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雪の音

作者: 透義

若かりし頃の稚拙作です。

「あぁ。・・・うん。今日から休みだし。・・大丈夫。じゃ」

ブツッと回線が切れた音がした。

母と電話する時は、いつもこっちがこの音を聞く。

曰く、「電話はかけた方が先に切るのがマナーなのよ」だそうだ。

息子相手にマナーもなにもない気もするがな。


コンコン、と軽く部屋の扉がノックされた。

時計を見れば午前九時。

遅めの朝食の誘いだろうか。

そろそろ行こうかと思っていた自分にはちょうどいい。

「はいはい、っと」

一度で返事をしないと、その後ノックが豪快になっていく。

いくら朝遅めだといっても、回りは皆気心が知れているからって、迷惑かけるようなことはあってはならない。

「よォ、食堂行こうぜ」

「お~」

廊下は冷える。とりあえず上にパーカーを羽織ってから友人の後藤の後に従った。

食堂へ向かう道中、そこから帰ってくる他の寮生たちと行き交う。

何人かと挨拶を交わし、今朝の朝食のメニューを知った。

規律正しい寮で生活するのは楽ではないけれど、ちゃんとした食事が摂れるのはありがたい。

白米と味噌汁は欠かさず、今日はオムレツとスープが加えられていた。

学校が休みだということもあり、のんびり食せるものにしたのだろう。

他愛もない話をしながらそれを完食すると席を立った。

「後藤は今日これからどーすんだ?」

「ふふん。二度寝だ。いいだろう」

胸をはって言うことだろうか。

「ヒマ人だな」

「どうせ」

笑って言うと、じゃあな~と自分の部屋へと帰っていった。

いつもならばあそこで「じゃあお前はどーなんだよ」

と聞き返してくるはずが、的がはずれた。

目の下にクマを作っていたところを見ると、大方夜中遅くまで彼女と電話でもしていたのかもしれない。

そりゃあ眠いわな。


「さて」と部屋に戻ってからなんとなく息をついた。

この寮は他のそれとは違い珍しく全個室制、つまりは一人部屋が割り振られている。

話し相手がいないことは、気兼ねしなくてよかったというのと、やはり少し空虚な気分になるのとで、メリットは半々だった。

ほぼ自動的な動作でコートを着込み、再び部屋を後にした。

特にこれといってすることもないけれど、後藤のようにただ何もせず時間を浪費することは避けたかった。

寮母さんに玄関口で出かける旨を告げ、外に出た。


景色は、白一色だった。


寒いから、と寮母さんに貸し与えられたマフラーをつけて、ギシ、と足を雪の中へ踏み込ませた。

今は12月。

冬休みに入った今日なのだから、雪が降るのも積もるのも、別段不思議なことではない。

遠い高校を選び、実家のある県よりもやや南へ移ってきた自分にとって、雪は見慣れているものであり、同時に見飽きてしまったものでもあった。

ここより遥か南から北上してきた寮生たちは、子供に戻ってしまったように遊び狂っている。

雪かきされた玄関より少し左右にそれるだけで、踏み荒らされて固められた氷の床がある。

念のため、とスパイクの多少ついている靴を選んできてよかったと思う。

さぁ、どこへ行こうか。

生憎と自転車は学校に置いてある。

近場の最寄駅まで歩いていかなければならないので、せめて目的地は暖かいところにしようか。

ともあれ、雪を踏みしめながら進んだ。


道中、電話がかかってきた。

最近、友人たちに勧められ、やっと買った最新型モデルの携帯電話だ。

だから最新の曲がニュートラルで入っていた。


「白い全て、赤く染まればいいのに♪

 儚い全て、壊れてしまえばいいのに♪

 僕は、全てを拒みたくないのに~♪」

有名なサビを歌いながら、かばんの中を探る。

いつ聞いてもグロい歌だと思う。

流行りの、「刹那的」な歌詞だとでも言おうか。

でもそれをリズムに乗せて、あまりにもあっけらかんと歌ってしまえる自分に時々怖さを覚える。

表向きは、「白い雪が解けて赤い花が咲けばいいのに。

      氷はすべてなくなり、豊かでしっかりとした大地が表れてくれればいいのに。

       閉鎖されたような寒い空間から抜け出して、暖かな春を受け入れたい。」

そんな風に受け取る需要者など、ほとんどいないだろうに。

1フレーズ歌い終わるころ、その音は止んでしまった。

たった今、発信源を手の中に捉えたというのに。

仕方がないので着信暦を見てかけなおすことにした。

『ツー、ツー、ツー』

話し中。もしかしたら、と電話を切り、しばらく待ってみた。

案の定、相手はかけ直しをしていたようで、いくばくもしないうちにまた歌のサビが流れ出した。

今度は歌いださないうちに通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『お~、つながったつながった。てめ、さっきなんで出なかったんだよ』

