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「オラはモンスター(2)」

――グランダリア大陸。なげきの女神に愛されたこの地を悲哀ひあいなる少女がける。


 彼女は裏切られ、放心の上に満身創痍まんしんそういとなったところを森の中にいざなわれた。


 信仰以外のすべてから見放された少女。そこに、敬虔けいけんにして冷酷なる切っ先が突き付けられる。



 このままその悲哀なる少女は呆気あっけなく幼い命をらしていたかもしれない。


 もし、いざなわれた場所に“彼”が存在していなかったとしたら――――。





「――――んっ?」


「んや? おっ……ありぇ、もすかすて目が覚め――」


「・・・・・え、ナニ!? 何々、なんなの!? ここは何処どこ!?」


「うおぉっ!? なんだぁぁぁ!?!?」


 突然のことに驚いた。大柄な少年、【パウロ=スローデン】は吹き飛ぶように跳び上がり、壁に激突して後頭部をしたたかに打ったようだ。彼は痛そうにもがいているが、パラパラと一部が崩れた壁の方が痛々しい有様ありさまである。


 一部が可哀想かわいそうになった壁はパウロ少年の家の壁であり、つまり“彼ら”は現在、スローデン家で静養しているということだ。


「あっ……と? その……あなたはどちら様でしょうか??」


「ひぇっ、しゃ、しゃしゃしゃ……しゃべッッッたぁぁあ!!!?」


 なんたる無礼ぶれいか。少女が丁寧ていねいうたというのに、パウロはあたかも少女が言葉を話す事実が意外であるかのような反応をみせた。まぁ実際、あまりにも見慣れない容貌ようぼうと雰囲気なので、パウロはこの少女を可憐かれんな人形か何かと疑っていたふしもある。


 突拍子とっぴょうしもない反応に少女が驚く。


「きゃっ、な……ナニ?? あなた、何者ですの!?」


 驚いておびえたような少女を前にして。パウロは少し気を取り直したようだ。


「うひぃぃ――っとと? す、すまんす! オラさついついビックリしちまっちぇ……へへ」


「・・・・・ハァ???」


「う、うへへ……めんぼくね! え、えっへへへ……」


 さっぱり解らない少女は首をかしげた。一方のパウロ少年は「ニヤァリ」とした笑みで頭をしきりにいている、無礼とかの話ではない。


 しかし……少女は一度冷静に周囲を見渡して、また対面する少年をよぉっく観察した。そして記憶が途切れる直前までを思い返して何かをさとったらしい。


「その、あなた……もしかして私を助けてくれた?」


「アいやっ!! そっただなことっ!! たぁだオラは通りかかってだな、そんでおめぇさんがって……なんでか囲まれとるからよぉ。「こりゃイカン!」と思ってだな、そんでそんで――」


 そこから長かった。あれだけの状況を説明するのにパウロの話には終わりが見えなかった。


 取りえず粗方あらかた聞いた少女は一応に状況を理解して「ペコリ」と丁寧な様で頭を下げてみせる。


「ありがとう御座います。あなたが駆けつけてくれなければ、私は今頃――」


「タハーーーーーッ! だぁっけ、そっただなことぉ!!」


「いえいえ。おいそがしいでしょうに、なんて親切な……それと、お誕生日おめでとうございます」


「あはぁ~~~ッ、やめちくりっ! こんなん照れっぺよぉ~!? あんまし調子乗らさんでくりぇ~~」


「そんな! 私にとっての騎士ナイトはあなた様です。どうか、何かお礼をしなければ……」


「イヤハーーーーッ!? いいんだって、お礼なんか逆に申し訳なくなっちまうけ……んぉ? “ないとぉ”ってなんぞ??」


 解らない単語はあるものの、められて感謝されていることは理解できる。パウロ少年は浮かれに浮かれた。初めて女の子とまともに話をして、尚且なおかつ感謝されているのだから……平静を保てるわけがない。


