|オレらはモンスター!! ~センタバラードの紳士淑女~ |
スカッと爽快に晴れたものだ。見上げると、雲一つないほどに澄んだ青空がどこまでも広がっている。
広がる青空の下にはアスファラ山脈の稜線を眺められる。山脈の麓に栄えたこの街――【センタバラード】には今日も内外から人々が行き交う光景がみられる。
「い~~い天気だなぁ。風も心地よく、気温もほどよくぬるくって。こうして暇に、穏やかに過ごすのも……たまには悪くないぜ」
空を見上げている“男”。それは街の一角、カフェのテラスの隅っこにある席で腰を落ち着けていた。目の前には珈琲の香ばしさが漂い、白い木造テーブルの上には一冊のメモ帳が置かれている。
そこは“カフェ・ドゥ・マタンゴ”――落ち着いた雰囲気に素朴な庭園を備えた白と緑を基調とした美しいオープンカフェである。
気品あふれるカフェには淑女方々が多い。それは街の人間だけではなく、評判を聞いて足を運んだ旅行者も多数混じっている。
華やかはなる装いと淑やかなる会話が「オホホ」「ウフフ」と花咲くガーデンテラス。
その一席で珈琲を嗜む男はカップを置くとメモ帳を開いて「う~~ん」と唸った。それらの動作を同時に行えないのは、彼の片腕が過去に失われているからである。
幼い頃に失った右腕……幾度か義手も勧められたが、その都度に彼は断っている。その理由は頑固な彼にしか知れないことだ。
だらりと垂れ下がった右の袖……その男は赤黒いロングコートのボタンを外しており、少々雑な有様ではある。しかし”黙っていれば”この淑女集うガーデンにあってもよく雰囲気に馴染むようで、景色の調和を乱すこともない。
華やかなカフェの隅で1人、珈琲の香りを楽しむ男。椅子には機械的な杖が立て掛けられており、それとテーブルの上に置かれたメモ帳には銘が刻まれている。
そこにある名は――
「ーーやぁ、ジェット……【ジェット=ロイダー】。久しぶりだね、会いたかったよ?」
そう、“ジェット=ロイダー”――それは一週間ほど前、シャナーラの街においてある少年と少女の“火遊び”を注意した魔銃士である。
名前を呼ばれたジェットは視線をメモ帳に置いたまま移さない。ただ下唇を突き出して妙な表情をした。
そして、“独り言”を呟く。
「……あぁ、本当に良い日だなぁ! 今日も平和に過ごせて幸せだなぁ! 面倒もなくって、本当に本当に最高で穏やかな気分だぜ! きっと、この平穏を邪魔するヤツなんてないだろう。心の底からそう願うよ!!」
呟いてはいなかった。独り言にしてはやたら声を張っている。まるで誰かに言いつけているかのようだ。
くちびるを突き出しながら肩を揺すり、そのように発言したジェット=ロイダー。
そうした独り言を間近で聞いていた人物……その“男”は「うんうん」と小さく零しながら「よっこいしょ」と同じテーブルに備えられた椅子に腰を下ろした。
「そうだねぇ……こんなに天気が良いと気分も晴れるよね。僕も君と同感さ……平和って素晴らしいからね。こうして落ち着いた時間を共に過ごせて嬉しいよ、ジェット……」
穏やかである。同席した男は「二コリ」と微笑み、ガリガリと頭を掻いた。ボサボサでまとまりない癖毛から白い粒子のようなものがテーブルに落ちる。テーブルも白いから目立たないが、だからと言ってよろしいものではないだろう。
露骨にジェットの表情が曇る。そして「……ハァ!!」と大きな溜息を見せつけると同時にメモ帳を閉じた。
そして曇りなき空を見上げてまた、呟く。
「・・・あぁ、たまには“独り”ってのもいいもんだなぁ! あ~あ、このままのんびりとしばらく“独り”で過ごしたいぜぇ! 邪魔者なんて現れずになぁ!!」
呟いてはいない。やっぱりジェットは声を張って、“よく聞こえるように”独り言を吐いた。そうして「チラリ」、視線を横に送る。
そこには……。
「そうだね、独りで…………ん? ああ、そうか。ごめんよ……そうか、せっかく落ち着いていたのに悪かったね。ただちょっと、この前のお礼も言いたかったし……近くに来ていたから、つい、さ……」
ボサボサな頭髪を掻きながら、“その男”はションボリとした。自分が警告のような嫌味を言われたことを理解したのか、気まずそうにしながら視線をテーブルに落としている。片手でガリガリと白い粉のようなものを頭髪から飛ばしながら、木造テーブルの溝をなぞって落ち着きがない。
これは率直に言って見栄えが悪い。時と場所に合わないと言ってもよいだろう。
