着陸失敗大破!機体全損
私がトゥールーズに来て三日目。シミュレーター訓練も佳境になって来た。五十回以上の着陸訓練をした結果、天候が良くて滑走路が乾いている時は着陸成功できるようになった。
操縦が上手になったと思いたいけど、悪天候の時は全然上手く行かない。何回も着陸に失敗している。
私は少し焦って来ていた。ソフィさんはシミュレーターの副操縦席で、私に付きっ切りでコーチしてくれている。今も訓練の真っ最中。
『こちら、エルベ管制塔。フレイヤ・ゼロ・ワン・ヘビー。アテンション、空港の北に小規模の雨が発生しています。ILSで進入してください』
「フレイヤ・ゼロ・ワン。了解」
「マリオン、雷雲がこちらに移動しているわ」
ソフィがさんが機体に装備された、ウェザー・レーダーで雷雲を確認した。機長の私はそのまま雷雲を突っ切ってエルベ空港のへ着陸する事を決断した。私たちの前方に広がるスクリーンは雲の中で真っ白。何も見えない。計器飛行で着陸するしかない。
「速度一六〇ノット。このままアプローチします。ソフィさん。チェック・エアスピード。フラップをワン・ポジションへ」
「コピー。フラップ・ワン・ポジション。雷雲の中は上昇気流で機体が安定しないから、気を付けて」
「了解です。ソフィさん・・・・・・」
私の目の前に映る、シミュレーターのCG映像は激しい雨で前が全く見えない状態。私はILS計器着陸をする。
『フレイヤ・ゼロ・ワン・ヘビー、着陸を許可します。ウインドウ・ナイナー・ゼロ、アットファイブ。瞬間最大風速は一八ノットです』
管制塔から着陸の許可が下りた。機体は雷雲の中に突入して、ガタガタ上下左右に激しくゆすられている。私は操縦桿とラダー・ペダルを駆使して、アーリャを安定させようとしている。機体が風に流されないようにしているのがやっとだわ。
「ランディング・ギアダウン、お願いします」
「コピー。ランディング・ギアダウン・・・・・・スリー・グリーンよ」
ソフィさんがランディング・ギアを降ろしてくれた。ゴトンと言う軽い振動がシートを通して伝わってくる。
「フラップ・スリー・ポジション、スラット」
「コピー、フラップ・スリー。スラット展開・・・・・・OK、順調よマリオン。肩の力を抜いて、乱気流に逆らわないで」
「わかりました」
ソフィさんは、的確なアドバイスをしてくれている。私は彼女の期待に応えなきゃ。
「現在一〇〇〇フィートよ」
「ソフィさん、オーバーランを避ける為、速度を落とします。スラストを二〇パーセントへ」
「マリオン、速度落としすぎじゃない?」
「さっきの訓練ではスラストを絞る事に躊躇って、オーバーランしました。今度は躊躇いません」
「コピー・・・・・・スラストを二十パーセント」
ソフィさんがスラスト・レバーを手前に引く。エンジンの音が急に静かになった。計器のエンジン回転数表示がドンドン落ちていく。
ドン!
「な、何?」
ソフィさんのスラスト操作の後、機体に大きな振動が走り、一気に降下した。な、何があったの?
「下降気流よ!マリオン、機体を引き起こして!」
『テイレン、テイレン、プルアップ、プルアップ』
コンピューターの合成音が流れ、地面が近付いているから引き起こせ!と警報を発してしていた。私は操縦桿を引いた。
「ゴー・アラウンド!スラスト!パワーを!」
私はソフィさんにスラストを一〇〇パーセントにする指示を出した。ゴー・アラウンド。着陸履行する。
「滑走路まで二〇〇メートル!マリオン引き起こして!」
『テイレン、テイレン、プルアップ、プルアップ』
「ダメ、速度が足りない!」
「パワーを!スラスト!」
ドン!
