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「ワタシはモンスターだ(14)」

 サクサクと、踏めば音鳴り、足跡残る。


 雪の降り積もったカースエイド。せっかちに地中からい出たセミが1匹、困惑しながらもしも付いた木のみきに張り付いて、羽音はおとをジージーと張り上げた。


 そこに「ベシィンッ!」と、打ちえられる木の幹。つぶれたセミが1匹、地面へと落ちていく。


「……うるさいですね、まだ早いですよ?」


 新品の革鞭かわむちをしならせて、良く馴染なじむようにきしませている。カースエイドの軍服を着た異端なる者は微笑みの表情で虫の死骸しがいを踏みくだいた。


 脱獄して自由を謳歌おうかしている青年。陽光で金に輝く髪は痛んでおり、気にしているのかしきりに毛先をいじっている。


 そうしていると……足元に違和感。


 サク、サク……楽しく踏み鳴らしていた雪が途端とたん途絶とだえたのである。腐葉土ふようどおおうほどに積もった雪を踏み鳴らしていたはずなのに……どうしたことだろう?


 奇妙にも“何か線を引かれたかのように”唐突とうとつとして腐葉土があらわとなった光景。それにまるで納得が出来ずにいる青年。顔には薄く化粧がほどこされている。


「何でしょうね……これは“不自然”だ。雪は自然のものなのに、フフフ……不自然なんですよ、まったく……!」


 ひとり言が多い男はかがみこんで様子をうかがった。「何か普通ではない」と思い、周囲をよく観察しながら……茂みに身をひそめて行動し始める。


 そして気が付く。少し進むと……そこに“居た”。「どうしてこんなところに?」そう思ったが細かいことはまぁ良い、と。


 彼の視界には少年と少女の姿がある。それに見覚えがある。


「――ということは、ここいらにジェットが? ……そうでなくとも、聞いてみましょうかね。彼らなら知っているかもしれません……」


 狂気の人が茂みの陰で微笑んでいる。変化にとぼしい彼の平常な表情ではあるが、どうやらそれは一層にゆがんでいるらしく。



 とても…………幸せそうだ。






|オレらはモンスター!!|







 静寂を取り戻した森の中。突然の降雪こうせつあわてる都市の喧騒けんそうかすかに聞こえている。それに紛れて鳴り響くかね――外部の人間である彼らはそれが何を意味しているのかよく解っていないらしい。


 先ほどまで周囲を覆っていた茨のドームは痕跡こんせきなく消滅し、そこだけ雪の無い、腐葉土が露出した空間がしょうじていた。


 少女は泣いている。彼女は豊満な双丘に顔をうずめて、泣いていた。

 看護師はなぐさめている。彼女は大事に大事に、頭をでてあげている。


 少年は驚愕きょうがくしている。彼は整然せいぜんとして語られる説明が理解しきれず、驚愕した。

 医師はたん々としている。彼は何がどうしてどうなったのかを、余さず説明していた。


 青い髪の青年は・・・・・特にこれといってない。彼は傷だらけの身体を起こすと、平静をたもってその場を去ろうとする。


「…………待ちたまえ、プライグ」


「――ふぅ、でしょうね。そうやって引き止めると思いましたが……しかし、ドクター・ルイド。忘れないで頂きたい……」


 青年は鋭い視線を白衣の男へと向ける。まるで威嚇いかくするかのような眼差まなざしだ。そこには“これ以上のはじがたい”という、男児の頑固がんこさがうかがえた。


「私はあなたをつ者です。つまりは敵対者であり、敵の情けを受けるほど……この精神は疲弊ひへいしておりません」


「…………手当てあては無用と?」


「無論。そして、ドクター……次に私があなたを断じるその時まで――――御機嫌ごきげんよう」


 青年は止めた足を再び進め始めた。道中にブレザーを拾い上げて着衣しつつ、わずかに視線を落とす。


 青年が落とした視線に見上げる少女のうるんだひとみが合わさった。


「!? あっ、あぅ……!!」


 少女アルフィースは複雑に折り重なった感情に狼狽うろたえ、上手くのどあつかえない。


 それもそうだろう。つい先ほどまで、超常な力でこの男を痛めつけていたのだから……。


「フフっ。今、多くは語れませんね……ですが、どうかこれだけは言わせて欲しい」


「……プライグ! その、私は――」


「――――本当に、あなたを傷つけるつもりはなかった。だから……“ごめんなさい”。どうか私のことは忘れてほしい。もう、決して君を傷つけはしないから……二度と会うこともないでしょう。さようなら、可憐なる人……」