この淑女集うガーデンテラスにフラリと現れた男。風呂にもまともに入っているのかという有様で身に纏っている黒いコートも随分と汚れている。そこそこに上背はあるようだが、座っていてもひどい猫背だ。
テーブルには細身の杖が立て掛けられている。ジェットのものによく似ていて機械的だが、さらに細い。
いじいじとして下を向いた落ち着きがない――“不潔な男”。そうした姿とテーブル越しに対面させられているジェットは不愉快有り有りな様子で「ケッ!」と視線をどこか虚空に向けた。
ジェットもジェットで非常に態度が悪い。
白いテーブルの上にブーツの脚を組んでのせ、ギィギィと椅子を鳴らして見るからに不貞腐れている。とてもではないがこの華やかなる空間で見れたものではない。
周囲の淑女方々もあんまりな姿に「なによあの人」と一気に印象を悪くした。まぁ、そんなことは気にもしていないようだが……。
しばらくそうして「ギィギィ」と椅子が鳴り、「カリカリ」とテーブルの溝が擦られるだけの時間が続いた。時間にしておよそ5分くらいであろうか。
そうした沈黙を経て、不潔な男が「あのさ……」と切り出す。
「あの……悪かったよ。でも、これだけは解ってほしいんだけど……僕は決して君を騙そうとか、気を悪くさせようとか、そういうつもりはまるでないんだ。ただ、僕は国の為に――」
「ふぅっーーあのさぁ!? もういいんスよ、そんな話し! っつか、悪いって思ってんならもう放っておいてくれよ。一応は昔の馴染みでオレだってあんましあんたを邪険にもしたくねぇんスからね!?」
不潔な男の言葉を遮るようにしてジェットがまくしたてた。口撃をくらった不潔な男はビックリと、驚いた表情をしている。
「え…………い、意外だった。そうか、君は僕のことを……まだ、完全に見捨てたわけではな――」
「見捨てるって言い方なんなんスか!? あんねぇ、お前は昔っからそうだよ。少しでも肯定する言葉があればそれに飛びついて、そんで気分を保とうとする。だからいっつも話がこじれるんだって、的を射ないんだって!
オレが言いたいのは“もう関わるな”……単にそれだけなんスよ。オレらのことは思い出にでも仕舞っておいてくれよ!!」
「あ……ご、ごめんよ。でも、だって君さ……あの依頼を受けたって聞いたから……てっきり――」
「だから、他意はねぇってば。……近くに居たついでに、ちょっと小遣い稼ぎに引き受けただけだよ。たまには”あいつ”の顔も立ててやんねぇとだし……」
「他意はないって……でも、だって君、お金なんて今更どうもないだろう? それにかの――彼のことを考えてるなら、それが他意ってことなんじゃないかな? ……ねぇ、もしかして本当は自分が造ったことに対する責――」
「うるっせぇてんだよ!!! ”ジギー”、それ以上オレを侮辱するならマジで終わりにするぜ……良くも悪くも、今までのことは全て無しだ。あんたなんかと……会わなかったことにするぜ?」
「…………ごめんね、悪かった。そうだね……せめて忘れてほしくないから……あの頃のことを無しになんて、どうか言わないでよ。もうこれ以上は言わないからさ…………ネ?」
「…………ケッ!! うぜぇんスよ、あんたのそういう弱々しい部分が……変わらねぇ嫌な性分だぜ。こうして話してると、また“悪い癖”も出てくるだろうし……」
「うぅ……ごめん、ずっとこんなんで……君をいつもイライラさせて、ごめんよぉ……うぅう……」
泣いてしまった。あんまりにも冷たく言われたと感じたのであろう。【ジギー】と呼ばれた不潔な男はポロポロと涙を流し始めた。泣きながらいっそう激しくテーブルの溝を擦っている。
そうした様子の男を前にして。ジェット=ロイダーは不貞腐れたように視線を外しながら……「フゥゥ」と溜息を吐き出す。そして口元に手を置き、少し記憶を辿るように空を見上げた後、隠した口を開いた。
「……彼らは元気スか? いや、別に元気とかオレはどうでもいいんだけど……一応、ね?」
「うぅぅぅ……え。…………ああ、うん、元気だよ。ガンロッサはちょっと最近腰が悪いけど……」
「腰ぃ?? もうそんな年か、あの人。まぁ、相変わらず酒がぶがぶやってんでしょ? そんなんしてると長く生きられねぇスよ……」
「ハハハ、長くねぇ……どの道まともに死ねはしないさ、僕も彼らも…………うん、伝えておくよ。心配してくれてたって……」
「いや、いいから。そんで会いに来られても困るだろうが……やれやれ」
口元を手で覆っているので見えはしないが、ジェットの口調は多少にも穏やかになったようだ。先ほどまでの敵意かのような刺々しさは今にない。