「ああっ・・・・・・」
大きな衝撃と共に、シミュレーターの映像がブルー画面になった。
『マリオン、ソフィ、君たちは滑走路手前、五〇メートルの地点に墜落した・・・・・・ジェットエンジンはそんなにレスポンス良く、パワーが出せないのは知っているだろ・・・・・・』
ダッソーさんの声が聞こえた。
「済みません、ソフィさん。私の指示ミスです。速度を落としすぎました・・・・・・ゴメンなさい」
「マリオン、今日はもう遅いわ・・・・・・明日、頑張りましょう。まだ三日あるわ」
「でも・・・・・・」
「この後、私と一緒に夕食を食べましょう。そこで反省会ね」
「わかりました・・・・・・」
私は凄く落ち込んでいた。ソフィさんや、ダッソーさんの期待に応えられなくて。何度やっても上手く行かない。
「ダッソーさん、今日は終わりにします。明日もお願い」
「了解だ。ソフィ」
ソフィさんは機長席から立ちあがれないでいる私のベルトを外してくれた。手を引いてシミュレーターから降ろしてくれた。
さあ、夕食にしましょう。
「ソフィさん、どうしよう・・・・・・私には出来ない・・・・・・」
私は思わず本音をソフィさんに漏らしてしまった。本音を言った後悔と誰かに聞いて欲しい気持ちが胸の中でごちゃ混ぜになっている。
「んー・・・・・・そうね、今のマリオンじゃ無理かもね・・・・・・」
「えっ?やっぱりそうなんですか・・・・・・私の力不足ですね・・・・・・・やっぱり、エルウィンの方が適任なのかな」
ソフィさんはは私に向き直って、体を屈めて、目線を合わせてくれた。
「でも、大丈夫よ。解決する方法はあるから。安心して、マリオン」
「ほ、本当ですか?そ、その方法は!」
「焦らないで、食事のときに話すから。簡単な方法よ」
「ハイ・・・・・・わかりました」
私は内心、ドキドキしていた。「もう、貴女は不適格です」と言われたらどうしよう・・・・・・。
ソフィさんに手を引かれ、社員食堂へ向った。
エリス航空四六七便の救出劇から三日が経った。オレとリズは朝から、アーリャで飛びっぱなしだった。今日のフライトは全て完了。アーリャは格納庫へ入れて、クルト親父に預けた。今整備の真っ最中だろう。オレと、リズは事務所に戻り、本日の業務報告書を作成してラップトップパソコンと格闘している。ちなみに今日のワルキューレは出番なし。ヤツは一回飛ぶと、整備にえらい手間が掛かる。ワルキューレもは整備中だった。
「あらあら・・・・・・ソフィからメールが来ているわ。マリオンちゃん、苦戦しているようね。ちょっと心配だわ」
リズはパソコンを見つめ、難しい顔をしている。
『三〇トンの荷物を積んだ身重のアーリャで、あの狭い空港へ着陸するのは非常に難しいですね』
ジャックのヤツが社内LANに接続して、リズのパソコンのスピーカーから喋っている。器用なヤツだな。
「そうね・・・・・・何かいい方法はないかしら。どんな天候でも安定して着陸できる方法」
オレ達三人は無い知恵を搾り出し始めていた。
トゥールーズの社員食堂はとても綺麗で広かった。テーブルには私とソフィさんが向かい合わせで座っている。テーブルには所狭しと料理が並べられていた。私の気分は落ち込んでいたけど、空腹には勝てなかった。
「マリオン、それだけ食欲があれば、大丈夫ね」
「ハイ。それぐらいの根性はあるつもりです。お腹が膨れたら、元気が出ました」
「うん、それでいいわ。マリオン」
テーブルの料理は片付き、私とソフィさんは反省会を始めた。ソフィさんはラップトップパソコンを広げている。
「マリオン、訓練はどうかな?キツイんじゃない」
ソフィさんは私の眼を見て話してくれている。私もソフィさん眼を見返す。相手の顔を見てお話しないととっても失礼だと思った。
「ハイ、正直きついです。でも私が頑張らなきゃ、フレイヤの皆に迷惑を掛けます。ここは私の戦いですから」
私はソフィさんに自分の覚悟を言った。この巨大天体望遠鏡輸送はフレイヤの未来が掛かっている。私が失敗したら、会社はどうなるの?
