兄のような上司とガーネット
確認したい事がある、と言って大東哲司を呼び出した汀。ベルベットの小箱の中身とは。
「今から、すぐ会えますか?確認したいことがあります」
大東哲司に電話でそう問いかけたのが30分前だ。
今、僕は木森と別れたファミレスからそう遠くない公園のベンチに座って彼を待っていた。
公園といっても、遊具は何も無い、ただ木が伸び放題なのをいい事に、自然公園と謳っているだけの空き地である。そこの古びた色をしたベンチで、僕はもう一度木森からもらった小箱の中身を確認した。
僕の推測が間違っていないのならば、急がなければならない。
「汀」
後ろから名前を呼ばれた。大東さんだ。
「すいません、日曜なのに」
「いいよ、なんもすることないし。確認したい事って何だ?」
大東さんが隣に座ったのを確認して、僕はあのベルベットの小箱を彼に渡した。
「なんだこれ」
「中、見てみてください」
そう言うと、怪訝そうな顔で留め金をはずし、ふたを開いた。
中にあったものを数秒見つめ、何か思い出したように「うわ」と声を上げた。
「お前…これどうしたの」
大東さんは箱の中身が僕に見えるように、というか自分から見えないように箱を持ち直した。
「諏訪っていう知らない男から、預かりました」
「諏訪?聞いたことねえな。お前会ったのかよ」
「僕は会ってません。木森に預けられていました」
「知らない男って言っても…。こんなことできる人間なんてそういないだろう」
大東さんは自分から見えない箱の中身を指差した。
箱の中に入っていたのは、目玉でも指でもない。
紅い光を帯びたガーネットをあしらったピアスが、片方だけ。それだけだ。
「薫子ちゃんのだろう、これ」
「そうです。でも、正確には違います」
「は?いつも薫子ちゃんがしてたじゃねえか、これ」
確かに、薫子は幼少時からいつもこのピアスをしていた。トップがシンプルなデザインの小さなガーネットのみなので、髪に隠れてほとんど目立たないが、僕が彼女と出会ったときから、彼女がこれをはずしているところを見たことが無かった。そして彼女はこのピアスを何よりも大切に扱っていた。これに手を出せば、誰であろうとただでは済まないだろうと思っていた。大東さんも、きっとそれを知っていただろう。
「このピアスを、薫子がつける前につけていた人がいます。大東さんに、それを確認したかったんです。あの病院に通い続けた、大東さんならわかるはずです」
そう僕が言うと、彼は恐る恐るといった感じで箱の中身が自分に見えるように回した。
大東さんは、僕と出会ったときから既に薫子を避けていた。というより、恐れていたと言った方が妥当なのかもしれない。無垢すぎる赤ん坊を嫌う人がいるのと同じようなものだ。何かと、薫子の傍には寄りたがらなかった。きっと、薫子の危険性を早くから察知していたのであろう。賢い生き方だと思う反面、自分はそうしていなくてよかったと思った。
彼はその恐れるべき存在がいつも装着していたピアスを見つめ、記憶を引っ掻き回していた。
「あ…」
気付いたようだ。
「これ…千代先生の奥さん……柘榴さんが、いつもつけてた。院長室の写真の中で」
当たりだ。
「柘榴さんっていうんですね。名前は初めて知りました」
当たって欲しくない推測は当たってしまった。無意識にため息が出た。
「…お前さ」
大東さんはもう小箱のふたを閉めながら言った。
「なんで、薫子ちゃんから離れないんだ?お前があの子と一緒にいるとき、いつも俺は義務的なものを感じるんだよ。あの子は決して悪い子じゃないよ。でも良い子過ぎるというか、危険なんだよ」
大東さんの言っている事は、痛いほどわかった。大東さんが僕を心配してくれているのも。でも、そんな事を気にする段階はもうとっくの昔に過ぎている。
「僕は、薫子から離れる事はできません」
「どうして、そんなにあの子にこだわるんだよ」
この人を安心させるには、嘘は効かない。なんせ頭の良い人だ。
「人を殺したんです」
その言葉に大東さんは驚いたようで、言葉を詰まらせた。
「何言って…」
「直接殺したわけじゃありません。自殺でした。でも、僕らが殺したも同然なんです。僕と薫子は、罪を償う為に離れないんです」
大東さんは、まだ驚きを隠せないように僕の顔を見ていた。少ししてから、こう言った。
「…俺は、何よりの断罪は死だと思ってた。だから、父親だった男を殺してやろうと思ったんだ。でも、なんだかお前は生きる事で罪を償ってるみたいだ」
そう言われて、僕も少し驚いた。そこまで見透かされるとは思っていなかった。
「僕の中で、死は何よりの逃げ道です。不安や悲しみから逃れられる。それと同時に、嬉しさや暖かさからも離れる。ただ、どっちを取るかの違いです」
ただ、それだけだった。薫子との最高刑がいつまでたっても決まらないのも、ただその捉え方が彼女と僕とで違っただけなんだ。
「お前は、どっちを取るんだよ」
大東さんは真剣な声をしていた。そして、もう答えを知っているような声だった。
大東さんは、僕の昔からの数少ない頼れる人で、その中でも小さい頃からよく一緒にいたこの人は、なんだか兄のような認識でいた。でも、もうこの人に頼ってばかりではいられない。
このピアスが千代先生の妻のつけていたものと一致するというのなら、僕はもう行かなくてはならないんだ。
「きっと、大東さんとは違うほうの捉え方です」
そう言って、僕は古ぼけたベンチから立ち上がり、彼に向き合った。
「でも、死にはしません。まだやることがありますから。僕は、このピアスの持ち主のところへ行かないといけません」
大東さんは、それを聞いてわかってくれたようだった。
頷くと、僕の肩に手を置いてそのまま公園を出て行った。
そして、僕はこのピアスの持ち主の下へと歩き出した。
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