視線を向けてくれない横顔。そうして「フゥ」と息を吐いている男の対面で涙目を拭う不潔な男、ジギー。
汚れたコートの袖でゴシゴシと目を擦ってから、ジギーは周囲を見渡した。
「…………あのさ。彼女はどう? その……元気、かい?」
「あ゛あ゛?? ・・・・・そりゃ、元気だよ。あぁ、そうだな。今頃ここに居なくてよかったスね。居たらきっと……」
「だよね……君以上に彼女のほうが……怒っていたもの。きっと、まだ許してなんてくれてないだろうね……」
「いや、だからオレだって許すとかねぇスからね? ともかくこれ以上は互いに――――あっ。」
ジェットは会話の途中で言葉を止めた。どうやら何かを発見したらしい。視線を下げて口を硬くつむぐ。
一方、対面している不潔なジギーは会話を継続しようとする。まだ袖で目を擦っているので何も見えていない。
「僕はさ……あんまりまた言い訳みたいにすると君は怒るかもだけど……本当に悪気はないんだよ。今だって本当のところは……いや、言わないけどさ。でも、君の才能というか力は……本来、絶対に必要なものなんだ。
帝都の……帝国のことを思えば、そこに住む人々や未来の為にも…………この“戦い”を、勝利に至らせるためにも、サ。」
「――――――ふぅ。」
「本当に、悪く思わないでよ? でもね……あいつらは今だって何をしているか解らない。こうして平和に思えても……そうさ、停戦だって?? そんな甘いこと言ってさ、こんな平穏は見えるところだけだヨ。みんな嘘の安心で騙されているのサ、まったく卑怯だよネ。
薄汚いヤツらのことだからきっと卑劣に平和は終わル。我々は強く、規律があって誠実だ。立ち止まらずに毅然と進み、制しなければならなイ。帝国国家の安寧は真実の正義によって厳格に成されるべきではないカ?? ねぇ、そうデショ、君も思うだろウ??」
「――――さぁてね、勝手にすれば?」
「そう?? フッフフ、そんな冷たくしたふうにしても……本当は君だって解っているデショ? いや、たぶん……調べているんダロウ??
君はちゃんと考えて……国家を、国民を、想い、愛し、敵を憎んで探ってイル。何も見ずに知らずに関わらないふりをして……ネ? そうデショ、解るんだ僕には……戦友だし、それ以前に学友……だからね! ウフっフ♪」
「――そう、確かに秘密は多いわ。困ったものよね」
「おぉ、そうダロウ?? まったく困ったものだヨ……いつも自分でやろうとするんだカラ。もっと周りを頼っても……他の人だって信用しても、いいんじゃないカナ。ネェ、そうだよネ??」
「そこは同意するけど……ただ、信用する相手は選ばないとね? じゃないと騙されちゃうから……だから思うわ、“一体どの口が言ってやがるの?”――と」
「イヤイヤァ〜、だから騙したのではなくってネ? 僕らはただ国のために君の才能と力を有効に――――アっ。」
「ーー騙したのでは、ない? そう……まだ反省、できないんだ」
「あ、いやその……い、いつからそこに……あわわ。」
気が付かなかった。不潔なジギーは不潔な袖で目を擦っていたので、その後も少しの間視界がボヤけていた。というか話しの中で変なスイッチが入ったらしく、夢中になっていて会話相手の“声色”なんかもまるで変化に気が付かなかった。
そしてようやく晴れた視界、そこに映るのは……。
「や、やぁ! お久しぶりです、“ミリスちゃん”……あの、今のは本当に違くってその……」
「ええ、お久しぶりです“ジギー先輩”? それはそうと……私、”あの時”言いましたよね??」
黒がかった青い頭髪。ショートカットに革のジャケットを羽織った装い。
表情険しくその場に立つ女性――【ミリストリア=ロイダー】は身を屈めて不潔な男に顔を近づけた。
迫られて赤面し、硬直する不潔なジギー。「あ、あのあの……」と口ごもって視線は泳いぎ、まったく落ち着きがない。
そして、それまでテーブルの溝をなぞっていたジギーの左手首が掴まれた。ジギーは「ハっ!?」として視線を上げて留める。
そこにある青い瞳。注視していると吸い込まれそうな気持ちになり、呆然とした想いでいると……。
「あっ!? …………ッあああっ!? い、痛い痛いですぅ!? ミリスちゃん、ごめんちょっと……ちょっと本当にごめんなさい!!!」
立ち上がった。いや、不潔な男は“立ち上がらされた”。
手首のとある部位に軽く触れた上で肘まで捻られると、ジギーは首筋まで電流が流れたかのように感じた。強い刺激によって意図せず、反射的に跳ねるように彼は立ち上がってしまったのである。
痺れるような痛みを覚えながら「ピン!」と足や左腕を伸ばして立つ不潔な男。立ち上がったことで彼の左腕は解放された。