「そうね、マリオンの心構えは大切よ。そしてその責任感も立派だわ。でも・・・・・・」
「でも、何ですか?」
「リズに相談しているかしら?マリオンの今の状況を」
「いえ、相談していません。リズさんに心配掛けたくありませんから・・・・・・」
「そうね、マリオンの優しさよね。でもそれはね、逆よ。リズは相談されないと逆に心配するわ」
「逆?リズさんが逆に心配するって、どうして?」
私には逆に心配する理由がわからなかった。だって、この重要な仕事が上手く言ってないなんてリズさんに言ったら、彼女はとても心配する。何とか後三日でどんな状況でも安心してエルベ空港に着陸できるようになってからリズさんへ言うつもり。
「あのね、リズの立場から言えば、相談される事でマリオンが「今、ここまで仕事が進んでいる」とか、「こんな問題を抱えている」とかがわかるの。それで彼女は社長として整備の人たちとか、シュレディンガーさんに「マリオンを助ける良い手は無いか」って社員の知恵を借りる事ができるのよ。フレイヤはチームでしょ?マリオンはアーリャの機長として責任を果たそうとしているのはよくわかるわ。でも、アーリャはマリオン一人の力では飛ばせないのよ。頑張る気持ちは大事だけど、チームに頼る気持ちも大事よ・・・・・・」
「ハイ・・・・・・」
そうか、私は全部一人でやろうとしていたんだ。機長になって、認めてもらえたのが嬉しかった。だから、全部頑張なきゃって思っていた。だけど、考えて見たら、フレイヤの人達、整備員さん達、経理の人、総務の人、エルウィン、リズさん。皆居ないと、アーリャも私も飛ぶ事はできないんだわ。
何か急に自分が恥ずかしくなって来た・・・・・・どうしよう・・・・・・。
「ソフィさん!私どうしよう?どうしたらいい?」
リズさんに何か言いたい。今の私の状況を話して、早くリズさんを安心させたい。
「じゃあ、これでリズにメール出してみる?使っていいわよ」
ソフィさんはラップトップパソコンを私に向けてくれた。リズさんの気持ちに気付けなった悔しさとソフィさんの優しさに涙が出てきた。
「有難う御座います。ソフィさん。お借りします」
「リズは気遣いが過ぎて、声を掛けられないのよ、マリオン、リズをお願いね」
私は一生懸命メールを打った。私の気持ちがリズさんに伝わるよう。
オレ達はフレイヤの事務所で討論していた。オレと、リズと、ジャックと、クルト親爺の四人。何とかあの狭い空港で着陸できるように。
「やっぱり機体を軽くするしかないんじゃないか?」
「でもな、親爺。後、軽く出来るのは・・・・・・燃料を減らすくらいしか案はないぜ」
『それではゴー・アラウンド出来なくなります。最低そのくらいの燃料は残さないと』
「タイヤを新品にしておくか。それで数十メートルは制動距離が縮むだろう」
「そうだな、そう言う小さい積み重ねでコツコツ行くしかねえな。オレはそう思うぜ」
会話が途切れてしまった。出せる案も尽きたようだ。
「皆、ちょっと待って。ソフィ・・・・・・いいえ、マリオンちゃんからメールが来たわ!」
リズがパソコンの画面を注視している。マリオンは何を言ってきたんだ?気になる。
「うん・・・・・・内容は『気象条件が良くて、滑走路が乾いていたら、何とか着陸できるけど、天気が荒れて、機体の安定が保てないと着陸に失敗する。リズさん助けて!♡』って書いてあるわ」
最後のハートマークはよくわからん・・・・・・違う、ライスハートの《ハート》って意味か!やるな、マリオン・・・・・・。でも、やっぱり苦戦しているようだ。
「滑走路が乾いていればってのは、わかる。天気の良い日は選べないのか?」
「親爺、山の天候は変わり易いぜ。どんな悪天候でも余裕をもって着陸できないとこのオペレーションはできないよ」
「じゃあ、エルウィン。お前やれよ」
「なんだと!てめえ、マリオンを信用してねぇのかよ!」
このクソ親爺!言うに事欠いてマリオンを外して、オレにやれだと。ふざけるな!マリオンはそんな無責任な娘じゃねえ!
