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増えてしまった同居人



「あ、サラちゃーん。ひさしぶり。」

 おいおい、へらへら手を振ってる場合じゃねぇってば。

「何してんの、あんた。」

「サラちゃんに会いに来たんだよー。」

「ああ、明日、朝一で講義があるんでしょ。」

 私は冷たく言い放つ。

 野良猫みたいにふらりとやって来る男、有。

 居酒屋のバイトをしていたころのバイト仲間だが、まだ19歳の大学生だ。

 私の家から大学が近いと言う理由で、時折やって来ては宿代わりにうちに泊まっていく。

 切れ長の目に均整のとれたすんなりとした体つき。

 身長は決して高くないが、中性的でかわいい男の子だった。


「あ、ばれちゃった?」私の冷気を帯びた言葉に悪びれもせずにこにこと笑う。

「でもサラちゃんのぬくもりが恋しくなったのも本当だよ。」

 このくそ暑い時に、何がぬくもりだ。

 要は溜まっているのだな。


 後腐れのない、楽な関係。

 ユウに彼女がいるのかいないのか、そんなことさえ私は知らない。


「で、このおばさん、誰?」

「タクラマカン砂漠の少数民族の生き残り。うちにホームステイしてんの。」しれっと隣人についたのと同じ嘘をつく。


「ああ、タクラマカン砂漠って、ウイグル自治区の?」

 くそっこの男、タクラマカンを知っているのか。さすが、誰もがその名を知る名門私立大学に通っているだけある。何か聞いたことあるという名前だけでタクラマカンを選んでしまったことを猛烈に後悔する。

「へぇ、死の砂漠に少数民族がいたなんて知らなかった。」


 死の砂漠…タクラマカンってそんなところだったんですか。ウイグル自治区ってどこにあるのか知らないけど、とりあえず恐ろしい場所だということだけはわかった。「で、この人、何語しゃべるの?」


 知りません。何語、とかいう名前がついている言語なのかどうかも、わかりません。下手をすると、地球語じゃない可能性すらありますのでね、ええ。なんせ一筋の閃光と共に現れるおばさんですから。


「…わかんない。とりあえず日本語はしゃべれない。」

「さっきちょっと話したよ。ね、ミリー。」

「ハイ、ユウ。」

 なるほど。自己紹介は済んでいるらしい。

「ホームステイなんて、何か楽しそうだね。」

 人と壁を作らないユウはミリーとすっかりなじんでいるようだ。



「しかしあっちい。ねえ、サラちゃん。」

 ユウはそう言って平気でTシャツを脱ぎ捨てる。裸を見たことだってあるのに、何となくこういうのは気恥ずかしいもんだな。




「ワォハァ」ミリーが意味不明な言葉を放ってユウを凝視する。

「あれ、もしかして俺が男だって気づいてなかったのかな。」

 ミリーは目を覆って顔を赤らめている。何だ、この少女みたいな反応は。いや、処女の間違いか。おばさんの割に随分純情だこと。


「もしかしてミリーの故郷ってこう、『男女席を同じゅうせず』みたいな文化のとこなのかもね。タクラマカン砂漠の文化はよく知らないけど。」ユウがうちわでばっさばっさと上半身を仰ぎながら言う。

 そんなこと言うくらいなら、服を着てあげて欲しい。

 私はため息を吐くと、冷房を入れる。

「ほら、ユウ。ミリーの精神衛生のためにも服を着てあげてよ。」

 リモコンをベッドの上に放り投げながらユウに視線を投げる。

 うは。腹筋割れてら。


「ねえ、ミリーの故郷のこと、知らないの?」

 私はぎくりとする。何にも知らん。

「うん、まぁ、よくは知らない。」

「それなのによくホームステイ受け入れたね。金でももらえるの?」

 いや、一銭ももらえません。それどころか、食費は二倍、ガス代も光熱費も増えますよ。

 このおばさん、小太りだけあってよく食べるんだわ。その上、こんな季節なのにハイネック長袖のワンピにこだわって絶対に薄着になってくれないから、いっつも汗だくで、見ているだけで汗疹ができそうになるのだ。そのせいかエアコンの稼働時間が以前と比べてぐんと長くなっていた。


「お金のためってわけでもないけど。まぁ、困ってたみたいだから。」

「ふぅん。優しいんだね、サラちゃん。」

「野良猫みたいな大学生をたまに家に泊めてあげるくらいにはね。」

「あ、それってもしかして俺のこと?」

「もしかしなくても、あんたしかいないから。」

「へぇ。なんかそれ、ちょっとうれしいな。俺だけなんだ。」

 何を寝ぼけたことを言っているのか。うちは野良猫大学生のシェルターだとでも思っていたのか。

「ミリーを泊めてるってことは、サラちゃん今、彼氏いないの?」

 今も昔もいない。

 ここへ引っ越してきたその日から、私はフリーなのだ。

 そう答えるのも癪なので鼻歌を歌ってごまかしておく。なぜか最初に浮かんだのは童謡「赤とんぼ」だった。あまりのババくさセンスに自分で動揺してしまう。


「そっかいないのか。じゃあさ、俺も今日からここに住んでいい?」

 意味がわかりません。赤とんぼの歌はちょうど15で姉やが嫁に行ったところに差し掛かっていたのに、いいところでぶった切られてしまった。


「あんた、実家住まいでしょ。親御さんが心配するからダメ。」

 3つしか違わない男の子を相手にお母さんみたいなことを言う日が来るとは。

「うーん。家、飛び出しちゃったんだよね。だから、ここに住めなかったら俺、野宿か、友達の家を渡り歩くかの二択になっちゃう。」

「そのどっちかでいいじゃない。蒸し暑い季節だから野宿大変だろうけど、冬みたいに凍死する恐れはないからまだましだろうし、男の子はそのくらい逞しくてもいいんじゃないの。友達の家を渡り歩くって言うのも悪くないと思うし。泊めてくれそうなアテがあるってことでしょう?」

「でも、俺ここがいいなぁ。」

 そんなに人懐っこい顔で笑ってもダメなものはダメだ。

 もともと手狭なアパートに小太りのおばさんが転がり込んできて、もう満員御礼な状態なのだ。そこにさらに大学生の男なんて、酸欠になりそうだ。

「大家さんに叱られちゃうよ。」

「大丈夫だよ。」


 何の根拠があってそんなことを言うのか。


「じゃあ、大家さんの許可が取れればいいの?」


 私はフンと鼻を鳴らして「できるもんならやってみぃ。」と言い放った。


 そんなことできるものか。

 見るからに頭の固そうな大家のおばあちゃんはこの時代にまだベッコウ色の四角い眼鏡をかけて、クマさん模様の割烹着を羽織っているのだ。冬にはそれが羊柄の毛玉セーターに変わる。アパートの一階に住んでいるので時折顔を合わせるが、まともに会話をしたことはほとんどなかった。


 なのに、ユウはものの10分で大家の了解を取り付け、満面の笑みで私の部屋に戻ってきたのだった。ついでにミリーの同居にまで承諾をもらってきおった。



 いったい何者なんだ。

 ユウも、ミリーも。



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