けんかも見せてもらった。

・また少女とその……なんかされたら身体が変だった。

・そしたら頼れる人も変なのになれていた。

・なんかすごく強い青いヤツは傷だらけでどっかいった。

・前に会った信じられんほど悪いヤツ……今度は勝った!

・しかも、しかも、少女が応援してくれた!!

・でもやりすぎるところだった、注意してもらった。

・少女は食事の時変な感じだった。

・また東に行けと言われて、歩いた。

・そんでここに来た。


「――――んで、ベコさおるろ? 牛さめんこいなぁ~言うてたら、これがまたでっけ~ババ出しおって! オラさ関心したんよ、元気な証拠らって。ほしたらなんか跳んじまって……久しぶりに牛乗りさやってよ、仲良~なったんだわ。ほんでシノさんさいたっけ、“オラはパウロ=スローデンだす”って挨拶あいさつしたろ? したら家さ来いって、ありゃあんがたかったわな~~」


「……そう。まだ出会ってそれほどでもないのに、とても色々なことを経験したのね。2人で旅をして、一緒に色々なものを見て……素敵なことね」


 まくし立てるような調子の上に何か聞き取り難い口調なので、家主のシノーファーは断片的にしか話を理解できていない。それでも少年と少女が平坦へいたんではない旅路たびじを歩んできたことを思いえがくことができた。


「いやぁ~ほんに、世界ってのはひれぇわなぁ。おっとぅ(父)さ言ってた通りだっぺよ。こんでも、ほんの一部なんらろ? ものすげーわなぁ……」


「アルフィースちゃんは決して平穏ではない旅立ちをしたのでしょうね……彼女はパウロくんに出会えて、幸運だったわ」


「んぉ、そっかに?? いぁ~んでも、幸せなんはオラの方だっぺよ。おかげで、たっくさんのこと見れるし、聞けるし――」


「“幸せ”ねぇ……それって、一緒に旅ができて? つまり……パウロくん。あなたはアルフィースちゃんのこと、“どう”思っているの??」


「んだなぁ、そりぇは――――え?? その、どうって……アルフィースつぁんさ、めんこいし、いい子だなぁ~って……うん……」


 パウロ=スローデンは正直な男である。隠すことが苦手で、不器用な男である。


「めんこいって、カワイイってこと? それにいい子だなんて……やっぱり、“仲が良い”のね~」


「な、仲良くって……そら、そうすたいけんども。アルフィースつぁんさオラのこと――――ん、んな、なしたってこんなん聞くんらろか!?!?」


 戦いにおいて「感情と本能のコントロールをしろ」と、彼は教わった。しかし、それとはまた別に制御しがたい感情というものは存在する。それは武術云々でおさえ込めるものではない。


 現在、パウロ少年の耳が赤くなって挙動がきょろきょろと不振ふしんで目線が落ち着かないのも、無理からぬこと。それを制する術など、だれが教えてくれようものか?


 そんな少年を前にして……。思春期を過去に置き去った女性は自分のほほに手を当てて目を見開いた。


「あら……アラアラ!? もしかして、パウロくん!?」


「んな、なんだっぺよ……!!」


「もしかしてもしかしてだけど……もしかしてッ、“言葉にできない”!? どう思っているのか――自分の心を???」


 シノーファーのひとみがキラキラとしている。恰幅かっぷくの良い彼女は机に頬杖ほおづえを着き、宝石でも見るかのように身を乗り出した。


「・・・・・な、なんか前にもこんなん聞かれたね? んでも……そうらよ。よっぐわがんねんだわ、オラにも。自分のことなんにね、情けねぇろ……」


 少年は挙動不審に伏し目がちで、同時に「追い詰められた」ような苛立いらだちも感じている。喧嘩の最中でもないのに、反撃不能な危機ピンチの感覚がそこにある。


「情けないなんて、そんなことないわよ~。そっかぁ……パウロくんはまだ、ハッキリできていないのね~」


「な、なんでも答える言ったんに、面目ねぇべ……すまんす」


「いえいえ、いいのよ! 2人旅だって聞いて、ちょっと気になっただけだから……アアッ、でもでも。今日は本ッ当に、久しぶりの日ね! 年甲斐もなく心がおどるような気分になっちゃった♪」


