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暁の救出作戦

 綺麗な夜空だ。ヘルメットのバイザーを上げて、肉眼で見る無数の星々。それを見た瞬間、「オレは、今、何故、この場所にこうして居るのだろうか?……」

 見上げた星は何も答えてくれるハズもなく、只々、運命とは不思議な物だと思う。

 そうだ、オレはエリザベスさんを救出に来たのだ。目的を忘れていた訳ではない。根の前に見えるブリタニア・エアへ向かって走る。

 突入隊は五人ずつ、四班に分かれ、ボーイング777の死角を突きながら機体に接近していく。見事な統制だ。アッという間に機体へ取り付いた。

 オレとスティーブンソン曹長と隊員一名がボーイング777の前脚に取り付いた。デカイタイヤに背中を預けた。

「曹長、ここから入るのか?この前脚収納部の上には客室へ続く通路がある」

「その通りです。我々はここから突入して操縦席を制圧します」

 777は前脚からキャビンへ行ける通路がある。緊急時にパイロットが手動で前脚を降ろす為の通路。そこを通って、多分エリザベスさんがいる操縦席へ突入する。

「行くぞ、伍長!」

 スティーブンソン曹長と伍長が777の前脚を上って突入した。オレも遅れて付いていく。くそっ!オレも兵隊だったけど、特殊部隊ヤツらとは身体能力が全然違う。ハッキリ言って付いて行けない。曹長と伍長はとっくに前脚を上って客室通路の床扉から中に入って行った。

 ドン!バタッ!

 前脚にしがみ付くオレの上から、ドタバタ音がした。オレが前脚を上りきって客室廊下の床から顔を出したときには、伍長が犯人の一人を羽交い絞めにして床に倒していた。文字通り秒殺だったようだ。犯人は白目を向いて、気を失っていた。

犯人もバカだよな、客室乗務員が機内の情報を逐一流していた事に気付かないなんて。航空会社もその辺はよく考えているから、ハイジャック時の対応訓練って当然やっているよ。

「大尉」

 スティーブンソン軍曹が小声でオレを呼ぶ。

「操縦席へ突入します。ドアを開けて欲しい」

 飛行機の操縦席ドアはハイジャック防止の為、相当頑丈に出来ている。ちょっとやそっとじゃ外から開かない。だけど、緊急事態には外から開ける方法がある。

「曹長……やるぞ!」

 オレは小声で合図した。操縦席ドアのロックを外した。

 バタン!

 スティーブンソン曹長がドアを蹴り開けた。

「お、お前ら!動くんじゃねえ!」

 犯人の男がエリザベスを盾にして大きなサバイバル・ナイフをチラつかせている。オレ達が突入していた事がバレていた。

「エルウィン!」

しかもエリザベスさんは上着が破れて下着が見えている。なんて事しやがる、この外道め!絶対に許さん!

 オレはスティーブン曹長の制止を払いのけ、犯人に向かって掴みかかって行った。

「てめえ!いい加減にしやがれ!」

 犯人がナイフを振り上げた。それを見た、エリザベスさんは驚いて、身を屈めた。

 チャンス!

 オレは左手で犯人が持つナイフの刃を思いっきり掴んで引っ張り上げた!エリザベスさんからナイフを引き剥がす。

「き、貴様!」

 オレは犯人ともみ合いになった。

「喰らえ!貴様は殺してやる!」

 犯人のナイフがオレの顔に迫る!

「喰らうかよ!クソッタレ!」

 オレは左手でナイフを受けた。ドスッと言う鈍い音がしてオレの左掌から甲に向ってナイフが突き抜けた。

 オレはそのままナイフを左手で、突き抜けたまま、グッと掴んだ。押さえ込んでナイフを封じた。手のひらの中で、ナイフが蠢き、刃がグリグリとオレの左手を引き裂いて行くのを見て反撃に出た。