 すると。それを見て――


「あ……そう、ですね。今の私にお礼として差し上げられるものなど何も……」


 少女は突然とうつむき、涙をポロポロとこぼした。


「んぉ? ど、どうすた?? ・・・えっ!? な、泣くでねぇよ!? なんでだ、オラが悪かったんか!? なんかすまんす!?」


 いきなりな光景にパウロ少年は対応できず、ともかくあやまる。当然としてこの時パウロに落ち度などなく、少女の涙は別に理由があるわけなのだが……少女は思いつめたような表情で押し黙ってしまって、ともかく「可哀想かわいそうだ」という想いを少年は感じている。


「……な、何かきびしい事でもあったんけ??」


「――――。」


「あんの、その……いや、別に無理して言わんでもいいんやが……」


「――いえ。恩人であるあなた様には……そうです、是非ぜひ。私の騎士様のお名前をお聞きしたいです……」


「お、オラか!? いぁ~、オラはパウロってもんだず。スローデン家のあと取り息子やっておりますだ! ……あの、ほんで……そちらさんは??」


「パウロ様……とっても凛々(りり)しいお名前ですね! 私はアルフィースと申します。どうぞ気軽に“アル”とでもお呼びください、パウロ様!」


「ダハーーーーッ!! なしてこんな照れるか!? いんやぁ、様付けやめちくりぃ~、こりぇじゃオラ、緊張が過ぎて死んでまうっぺよぉ~~~」


「それはできません。だって、私はパウロ様がいなければ、今ここにこうして生きてはいられなかったでしょうから……」


「だっけ、それやめち~~!? ダミだこりゃ、オラずかしくってしょんべん行きたく……って、おわぁ!? 女子の前でなんちことっ!? す、すまん、許しちくりぃ!!!」


 突然に意味不明な動機で土下座を始め、ペコペコと謝り始める少年。こんなものを見たら大抵の人は気を引くか、逃げるか、見下みくだすかであろう。


 だが、この少女アルフィースはちがった。


「パウロ様。どうか、お顔を上げてください……」


 まるで優しい光を放つかのような微笑み。暖かな表情を浮かべ、そして少女は手を差し伸べた。しかも彼女の小さな手が少年のほほに触れたのである。


 これによってパウロはおかしくなったらしい。具体的にはガチガチに緊張して表情変化がコマ送りのようになっている。


「・・・・・は、はい。お顔を上げ、る、だす」


「パウロ様……あなたはとても清純せいじゅんで、たくましい方なのですね」


「あ、あ、はい・・・オラは、せいじゅんで、たくましい、だす」


「私はあなたに嫌われたくない。だから、話すことを戸惑とまどった――」


「き、嫌うだなんて! オラは、あ、アルアル、あ、アルフォースちゃん、が・・・」


 パウロは少女の名を口に出すのも困難なようだ。顔面が真っ赤に紅潮こうちょうして、かわいたくちびるがパクパクとして舌も満足に回っていない。


「でも、勇気を出して言います。実は私――“つかれています”」


「つ、疲れている?? なら、どうかこのスローデン家にてきゅ、休息を……!? あ、アル、アルフィースつぁんが……こ、この家に泊ま、泊まッ……!? ……ッ!? ……!?!?」


「おそらくですが……今、パウロ様が思い浮かべた“つかれる”とは異なります。私の“かれる”は……私の中に、“人ならぬ存在がひそんでいる”という意味です」


「あ、そうだか? それはまた尚更なおさらこのスローデン家、に・・・・・ンニ???」


 パウロは言葉にまった。会話の中で抱いた疑問に意識をとらわれ、き出す言葉を選択する余地が失われたのである。


 彼女は今、何を発言したのか? 頓狂とんきょうな内容に「?」が尽きない。


「“彼ら”は言うのです。私の中によからぬ存在が“憑いているから”、お前はこの世に存在してはいけないのだ……と」


「……なんだ、どゆこと??」


「彼らの視点から見た私はきっと、“よからぬ存在に憑かれている化け物”なのです。だから、私のことを排除はいじょしようと――」


「…………なんだと?」


 パウロは理解した。いや、理解したとするのは言い過ぎか。ともかく「不条理」をそこに感じたらしい。勝手に「よからぬ」と決めつけて、その結果が先ほどにあった野郎やろう共の所業しょぎょうなのかと……。