「はぁ、はぁ……ビックリした! あの……ミリスちゃん? 違うんだ、誤解なんです。今日は本当、違うくて……ただこの前のお礼を――」
「先輩……いいえ、“ジギー=キル特佐”? 私は帝都を発つ時に言いました。“もう二度と私達に関わらないで”――と。お忘れかしら??」
「ひぃ、はぁ、はぁ……お、覚えているよ? だけど、ほら……僕だって悪気があったわけではなくってね? できれば、やっぱり昔みたいに皆と――」
「おや、お忘れではない? だとすれば……“覚悟”して来なさってますね?? 警告を無視して来たんですものね?」
「え……へぇぇ???」
左腕を押えて息を荒くしている不潔な男――【ジギー=キル】。その呼吸が荒いのは経験と予測からくる“恐怖”のせいだ。
加えて言うなら……。
現在、目の前で「コォォォォ」と深い息吹を行っている女性から放たれる圧力……“溜め”のような迫力に本能が危険を感じ取っているからであろう。
「ご、ごめ……だけど、あの、だって……僕はその――――」
「失礼ですが……あんた、うるさいのよ。私達の邪魔をしないで……黙って消え去りなさいッ!!!/
/あ、あぁ……! アヒぃぃぃぃッ!!?!?」
平穏にして華やか。淑女の集うカフェの隅っこにて、凄まじい光景が繰り広げられる。
手刀から始まり掌底、正拳、目つきに正中線を狙った5連撃の重ね技。目にもとまらぬ速さで繰り出される技は全て、人間の急所を的確に狙った打撃である。
「ーーーッ!! ーーーぅ!! ーーーひ!?」
死んでいるのか生きているのかわからない数秒の中。ジギー=キルの脳は極限の恐怖を逃避するためか、楽しいことを回想させた。
そこでは学園のベンチに座り、自分へと手を振る4人の姿がある。
精確かつ素早く……人体の急所に連続して“触れた”技の数々。テーブル越しにそれを見た片腕の男は「うわぁ」と口元に手を置いて怯えた。
「――――ふぅぅ。ま、こんなものね」
凄まじい攻撃の連続。それはとても平穏なカフェに相応しいものではないだろう。
救いは、それらが全てが“寸止め”だったこと。
「パタン」と、床に倒れたのはテーブルに立て掛けてあった機械的な杖である。
「・・・・・・・あぅ。」
半分だけ目が開いていた。嵐のような連撃に晒されたジギー=キルは自分が現在生きているのかどうかも解らず、ただ呆然としてその場に立っている。
傷はほぼない。恐ろしい速度の連続技であったが、ただの1つとして明確な攻撃として成立したものはなかった。敢えて、寸前で触れる程度に留まらせる技術は驚異的だ。
「だけど、まだまだね。彼ならもっとギリギリにできるわ。
……あら、ごめんなさい先輩。1個だけ軽く当たっちゃったわね」
ミリストリアはしかし、まだまだ己は未熟だと考える。何せ技の1つがほんの僅かに精確性を欠いたようで、不潔な男の頬にはほんのりと血が滴っているからだ。もみあげもちょっと切断されてハラハラと、今現在に舞い落ちている。
もっとも、当の不潔なジギーは自分が掠り傷1つをつけられたことすら解っていない。ただただ「何が起きたの?」と言わんばかりに口をパクパクとさせている。
ミリストリアはジャケットの襟を細い指先で整えて、目の前で呆然としている不潔な男を横目で睨みつけた。
「まぁ、このくらいにしてあげる。でも、次は容赦しない……昔馴染みだの立場だの……そんなこと関係なく、次は全て当てるから。来るなら覚悟、しておいてよね?」
床に落ちた機械的な杖を拾い上げてそれを手渡すショートカットの女性。穏やかな微笑みと澄んだ青い瞳。それらの落ち着いた印象と先ほどにあった凄まじい連撃との落差……。
機械的な杖を受け取ったジギーの瞳からは涙が1つ、流れて頬を伝った。
「え。ちょっと、泣かないでよ……ごめんなさいね、ジギー? だけどほら、あなたが約束を破ったから良くないのよ……解る??」
「……はい……申し訳ありませんでした。あの、でも――」
「――――ん??」
「・・・いえ、何でもないです。じゃ、じゃぁ……行くね? お邪魔して、本当にごめんなさいでした…………」
ジギー=キルは震えている。それは許された安堵によるものか、未だ残る恐ろしい光景の残影のためか……。
震えるジギーはその場を去ろうとする。そして去り際、1度だけ振り返った。
「あの……ジェット、ミリスちゃん。本当に悪かったよ……もう、会いには来ないから。だけど、あの……会いに来てくれる……って。そんな気になったら、その時はいつでも……歓迎、するからね?