 恰幅の良い女性は表情がつや々として、口調もどこか変化したように思える。まるで時間が戻り、過去の彼女が戻ってきたかのようだ。


 実際のところシノーファーは……この旅の少年が不埒ふらちやからならば1言2言、しかってやろうと考えていた。


 ところが、聞くと不埒どころか純粋が過ぎるこの少年。これを怒る道理など無い。カツを入れるくらいしてやれるであろうが……そういったお節介せっかいは好まない様子。


「ごめんなさいね、あなたを困惑させるつもりはなかったの。そうそう、夜食にクッキーでも持ってくるから、そこに掛けて待ってなさいな♪」


「はぁ、まぁ、そらあんがてぇけども……」


 上機嫌なシノーファーは調理場の裏へと向かった。中々情緒が安定しない少年はしきりに頭をいている。次々と脳裏に浮かぶ少女の表情と姿のせいで落ち着かない。その理由が解らないから不安にもなる。


 1人、整頓されたリビングに残されて。少年の心は盛る暖炉だんろの火を見るうちに次第しだいと平穏を取り戻していく。



 それからしばらくして――。



 家主のシノーファーが大皿いっぱいのクッキーを運んできた。焼き立てではないのだが、1口食べれば香ばしい風味が鼻孔びこうを抜けて、次に次にと手が進む。


 少年は先ほどの動揺を忘れたかのように――忘れるかのようにクッキーをパクパク頬張ほおばった。彼の様子をながめる家主はなんとも穏やかな表情である。


「んむ、んむ……こりゃ甘くって、止まらねぇっぺよ!」


「嬉しいわねぇ、それだけ美味しそうに食べてもらえると……」


「うまそうってか、美味いんだっぺよ。シノさんさ、ほんに料理上手なんにぃ~~」


「あらあら。そんなにめられたら、もっと作ってあげたくなっちゃうわね!」


「もっと作ってくれるんけ!? あんがとねぇ~、すっげありがてぇっぺよぉ~!!」


「うふふ。あなたみたいな子を見ていると、なんだか――」


「んぉ、そういやシノさんさ! おめさ、“旦那”とかいねーんけ? このでっけ~家に1人なんか??」


「――――――。」


 まぁ、そうである。パウロは正直で隠さず、不器用な少年だ。あまりに真っ直ぐすぎて、受けた相手が面喰めんくらって真顔になることもあるだろう。


「――そう、1人よ。旦那はもう、この世にいないから……」


「もういないってなして――――あっ!?」


 パウロはここで気が付いた。彼は1人で暮らす女性の理由として様々な可能性の中に、「うしなった」があることに思いいたったのである。


 パウロは思い至り、途端とたんに表情を暗くする。


「そ、そっか。そら、すまんすな……」


「うふふ♪ いいのよ、謝らないで。あの人もあなたみたいだったわ。こういうことをハッキリ聞いちゃって、となりで私がハラハラして――」


 いきなり自分の深い部分に踏み込まれたシノーファーだったが……それは先ほどの自分にも言えること。それに、少年が純粋ゆえのことなので気分も悪くはならない。ただ、思い出すことでひたされたように湿しめった気分になるだけである。


「――――やまいでね、若くしてくなったわ。子供もいたけど、まだ幼かった。あんなに丈夫じょうぶな人だったのに……運命って惨酷ざんこくなものね」


「病気でか……そら、つらい思いさしたんらな……」


「でも、彼は気丈きじょうな人でね。それに普段からみんなの頼りにされていたから……ずっと、隠していたの。ついに起き上がれなくなっても、“大丈夫さ”って……」


「…………強い男だな」


「私なんか、あきらめきれなくって。とても高価だけど、あの薬さえあれば……お金さえあれば……って。手段を選ばずに集めようともしたけど……あの人勘が良くってね。しつこく“俺のことより、息子のことを考えろ”――って。“これから長く生きるあいつのために、お前は無理をするな”――ってさ」


「息子さんもおったんか……」


「頬もこけて、目もくぼんできて……それでも、口調と態度だけは変えないの。それなのに、ずるいじゃない? あんな優しい目をされたら、嘘もつけないしさ……」


 シノーファーは手のひらで目元をおおった。覆った手の下から涙がこぼれ、流れていく。


 パウロはクッキーを手にしたまま、これもうるんだ瞳で黙り込んだ。


「最後までそんな調子。今でも、例え嘘と裏切りになったとしても……あの人のためにもっと何かをしてあげた方がよかったのかな――って。夜になると考え込んでしまうわ」


「…………オラ、あんたの旦那だんなさ会ったこともねぇよ? でも、なんとなくよ。嘘とか裏切られて、それで命さびたってよ……大事なあんたにそんなんされたら、すっげぇガックリしたと思うわ」