「私はもう、故郷を見ることもできないでしょう。今まで言葉をわした方々の笑顔を、再び見ることもないのでしょう――」


「…………。」


「“彼ら”が望むのだから。私は自由と理想を忘れ、いずれこの命も――」


「…………そんなん、許せんて」


「……え? どうしました?」


 パウロはまたおかしくなった。いや、そう言ってしまうと不憫ふびんか。彼はキリっと表情を固めて、胸中に渦巻く感情を必死にこらえている。この時初めて、少年は少女のひとみを真っ直ぐに見ることができた。


「あの、パウロ様?」


「……オラ、なんか許せねぇわ。君さこんなに悲しんで……誰かが、君を傷つけるんね??」


「お!? ――ええ、パウロ様! どうかどうか、私などにかまわないで……どうせ私はこの先も無い、あわれな女ですから……」


「アルフィースつぁん……こんな人っ子少ねぇ山奥のガキが何出来っかわがんねけどよ。なんかオラ、君が悲しんでいる理由が許せない気がすんだよな。“力になりてぇ”って……そう、オラにできることならなんかしてやりてぇって……へへっ、生意気言ってよ。こんなんおっとぅ(父)になぐられるっぺやな」


 パウロ少年はにぎり固めた拳を見つめ、やり場のない感情を言葉に乗せて伝えた。顔は紅潮こうちょうしているが、これはじやれによるものではない。もっと激烈に情熱を帯びた、感情による血潮のあらわれである。


「まさか、パウロ様! ああ、私なんかのために……【なんでもしてくれる】と? そんな、私などの為に【なんでもしてくれる】などと、そんなことをおっしゃらないで……」


 少女アルフィースは再び涙を流した。しかし、これも異なる感情の源泉げんせんによるものであり、それはうつむいて手で隠した彼女の表情が物語っている。


「なにさぁ~、よっす! 君さオラを遠慮えんりょせずたよってくろ!! ほこれるのはこの、人並に健康な身体しかねぇけど……心の強さに限界はねぇって、それおっとぅ(父)の口癖くちぐせだっけよ!!」


「・・・ああ、そんな!? パウロ様の口から、“私のためになんでもする”などと!! そのような言葉をいただくわけには……」


「おう、任せい! オラが君さまもるっぺよ!!」


「うぅんと……そうですね。つまり、私の為に??」


「…………んや??」


「――ふぅっ!」


 少女は顔を上げた。そして一度天をあおいだあと、悲しそうにしながらも視線を少年から外した。


 涙を流す少女は必死に考えている。それはこの、献身けんしん的なことを言う少年に対する感謝の言葉を考えているのであろうか?


「パウロ様、そんな……私の、ために? “なんでも”? なんですって??」


 涙を流す少女は口元を引きつらせながら何かを求めている。少年は「護る」と言ったがそれでは不十分だとでもいうのか?


 それはそうだ。少女が欲しい【誓い】はそれではないのだから。


「え?? いぁ、だから……オラさ君のためならそらなんだっ――」


 そうしてようやく。少年の口から少女が求めるものが発せられようとした――まさにその時である。



「 お゛ら゛ぁっ、なにすてんだおめさは!!!!! 」



 青天せいてん霹靂へきれきであろうか。どうにもあたたかい空気が流れていた中、突如とつじょとして振り下ろされたゲンコツの一撃がパウロ少年の脳天にクリーンヒットした。


「ホゲェーーーーーー!!?!?」


「ぱ、パウロ!?」


 いつだってクリティカルなその威力にパウロ少年はうずくまって「ぬぉーーーッ!」ともがいている。稲光いなびかりが見えるかのように気合の入った拳を繰り出したのはパウロの母だ。