 オレの左手に深く突き刺さり、手の甲まで突き抜けたナイフは、もう、オレの左手から引き抜く事は出来なかった。

「お前が喰らえ!ヘッドバットォ!」

 オレは犯人に向って、ヘッドバットをかました。ヘルメットを被ったまま、思いっきりヘッドバットを食らわした。

「がはっつ!」

 犯人は副操縦席のシートにもたれ掛るようにして倒れた。一発KOだぜ。ざまあみろ!「ハイジャック犯の末路としては、生きていられるだけ、マシな方だぜ」

 CFRPで出来た超軽量戦闘機ヘルメットはとっても頑丈だ。それでヘッドバットを喰らったらただじゃすまない。犯人はプロレスラーのように額から流血して倒れた。

「曹長!ふん縛れ!」

 オレは曹長に譲り、狭い操縦席から出た。

「イエッサー!」

 スティーブン曹長が気絶した犯人を縛り上げている。

「大尉!負傷しているぞ!衛生兵!」

 曹長はサバイバル・ナイフが突き刺さっているオレの左手を見て、負傷したと思っている。

「曹長、大丈夫だよ……オレの左手は……義手なんだ」

 曹長は驚いている。エリザベスさんがオレの左手に刺さっているナイフを抜いてくれた。

 当然、一滴の血も流れ出てやしない。

 そう……オレは……墜落事故の時、左腕を失っていたんだ。

「それよりも、この飛行機に爆弾が仕掛けられているの!皆、逃げて!」

 エリザベスさんが突然の爆弾発言!文字通りの爆弾発言だ。オレは、何をしたら良いか判らず、ただ、オロオロしているだけしか出来なかった。畜生、爆弾の事までは全く考えていなかった。爆発物に関してはズブの素人だもの。

「ボビー!グラハム!客室乗務員を使って乗客を脱出させろ!」

 スティーブン曹長が部下に脱出の指示を出している。曹長は冷静だった.オレと違って。

「イエッサー!」

「ウィーカーとジェームスは犯人を締め上げて爆弾を仕掛けた場所を吐かせろ!」

「イエッサー」

 オレはフライとジャケットを脱いで、エリザベスさんへ着せた。彼女の白肌をいつまでも晒しておくわけにはイカン!