「でも、私は少しでも長く生きて欲しかった。護りたかったの……彼のことを……」


「護りてぇって、それそん人も思ってたんだわ。だからあんたと一緒になって子供さつくって、幸せにさしてやるっけよって……なぁ? それがよ、自分のせいで大事な人が無茶苦茶してったら、それがいっちゃん悲しいことなんじゃねか? あんたは旦那んこと、どげな人だって思うんさ?」


 ただ黙って聞いているだけではなかった。とても黙っていられなかった。こんなん言ったら嫌われるかもとか、こんなん言ったら傷付くかもとか……そういった配慮はいりょは苦手な性分しょうぶんである。


 ただ正直に。感じたままを吸収して、偽りなく話す。そんな姿が……現在の少年に、過去の人を重ねさせる。


「――――そうね、その通りの人よ。よく似ているって、さっき言ったけど……似た者同士、やっぱり解るのね」


「いぁ、まぁ、オラは会ったことねっがら。おめさの方がぜってよく解ってるはずなんだわ」


「ふふ、そうね。ただ……ただねッ??」


「え・・・・・へぁッ!?」


 シノーファーは腕で涙をぬぐうと、拭いきれずにうるんだ瞳のまま、大きく身を乗り出した。それは「一言物申す!」の勢いである。いきなり顔を近づけられて、少年は危うく椅子ごと倒れそうになった。


「ただね? 似ているからこそ……あの人の代わりに聞いてちょうだいッ!!!」


「な、なんね!!??」


「あのねぇ――――私だって、“護りたかった”のよ!! あなたと、あの子と、私のいる家庭をっ!!! だからもっと長く生きてほしいって……それが悪い事なの!? 例えこの身を犠牲にしても、なんだってしてやるって……その覚悟が悪いのかしら!? あなたを裏切りたくなかったから、どれほどの涙を流して我慢したと?? ねぇ……解ってよ!!!」


「い、いぁ、そら解っけんども……そりぇでおめだつ親子さ辛くなったら、きっといたたまれないっぺよ?」


「だからっ、いつもいつもそうっ!! 自分よりも私を、あの子を、仲間を……道すがらの人を……って、人のことばっかりじゃない!? 少しは、せめて最期くらいは――自分のことを、大切にしてよ……」


「た、大切にしたんだわ? きっと。自分の“護りてぇ”って、そのいっちゃん大事な部分を大切にしたんだわ。らっけ、おめさ達のこと考えて……達者たっしゃにしてくれってよ。そういう、男らったんだわ……きっと」


「大切に……あの人の、“一番大事な部分”……??」


「な、なぁ、ちぃっと落ち着くっぺよ。オラさ、パウロ=スローデンらっけ、おめさの旦那のこと、全部解るわけねっけよ?」


「……あ、アラアラ? ごご、ご、ごめんなさいね。ちょっと、確かに……今日は本当に、不思議な日だわ。いえ、不思議なのはあなた達かも……」


 確かに取り乱していたシノーファー。彼女は糸が切れたように、その恰幅の良い身体を椅子に戻した。


 目の前にある大柄な少年は確かに“彼”ではない。だというのに、ムキになって身を乗り出して……自分の心が不思議になる。


 そう、不思議な気分ではあるのだが……悪い気分ではない。


「おお、まぁ、ほれ。クッキーさ食べて、な?」


「そうね……うん、我ながらおいしいわ。もぅ、また食べ過ぎちゃうわね!」


「おうおう、そうすなせって~」


 ・・・しばらく、クッキーを無言でパクつく2人。家主やぬしは過去への想いを振り返り、少年は勢いのままに言われたことと、自分が口走ったことを思い返していた。


 粗方あらかた食べて、皿にはクッキーが1個。じっとクッキーを見つめて動かない少年に対して、シノーファーは「クスっ」としつつ、最後の1個を手渡した。


「あんがとぉ! うまうま!」


「……こちらこそ、ありがとうね。おかげで、少しもやが晴れた気分よ」


 ――シノーファーはこれまで、仕事に家事にと懸命けんめいに生きてきた。それは彼女が頑張り屋だから……の言葉では片付かない。彼女は何かに懸命でないと――例えば、寝入る前の穏やかな時間なんかは考え込んでしまっていた。