 つぶやくようにこぼして、傷だらけの青年は森の道をあゆんでいく。きっちりとブレザーを着こなした背中はりんとしているものの、歩行に負傷を隠しきれていない。だが、そのことについて彼は何1つ語らない。


 傷だらけの青年は陽光が射し込む森をあゆんで行き、やがて都市に向かって姿を消した。その背中を見送る少女は胸の奥にチクチクと痛みを感じている。


「……解らないわよ、それじゃぁ。そんなんじゃ、私、私……私の気持ちって、何処どこに向かわせれば良いの?? ……ねぇ、教えてよプライグ。さっきまであれほど私はドス黒くあなたのことを……あなたのことをッ!!!」


「んやぁぁぁぁ!!! たっ、たたたたたた、大変だっぺぇよぉ!!?」


「・・・・・へぁ???」


「アルフィースつぁん、さっきの化け物さ見たけ!? あれさ、なぁんとなんと! ……びっくらすんべ? なぁんと、これが“ルイド”なんだっぺぇよぉ!! そしてさらにさらに、オラとルイドさ同じなんだと!! いんやぁ~~~、ビックらたまげたなぁ!!! 君もおっでれぇたべ~~???」


「・・・・・。」


 興奮気味にパウロ少年がまくし立ててくる。2m近い大男が鼻息荒く近寄ってくる光景はなんとも威圧感あるものだ。しかし、その存在にれつつあるアルフィースは冷静だった。


「パウロ、お聞きなさい……」


「なした、やっぱわがんねが?? よぉっし、らっけオラが今から説明せつめーしてやっけ、よっく聞いて――」


「すぅぅぅぅっ――――ええぃっ、“うるさいだまれ・頭が高ぁぁぁいッ!!!”」


「――つまりさな、オラはり人っつぅもんで……ん、なしたアルフィースつぁん――――マッ?!」


 パウロは黙った。意思ではまだまだ話そうとしていたのだが強制的に黙らされた。その上で腰を曲げて頭を低くされている。


 凄まじい柔軟性である。「曲げて」と簡単に述べたがそれは直立姿勢からしてほぼ180°に腰を「グイン!」と、もしくは「ペタン!」と折り曲げた姿勢なのだ。そこいらの柔軟自慢とは格が違う。


 見るからに不気味な姿勢で沈黙したパウロ。異様な物体の横で少女は大きくため息を吐いている。


 ――ちなみに。これは先ほどからずっと継続したことなのだが……少女は現在も“頭をでられている”。


「よぉぉぉしよしよしよしっかわいいかわいい!! アルちゃんかわいい、よしよしィ!! かわいいよアルちゃん、アルちゃん!!! ンハァハァ、スゥゥ、フンフン……!!」


 こっちも興奮していた。こっちとは、すなわち看護師(?)フィナンシアのことである。彼女はなぐさめるために抱き寄せた少女の頭部をきることなく撫で続けていたのだ。ただし現在は「慰める」という当初の目的は忘れて、おのれの欲望のままに少女の頭を撫でまわしている。


「・・・・・フェイ、そろそろ離れてよろしいかしら?」


「ハフンハフン!! よぉ~~~し、よしよしぃぃぃ! 後でアメちゃんあげますからねぇぇぇーーーー!!!」


「・・・・・はぁ、まるで駄目だわ。どうしたものかしらね、この困ったお姉さんときたら……」


 改めて。アルフィースは大きくため息を吐き出す。本当はしんみりと考えたいことがあったはずなのだが……行動不審な2名のせいで心境的にそれどころではなくなったようだ。


「……ともかく、この場は脅威きょういを取りのぞけたのだから……一度、街に戻って落ち着くべきだろう。食事時も近いことだし……」


 その声は途中からくぐもった。何故ならルイド・カチースキーは話しながらえりのボタンをめて口元を隠したからである。


 食事と聞いて。


「んはぁっ!? そういや、なぁ~~~んか腹減ったべよ! そろそろ昼だっけさ、飯さ食ってもいいらろ!?」


 パウロが本能に従って身体を起こし、ペラペラと話した。


「よしよし、うっへへ……んんん?? ぬはっ、そうだわっ!!? こうして4人が揃っているのだから……ねぇねぇ、センセイ♪ 4人でランチをしましょうよっ☆ そうと決まったら・・・・・それ行けーーー!!!」