「あんた耳糞でも詰まってんのかい!? さっきっから何度言わせんのさ! ……ああ、お嬢ちゃん。ごめんよ、ちょっと急用なもんでね?」


 母はもがく少年を引き起こすと、窓の方を向くように彼の首を120度回した。


「あいでーーーって!? なぁにすっだ、こんのババ――」


「・・・あ゛にぃ??」


「アっ、いぁ、なんでもないっす……」


「ほれ、黙って外さ見る!! そんで気づく!!」


「?? 何をそげに血相けっそう変えて……ホォアッ!?!?」


 パウロ少年は目をひんいた。


 彼の視線の先にはやっぱり山林さんりんがあるのだが……少々丘高い位置にある彼の家からは遠景えんけいが見渡しやすい。特に視力が7.2あるパウロ少年なら、そこからのろしのように上がる煙が見えたことであろう。煙の方角は“市場”である。


「なんだぁ!? なしてあんな煙……いんやっ、あれ火も見えっけよ!?」


「だっから、さっきから言ってんじゃないの!? ほれ、村の危機であるのは間違いねっがら、男手はそでさまくって駆けつけんかい!!」


「火ってこったぁ消化しねぇと……ええと、バケツもって……そんでそんで……」


「トロトロすっでね! ほれ、ここにあっがら!! 早ぐ、早ぐ! 戻ったら握り飯食わせてやんよ!!」


「あんがてぇぜ、おっかぁ(母)!! ほいじゃちょっと行っちくらぁ!!」


 どうやら村で火事(?)が発生したらしい。母にかされたパウロ少年はバケツ片手に駆け始めた。


 しかし、その背に「待った!」がかかる。


「――んぬぉ!? ど、どうすた??」


 「待った」を叫んだのは少女アルフィースであった。すっかり場外のような彼女だったが、駆け始めたパウロを見て追いかけるようにスローデン家を飛び出たのである。すでに結構な距離があるものの、その声や表情をパウロは判別できていた。


 彼女は必死にうったえている。


「パウロ様お願い、私も連れて行って……!」


「んだこと……え!? なしてよ!?」


 パウロの反応……そりゃ、そうである。なんで火事と思われる現場に無関係の少女を連れて行けというのか?


 万が一、少女がわずかにでも火傷やけどったら。きっとパウロは「なんてこったぁぁぁ!!女子おなごにき、傷をぉぉぉぉぉ!?こんなん、死んでびるっきゃねぇぇぇぇぇ!!」と、なってしまうだろう。


 自分でもその辺を理解できているパウロ少年は当然として彼女の訴えを断った。「ダメだ、君はここで待つんだ」――と。


 しかし、思いのほか少女アルフィースは頑固だ。どうしたことか徹底てってい的に抗議こうぎし、遠目に涙を流しながら「所詮しょせん、私なんて何の役にも」――などとネガティブな発言を連発している。


 こうなるとパウロは弱い。“乙女の涙は反則だが、同時にとうといものである”と酒の席でグデングデンになった父が散々に繰り返してきた現象だ。パウロは環境遺伝子の悪戯いたずらによって抵抗できない!!


「んだこと・・・んだば、すっかたねぇなぁ。んでもさ、ぜってオラから離れんなよ!?」


 駆けて戻ったパウロは少女をこれまたお姫様抱っこに抱えて走り始めた。もう、火事やら乙女の涙やらで混乱して感覚が麻痺していたのだろう。


 彼女の柔らかな感触に恐れを抱く余裕すらなく、少年は急ぎ駆けていく――――。






第2話 「オラはモンスター(2)」END






怪物の力は一定でもなく、最大限活用するには条件が必要となる。揃えるべきだ、互いをよく理解するべきである。

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