「ワタシはモンスターだ(9)」
『・・・・・。』
『(モグモグ、ハグハグ)……』
『・・・・・はふぅ』
『(パクパク、ゴクゴク)……げふっ』
『・・・・・ふぅぅ』
『……?? あんさ、アルフィースつぁん??』
『・・・・・ふぃ?』
『なんかしただか? そっただ、溜息ばっかして……飯さ食わねんだか?』
『はぁぁ? ・・・あら、お料理届いてたのね。食べるわよ、ええ』
『???』
『パク、パク・・・・・ほぅぅ』
『??? ま、いっか! (ガツガツガツ、ゴックン)』
| 俺らはモンスター |
パウロ少年と少女アルフィースが医者(?)の男と看護師(?)の女と出会ってから、一週間の時が経過。彼らがカースエイドの補助門をくぐってからこれまで、それぞれがそれぞれの目的をもって日々を過ごしている。
あれからパウロは強くなるため、護れる力を得るためにルイドから技を教わっていた。
小鳥のさえずり――木々の枝葉を通して降り注ぐ陽光。昼時を前にして、男2人が夢中となって鍛錬に励んでいる。
“すこぉぉ~~~~ン、すこぉぉ~~~~~ン……”
「うっし、薪さ仕上がったべ!」
「……いいだろう。今、力は抜けているか? 気を楽にして……“当ててやる”、その気持ちは心の深淵で静かに灯せ。すべてはまず、脱力からだ……」
「おっす、んだっぺな……んでも今日こそ、当ててやっけな!!」
両手をぶらぶらと振るい、身体を若干に揺すりながら――“構える”。少年は身体の正面、正中線を隠すようにやや斜を向く。そして左の拳を突き出し、空中にゆらゆらと力、なく置いた。
そして「ふっ」と、半歩左足を踏み出しつつ左の拳を正面へと差し伸ばす。「ふっ」というのはあくまで意識内の話であり、実際には「ゴォウッ!!!」と、拳の通過上にある空気が豪快に押しのけられている。
「……うん、悪くないが……ただ、良くもないな。パウロ、打つと引くは1つのセットだ。それがまたなおざりになっている……加えて足だ。先に足を力強く置きすぎるせいで、せっかくの推進力がそこで制限されてしまっている……それはまた別の手法で用いるものだ」
「えっと、えっと・・・・・いぁらっけ、あんまいっぺんに言わんでくろ! 1つずつ、1つずつ直していくべや……」
「……すまん。指摘点を見つけると、構わず全て言ってしまうのはワタシの悪い部分だ……。そうだな……少しずつ、良くしていこう」
パウロ=スローデンは森の中で日々、“強くあるため”の鍛錬を行っている。師であるルイド・カチースキーは連日に及んで、朝から夕刻4時まで少年の手助けをしていた。
疲れ知らずのスタミナ――パウロ少年は休みもほとんどなく、動きながら師の言葉を聴いている。師が「休もう」と言っても何か食べながらでも手を振り回したりブツブツ呟いたりと……練習熱心なのは良いことだが、熱中するのもほどほどが良いだろう。
師、ドクター・ルイドは特訓の最初に言った。
『――戦いとは複雑な動作の集合と言える。攻、防、回――3点を軸に融和、それぞれ細分化された動作が連続・連動し、また同時に全て適切な技術配分を時と場合によって求められる。これを実際に考えて行うことは非常に困難であり、難解だ。つまりは反復によってその身に宿し、実践の場で無意識に感覚として技術を表現できるようにするべきである。そのために――』
パウロは薪割りの人である。慣れ親しんだ動作に、考えずとも身体は適切な力を用いて適切な狙いを定める。これらの動作は最適化され、無駄のない素早さも実現している。つまりは“身体が覚えている”ということ。
人は未知のことに対面すると緊張する。同じく、未知の動作、慣れない動作には緊張を覚えるものだ。そうした緊張によって凝り固まらず、まずは気を楽にして……“覚えよ”。ルイド=カチースキーはそのため実際に少年を行動させ、まずは身体全体に“戦いの技能”を馴染ませていた。
