「オラはモンスター(1)」
CASE1: オラはモンスター /
空は晴れ渡っている。広がる山々には鬱蒼とした森林の深い緑がある。
周囲360度を見渡したって大自然しかない。そうした景色の中に【ヤットコ村】は存在する。
村とは言うが……家と家は点々と離れ離れで一番密集している“市場”でも家屋は6棟しかない。ヤットコ村の住民はそれぞれがのんびりと、思い思いのペースで自然と共に暮らしている。
そんなヤットコ村から少し離れた地点……森の中を歩く大柄な人。
この日15歳の誕生日を迎えた少年、【パウロ=スローデン】はいつものように割った薪の束を担いで歩いていた。
この少年の身長は2m近い。成人であってもそうとうに高い数値だが、15歳という年齢となれば尚更驚きの高さといったところ。
そんな“超”高身長なパウロ少年だが……どうにも薪を背負った状態でうなだれているらしい。山道をトボトボと、しょぼくれながら歩いている。
「……ハァ。うぅ~~む……はぁぁん……」
溜息だ。どうしたのだろうか、きっと何か辛いことがあったに違いない。少年は元気無く、落ち込んだ様子をみせている。
「ハァ……まぁっだぐ!! おっとぅ(父)もおっかぁ(母)も、冷てェんだからぁ。オラも見てくれだけはこんなんに育ったんだっけよ、せめてこげな日くらい“よっ、やったな!”とか“まんず立派になった!”とか褒めてくれたっていいけろ……」
少年――パウロ少年が落ち込んでいる理由。それは「誕生日を満足に祝ってもらえないから」のようだ。
「なんつぅかよ、こぅ……子供の成長に感動をもってだなぁ、涙の1つでも流すてみろって。なにさ、“おぉそうだったか。それはそうと薪をさっさと届けておくれ”……だよ。こんなもん、ふて腐れっちぇしめぇわな!」
どうやら彼のご両親はあんまりパウロ少年のことを過保護にしていないらしい。
しかし、少年が悲しむのも解らなくはない。子供なら誰だって自分の成長を祝ってもらいたいと願って自然であろう。
さて、これまでを見るに――
パウロ少年は本日記念すべき1日を迎えた。だがそれは報われず、まるでいつものように当たり前の仕事を課されているので半泣きになった。そしてそのまま山を歩いている、というわけだ。
本当にしがない、単なる村人の少年である。ちょっと弱いところもあるのかもしれないが、少なくとも身体は異常なくらいに逞しい。普段から大人の熊と押し合いっこをして圧勝するくらいには力強い。
平凡なパウロはこのまま平穏な人生を送るはずであった。平和の中でその力を持て余して生きるはずであった……が。
「・・・・・んゃ? なんした、声がすっぺぇな。こりぇって……女ん人?」
彼の聴力は数km離れた鳥のさえずりを聞き分け、数十m離れたウサギの枝を踏み抜く跳躍を察知する。
パウロ少年には聞こえた悲鳴。それはおそらく女性のものであり、大柄な少年は自然のままに足を止めてそのまま直角に進路を曲げた。
普段の道を外れた獣道をグングンと越え、途中出くわした熊には目線を飛ばしていなし、2分とかからずパウロは悲鳴の発生地付近へと到着。そして枝葉をよけて見た光景に思わず……。
「な!? なな、何すてんだッ、おめだづ!!!」
パウロは開口一番、怒り口調となった。
彼が見た光景、それは――
あまり見慣れないヒラヒラした服装の若い女性。それが腐葉土の地面に尻もちを着いており、彼女を4名の野郎共が鉄塗れの動き難そうな服で取り囲んでいる……という構図である。
まず、パウロは若い女性に対して「そんな恰好で山を歩くでね!」という若干の怒りも湧いた。
だが、それより何よりも……「女を複数で取り囲む野郎共」の情けなさに即座、怒りが沸騰したのである。
「てんめぇらっ! その娘どう見たって怯えてっろ!? やめてやれ!!」
野郎共は武器を担いでおり、あまつさえそれを若い女性――いや、パウロはそれが少女であり、自分よりもちょっと上くらいの年齢ではないかなぁ、とこの時なんとなく考えた。
薄く化粧をしているので大人かと思ったが……それは違うみたいだ。というか“女の子”という存在自体、村に3人しかいないので珍しすぎる。
そうしたパウロの叫び、それを聞いた野郎共はというと……。
「――はい?」
「あれは、なんでしょう……?」
「誰でありますか?」
「ここいらの地元民でしょうか……面倒な!」
口々にそのように言った。彼らは武器を担いでいて、それは槍とか剣である。そしてその先端を“少女に向けている”のだ。笑っても怒ってもいない顔で……。
「おめぇら大の男がそんなんして……女ん子になにしてんだて!! なしてそげなことすっかね!?」
パウロの知らない存在である【騎士】達はただただ少女を『殺そう』としている。パウロは殺意に敏感だ。敏感でなければ野生に食われる人生だった。
「面倒ですね」
「ええ、これは致し方が無い……」
「無視を決め込みましょう」
「見られても、所詮ここいらの村人だ」
淡々として少年を無視しようとしているらしい騎士達。
対して、凶器の切っ先を向けられている少女はすっかり怯えてしまっているようだ。全ての感覚が目の前に迫る鋭い先端へと向かっており、どうやら不明の村人にはまったく気が付いていない。
騎士達は部外者にかまわず、様式めいた単調な口調で少女に告げる。
「それでは、さようなら」
「そうです、せめて楽に逝きなさい」
「あなたには楽に逝く権利がある」
「騎士の刃で“憑きモノ”に神の救済を……」
騎士達が槍を掲げる。一歩進み出た騎士が剣を振りかぶり、構える。
あまりにも恐ろしく、絶望的な光景を前にした少女の意識は「フッ」と遠のいた。
そしてまったく蚊帳の外に置かれたパウロ少年だが……彼を無視するという騎士たちの判断は果たして正解であったのであろうか?