「そうだ!重体のパイロットは?」

 オレは曹長に尋ねた。

「今、ドクが見ている客室の後方座席だ。彼らも脱出させないと」

 オレはエリザベスさんの手を引き、後方座席へ向かった。客室は乗客の殆どが脱出して空だった。後方座席に兵士がいた。

「どんな具合ですか」

 オレは衛生兵にボウマンの容態を尋ねた。

「一刻も早く、設備の整った病院へ運びたい!」

「わかった!XC‐7に運ぼう!音速でぶっ飛んでリントンへ帰ろう!そこには軍のでっかい病院がある!」

「ドク!お前も一緒に先に行け!後はオレ達に任せろ!」

 曹長が逃げ遅れたおばあちゃんを脱出させている。機体の全てのドアが開け放たれていて、脱出シュートが展開していた。

「わかりました、行きましょう!二人とも麻酔が効いています」

 オレは機長のボウマンを背負って機を脱出した。続いて、衛生兵は副操縦士を背負って脱出。最後にエリザベスさんがシュートを滑り下りて来た。

 ボウマンを担いで、エリザベスさんの手を引いて、急いでワルキューレへ乗り込む。息が切れたぜ……全く。

「エリザベスさんはコクピットへ行って離陸準備を!オレはボウマンをストレッチャーに乗せる」

「わ、わかったわ!」

 エリザベスさんはコクピットへ行った。オレは、キャビンだ。

XC‐7のキャビンの奥、緊急搬送用のストレッチャーが備え付けてあった。あらかじめクラレンスが用意してくれていた物だ。

「ドク!ストレッチャーへ寝せたら彼らのベルトを締めてくれ!」

「了解した!」

 オレとドクでボウマン機長と副操縦士をストレッチャーへ固定した。

「ドクもシートに座ってベルトを!」

 オレは最後にストレッチャーがしっかりと固定されているか確認をした。

「きゃあああああああああ!」

 闇夜を切り裂く女性の悲鳴が機体に響いた。

「なんだぁ?コクピットか?」

 オレはキャビンからコクピットへ飛び込んだ。

「何があった?大丈夫か?エリザベスさん」

 コクピットの入り口で立ち塞いでいるエリザベスさんが居た。

「あ、あの……喋った……飛行機が喋った……」

「おい!ジャック!」

『済みません。驚かすつもりはありませんでした。だたリラックスして貰おうと……』

「エリザベスさん。コイツは飛行機のAI(人工知能)です。大丈夫ですよ」

『そうです。自分はこのXC‐7のAIです。ジャックと申します』

「あ、そ、そうですか……どうもご丁寧に。私はエリザベス・ブラックバーンです。宜しくお願いしますわ」

『お噂に違わず、美人ですな』

「まあ、お世辞がお上手です事……」

 エリザベスさんは液晶パネルに向って深々と御辞儀をした。緊急事態なのに、なにやってんだよ!。

「ジャック、エンジン始動!大至急リントン空軍基地へ帰るぞ!」

『了解。システムを起動します』

「エリザベスさん、お願いがあるんだ!」

 オレはエリザベスさんの肩を掴み回れ右をさせた。オレと向かい合う。

「ひゃあ、な、なあに?エルウィン」

「機長席に座って飛行中のスロットル操作をして欲しい。オレの左手は壊れちまって動かない。操作できないんだ。操縦幹はオレがやる。二人三脚だよ」

「うん、わかったわ……」

 エリザベスさんは進行方向左側の機長席に座った。オレは汚れた軍手を口で咥えて脱ぎ捨てた。彼女にハーネスを締めてあげる。左手が動かないから、難儀した。

『いやあ……裸エプロンってコスチュームは聞いた事がありますが、裸フライとジャケットってマニアックなコスチュームですね。うーん、眼福、眼福。エリザベスさんって……巨乳グラマーですな』

「エッチ、スケベ!何?この人工知能」

 エリザベスさんは顔を真っ赤にして怒っている。失礼な人工知能だなコイツ。

「すいません、エリザベスさん。このAIはバグってるんですよ。後でリセットします」

『失礼な!』

「ジャック、ナンバーワン・エンジンノーマルスタートだ!エリザベスさん、スロットル・レバーをIDLEポジションへ」

 オレはジャックの会話を遮るように指示を出した。

「えっ?スロットル・レバー?……ああ、スラスト・レバーの事ね」

「そうだよ、軍用機とエア・ライナーじゃ、専門用語にも違いが有るんだよ」

「コピー、スロットルをIDLEポジション。マスターフューエルスイッチはこれね。ナンバーワンからナンバーシックスまでON!エンジンスタート」

 エリザベスさんがスロットルを操作してエンジンスタートの準備をしてくれた。彼女には何も操作を教えていないが、スロットルの操作系を見て理解出来るようだ。頭の回転が速い人で助かったよ。

『コピー、ナンバーワン・エンジンノーマルスタート。続けてナンバー・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・エンジンノーマルスタート!』

 ヒュイイイイイイイイイインンンン!

 タービンの回転数が上昇するに従って、高周波の金属音が聞こえて来た。エンジンが息を吹き返す。

「ねえ、エルウィン……」

「なんだい?」

「ナイフ……刺された時、怖くなかった?どうして、あんな無茶なことしたの?自分の命が危ないのに」

 なんだ、そんなことか。理由は簡単だ。

「全然怖くないんだ。オレは以前、八五ミリ高射砲に撃たれて撃墜された事が有る。それに比べたらね……怖くないかな?それに……」

 オレは支離滅裂な事を言って、エリザベスさんの前で虚勢を張っていた。まあ、咄嗟に彼女を不安にさせたくないと思った。

「それに、なあに?」

「エリザベスさんをあんな目に遭わせたヤツが許せなかったんだよ。そう思うと、怖さより怒りが前にでるんだよ。その理由が一番かな」

「エルウィン……私は……」

『タービン回転数、六〇〇〇rpmで安定しました』

 エリザベスさんの声を遮るように、ジャックのインフォメーションが入った。彼女は何を言おうとしたんだろう……それより離陸準備だ!

「チェックリストは省略。排気温度とタービンの内圧と油圧が確保できたら離陸するぞ!」

「コピーよ、エルウィン。排気温度五00度に上昇。油圧は34.48MPa」

『ミステル、離陸可能です』

「ようし!行くぜ!こんな所、サッサとオサラバしようぜ!」

「コピー……ねえ!ミステルって何?」

 エリザベスさんが不思議そうな顔でオレを見ている。説明が必要か?