「ん、んだか? そら、いいんらけど……さっきんのはオラの言葉だっけ、旦那のもんでは――」


「いいの、それでいいのよ。……大体、これだけハッキリ言わずに去ったあの人が悪いの。何さ、“お前とすごごせて最高に幸せな男だった”――って。他にもたくさん、言えばいいのにね?」


「あ、あはは、んだなぁ……ところでおめさ、さっき“息子”がどうとかって? 子供さおんなら、どっか行ったんけ? ――あっ!?」


「ええ、あの子は“たぶん”元気よ・・・・・そう、“帝都”でね!!! ……まったく、ドラ息子ったら。“こんな田舎でやっていけるか!”なんて。あの人の子供だから心配はしていないけど……連絡くらいしなさいって、ほんとにもぅ!」


 ――夢想むそうではなく思考によって。決まった夢をて、同じ「疑問と後悔こうかい」を繰り返してきた。その瞬間だけは彼と会えて幸せだが……同時に苦しい。


 夢中ゆめなかの彼はいつも、あの時のやせこけた顔つきで……優しく笑ってくれていた。


「そ、そうか。オラとおんなじで、旅立ったんだなぁ。そっかぁ・・・・・ん??」


「あら、どうかした?」


「いぁ……帝都って、そこさオラたつ向かってるところだっけ……」


「……そういえばさっき、長い話の中でそんなことも言っていた気がするわ。だからここを通ったのよね」


 ――あの子は父親に似ているところもある。しかし、厳しくしていたつもりなのに……やっぱり、自分達にはあの人が必要だったのかな……と、それも後悔の要素だった。


「そだ、息子さ名前なんてぇんだ? 会うかもすれんろ、ほしたら……」


「あの子は――“ピンタ=ローレンス”よ。もっとも、“田舎臭くって気に入らない名前”だなんて言っていたから、偽名ぎめいでも使っているかもね。なによ、あの人と決めた素敵な名前なのに……」


「んだら、会ったら“おめさ、おっかぁ(母親)に連絡したれや”とでも言っとくべ!」


「そうね、お願いするわ。私と違って、あの人譲りの赤毛が特徴よ。あと、親ながら目つきが悪いわ」


「おぉ、目つきさ悪い・・・?」


「それも父親譲りね。見た目と心は違って、きっと優しいのだけど……」


 ――結局、我がままだったのであろう。自分自身、解っていた。誰よりも彼を理解していたのに、我が侭を彼に聞いてほしいから、いなくなってもそれと通していた。そんな自分を見続けた息子は「こっちの成長はどーでもいいんかよ!?」と。だから怒っていたのだ……と。


 シノーファーはなんとなく、我が子の反抗期に理由を見つけた気がした。


「あらあら、もうこんな時間?? パウロくん、遅くまでごめんなさいね。そろそろ寝ましょう。それで、悪いけど……あなたの大きさに合うベッドがなくて……寝床ねどこはそのソファでもいいかしら?」


「そんなん、なんでもいっけよ。オラさ床でも木の上でも寝れっけ!」


 少年はほがらかに笑い、立ち上がって大きく伸びをした・・・いや、しようとした。彼がもう少しぼやっとしていたら、今頃天井に穴が空いていたことであろう。


 のそのそと。身を屈めてソファへと歩み、横たわる少年。大柄なので足先がはみ出てしまっているが……いたし方無い。シノーファーは彼に毛布を2枚、ずらして掛けてあげた。


 パウロ少年は寝入るのが早い。ものの数秒にして「ンガー!ンガー!」と始まった。家主のシノーファーはそんな彼に「くすっ」としながら、自身の寝室へと入っていく。


 彼女がベッドに入ると、いつも靄のかかった意識になる。起きているのに過去が夢としてよみがえって中々眠れない。



 ・・・でも、今日は違った。



 十分に取り乱した後だからなのか? それとも、解ってはいたけど自分では認められなかったことを……自分以外に言ってもらえてスッキリできたからかもしれない。



 恰幅の良い女性は夢の中で未来に進む。ずっと成長しなかった幻想の我が子は成長し、ずっと年をとらなかった夫は自分と相応に年をとる――――今宵こよいはそんな夢だ。


 その夢も今日限りのもので、明日からはとりとめもない、無意識な夢が見られることであろう。



 15年以上、止まっていた彼女の世界。それがこの日、ようやく。



 急ぎ足で現在に追いついたのである――――――。






第32話 「オレサマはモンスターなんだよ(3)」END







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