夢の世界
夢の世界で、能登汀は武富湯澤と会う。
夕日が照らす教室で、彼女はいつものように彼を待っている。
武富湯澤はいつものように、夢の世界で僕を待っていた。
「久しぶり」
僕が言うと、彼女はこちらに微笑みかけた。
いつも僕らが会うのは、昔通っていた高校の教室。夕日に照らされた、僕と湯澤以外誰も居ない教室だ。
彼女はいつも、自分の席に座って、僕を待っている。僕も、高校時代の自分の席に座る。
「なんだか、今月は少し早く来てくれたね」
彼女が言った。
「君が呼んだんだろ。僕は自分の意思でこの教室に入ってくる事はできないんだから」
僕が言うと、彼女はまた微笑んだ。
「うん、ごめんね。なんだか寂しくなっちゃって。ずっと一人でいるのって結構退屈なんだよ」
「じゃあなんで自殺なんかしたの。死んだら一人ぼっちになるかもって、考えなかったの?」
「もうあの世界には、居る意味がないと思ったからだよ」
彼女の答えはいつも同じだ。
「ここは夢の世界だよね」
僕は言った。
僕らはこの不思議な空間のことを、「夢の世界」と呼ぶことに決めていた。
死んだ人と生きた人をつなぐなんて夢以外ありえないし、何よりこの世界は、武富湯澤が求めた時に、能登汀が眠ると開かれる世界であるからだ。
「そうだね、そういうことになってるね」
彼女は微笑んだままだ。
「死後の世界ではないんだろ?第一生きてる僕が入れるんだから。じゃあどうして君は、いつまでもこの世界に残るんだ?」
「それは、汀がいるからだよ」
「じゃあ僕が死ねば、君は死後の世界にいく?」
「そんなことはわからないよ」
教室の窓の外で、夕日がさらに赤みを帯びていく。僕がこの世界に居られるのは、あの夕日が沈むまでだ。
「汀は、私にどこにいてほしいの?」
僕は落としていた視線を上げた。彼女からのこんな質問は初めてだ。
何故かはわからないが、夢の世界の僕は嘘とか強がりとかが言えない仕様になっているため、僕は本心を話すしかなかった。
「僕は、君にここに居続けてほしいと願ってるよ。そしてそう思う自分が死んでしまえばいいと思ってる」
夕日が沈んでいく。赤い光はどこかに消えて、夜の闇を運んでくる。夢の世界が眩みだす。
彼女は笑顔だった。彼女の笑顔だけが、目に焼きついたように僕の脳裏から離れない。
airfishです。読んでくださった方ありがとうございます。
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