「ミステルってオレの空軍時代のTACネームだよ。パイロット同士が呼び合う名前なんだ」

「そう……じゃあ私の事はリズって呼んで」

 その理由を聞くのはめんどくさいからリズさんと呼ぶ事にした。

「わかった。じゃあ、リズさん、スロットル・レバーを《MILTALLY》へ」

「だめ、リズよ。“さん”付け禁止!私だけ仲間外れはイヤ!」

 なぜか彼女はほっぺを膨らまして怒っていた。もういいや、リズで。

「OK!リズ、スロットル・レバーを《MILTALLY》へ」

「コピー、スロットルをMILTALLYポジション」

 ゴオオオオオオオオォォォォ!

 エンジンが唸りだした。ワルキューレは真っ暗な滑走路を疾走する。

「リズ、パワーMAX!」

「コピー。これ、MAXの表示の横にA/Bって書いてあるんだけど、何これ?」

『リズ、それはアフターバーナーです。ロケットのように加速します』

「じゃあ!MAXね、いっけえええ!」

 リズがスロットル・レバーをMAXにした途端、ワルキューレは加速して離陸速度へ向けて滑走する。

「V1……ローテイト……V2!ポジティブ!」

 あっつー間に離陸速度に達した。おれはサイド・スティックを引き、機体を上昇させた。

「高度一万〇〇〇〇フィート!」

『ノーズ・コーンを飛行位置にします』

 足元からモーター駆動音がしている。ジャックがノーズ・コーンとウインドウ・シールドを飛行位置へ戻した。ランディング・ギア、アップ。

 オレは左側のディスプレイへ航路図を表示させ、航法装置にデータを入力する。体を捩じり、右手で入力する。ヨガの達人のようなポーズとなっていた。

「ジャック、最短コースでリントンへ向かう!」

 ナビゲーション・ディスプレイに飛行ルートが表示された。

「ダメよ!このコースはアルメニスタ共和国の領空を横断するじゃない!それは領空侵犯だから、撃墜されるわよ!仮想敵国だもの!」

「リズ、時間がない。マッハ二で飛べば、領空侵犯している時間は五分間しかない。それに音速時の燃料消費と飛行時間を考えると最短コースで最速で基地までギリギリ燃料は持つ。空中給油している時間はないぜ。怪我人の容体を見たら」

 オレはヘルメットのバイザーを開けて、リズの目を見る。現状、ボウマン達の命を救うにはそれしかない。彼女へ必死に訴えた。オレは奴らの命を救うためなら、どんな事でもしてやるぜ!誰も死なせはしない。

「わかったわ、エルウィン……ミステル、貴方を信じるわ」

「おう!オレに任せろ。全員無事に家に帰してやるから」

 オレ再び、バイサーを下し、暗視装置越しに外を見る。

『航路設定しましたヘディング三三〇度。アルチ三万五千フィートへ。速度マッハ一・八』

 時速にすると約二一九六キロメートル、とんでもない速度だ。

「わたし、超音速飛行は初めて……」

 リズがつぶやいた。そうだろうな、戦闘機かコンコルドに乗らない限り超音速なんてフツ―縁がない。こんな状況でなけりゃ、もっと楽しめたのに……。

『アルメニスタ共和国の領空に入りました。ドップラーレーダーと後方警戒装置を作動させます。もう敵のレーダーに引っ掛かっていますよ。地対空ミサイルの警戒を』

「了解。ジャック、こいつにはチャフとフレアーは搭載しているか?」

『イエス。但し、初飛行以来、一度も使った事が有りません。ちゃんと射出されるかわかりません。操作ボタンはスロットル・レバーに有ります』

 そうか……仕方がない。オレはキャビンの三人とリズに向かってインカムで話し始めた。

「最短コースで飛行禁止空域を飛ぶ。ちょっと荒っぽい事になるかも知れないが、必ず無事に病院へ送り届けてやるから安心してくれ」

 インカムを使って後部のドク達に言った。ハッキリ言ってオレ自信、安全かどうか確証がない。だがこの宣言はオレ自身に皆の命を預かっている覚悟をさせる為、言ってみた。

 ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、ブー!

 操縦席内に警報音が響き渡った。

『ミサイル・ロックを受けています。警戒を』

 ジャックが戦闘状態に入った事を宣言。計器パネルの液晶モニターの表示が航法装置表示から、レーダー・ファイヤー・コントロール表示へ自動で切り替わった。

 ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー!

 警報音が一層甲高い音になった!

 ヤバイ!

