茶封筒
傾眠期から開けて、再び出勤の朝。
汀の下へ、一通の茶封筒が届く。
大東哲司が会社に出勤すると、既に能登汀がデスクについていた。
「おはようございます大東さん。休んでた分の仕事回してくださいね」
自分に気付いた汀がパソコン画面の向こうから声がした。
「おう、心配しなくてもちゃーんと残してやってるよ。今から送るから待ってろ」
自分のデスクに向かおうとした時、画面の向こうの汀の顔が見えた。…世界の終わりみたいな顔しやがって。
「お前、寝てたんだろ?なんでクマできてんの」
「え、ああ。できてますか?」
少し驚いたように汀は自分の目をこすった。鏡くらい見て来んかい。
「傾眠期開けたのは昨日の朝だったんですけど、寝てた分のメール処理とかいろいろしてたら遅くなっちゃって」
「お前なあ…せっかく会社休んでんだから休みゃいいのに」
設備設計を主とするうちの会社で、俺達は設計部、その中でもコンピュータ・シミュレーションを専門とする課であるため、パソコンと資料があれば家である程度の仕事を進めるのは可能だ。汀は傾眠期の分のロスを取り返すため、会社に泊まり込みで仕事を進めることが多いが、傾眠期の前後は仕事を持ち帰り夜に自宅で進めている。きっと昨夜も仕事を進めていたのだろう。
俺だったら絶対続けられねえな。とか思ってると、画面の向こうから少しむくれた汀の声が聞こえた。
「特別扱いはしない約束です。他の人と同じ分の仕事はします」
おっと、地雷踏んだか。汀は病気を理由に他と違う扱いをされるのを嫌っている。
「へいへい、じゃあお望みどおり、今までの分はいつもどおり回すからな」
「望むところです」
自棄になってなきゃいいが。誰も止めないとどこまでも突っ走っていくような奴だ。
「千代先生には会ったか」
一応、確認のために汀に訊いた。
「はい」
短く簡潔な返事が返ってきた。
「大東さんによろしくって言ってましたよ」
「あ、先生?」
「はい、帰り際」
そういや長いことあの親父さんと会ってねえな。恩人と言ってる割にはここんとこ音沙汰無しだ。週末にでも行ってみるか。汀の病状のことも聞いておきたい。俺や木森でも察しがつくくらいに汀の傾眠期は狂ってきている。自分には汀の病気についての知識はほとんど無いが、良くない状態であることは確かだ。
「大東さん?」
「ん、なんだ?」
いきなり話しかけられて少し焦る。
「いや、早くデータ送ってください」
「ああ、ちょっと待ってろ」
上司に対して生意気な。
俺が送信を始めた時、丁度木森が出勤してきた。
「はよざいまー…あ、能登!待ってたんだぞお前!」
「木森、久しぶり。どうしたの?」
「いや、訊きたかったんだけどよ。これお前のか?」
木森が見せてきたのは、極一般的に使われる普通の茶封筒だった。
「うちの課宛ってことしか書いてないんだけど。ちょっと変なんだよ、送り元も書いてないし。大東さんにも確認したけど、知らないってさ」
木森からその茶封筒を受け取る。確かに送り元は書いていない。自分もそんな物を送りつけられる心当たりはないが。
「何が入ってたの?」
「まだ開けてねえよ。大東さん、これ開けてもいいですかね?」
画面の向こうで大東が手をひらひら揺らした。どうやら承諾の意のようだ。
閉じ紐を素早くはずし、中を覗く。入っていたのは、一枚の紙だった。取り出して、内容を確認する…
しかし汀にはそれができなかった。それを知った時、恐怖で全てが停止した。悟ってしまったのだ。
それは、手書きの文字で書かれたシンプルなデザインの便箋であった。
汀の思考を凍らせたのは、その字体だった。
それは紛れも無く、彼の罪、武富湯澤の字だった。
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