「……そこだ。今、上半身が力んで腰まで固定されていた……つまりは足だけで攻撃を行っている。いいかパウロ、蹴り脚を振り抜く際に身体の半分が固まっていては、そこが制御の役割を果たしてしまう。今は目線が切れてもよい……まずは大げさにでも、上半身ごと回すイメージを持つことだ。上達は明らかなのだから、もっと楽になるといい……」
「んはぁぁぁぁっ!! だっけども、まぁ~~~だちっともだべ!? 一発もまともに当たらねなんて……こんな一週間も!?」
「それだけ君と私の実力に開きがあるということだ。しかし、そのうち当たる……早ければ今日にも、ワタシは回避困難となる見込みである。だから、構わず続けてみよう……」
「ほんとかぁ!? なぁんかオラ、あんたとの距離がむしろドンっドン開いてく気がすんだけどもさ。たすかに身体はめっちゃ軽く感じっけどもよぉ……」
ルイドは現在、教えのほとんどを「攻撃」に限定していた。どの程度の期間で彼に稽古をつけられるのかが不明なため、最低限重要な要素から教えていたのである。
最低限重要となれば防御/回避なのでは……と思うが、今のパウロが求めるものは護る力。それも自分ではなく、大切な人を護る力である。そのためには問題を解消する解決力が最優先となるだろう……と、ルイドは考えたのだ。正直、防御云々はパウロ自身の異様な耐久力と回復力でだいたい補えているとも考えている。
また、「攻撃」の術を学ぶことで「回避」にもつながるとルイドは考える。滅茶苦茶な突進などではなく、体勢をしっかりとした動作を行うようになれば……あとは少年の動体視力と反射神経でほぼ自然回避が成ると判断していた。
「ちっくそ! このっ、くのっ! ……やっぱす当たんねべ!?」
「…………。」
そして……ルイドの見立てではそろそろ、“当たるはず”なのである。既にパウロは技能としてそれだけのものを会得出来ている。才能……それもあるかもしれないが、何より熱心な想いと姿勢が学習を早めているのであろう。
だとして、ならばそれが当たらない理由は……“拳に身が入っていない”。つまりは“何か別の事”に意識が囚われているからだ。
“パシンっ!”
「……パウロ、朝のことか?」
「どぬぁっ!? なにさ、いきなし拳さ掴むなや……びっくらすんべ!?」
振りぬかれる拳の連打から、ルイドは掴みやすそうな1つを選択して受け止めた。これ以上続けても無駄であると判断したからである。
「パウロ、当たらないのは君に当てる気が足りないからだ……いや、気負えというわけではなくてな。つまり、深層心理から何か別の……鍛錬とまったく異なることを脳裏に描いているな?」
「ほぁ?? ・・・んなこたねっぺよぉ?」
「……確かに、今朝はワタシも気になった。より厳密に発言して……ここ数日続けて、ワタシは注意を払っている。だがパウロよ……安心するが良い」
「――ぬお??」
「“アルフィースは決して病ではない”。体温や呼吸、血圧に心拍etc…どこをとってみても、彼女は健康だ。だから案ずるな……今は鍛錬に集中するがよい」
「・・・へへっ! ルイドさ、やっぱすげぇや……オラ、自分でもなぁ~~にが引っかかってんのか、よっぐ解んねかったけんど……言われて解っただよ。へへ、あんたが言うなら安心だっぺ……あんがとぅよぉ!」
鼻っ柱を指でこすり、“謎が解けた!”と晴れやかにするパウロ。確かにドクター・ルイドの診断は信頼できるものだが……感情とは別に人の“思考”は、なかなかバイタルサインでは測れないものである。
ルイド・カチースキーという男は人の身体における様々な情報を計測する機能を備えている。だが、それは=(イコール)人の心を測れるということにはならない。少年の心を察した時のように敏感なこともあろうが、少女の心に関しては――。
そういった部分について看護師(?)はよく、「センセイは鈍感!」と怒っている。そう言われてもルイドはなぜ彼女が怒っているのか理解できたためしがない……ハッキリ言わないと解ってくれない。