 一気に緊張度が上がる。

『ミサイル!二基、六時方向!高速で接近中!』

「チャフ!有りったけ、バラ撒くんだ!」

「コピー!このスイッチね!」

『ダメです。射出されませんでした。チャフ・ディスペンサーが錆ついているのかも知れません』

「あわわわわ……」

 リズが焦っている。目が泳いでいる。彼女はエア・ライナーのパイロットだからミサイルを撃たれた経験はないだろう。当たったら……痛いよ。

『緊急回避を進言します』

「ネガティブだ。怪我人乗せているから、ハイGターン厳禁だ。アンロードして速度を上げる。ミサイルを振り切るんだ!」

『逃げ切れる可能性が低いです。更なる増速を進言します』

「ギリギリまで我慢しろ!イザという時は回避行動を……」

「ちょっと待って!増速でしょ」

 リズが突然大きな声を出して、何か言おうとしている。

「このスロットル・レバーの《MAX》の上に《OVER SPEED》ってポジションがあるんだけど!これって、もっとエンジン推力を出せるんじゃないかしら?」

 リズはなんの躊躇いも無く、スロットル・レバーをオーバースピードにした。

「あれ?何にも起きないじゃない!」

『出力オーバースピードを使うには条件があります』

「条件って何よ?」

 リズがジャックに向って怒鳴っている。普段の物腰が柔らかく、温和なリズは何処かに行ってしまった。命の危険を感じると人間、変わるもんだな。

『自分の……興奮度が全開にならないと使えません。五分間の時間限定でオーバースピード出力百二十パーセントまで出せます』

「だから、どうすればいいのよ!早く言いなさいよ」

『リズの……素敵なバストを自分に見せてください。そうすればオーバーロード発動します』

「はっ?なんですって!」

 リズは驚いている。そりゃあ驚くだろうよ。飛行機のコンピューターに『おっぱい見せてくれ』って言われたんだから。いくらリズだってそんな事言われた経験ないだろうよ。

「てめえ!この緊急事態に何言っているんだ!」

 オレも怒り心頭だ。ジャックはこの事態でふざけている。

『お願いです、リズ、時間がありません。素敵なバストを見せてくれれば、ミサイルから逃げ切れます。自分が保障します!』

 ジャックは自信たっぷりに言う。コイツの言っている事はアホらしいが本当なのか?

「あーんもう!わかったわよ!ミステルはこっち見ないで!」

「見ないで!」と言われて、思わず見ちまった。リズはフライトジャケットをガバッと開き、淡いグリーンのブラジャーと共にたわわに実った二つの果実を晒していた!しかもオレのヘルメットには暗視装置が付いているから、よく見えた。ジャックのヤツはどこから見てやがるんだ?

『有難う、リズ。エンジン出力オーバースピード!水エタノール噴射!』

 ヒュゴオオオオオオオオオオオオオ!