「出ようとしたら切れたんだよ。お前がせっかちなせいだろ?」

『なにおー?俺のせいにするか!・・・まァ、いいや。今日ヒマ?久しぶりに遊ばね?』

「いっけど、お前どこだよ?まさか実家帰れとか言わねーよな?」

『冬休みなんだから帰ってくりゃいいじゃんよ』

「めんどい」

『ははっ!安心しろ。今○△駅だから』

「今から行こうとしてたんだ。丁度いいな」

『ばっか、俺様なめんなよ?お前が来るだろーと思ってだなぁっ!』

「今日お前こっちで面接受けたんだろ?」

『・・・ちっ。はいはい、そんで見事落ちましたよーだ!』

よーだ!・・・って・・・・・・。

こいつのガキみたいな口調は昔から変わんねぇよな・・・・・・。

かけてきたのは、小学校からの友人。

家が近所でよく遊んでた。こっちに来てからも友情が続いてる。十和田敦。

「すねんなって。今から行くから。おぉ。じゃな」

雪道で難儀している車たちを尻目に、10分くらいで駅に到着した。

どっかの店で待ってると言いながら、敦はバスターミナルの辺りで缶コーヒーなぞを飲んでいた。

「いや、どっか入っちまったらそのまま出たくなくなりそーで・・・」

出身を同じくしているはずなのに、こいつの寒がりは昔から直らないらしい。

「で?どーしたいんだ?」

「俺、こっち就職希望だから、いろいろこの辺案内してくれよ」

「了解」

「スタバー。メガネ屋―。バス停―。携帯ショップー。銀行―。郵便局―。パチンコー。飲み屋―。公園―。と。満足?」

歩いて全てを回ったために、時間はすでに三時をまわっていた。

「CD屋は?」

「どーだろ。歩きじゃキツいかも」

「じゃ、いいやー。ごくろーさん」

「ドーイタシマシテ」

公園----------今時の公園にしては殺風景---------に備え付けのベンチに二人して座った。

ブランコ、滑り台、ジャングルジム以外にはこれまた時代に合わない土管が積んである。

そのどれもが(今座っているベンチさえも)手入れする人がいないようで、雪が積もりたい放題になっていた。

空気はシンと冷たく、歩き疲れた体から体力をゆっくりと削ぎとっていく感じがした。

大げさか・・。

「あ~、サミー」

「お前んちはもっと寒いだろーが」

「まーな」

参ったような顔をして頷く敦は公園の風景をしきりに眺めまわしていた。

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

長い付き合いだから、間がもたなくて苦しいなどということはないが、沈黙は耳をひどく刺激した。

静かなのは嫌いだ。耳鳴りがする。

完全な静寂を避けるようにして、息の音に耳を澄ませた。

そろそろ、頬が寒さでぴりぴりしてくる頃だ。

「この公園」

突如、敦が言った言葉は断片的な単語だった。

しばらく間をおいて

「似てるよな」

とこぼした。

「あぁ・・・・、やっぱり、お前も思ったか?」

自分でも納得したように返した。


実家の近所、敦との家の中間地点にあった公園。

今はもう、市やら町やらで手を入れて、遊具が増設されているけれど、八年前まではこういう広場で雪合戦をよくしたのを覚えている。思い出した、と言ったほうが正しいだろう。

「おあつらえ向きに積もってるし、いっちょやっか!!」

そう叫んだ敦は瞳を輝かせているように見えた。

過去の風景でも見てるのだろうか。

「は?ヤダし」

「まぁまぁ」

宥めながら敦が立ち上がって、足元の雪をさわり始めた。

積雪、およそ10センチ。

かき集められた雪が固まるには、そう時間はかからない。

ヤな予感がした。

「そー堅いこと」

思わず、こちらも身を浮かせる。

「言うな」

本能で一歩足を横にずらした時、

「って!」


ベシッ!