この屈強で身長2m近い大男の怒りを、まるで無視することが……。
「 おい、ごら゛ッ!!! 」
叱りつける声だった。パウロの父は叱る際、まずはこの一声によって場を制してから持論を展開していく。パウロもしっかりとその手段をコピーして育っていたのである。
「ふげぇっ!?」
不意に、騎士の1人が倒れた。それは剣を振りかぶっていたリーダー格らしい人。
彼はブーメランが如く回転して空を裂いた小枝の一撃を頭部にくらった。「ふげぇ」と声を出した後に昏倒し、現在は泡を吹きながら落ち葉を舐めている。
「えっ??」
「なな、なんですか!?」
「どうしました、副長!?」
こぞって狼狽した。槍を掲げて厳格な儀式を気取っていた他3名の騎士は同時に恐怖し、「何かが飛んできて副隊長にぶつかった気はするけどよく解らない」という状態から脱せずにいる。
「 ほんで、おらぁッ!!! 」
続いて気合の入った雄叫びである。それはパウロの母が息吹によって暖めた拳をパウロの脳天へと落とす際に発する咆哮とよく似ていた。パウロはしっかりと母の一撃を学習していたのである。
「おごほっ!?」
気合の入ったゲンコツが騎士の1人に直撃。それはこの山奥で唯一兜をかぶっていた律儀で融通の利かない騎士であったのだが……。
衝撃は兜を貫通して頭蓋に響き、一撃によって昏倒。今は痙攣しながら粗相に勤しんでいる。
「あわわ……!」
「な、殴らりぇりぇ……」
騎士の残りは狼狽を通り越して呆然とした。軍の隊列を組む時よりもきっちりと、背をピンと伸ばした硬直の姿勢で立ち尽くしている。
硬直して怯える鉄塗れの見慣れない男達。それらに向かってパウロ少年が叱るように吼えた。
「おめぇらぁ……言ってわがんねなら、こうなるしかねぇっしょぉ!?」
随分と物騒な言い草だが……確かに先ほどの状況とパウロの行える/知り得る手段では騎士が倒れるか少女が死ぬかの2択しかない。「こうなるしかねぇ」ってのはあながち間違いではないのだろう。
パウロ少年は残りの騎士を睨みつけた。
「ひんぇぇぇぇ、ママぁぁぁ!!」
「お助けぇぇぇ、団長ぉぉぉ!!」
「あっ、こら待てぃ!? ……なんだあいつら、逃げくさりおったか。まったく、とんでもねぇヤツらだっぺよ」
騎士の残りは仲間の無様を担いで山林の奥へと消えていった。なんともけったいな野郎共だったな……とパウロは訝し気である。
だが、ともかく厄介は何処かに消えた。まずは少女の無事を確認せねばなるまい。
「おぅ! あのそのぉ……あのよぉ? えっと……お、オラは……オラはえっと……あんな?」
ところがこのパウロである。この大柄な少年は振り返って少女の方を向いてはいるのだが、視線が泳ぎまくってまったく定まらない。
少女の安否を確認せよ、というのに……肝心の少女を見ないというのは如何なものであろう。
「その……おめさ、大変だったな。なしてそんなか知んねけど……えと、そのな……」
「――――。」
パウロがオロオロとして言葉を出している。しかし、どうしたことか少女は答えない。
少女の反応が無いのは色々と当然のことである。
例えば第一に、目の前で男達が薙ぎ倒されたら驚いて失声もあり得るだろう。例えば第二に、目の前で見ず知らずの少年がオドオドしていたら何と声を掛けていいやら解らないだろう。
そして実際は第三として……そもそも“意識を失っている”のだから答えられるわけがないのだ。
「――んだっけして、オラは今日15歳なったんだけんどね? おっとぅ(父)もおっかぁ(母)も冷たくてよぉ。そんで山さ歩いて薪を……ん?」
「――――。」
「あの、薪をオラは・・・・・って、あんれまぁ!!? こ、この娘ましゃか……ましゃか、“死”――――しししィッ!?!?」
少女が何も返答なく目をつむっているので、パウロ少年は最悪の状況を想定した。事実としてこの少女は死んでいない。
確かに目を瞑って穏やかにそうなったようにも見えるが……よく近づけば寝息が聞こえるはずだ。
もっとも、この純朴なパウロ少年では確認しようがない事実ではある。
「たっっっっっ、大変だりぇぇぇぇぇ!?!? おっかぁ(母)、おっかぁぁぁぁ(母)!!!!」
少女に対して触れるどころか直視も難しいパウロ少年。彼は村の女子であるトミエ(18)とステファン(8)とだってまともに会話したこともない。いつも「ふんっ、知らねな……」などとニヒルを気取って逃げていたのだ。
しかし、人間とは不思議なもので……。
どれほど恐ろしい未知の存在であったとしても、本当にやらなければならない時には一時的に心の壁を突破できる場合がある。
「ぬぅぅぅぅうぉおおおおおおおお!!!!!」
ともかくパウロは駆けだした。
少年は少女を抱えてガチャガチャと、薪の山を鳴らす。
険しく鬱蒼とした山林の道のりを全力疾走。途中に出くわしたクマはパウロの気迫を察知し、自ら背を向けて山道を逃げ去った。
鬼気迫る勢いのパウロ少年。そして、まるで永遠に旅立ったかのように眠る少女。
彼らの行きつく先とは、果たして――――。
怪物の奇跡には法則と代償がある。