「フっ……しかし、もしかしたら彼女は君に放っておかれて寂しい、といった感情はあるのかもしれないな……というかワタシも昨日そのようにフェイくんから怒られたので、鍛錬もほどほどに切り上げよう」
「んだなぁ……いっつまでもあんたの時間をオラのために使わすわけにもいかんべや。あの水さ届ける約束もあんらろ?」
「おお、そうだな。期日を定められているわけではないが……人を待たせている以上、いつまでものんびりはしていられない……か」
「んでもさ、それは明日っから考えるべ! 今はオラ、気合入ったけよ? いっけ、見ててくんろ……こっから今日中にあんたの身体に拳さぶちこんで――」
“ゴォォォォ~~~~~ン、ゴォォォォ~~~~~ン……”
「・・・ンヌアァッ!?!?」
「……おっと、16時の鐘か。よし、引き上げよう……薪をいつもの店に置いて、ホテルに戻ろうか……」
「・・・あんさ、ルイド。今日はもちっとばかし――」
「……生活リズムは組みあがった時間のパズルと表することができる。それがまったくの無軌道に晒された場合……最悪は瓦解し、影響は健康変化として現れる。また、パズルに例えたからには1つのピースを妥協することが全体を見た際に及ぼす悪影響にも想像がつくと思われる。具体的に再度、例を示すと――」
「アハハぁ、ヤんダもぅっ♪ 冗~談だっぺさ! ほれ、薪さ抱えて戻っぺよぉ~~ハッハハハ……」
口元までを立てた襟で隠しているため、その表情は伺えない。されど、この時ルイドが大変に真面目な表情をしており、一切のふざけがない様子であることは伝わった。
午後4時は彼女達と約束した時間でもある。つまり16時にはホテル・セイコードに集合して安全を確保するべきだと、これはルイドが提案したものだ。
薪の束をまとめて、パウロはそれを担いだ。ここ一週間、最後にこの薪を運んで燃料屋へと配達するのが日課となっている。おかげでパウロはかなり“稼ぎ”というものを理解しつつある。
もっとも。たかが30本の薪を担ぐくらいでは、パウロにとってトレーニングにもならないのだが――――――。
|オレらはモンスター!!|
“ゴォォォォ~~~~~ン、ゴォォォォ~~~~~ン……”
午後4時を告げる鐘が鳴った。これが響くと、カースエイドの人々は「そろそろ夕時のことを考えなければ」と意識を家庭に向け始める。
カースエイド生活における美徳によれば、午後6時ならばすでに家へと入り、やがて夕食を摂り始めるのが良いとされる。
もっとも、そうでなくとも“約束”がある少女と看護師(?)にとっては宿に戻るべき時間だ。旅人である彼女達は今日に至ってもカースエイドの街を彷徨っていた。
朝から午後4時まで、こうして歩き回ることが彼女達のここ一週間における日課である。
「あらら、時計塔が鳴き声を……今日はもう、帰ろっか?」
看護師(?)のフィナンシアは空を見上げた。まだ青空ではあるけど、灰の残環外に広がる景色には焼けた雲が迫ってきている。徐々に空の明度は下がっていくだろう。
「ぐむむむ……そ、そうね。しかし、これだけ探しているのに……見つからないのねっ、今日も彼ったら!!」
少女アルフィースは顔を真っ赤にした。「ダンッ!」と強く石畳の地面を踏んで憤る。鼻息強い彼女は“探しもの”が見つからずに軽い癇癪を起こしたのであろう。
「んもぅ、アルちゃんってば……私は会えなかったけど、そんなに素敵な男性だったの? でもあんまり熱を上げていると、パウロくんがやきもち焼いちゃうわ」
「なに、パウロが……やきもちぃ?? なぁにを言うのよ、そんな無礼は許されないからね、下僕の分際でさ!!」
きっぱりとしたものだ。断じて少女は腕を振り下げた。まるで刀で会話を断ち切るかのような、鋭い否定である。
この場にパウロはいないが、居ても大して少女の言葉に反応はないだろう。自分でもあんまり良くわかってはいないからだ。
しかし、まったく無関係に近いフィナンシアこそは……露骨に不安な表情をした。