「ってっ!」

手のひら大くらいの大きさの雪球、それも懇親の力で固められた、もはや氷と化した塊が、肩の辺りに炸裂した。

一応、厚手のものを着てはいるが、それでも相当痛かった。

「てめっ」

「おっ、なんだー、やるか~?」

声を弾ませて言う敦はもうほとんどガキに戻っていた。

この挑発に乗るかどうか、正直迷った。

だって大人気ないし。

服濡れるのヤダしな。

けれども、肩にジーンとした痛みがまだ残っている間はたっぷりし返しでもしてやろうかと、その時は思ったのだった。


「連続弾!」

「は?!アホかお前!」

「んなこと冷やかしてる間にどんどん当たってるぞ~。わははっ!!」

敦が投げてくる雪は、最初ほどは固められていないものの(当然だ・・)かなりの大きさぞろいだった。

少しでも当たる数を減らそうと、お互いがどんどん離れていく。

最初は大音声で聞こえてきた敦の笑い声も少しずつ小さくなっていった。

さすが若いだけあってか、雪球の飛距離だけはなかなか衰えなかったが。


そのまましばし。

相変わらず自分の息せきだけはよく聞こえていた。

「・・・ぅ・・ぃ・・・ぁ・・・!」

いつの間にか、敦の言葉が聞こえなくなってきていた。

ほとんど子音が聞き取れない。

母音すらもだんだんと薄くなり始めた。

おかしい。ある場所からはもう二人とも移動はやめたのに。

「聞こえないって~!」

「ぁ・・・・・・・ぉ!・・・・・・!」

おかしい。敦の表情に変化はない。

声にも張りがあるのみで、こちらの声もしっかりと聞き取れている様子だった・・・。

「なんでそっちには聞こえるんだよ?!」

大声で問うた。はずだったのだが。

声がしぼんだように思った。

発する先から、溶けていく。

喉が張り裂けんばかりに、叫んでみても。

スッと消えていってしまうみたいだった。

もう自分の息すら聞こえない。

シンと静まった。自分の体の周囲だけが。

雪を握る手が止まった。


キィン----------


耳が死んでいくように痛い。

痛くて痛くて堪らない。


キィ------ィンィィン---------------------


長くなる耳鳴り。

視界までもが絶たれていく。


完全なるブラックアウト----------


雪の音がうるさい。

無音が、唸る。


なんだこれは。なんなんだ!


頭までが割れるように痛み始めた。

音が、音が欲しい。

耳を生き返らせて欲しい。

音を、音を・・・。


「準」


そう、こんな感じに。


「大丈夫か、準」

視界が戻った。しかしまだ耳鳴りは止まない。

敦がすぐそばで膝を折っていた。

頭を抱えてうずくまってしまった友人のもとへと駆け寄ってきたのだ。

「ほら、よく聞けって。あっち、車通ってるし。風だって吹いてる。聞こえるだろ?俺の声!!」

「あ・・・あぁ。大丈夫」

「ったくお前、俺より寒さには強いくせに、雪の音くらいに負けるとはな」

「んだ?それ・・」

「は?知らねぇの?!」

心底驚いた!といった大仰な仕草をしてから、敦は言った。

「こういう、雪の積もった日。360度雪で白かったり、静かになったりするとたまに起こる現象だ。まさか知らないとは思わなかったぞ?」

雪が音を吸い取ることは知っていた。それがここまでのものだとは。

驚愕に見開いた目を見て敦が笑った。

「一回やっとけば、もうこれからは慣れて平気だろうよ」

「そう・・・か・・・・・・」


それから、しもやけ寸前になった二人の手をさすがにヤバイと判断して、駅までの道のりを帰った。

「しっかし、あの真っ青な顔! 普段冷静な分おもろかった~!!」

しきりに笑い声を上げる敦をその度に小突きながら、自分でも内心、かなり怖かった・・・と、自覚せざるを得なかった。





「お~。手ぇ冷てぇ~。耳いて~」

「大概にしとかないと、雪の音にやられるぞ?」


お前も、気をつけろよ?

無音の刹那に気を抜かねぇように、な。


ファンタジーじゃないだろっていう突っ込みは・・・わかってますが現代ってジャンルがなかったので・・・orz

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