「やるか、クソガキ!」
「おう!上等だ!男なら拳で語れ!」
「喧嘩は止めなさい!時間の無駄よ!」
リズに怒られた。オレと親爺は椅子に座り、反省。そうだ、こんな事しても事態は改善しない。いまさらながら、恥ずかしい。
『悪天候でも機体が安定して、濡れた滑走路でも、制動距離が縮まればいいですよね』
「そうだ、ジャック。悪天候がいつ起きるか分からん上に、山の乱気流も手強いんだ」
『エルウィン、いいえ、ここはミステルと呼ばせてらいますよ。らしくないですね。貴方は窮地でも冷静に判断できるパイロットですよ』
「ジャック、何が言いたい。ハッキリ言ってくれ。お前はいちいち、回りくどいぜ」
『ミステル、貴方が乗っていたF‐16戦闘機が飛行中、フラットスピンに陥って、機体の安定が保てなくなった時、どうしますか?雪の日、着陸の制動距離が伸びると判断されたとき、どうしますか?』
あっ!そうだ、オレは大事な事を忘れているじゃんか!ジャック、有難う、お前の言いたい事がわかったよ。エキサイトし過ぎて冷静な判断が出来なくなっていたぜ。面目ねぇ。
「ジャック・・・・・・ドラッグ・シュートだ。ドラッグ・シュートを開けば機体が強制的に後方へ引っ張れて、姿勢が安定する。当然、着陸は制動距離が縮まる・・・・・・ジャック、ワルキューレにはドラッグ・シュートが三つ、装備されているよな」
『そうですよ、ミステル。クルト殿、アーリャのお尻に装備しているAPU補助発電装置を外して、ドラッグ・シュートを付けられませんか?ワルキューレのを外して。ワルキューレはアーリャより重い機体です。アーリャの機体重量ならドラッグ・シュートは三っつで十分だと思います。』
ジャックの提案は的確だった。確かにドラッグ・シュートって考えは戦闘機じゃなきゃ出てこない。戦闘機は飛行の安定を失うような機動をするし、軽量化の為に逆噴射は付いてないから機体を止めるのにドラッグ・シュートを装備している。
「やってやれない事はない・・・・・・いいや、やってやるよ。マリオンの為だ。俺だって彼女を信じている。だから彼女の助けになるなら、何でもわい」
「クルトさん、お願いしますわ。明後日まで出来ますか?アーリャの運行予定は明後日まで重整備でフライト、無いですよね・・・・・・」
クルト親爺は立ち上がり、作業用のヘルメットを被った。オッサン、ヤル気だな。
「あいよ!社長。任せておけ」
クルト親爺は事務所を出て行った。早速作業に取り掛かろうとしている。
「エルウィンもクルトさんを手伝って。お願い。私はマリオンへお返事を書くわ。彼女を励まさないと」
「了解だ、リズ。さっきは済まない。熱くなっちまった」
「いいわよ。そのガッツがあるなら、どんな困難も私と一緒に乗り越えられそうよ」
エルウィンは無言で事務所を出て行った。私は、マリオンに返信のメールを書いた。
「ジャックちゃんもありがとね。助かったわ。色々と」
『とんでも御座いません、自分もフレイヤの一員と言う自覚はあります。当然です。それに、いつかリズに生チチを拝ませて貰う為にも、自分は頑張ります』
「前言撤回よ。いつかリセットしてあげるわ!」
「マリオン、リズから返信が来たわ」
私とソフィさんは食堂でお茶を飲んでいた。ベルーガについて色々便利な機能とか、裏技とか、メーカーの人しか知らない事を教わっていた。
「えっ、もう来たんですか?さっき私が送ってから二〇分しか経ってないのに?」
「マリオン、読むわよ。『解決策を見つけたから、安心してマリオンちゃん。大丈夫よ。三日後迎えに行くから。頑張って。もう少しで出口がみえるわ』って来た」
「ああ・・・・・・リズさん、有難う」