「……ねぇ、アルちゃん。あんまり彼を邪険にしてはだめよぉ? 彼はあなたのことをすごく大切に見ていてくれるのだからね!」
「それは……それって、当然のことでは? だって付き人なのだから……というかっ! 何処で何を遊んでいるのか知らないケドね。毎日泥だらけに汚れるくらいなら私のことを手伝えって話よ! 本っ当、あいつったら使えないんだから!!」
「――――イヤよ、嫌いだからね、私!! アルちゃんのそういうところって……人の素敵な部分を見ようとしない姿勢って……大嫌いですッ!! もう、知りません!!!」
「ズバッ」としたものだ。フィナンシアは槍先でも突き付けるかのように、攻撃的な指差し確認を行った。末尾の言葉「知りません!!!」と同時に強くくちびるを噛んで、「ムムム」と少女を睨んでいる。
アルフィースは唐突な友人の睨み顔に困惑した。「何か怒るようなことが?」と、原因が解らず不安になった。
そうこう迷っている内に……フィナンシアは舌を出して子供のように両手両足をバタバタとさせた後、「帰るっ!」と言い残して走り去った……いや、去れてはいない。すぐに転んでしまったので去れはしなかったが、めげずに起き上がって駆けて消え去った。
ポツン、とその場に1人取り残されるアルフィース。まったく状況が理解できていないらしい。
「な、何よ……フェイったら、泥だらけな人が素敵だと思うタイプ? ――仕方がないでしょ、私はもっと上品な振る舞いを好むのだから!! 私はそんなこと素敵だと思わないから……好みの違いで怒られる所以はないわっ!!」
違う、微妙にそうではない。フィナンシアはどちらかと言うと穏やかで物静かな人が好きだ。決して泥だらけになって「ふぃぃ~~~暑っち暑っちぃ!」と半裸のままホテルの廊下を歩く人間が好みなわけではない。
友人がヒステリックに振る舞った理由。それが今のアルフィースには解らないらしい。
「――――何か知らないけど、大嫌いって……何よ? こうして一週間も一緒にお買い物した仲だというのに……そんなにあっさりと、嫌いにならないで?」
都市の真ん中、通りに人が多い街路。行き交う人々は家路に向かう人の流れ。その最中にただ独り、少女は立ち尽くす。
誰も声など掛けない。知らないヒトばかりで、誰にも声を掛けられはしない。
少女アルフィースはトボトボと歩き始めた。先ほどの会話があったからか、帰るはずのホテルが“怖く”感じられて……。顔を合わせて、改めて「嫌い!」と言われたらどうしようかと、現実を保留のままにやり過ごしたくて……少女は彷徨う。
カースエイドの法は少年少女に健全を求めている。鐘の音色が響けば家路に向かうことが望ましく、19時の音色の中で街にあろうものなら、軍服を着た秩序の番人達が事情を問うだろう。
“ゴォォォォ~~~~~ン、ゴォォォォ~~~~~ン……”
「――そこの君、こんなところで何をしている?」
「ひゃいぃっ!?」
夜闇の訪れを報せる警鐘の音。降り注ぐような音色の中で、カースエイドの軍人が得体の知れない少女を問いただしている。
場所は“法の城”前。ブルー・シェパードの吼える声に駆けつけた軍人は、逃げようとした少女を捕まえて“秩序を乱す理由”を問いただしている。
「君は見たところかなり若いようだが……カースエイドの法は知っているかね? 旅行者か?」
「あ、わ、わわ、私は15才だから……わ、若いです! あと、こ、ここのような田舎街の生まれなどでは……ななないですわ!!」
「・・・では、やはり法を違反しているではないか。保護者はどうした? いずれにせよ、部外者の違反には厳格な警戒を要する。一度、城にまで来てもらおう」
「――し、城???」
軍人が指し示したのは開かれた門の先に見える建造物。確かにそれは立派な建物であるが……高い塀や窓に見える鉄格子など、どちらかと言えば要塞……もしくは監獄に見える。
「え、いやっ!? ちょっと、何をするのよ……!」
「ほら、こっちに来なさい! 抵抗は無駄だ!!」
