能登汀、夢へ
能登汀は、逃げ出すように夢の世界へ飛び込む。
彼女の声が大きくなる…。
「なんだその顔は」
大東哲司は僕の顔を覗き込んで唐突に言った。
「なんかついてますか」
僕は目を合わせないまま聞き返した。
「ひでえ顔してんぞ。寝てねえのか」
他人の事には無頓着なこの上司に言われるとは、僕は今相当な顔をしているらしい。
確かに昨日は、持ち帰った仕事のせいでほとんど眠れなかったが。
「普通に寝てますよ」
僕は息をするように嘘をつく。
「ほら、この時間って眠くなるじゃないですか」
デスクの上で光るモニター画面を睨みつけながら、僕は適当に言った。
「お前、仮にも仕事中の上司にいう言葉じゃねえぞ」
そういうあなたも眠そうじゃないか。と、僕は思ったが、口に出すのも面倒だったので、そのまま液晶画面を睨み続けた。
まだ午前中、十時を少し過ぎた頃だ。
ねっとりと、まとわりつくような眠気。
この眠気は……予定より随分早いが。困ったものだ。また早退するわけにも……。
頭の奥のほうで、彼女の声が僕を呼ぶ。
ああ、もう少し待ってくれ。すぐにそっちにいくから。
「大東さん」
僕が名前を呼ぶと、彼は目だけをこちらに向けた。
「すいません、早退します」
彼にはこれだけ言えば良かった。
「あれ?なんか今月早いな。早退届出しとけよ」
彼はそう言っただけで、部下のいきなりの虚言に驚きもしない。物分りのいい上司で助かる。
僕は頭を下げて、さっさと荷物を片付け、もう書きなれた早退届を出し、早々と会社を出る。
家は訳あって、会社のすぐ近くのアパートだ。
団地の階段を上る気力も無かったので、普段使わないエレベータを使う。
眠気はもうすぐそこまで来ている。
鍵を開け部屋に入ると、すぐさま家中の戸締りと火元を確認し、コンセントを根っこから引き抜き、カーテンを隙間無く閉める。
全て終えた頃には、もう意識が朦朧とし始めていた。
そのまま、ベッドに倒れこむ。
目を閉じる間際、僕は不覚にも千代薫子のことを思った。
今でも僕は、千代薫子から離れられない。それがなんだか無性に嫌に思えて、僕は無理やり目を閉じた。
僕は意識を手放す。
彼女の声が、大きくなる……。
彼女はいつものように、何も変わらずそこにいる。あの日と同じ、真っ黒いセーラー服に、真っ黒いまっすぐな髪に、やけにタイだけがまぶしいくらいに真っ白な、あの時と同じ笑顔で僕を見る。
僕はそこに居続けたいと思った。夢など覚めないで欲しかった。
しかし僕にはそれができない。
なぜなら、その世界には千代薫子がいないからだ。
airfishです。読んでくれた方ありがとうございます。
伏線はりまくりでまだ訳わかんない感じですが、読み続けてくださるとうれしいです。できるだけ早めに投稿していきたいと思っています。