私は心の中が洗われるよな気持ちになった。引っ掛かっていたものが綺麗サッパリ無くなったような軽い気分になれた。胸が熱くなってきた。
「ん?添付ファイルがある。開いて見るよ」
「ソフィさん。何ですかこれは?パラシュート?」
添付されていたファイルを開くとそこにはアーリャのお尻に、開いたパラシュートの絵が描かれていた。
「ドラック・シュートよ。リズ、考えたわね。ブレーキを増やそうと言うのね。それにフレイヤにはキレ者がいるのね。小さいながら、いい会社じゃない。マリオン」
「えへへ・・・・・・有難う」
私は自分が褒められたようで嬉しかった。
「マリオン、明日、早速ドラック・シュートのパラメータを入れて訓練よ!これなら何とかなる自信が私にはあるわ」
「お願いします。ソフィさん」
その後、私はホテルに戻った。今日はいつもと違ってグッスリと眠る事ができた。ソフィさんの「何とかなる」って言葉に随分と安堵したの。
翌日、私とソフィさんは、既にシミュレーターの中に居た。
「マリオン、ハイ・・・・・・シュレディンガーさんから今朝、メールが来ていたわ。それをプリントして来たの。よく読んで」
副操縦席のソフィさんはA4の紙を渡してくれた。私はその紙に書かれた文章を読む。長編の大作だったけど、大事な所にはソフィさんが蛍光ペンでマークしてくれていた。大事なのは七行ぐらいしかなかった。
-マリオンへ、(以下だいぶ略)オレの計算だとアーリャが着陸してからドラック・シュートを開いても、滑走路面が濡れていたら停止は間に合わない。パラシュートが開き切る前に、崖から落ちてしまう。そこで、主脚が完全に滑走路へ付く前に、ドラック・シュートを開くんだ。そうすれば、制動が間に合う。艦載機が航空母艦に着艦するイメージだ。艦載機のヤツらは車輪が甲板にくっ付いてから、着艦フックをワイヤーに引っ掛けるんじゃなく。先にフックをワイヤーに引っ掛けてから、機体を甲板に落としているんだ。ある意味、墜落と一緒だ。ドラック・シュートを開くタイミングはそんな感じだ。合言葉は《コントロールされた墜落》だ。(その後もいっぱい略)健闘を祈る。-
「ソフィさん。エルウィンが言っているのは、マニアック過ぎて良くわかんないケド、ようは車輪が付く前にパラシュートを開けばいいの?」
ソフィさんは困った顔をしている。腕を組んで考え込んでいる。エルウィンは無茶な注文をしているんじゃないかしら。
「うーん、シュレディンガーさんの考えは理解できるんだけど、アーリャは艦載機じゃないから、トム・クルーズの映画みたいな《コントロールされた墜落》をやると・・・・・・多分、アーリャは壊れちゃうわ。脚を複雑骨折ね」
「じゃあ、どうすれば・・・・・・」
「じゃあ、シミュレーターで実際にやってみましょう。タイヤが滑走路に接地する瞬間、パラシュートを開くのよ。開くタイミングは・・・・・・勘ね」
「勘?ですか?」
「そうね。長年パイロットをやっていると、勘で判るものよ。マリオンも早くそうなってね」
「はい、頑張ります!」
私とソフィさんはそれぞれのシートに深く腰掛け、シートベルトを締めた。計器パネルのスイッチとかレバーとかを初期状態に全て戻した。
「ダッソーさん。ソフィです。お願いします。台風並みの低気圧で着陸する設定を」
『コピー。じゃあ、始めます』
「行くわよ、マリオン」
「準備OK、いつでもいいです!」
私は、シミュレーターの操縦桿をギュッと握った。その手を改めてみると・・・・・・白手袋はもう、ボロボロになっていた。
「軍手の方がいいのかしら?」
オレは、アーリャの操縦席に居た。クルト親爺と一緒にアーリャへドラッグ・シュートを取り付けていた。 徹夜作業だ。何か、眠さの峠を越えて、妙にハイテンションになっていた。
