招かれざる客
駅ビルの中の家具屋ミトリで買った大きなブツをひいひい言いながら運んで家に帰った私を、のんきな声が出迎える。
「あ、サラちゃーん。おかえり。」
へらへらと手を振るユウを見ながら激しいデジャヴ感に襲われる。
が、部屋は見たこともない状態だ。玄関に並ぶ靴、靴、靴…
パンプス、サンダル、サンダル、パンプス、サンダル、パンプス、ブーツ(…この季節に!)、サンダル
なにこれ。
そう思って奥の部屋に視線をやって、私は思わず一声上げた。
「ゆ…!」
「ゆ?」
小首をかしげれば何でも許されると思ったら大間違いだ!
「床が、抜けるっっ!」
ここを渋谷のクラブか何かと勘違いしてるんじゃなかろうかというほど煌びやかな女の子たちが、狭い部屋にわんさか。
わんさか、だ。わんさか。
単身者向けの1Kマンションに、同居人2人と招かれざる客が8人。
いや、正直言って、同居人だって招いたわけじゃない。
どいつもこいつも、招かれざる客だ。
なんだこれは。
「ユウ~、このお姉さん、だれ~?」
女の子の内の一人が私をみて媚びるような声を上げる。お姉さんっていう言葉には年増を揶揄するような響きがこもっていた。
「家主です。」
「あ、大家さんですか~?」
「いいえ、部屋のぬしです。」
そんなことよりおぬし、何者じゃ。
「サラちゃんだよ。」ユウがにっこりと口をはさむ。「俺を泊めてくれてる親切なお姉さん!」
どんな紹介の仕方だ。
「野良猫泊めてるお姉さんです。」私は無表情でそう言うと、「みなさんは何の御用でこちらに?」と聞いてみた。
至極当然なことを聞いたはずなのに、女の子たちは顔を見合わせるばかりでちゃんと答えが返ってこない。
「ミリーとね、言葉が通じないかと思って。いろんな国の言葉がしゃべれる人たちに集まってもらったんだ!」
ユウはうれしそうだ。
「でもミリーの言葉がわかる子はいないみたい。主要な国の言葉はもう出し尽くしたと思うんだけどなぁ。ミカちゃんがドイツ語と韓国語、ユカちゃんがフランス語、レイちゃんがイタリア語とスペイン語、ユリアちゃんがポルトガル語、セリちゃんがウルトゥー語、ヒンディー語、アラビア語、チーちゃんがロシア語、ウズベク語、シオンちゃんがオランダ語、それからユマちゃんがトルコ語、俺が中国語。あ、ユマちゃんは挨拶程度ならウイグル語とタジク語もわかるらしいんだけど、それでもダメなんだよね。やっぱり少数民族だからかなぁ。ウイグル語はいけると思ったんだけどねぇ…あとはアフリカの方が弱いから、そのせいもあるのかなぁ。」
とりあえずものすごくインターナショナルなガールたちの集いだということはわかった。
しかしこの子ら、ミリーのためと善意で集まってきたようには全然見えない。むしろほかに狙いがあるのがありありとわかる。
ユウをちら、と見ながらこっそりとため息をついた。
「みなさん、狭いところにすみませんね。」
そう言いながら手に持っていたカバンを床に投げ出す。
昨夜からぶっ続けでバイトして、買い物して、汗だくでやっとこさっとこ家にたどり着いたら知らない人がわちゃっと集合しているのだ。おまけに、人の留守中に上り込んでおいて「おじゃまします。」の一言も言えないなんて何事なんだ。
「あ、サラちゃんバイト明けで疲れてるんだ。みんな、今日はありがとう。もういいよ。」
ユウは私の不機嫌を察したらしく(というかこれで察しなかったらぶったまげだ)、ガールズをまとめて立たせ、玄関へと追いやる。
「あ、ミトリの…!」
私が汗だくになってまで運んできて玄関に立てかけておいたブツを見たガールが声を上げた。そしてこちらを振り返る。
「お買い上げ、ありがとうございます。」
バイトでもしてるんか。
