「話」
診察へ向かう汀。千代和富から診察を受けるが、傾眠期の周期に異変があると指摘される。
そして、千代薫子の「話」とは。
薫子と別れ、診察室に入ると千代和富が待っていた。
「やあ汀君!待っていたよ。さあ座りなさい」
どうして娘とこうもテンションの差が激しいんだろう。
千代和富は、見た目は若いが今年で57になる立派な初老である。
薫子と同じ、明るい色の髪をしていて、口ひげもその色だ。灰色の瞳も同じ。
薫子とは対照的に、人当たりの良い紳士的な男である。
僕は用意された椅子に座った。彼も同じように僕の向かいに座る。
「さて、今回の傾眠期を終えて、何か変わった事は?」
十四年前から変わらない最初の質問である。
「いつもと変わりありません」
この返答も十四年間同じだ。
「うん、そうか。しかし、最近傾眠期の周期がおかしいな。何か心当たりはあるかい?」
「心当たり……」
たしかに、最近の傾眠期の周期の異変には僕も気付いていた。
千代先生には、武富湯澤のことも、彼女が夢に出てくることも言っていない。夢の内容を教えろとは言われていないからだ。(言われたとしてもたぶん明かさないが)
死んだ友人に呼ばれたからです、とはなかなか言えない。
「特に無いです」
僕は嘘に頼ることにした。
「そうかい。リーマスは飲んでいるね?」
リーマスとは、リーマス錠(炭酸リチウム)のこと。現段階で反復性過眠症の改善に有効とされている処方薬である。また、この薬には気分の波を抑える、つまり興奮状態になるのを抑制する働きもあり、そのせいか元からか、僕は感情があまり表に出ない。
「はい、朝晩二回飲んでます」
「よろしい。異常な食欲とか、物忘れが激しくなったとかいう症状は無いね?」
「ありません」
「ふむ。では変わりは無し、と…」
千代和富は灰色の瞳で、薫子と同じように僕を観察する。
薫子のようなぶしつけな目線でなく、気遣いの溢れた視線だ。
すると彼は目を閉じてフッと笑った。
「それではよろしい。今日はもう帰っていいよ。また何か症状が出たり、傾眠期が終わったりしたら来なさい。大東君によろしくね」
「はい、ありがとうございました」
僕は礼をして、診察室のドアに手をかける。
と、同時に、診察が終わったら薫子が話がしたいと言っていたのを思い出し、思わずドアノブを回す手を止めた。
「汀君どうした?」
さすが精神科医と言ったところか。患者の細かい変化への気遣いが彼は半端じゃない。しかし、あなたの娘に会うことを思い出したからです、とは言えないので、「大丈夫です」とだけ言ってドアを開けた。
待合室に向かうと、薫子は先ほどと同じ場所に同じ体勢で座っていた。
「終わったよ」
僕が言うと、薫子は顔を上げ、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、外へ行こう。汀、長い間ずっとちゃんと食べてないでしょ?お昼時だし、一緒にご飯食べよう」
「お腹すいてないよ」
「食べないと死んじゃうよ」
彼女はそう言って、僕の腕をつかんで引っ張っていく。まるで出会ったときのように、すごい力で。
僕には彼女に抵抗できるほどの腕力は無いので、そのまま引っ張られていく。
薫子は、すぐ近くの食事のできるカフェに入って、自分はたらこクリームパスタを頼んだ。僕は何も頼まないのも悪いかと思って、ウーロン茶だけ頼んだ。
それにしても、彼女から「話」とは。嫌な予感しかしない。
「今日は、9月の7日よね?」
「うん、そうだね」
目を覚ました時にスマホで確認したから、間違いない。
「湯澤の命日、一ヵ月後だね」
「そうだね」
確かに、湯澤の命日は10月7日。忘れた事はない。
「そろそろ決着をつけたいんだ」
彼女の瞳はまっすぐだった。
「私たちは生きるべきなのか、生きるべきではないのか。
罪償いって何なのか。そろそろ決めないといけないと思うの。
私たちの最高刑を、そろそろ決めるべきだと思うの」
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