『エルウィン、聞えるか?ドラッグ・シュートの動作チェックをするぞ!』
クルト親爺はアーリャの後ろのドラック・シュート排出口に居る。そこで、操縦席からの《シュート展開信号》が展開装置まで届いているかトランシーバを使って確認中だ。これが上手く行かないと、ドラッグ・シュートは開かない。
「親爺、行くぜ。スイッチON!」
『OK!グリーンだ』
「じゃあ、スイッチOFF!」
『・・・・・・ダメだ、グリーンのままだ。信号が切れない。これじゃあ、緊急時、ドラッグ・シュートを投棄できない。シーケンス・ラダープログラムを見直す。三十分待ってくれ』
「了解」
オレはアーリャの副操縦席で少し寝る事にした。三十分ってクルト親爺は言っているが、一時間は掛かるだろう。
ZZZZZ・・・・・・今のオレは速攻で熟睡かっ飛ぶことが出来るぜ。
『エルウィン!原因がわかった。直したぞ。もう一度、動作チェックだ』
うわあ!ビックリした。折角、眠れる所だったのに。
「わーたよ。親爺!行くぞ。スイッチON!」
『OK!グリーンだ。じゃあ、スイッチOFF』
「行くぞ、スイッチOFF」
『ようし、OKだ。展開装置の動作は完璧だ』
クルト親爺・・・・・・やっとアーリャにドラッグ・シュートを取り付けたか・・・・・・じゃあ、最後の仕上げだ。
「親爺!これからアーリャを飛ばして、最後の動作確認をする。飛行中にちゃんと動作するか、実際に開いて確認するぜ」
『エルウィン、飛ぶのか?お前も寝て無いだろう。大丈夫か?』
「マリオンには完璧な状態のアーリャを渡したい。フレイヤ・ゼロ・ワン、出る!」
『わかった。エルウィン、頼むぞ!総員退避!アーリャを出すぞ!』
オレは副操縦席に深く腰掛け、シートベルトを締めた。軍手を両手に装着してエンジンスタートのチェックを始めた。
「マリオン、ドラッグ・シュートは開いているわ。ハード・ランディングに気を付けて!」
「了解です。アンチ・スキッド、スラスト・リバーサー!」
「コピー、スラスト・リバーサー。推力一〇〇パーセント!」
私は両足で思いっきり、ラダー・ペダルを踏み込んだ。機体の車輪にブレーキが掛かる。
「速度、八〇、六〇、四〇・・・・・・」
ソフィさんが対気速度を読み上げてくれている。私は速度計を見る余裕が全く無い。大雨の中、ワイパーで時折見え隠れする滑走路の終端に注意を注いでしまう。
「止まって!」
「三〇、推力IDOLへ、速度一〇、ゼロ・・・・・・停止」
シミュレーターの映像も止まっていた。改めて見た対気速度計はゼロを示している。
「止まったわ、マリオン!」
「止まりました・・・・・・」
「やったわね」
「やりました、私・・・・・・やったー!」
私とソフィさんはハイタッチして喜び合った。
「でも凄いわね、マリオン。この濡れた路面状況で、七〇〇メートルで停止するなんて」
「ハイ、もう何でも、どんな天気でも来やがれ!って感じです」
「そうね、ドラッグ・シュート開くタイミングも掴めたわ」
「有難う御座います。ソフィさんのお陰です」
「そんな事ないわ。マリオンの実力よ。それと、ドラック・シュートを考えたシュレディンガーさんのアイデアが成功させたのよ」
「ハイ、自信が付きました」
自惚れる訳じゃないけど、今は自信を持ってエルベ空港へ着陸できる。どんな天候だって。
「じゃあ、マリオン。ここから先は、失敗した時の訓練よ。安全に着陸履行できるよう、ドラッグ・シュートを切り離すタイミングを確認するのよ」
「わかりました。世の中に一〇〇パーセント大丈夫はありえないですもんね」
私達は再びシミュレーター訓練を開始した。今度は《失敗しても、事故にはしない》訓練。これも大事な訓練だから。