「ダメっ――いやよ、あんな物騒な建物! それにどうしたって、私があなたのような見知らぬ人の命令に!?」
「だから、それはこちらが秩序の番人であり、君が不審者だからであり――」
「不審しにゃ!? よりにもよって、こ、このアルフィース様に向かってなんたる無礼をッッッ!!!」
「あっ! こら、引っ掻いたな!? 番人に攻撃を加えた者はそれが部外者であるなら例外なく法の裁きによって――」
強引な手法を用いているが、郷に入っては郷に従えである。この場合、理は番人側にあるだろう。それを無暗に抵抗し、ましてや傷つけるなど……無知も過ぎれば罪となる。
厳格な工程を考えればアルフィースはこの時点で拘束・留置される対象となる。何の後ろ盾もない彼女がこの狼藉を働いたら、それは仕方がないことだ。
もし彼女が……例えば“帝域”や“聖圏”の庇護を受ける存在であるなら……もしくは、それらの口添えを頂けるようであるならば……事態は異なってくるだろう。
しかし、彼女にとって聖圏は追われる地であり、帝域は敵国だ。とてもそのようなことがあるとは思えない。奇跡でもなければ、そのようなことは……。
「おや、これはこれは……“アルフィースさん”ではありませんか?」
空は暗くなっている。夜闇を察して次々に灯る街灯。
法の城を囲うように照らし上げる光に……青いブレザーの色合いが映える。
「あっ……あわわっ!? ああ、あなた様は!?!?」
“ソレ”を視認したアルフィースは途端に表情を明るくして、とても少女とは思えないパワフルさで番人を押しのけた。
「ぷ、ぷぷプライグ様!? どどど、どどうしたって、ここにいらしまして!?」
それは青年――先日に少女が荷物をぶちまけた際に助けてくれた人、たしか名を【プライグ・シャダール】と言ったか……その人が現在、この場に立ち会っている。
「どうしたと言いましても……さてふむ、これは……なるほど?」
プライグは少女と憲兵があるその場を少し確認すると――どうやら状況を理解したらしい。
彼は色味の薄い青い前髪を整えると、チラリ。法の城を守る憲兵へと視線を送った。
「番人さん、どうやら私の“大切な客人”があなたを誤解させてしまったらしい。ここからは私が責任を持ちますので……どうか、下がってもらえませんか?」
青年は穏やかで優しい口調だ。丁寧な仕草が街灯の下ではっきりとしており、彼の青い頭髪にこれも青いラインが入ったブレザーの色合いが明確となっている。
番人は相手が誰であるかを即座に理解してすんなりと提案を受け入れた。なぜなら相手はカースエイドにとっての“重要な客人”だからである。
「さようで……シャダール様、ではここはお任せいたします。失礼――」
何事もなかったかのように警備へと戻る番人。そしてそんなものなどいざ知らず。
少女アルフィースは戸惑って狼狽えた。これまで数日探し求めた存在がいきなり目の前に現れたので、どうしたらいいのか解らないのである。
「あ、あのあの! ……ぷ、ぷらいぐ様……その……えと……!」
口ごもってもじもじとしている少女。青年は彼女の有様を察して自分から進展を切り出した。
「さてさて、せっかくですから中に……と申したいところですけど。“ドクター”が心配しておられることでしょう。送らせて頂いてもよろしいですか、可憐なお嬢さん??」
身を屈めて膝を地に着きそうなほどに下げ、青年は手のひらを上向きに差し出した。
「あっ……ぁハイッ!! あのあの……」
街灯の下。探し求めていた人の誘いに、少女の鼓動が速くなっている。アルフィースは息を呑み、精一杯に気を遣って一礼する。
「――よよ、よろしゅう御座いますわ、紳士なとゅ、殿方様……こちらこそお願い申し上げましゅ、っす」
気を遣いすぎてぎこちない。慣れた動作であろうが、色々と考えながら無理にスムーズな行いを心掛けるとかえって上手くいかない。緊張が普段通りの動きを成させてくれないのである。
青髪の紳士は少女の振る舞いを見て……改めて微笑んだ。この日最初、若干に冷めていた彼の表情だが……今は温かみに満ちている。