待ってるよ。いつまでも、いつまでも……ごめんね?」
そう言い残して。不潔な男、ジギー=キルはトボトボとガーデンテラスを歩き去っていく。
猫背なその後姿が見えなくなるのをしっかりと見届けて……ショートカットの女性は「やれやれ」と肩を竦めた。
そうして一息ついた彼女が振り返る。すると、そこには片目を瞑ってウインクを放つ男の姿がある。
「素晴らしい! さっすが我が妻、ミリスさんだぜ〜。あまりにも美しい技のキレ味、感服いたしましたよ! ひゅぅ~~♪」
ジェット=ロイダーだ。彼は左手で「グッ!」とハンドサインを送った。そうして満面の笑みで賞賛してくれている。
それを受けて「ニッコリ」と。ミリストリア=ロイダーは微笑んで返す。
「ありがとう、ジェット……嬉しいわ、あなたに褒めてもらえて。あら、ありがとう……よいしょっと」
「ええ、ええ、どうぞお掛けくださぁい! いやいや、困ったものですよねぇまったく。あのジギーときたら……ねぇ??」
そそくさと立ち上がってわざわざ椅子へと案内してくれるジェット=ロイダー。やたらと甲斐甲斐しい振る舞いに……ミリストリアも落ち着いた上機嫌な表情を見せる。
椅子に腰を下ろしたミリストリアは「ふぅ」と溜息を露骨についた。ジェットは「ハハハ!」と笑ってみせながら対面の椅子に座る。
そうして「ふぅ」とジェットが安堵した溜息をついた時。ミリストリアは横目に彼の姿を見る。
「そう、困ったものよね本当に――――で? 今度は何を隠しているの?」
「いやぁ~~・・・・・でぇぇっ!?!? な、なんスかそんな……隠してるぅぅぅ?? ちょっと誤解があるんじゃぁないですかね!?」
鋭く横目に見られて……ジェットは狼狽えた。オロオロとした様子の彼を見たミリストリアは肘をテーブルに置き、頬杖を着いた。
そして続けて何も言わない。ただ「じぃ~~」っと、落ち着きをなくした夫の姿を眺めている。
冷めたような視線に観察されて……ジェットは「えへへ」と誤魔化すように笑った。
「いや、本当に勝手なものなんですよ。彼ったら、ジギー先輩ね? ……一応言っておくと、先日の“機械獣”の件ですがマジに違います。誓って彼からの依頼ではなくてですね、シャナーラの町長、及びカースエイドの委員会。あとは帝都の……いや、ジギー関係なしにね? 関係なしに……“彼”を通した軍部からのお願いだったんです! でもコレ言いましたものね……だよね??」
「・・・・・ふぅぅ。ま、そういうことにしておきましょ。どうせ言ったところでこんなんだし……」
「まぁまぁ、まぁ! そうだミリスさん。ケーキ、買ってきましょうか?? ああ、それとお紅茶なども……いや、珈琲がいいですね。紅茶など縁起が悪い……」
何かブツクサと言っている。「ヘヘヘ」と卑しく笑いながら、ジェットは逃げるように店舗の中へと入っていった。
彼はこれから試されるであろう。果たして、ミリストリアの好みを考慮しつつ、彼女の気分を癒せるケーキを選択できるのであろうか……?
「まったく、変わらないんだから……困った人達よね」
見上げると晴天。雲1つない空だ。
光の加減によっては青がかった黒髪にも見える。そうした前髪を撫でるミリストリア=ロイダー。
彼女が視線を送った空の先では数時間前、“極局地的な雪雲”が発生したらしい。そのようなことを彼女は知らず……。
ただ、ボンヤリと。なんとはなしに思い出した先日の“彼ら”のことを思い浮かべている――――――。
|オレってマジモンスター|




