テンプレ的なプロローグ
人と人との殺し合いなんて、ゲームや小説の中でしか起こらないと思ってた。
「なーんかさ、人生ってヌルゲーだよなー達也よー」
「お前さ、いくら自分が頭良くてスポーツできて女にモテモテだからって普通それを言うか?」
生きていることに疑問なんて持ったことがなかった。
「別に俺自身が望んだわけじゃないし。特に女関係」
「くっそぉぉー俺の天使ユイちゃんの心を射止めておいてよく、そんなことがっ・・・」
勉強は天才まではいかないが、まあ人並み以上にできたし、スポーツも同様。
顔も人から言わせれば整っているらしいので、モテるほうだ。
人は皆そんな俺の事を羨ましいというが、その度に俺は不思議に思う。
何一つ努力して手に入れたわけではない才能がそんなに羨ましいものなのだろうか。
オールマイティーなだけで、俺よりも勉強ができるやつはいるし、スポーツができるやつもいる。
上には上がいるのだという敗北感。
多少はできるせいで余計にプライドがついて、中途半端な立ち位置に苦しむ。
元から努力して手に入れたわけではないから、人から妬みや羨望の眼差しを向けられた時に戸惑う。
それを口に出してしまえば終わりだ。
デキのいいやつは、「どうせ、お前は今度も100点をとるんだろ」と言ったある意味の期待をその身に受けることになる。それを受け止めきれなければ、後に待っているのは孤独だ。
「性格が悪い」「ちょっと頭がいいからって調子に乗りやがって」
その手の平を返したような態度こそ性格が悪いんだと思うのだが、いかんせん理解されることはない。
冗談混じりなら許されても本気だと相手に悟られては終わりなのだ。
とはいえ、その感情も仕組みさえわかっていれば簡単に回避できる。
上を目指さずに人との軋轢ばかりを気にしている俺の、何と情けないことか。
こんな日常は、つまらない。
もっと己の才覚のみで渡ってゆける場所に行きたい。
まあ、そんな所はこのコミュニケーション力が必須である現代には存在しないのだろうな・・・
そう思って空を見上げた瞬間だった。
何か大きなものに急に摘みあげられる感覚がして、俺は本能的にそれから逃れようとして、両腕両足を滅茶苦茶に振り回した。
しかし、そんな抵抗を歯牙にもかけずにそいつは俺をどこかへと運んで行く。
周りの景色が急速に遠くなっていく。そう、文字通り横にいた達也がいつのまにか豆粒のようにしか見えなくなっている。
つまり俺は空を飛んでいて・・・?
混乱している間に俺の体は雲の海を何層も突き抜けていた。
えっ、えっ、じゃあ次は宇宙空間だ。息ができない。・・・死んでしまう!
そこまで考えたところで、俺は気を失ってしまった。
「・・・・様!・・・様!」
どこか冷たい響きを含む女の声が、誰かを呼んでいる。
俺はその声に誘われるようにしてゆっくりと瞼を開けた。
頭上高くには、白い大きな石みたいなものが見える。どうやらここは室内のようだ。
右に首を傾けると、右手の先遥か遠くに壁が見えた。そのまま視線を壁に沿って上にずらしていくと、壁の先は丸みを帯びて、頂上に天窓を抱く巨大なドームになっていた。
そして驚くべきことに、白い大きな石は浮いているようだ。今の視点から見た場合の話だが。
そこで俺は気づいた。
「ここはいったいどこなんだ!」
一気に体を起こす。俺は達也と一緒にいたはず。
この不可思議な部屋はいったい何なのだろうか。白昼夢なのか・・・?
「勇者様」
後方から先ほど聞いた女の声がして、俺は飛び上がった。
おそるおそる後ろを振り向くと、そこには薄い水色の髪に深々とした黒い瞳の女性がいた。
白いたっぷりとした、ゲームで見る神官が着ているような服を身につけている。
他に部屋の中に人は見られないので、どうやら俺に話しかけてきているらしい。
俺はユウシャなんて名前じゃないんだが・・・
「選ばれし勇の焔をその心に宿す御方、勇者様、よくぞこの世界へお越しくださいました」
その瞬間俺は察した。
あ、勇者ってそういう意味の勇者なのね。
何にせよ、あまりのぶっとんだ話に俺の頭がついていかん・・・所詮おれは天才じゃないんだよ・・・
そこまで来て俺の意識は闇に落ちた。