私はあーハイ、という生返事をしながら一応玄関でガールズを見送る。
「じゃあね、ユウ!」
「また学校でね!」
「ユウちゃん、バーイ!」
「シーユー!」
「☆∞○♨ДИ◎∥」
「☮♨Ω★Π」
「ω≧##☆♨」
「+※oπ√∀☺」
皆口々にユウに向かって何か言いながら帰って行った。
「おじゃましました」って言うやつは、一人もいないのね。
いや、後半部分は何言ってるかわからなかったから、もしかしたらタジク語だかウイグル語だかでそう言ってたのかもしれん。
へらへらとガールズに手をふるユウの横顔を見つめて軽くため息をついてから、部屋の中に入る。
「ミリー。」
ミリーは部屋の奥で目を白黒させていた。
当たり前だ。
このとんでもなく暑苦しいワンピースを決して脱ごうとしないミリーの感覚からしたら、あのガールズの服装はもはや裸も同然だろう。裸のガールズに囲まれて動揺しない奴はいない。
「サラちゃん、何かごめんね。お役に立てたらいいなと思ったんだけど。」
お見送りを終えて家に入ってきたユウが玄関からそう声をかけてきた。
「別にいいけど、なんで女の子ばっかりなのよ。」
「あれ、サラちゃん、もしかしてヤキモチ?」
トトトッと軽い足音がして、無邪気な顔が私の仏頂面をのぞきこむ。
「いや、違うから。男の子の友達、いないのかなぁと思って心配したの。」
「なぁんだ。あのね、帰国子女の友達に頼んで集めてもらったの。だから、ミカちゃん以外はみんな初対面だったんだ。」
ミカちゃんが一体どの子だったのかもわからんし、別にいいけど。
「それに、男をここに連れて来るの嫌だったんだもん。」
「何でよ。」
「んー。ミリーがさ、怖がるでしょ?」
ああ、と私はうなずく。
それもそうね。
「ミリーのこと考えてくれたんだよね、ありがと。」
さらりと言っておく。
別に、ユウに悪気があるわけじゃないんだ。
むしろ、善意のカタマリだったのだろう。
なのにイライラしたってしょうがない。
仏頂面を何とか元通りにしようと、眉間の皺を指で伸ばす。
「それよりさ、これ、買ってきてくれたの?俺のために?」
ユウがミトリのマットレスをひょいと持ち上げた。
「別にユウのためってわけじゃないけど。ひとつあってもいいかなって。」
急に増えた同居人のせいで一番困ったのは寝る場所だった。
狭い部屋ではベッドのほかに布団を一組敷いたらいっぱいいっぱいになってしまう。
「俺はサラちゃんと同じ布団でいいよ。」とふざけたことを言い出すやつは放っておいて、どうすればいいか考えた末に廊下を活用することにした。
廊下っていうか、キッチンっていうか。
玄関を入ってすぐにキッチンがあり、その前に一応人が横たわれるくらいのスペースがある。
ユウにはそこで寝てもらうことにしたのだ。
「やっぱり、俺のためじゃん。」
ユウはにこにこと笑ってマットレスを袋から取り出し、いそいそと廊下に広げた。
「ちょっと端っこが持ち上がっちゃってるけど、十分だね。」
当たり前だ、ちゃんと測って買ったんだ。
「そういえば、あの女の子、ミトリでバイトしてるの?」
「ああ、いや、ミカちゃんのお父さん、ミトリの創業者だからさ。」
なるほど、それで「お買い上げありがとうございます」、ね。
そんであの子がミカちゃんか。
「ふぅん。」
そう言うと、ユウはもう一度私の顔を覗き込んでから、弾けたように笑った。
「サラちゃんてさ、かわいいよね。わかりやすくて。」
3つも年下の男にそんなこと言われたくないわ!
「耳まで真っ赤だよ。」
かつて私に同じことを言った男の顔を思い出して急速に心が冷えていくのを感じながらふいと泳がせた視線の先に、ミリーの平和なほほ笑み。
ずるいよ、怒れなくなっちゃう。