 これもフィナンシアは本能のまま、衝動しょうどうのままに立ち上がる。それまで撫でていた少女を放っぽり出して“センセイ”の左腕をガッチリにぎってズイズイと引っ張り始めた。


「ふぇ、フェイくん。左腕はやめてくれ、痛んでいるのだよ……」


「私っ、素敵なレストランに目を付けてたの! ほら、聖都で頑張っていたマロニーシェフのお店がね!?」


「いや、フェイくん……だから左腕をまるで引っこ抜かんばかりに引くのはやめたまえ。それに、どうしてここでマロニーくんの名前が……」


 実際、ルイドがその場に残ろうとすれば容易たやすく残れるだろう。しかし、彼はどうにもフィナンシアの強引さに対してそれを振りほどこうとは思えないのである。例え“参ったな”と思いつつも、何より楽しそうにしている彼女ほど優先されるものはないのだ。


「・・・・・。」


「んやぁ~、大変だ! 置いてかれっぺよ。ほれ、アルフィースつぁん!!」


「・・・・・やれやれだわ。本当、あなた達って誰も彼も……」


 うずうずとしてその場で足踏みを始める少年。簡単に足踏みと言ってもそれは「タン、タン、タン、タン」のリズミカルなものではなく、「ズダダダダダダダ」という荒々しい地響きめいた迫力をともなうものだ。くされた葉が舞飛ぶ、舞飛ぶ。


 そうこうする内。看護師(?)と引きずられる医者の姿はまったく見えなくなっている。行先ゆきさきは解っているものの、確かに置いて行かれるのは気分が悪い、と。アルフィースは立ち上がってお尻の土をはらいはじめた。


「早く、早くぅ! ほりぇ、完全に見えなくなっちまっただよ!?」


「うるさいわね、もう。こんな汚れたお尻で街なんて歩けないでしょ? あと少しくらい――」


「はやくはやくぅ、はや――――ハイヤァッ!? 伏せェいッッッ!!!」


「あぶふぅっ!?」


 せっかく掃ったというのに、台無しだ。押し倒された少女の衣類は腐葉土によって再び汚れてしまった。


「んな、何をするのよ!! パウロあなた――――って、パウロ??」


「ツ……ててて……!! な、なして……」


 押し倒された少女は怒りに燃えたのだが……それはすぐに鎮火ちんかされた。怒りを向けるべき相手は痛みをこらえており、赤く、ただれたように傷付いた左の二の腕を押さえている。


 少年が痛みを堪えながら見ている存在……少女も遅れてそれに気が付いた。


「――そうです、君はパウロ……そう、パウロと名乗っていましたね? こんにちは、今日も良い天気で何よりです」


 「ヒュンヒュンッ」――と、風切る音。“その男”は手癖てくせのように自分の周囲で“得物えもの”をふるっている。


 その姿。服装も化粧の様相も異なるが……その顔には見覚えがある。


 倒れている少女とそれを護る様におおいかぶさっている少年。そしてその光景を眺める、快活かいかつなまでに笑顔な青年。


「あっ! そ、そんな……あ、あなたは……!!」


「なして……なして、おめさこんなとこおんの!? 確か……“ぶりゅんげる”ッ!!?」


 その男の正体を理解した少女は本能的におびえた。少年もまた、緊張によって表情が引きつっている。


 無理もない……つい一週間ほど前、自分をズタズタにした人間である。いくら強靭きょうじんなパウロとは言え、恐怖を覚えて当然である。


 怯える2人を観て……穏やかに青年は微笑んだ。


「あぁ~~しい! 私の名前はブリューゲルです。よく覚えて、今後ともよろしくお願いしますね。そうそう、それで……ちょっと聞きたいことがあるんですけど……よろしいです??」


 ある晴れた日。街の喧騒から少し離れた森の中。少年少女はそこで、ほのかに血のかおりが残る狂人と再会した。


 狂人は微笑み、そして鞭を振るう。気まぐれな狂気が……再び。



 今、彼らの前に本性をあらわそうとしていた――――――。






第27話 「ワタシはモンスターだ(14)」 END







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