「……そうだ、ついでにディナーでもいかがでしょうか。カースエイドの食事処には多少見識がありますから……どうです?」
「え・・・ええっ!? ぜ、ぜぜぜ、是非も無しですわッ!? はい、よろしくってよ!! どうぞ案内してくださいまし!!!」
ガチガチに硬い表情で赤面している少女。可憐さの欠片もない有様だが、本人としては精一杯の振る舞いである。“僅かな疑問”など、脳裏に引っかかる余地もない。
「ではこちらへ……それで、魚料理と肉料理、どちらがお好きでしょうか」
「ど、どぅどぅどぅ……どっちも大好き、ですわ!? でもでも、敢えて言うなら――」
優しく差し伸べられた手に引かれ、街を歩く少女。
落ち着いた彼との会話に自分も次第に落ち着きを取り戻しながら……高級な夜の光へと導かれていく。
至福の時間。気品に溢れる世界。慣れた空気に触れて、光に包まれた過去を取り戻したかのように……優しい彼の言葉が心を満たしてくれる。
些末な疑問など……(ドクターって、誰のこと?)……なんて。
そんな疑問などもう、どぉ~~だっていいのである。
|オレらはモンスター!!|
「ルイドさほんに強ぇし、何でも知ってんなぁ!」
「……いや、別に何でも知っていることはない。例えば――」
「あっ。いぁいぁ、ああっと・・・あんのさぁ!! オラ、いっぺこと教えてほしいことあんらけどよ。んでその……あんな?」
「む? なんだ、どうした。そんな口ごもって……」
「いぁぁ……これ言うと“まずは基本”って、たぶん叱られると思って……」
「……あぁ、武術について少し背伸びをして知りたいことがあるのか。まぁ、まずは言ってみるといい。それから判断しよう」
「そ、そっだか? んなら……あのよ? 例えば……例えばだべ?」
「ふむ、例えば??」
「相手が……戦ってる相手がよぉ。こう、細長ぇ……そう、“ 鞭 ”だわな。それをビュンガビュンガと振り回してくるとしてだべよ? しかもやったらと速ぇんだわ?」
「鞭か……なるほど。負けた相手の1つが鞭の使い手だった……そういうことだな?」
「・・・・・なして解ったん?」
「いや、そうだろうと思っただけだ。それで、そうだな……鞭の使い手を相手にする場合はどうすればいい?――と、こう言いたいわけか」
「んだ。オラ、なん~もできねぐってよ。気が付いたら転ばされて、ボコボコにされちった……」
「ふむ。生身で、という話で言うと……基本的にあれは防ごうとしてはいけない。人の外皮を傷つけ、鋭い痛みによって攻撃を行う物だからな。どこで受けても生身ならば痛いだけだ……使い手によっては、外皮だけで負傷は済まないだろうしな」
「そうなんよ。とにかく腕も痺れて、腹も千切れて痛てぇし……どうにもなんねぇんか??」
「いや、どうにかはなる。……パウロ、防御の手段は“受ける”だけではない。シンプルには“避ける”だ。鞭そのものが当たらなければ痛くない……これはどんな攻撃にも言えることだがな……」
「おぉ、避ける…………んでも、あいつはぇぇし、なんかクネクネッとしてて、解んねぇんだわ?」
「そういう武器だからな。それに、使い手によって癖が強く出る物でもある……負かされた相手がどのような者か知れないが……ここでは、いずれにしても共通して通用する助言を送ろう」
「えっ……あんのか、あれに勝つ方法!!」
「勝てるかは解らんぞ。しかし、そうだな……避けるにしても、まずは“見る”ことだ。これはここ数日、何度も言っていることだな。まずは相手を見て、理解する……大小問わず、戦いの真なる基本は“観察”だ」
「んだんだ、それは覚えた。んでもあんたにはちぃっとも当たらんくって……」
「フッ、それはこちらも工夫しているからだ……それはともかく。鞭を相手にする場合は見る場所に注意する。君なら見えるかもしれないが……鞭そのものを見ても、惑わされるだけだろう。あれは音速を超えるからな」
「え、そうなんか? んまぁ、確かにあんなクネクネすんの……見えてっけど、ウナギ相手にしてるみてぇでやりずらくってなぁ」
「……パウロ、腕だ。使う者の腕を見るといい。一見して複雑な鞭の軌道も、結局のところは“線”でしかない。その線はすべて、使う者の腕の延長線上に描かれる……」
「腕……なるほど、ほぅ??」
「ためしに、そこらに落ちているツタでも振るってみるといい。自分の振るった腕に遅れて、ツタの先端がしなって過ぎるだろう……もう少し言えば、相手が上半身でつくる“溜め”の角度でも推測ができる」
「ほほおぉ~~~……おぁっ!? 手ごろなツタが落ちてねぇッ!!!」
「うむ、後でやりなさい。それにそうだな……動きをある程度理解したその上で。君のように鞭そのものが見えるというのなら……掴んでしまえれば、一番良いだろうな」
「掴む…………できっかなぁ?」
「まぁ、そうでなくとも……鞭は白兵戦としては中距離を得意とする。逆に至近距離は苦手だ。つまり、拳が当たるほどの近距離となれば有効射程を外れる……ということだ。よって、使い手は自分の立ち位置を保つことに意識を向けていることが多い……つまり、急接近されることを嫌がるということだ。そこに隙を見いだせるかもしれない……」
「おっ!? ……たすかに。腕さ振れなければ、どうにもなんねぇのか!!」
「強者ほど、そうならないように立ち回るが……君の速度と圧力なら効果的だと思われる。ただし、何も考えずに突っ込んではいけない。それではただの的だ……」
「・・・・・はい。」
「……ただな。相手が躊躇なく、手慣れていれば……どうしたって多少は打たれる。そうした場合に有効となるのは……」
「おお、どうすりゃ……」
「……“我慢”だ。パウロ、“我慢”するのだ…………」
「・・・・・が、ガマンか??」
「いや、これが冗談でもない。君だから、君の頑丈さを考えてということもあるが……確かに滅多打ちにされたらひとたまりもないだろう。だが、“ここを打たれる”と予測できていれば……1つや2つ、攻撃を受けたって戦えるはずだ」
「……自分が“やられる!”と、覚悟せぃってことか??」
「そう、つまり“勇気”だな。……基本的に鞭という武器は“一撃で致命傷を与える”ことには向かない。槍で心臓を一突き、斧で頭蓋を一撃……そういったことはほぼ無い。モノによっては巻きつきなどの絡め手による、実質的な“詰み”に注意は必要だがな……」
「そ、そっか。勇気…………か」
「極論だぞ? 理想を言えば……鞭というものに慣れた上で、より瞬発力を強化し、踏み込む技術を得た上で相対することが一番。…………しかしどうした? その相手と再戦でもする可能性があるのか?」
「え?? いんやぁ、そら無いっぺよぉ。んだって、そいつさ“ジェット”が言うには檻に閉じ込められて二度と出てこねぇだろって――」
「……ん、ジェット?? やはり、その胸の……待てよ、だとすれば?? パウロ、少しその話を――」
「 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!! センセイッ!!! ルイド、ルイドセンセイぃぃぃぃぃ!!!!! 」
「 んぉぉ!? / な、なんだ!? 」
「大変っ、大変なのよっ!! ――って、パウロくんもいるぅぅぅ!? うわああああああ、聞いて聞いて!?!? あのね、あるっ……アルちゃ、アルちゃッッッゲッホゲホ、ウェッホ!!!」
「 フェイくん、どうしたのだ……。 / なんさ、アルフィースつぁん……が!? 」
「ま、まいご……迷子の迷子の……迷子のアルフィースちゃんになっちゃったぁぁぁぁああああ!!!!!!」
「 ・・・・・えっ? / ・・・・・いっ? 」
「うわぁぁああぁあんんんん!!! ごべんだざぁぁぁいいいいい!!!!! おわぁぁぁあんんんん!!!!!!」
「 ・・・・・??? / ・・・・・!!? 」
第22話 「ワタシはモンスターだ(9)」 END