 ジャックの宣言と共にエンジン音が高鳴り、今までに無いくらいの高い音を出した。

『マッハ三。三・一。三・三。三・五!』

 ジャックがマッハ計を読み上げている。速度の上昇に従って、ガタガタと機体に振動が出てきた。これは尋常じゃないスピードだ。

 オレは後方レーダーに映るミサイルを見ていた。ワルキューレが増速したにも関わらず、ミサイルはどんどん接近してくる。

「命中まであと五秒!四秒!……」

「神様……私達を……お守り下さい」

『マッハ三・七!……時速四五三二Km/h』

「三秒、二秒……耐ショック防御……」

 リズは両手で顔を覆った。今から起こる惨状を見ないようにと。

 オレはサイド・スティックを左へ倒し、空中戦闘機動でミサイルをかわそうとした瞬間だった……信じられない事が起きた。と言うか、何も起きなかった。

「ど、どうなったの……ここは天国?目を開けてもいいかしら?」

「ああ、開けてもいいぜ」

 リズは顔を覆っていた両手をおそるおそる下ろした。そしてギュっと瞑っていた目を掛けた。よっぽど怖かったんだろう。

「あれっ……私生きている……どうして?」

『オーバースピード限界時間です。アフターバーナー停止。スーパークルーズ。現在マッハ一・二』

 ジャックがオーバーロードを停止させた。

「リズ、スロットルを《MILTALLY》へ」

「あっ……うん。こ、コピー。スロットルを《MILTALLY》ポジション」

 リズは訳がわからない様子だ。明らかに狼狽している。安心させてやるか。

「ワルキューレがマッハ三・七で飛んだから、ミサイルが追いつく前に、ミサイルの射程外への出たのさ。ミサイルは多分、燃料切れで落ちたと思う」

 リズは目を真っ赤にして俺を見ている。安堵と不安がごちゃ混ぜになったと顔に書いてある。

『飛行禁止空域を出ました。公海上に出ます』

「私達、助かったの?……」

「ああ、助かったんだよ。安心していいよ」

「本当……?」

 リズは泣きそうな声で話している。何か彼女が可哀想に見えてきた。

「本当だよ……それと、言い難いんだけど、ジャケットの前閉じてくれ。目のやり場に困るんだけど……」

 リズはジャケットがはだけて脱げ掛けていた事に気付いていないようだ。何でそんなに育ったというくらいの大きな果実を晒していた。栄養の与え過ぎか?

「きゃあ!」

 彼女は顔を真っ赤にしてジャケットを直した。

『いやあ、ブラジャー越しで見た胸はマッハ三.七が限界でした。生ちちならマッハ四は行きましたよ。残念。』

「こ、この、ドスケベコンピュータ!」

 ドカッ!

 リズの踵落としがコンソールに決った。

 ピピピピ!プー、プー、プー、プー!

 再び警報が鳴った。再び、操縦席に緊張が走った。

「なんだ!」

『ロング・レンジレーダーに反応。シックス・オクロック。二機!IFFの反応がありません。敵機(ボギー)です!』

 ジャックが敵機の接近を警告している。オレは安堵し過ぎていて、すぐに反応できなかった。慌てて、レーダパネルを見た。

「迎撃機が上がって来やがったか!」

 畜生!もう公海上に出ているのに、領空侵犯措置行動で上がってきた敵機か?それにしては早すぎる……。

「どうするの?エルウィン!」

「さっきのミサイル回避で余計に燃料使っちまった。基地までギリだ。空中戦やる燃料は無い。給油機飛ばしてもらうのも間に合わない!」

「じゃあ、逃げられないって事?今だってマッハで飛んでいるのに?」

 リズがまたおろおろし出した。戦闘経験の無い彼女には緊急事態の連続は精神的にもきついだろう。ましてや連続で命の危険に晒されるのは。

『敵機はかなりのスピードで飛んでいます。マッハ二・五以上で接近しています。アルメニスタ空軍はMIG25を装備しているはずです』

 ヤバイ!MIG25はマッハ三近く出せる戦闘機だ。このままじゃ追いつかれちまう。

 それに戦闘機はミサイルより始末が悪い。相手はパイロットが乗っているから。こちらが回避や欺瞞を施しても、臨機応変に対応されてしまう。

 ピピピピ!プー、プー、プー、プー!

 またまた警報!オレはレーダーを見た。レーダーに映し出された状況は、更に悪化している事を映していた。

「ヘッド・オン!前方より更に二機接近!囲まれた!」

 絶体絶命と言う言葉がオレの頭の中をよぎった。

「今度こそ……お終いなのね……」

 リズが諦めの台詞を吐いた。クソッ何とかしなきゃ!オレは皆無事に帰す約束を破ってしまう。オレは、火器管制装置のパネルを見た。唯一、防御を取れる対抗手段がっ表示されていた。

「ジャック……このXC‐7には三〇ミリバルカンが搭載されているな」

『はい。自衛用にGAU‐8アベンジャー、三〇ミリバルカンに半徹甲焼夷榴弾970発あります。それに、運良く、本日の三〇ミリバルカンは対空戦闘を考慮して機体軸から二度上向きに取り付けてあります。』

「敵機を迎撃する。その後、燃料切れで海に降ろす。あらかじめ降ろすポイントに救助ヘリを飛ばしてもらう。オレは何としても皆を無事に家に帰したいんだ!」

 今の俺にはこれくらいしか、方法が思いつかなかった。MIG25が相手なら格闘戦へ持ち込めば、多少こっちに分がある……今のオレの手にある装備で出来る最善策と思った。

「エルウィン……」

「やるしかないだろ!……マスター・アーム、ON。エンゲージ」

 オレは火器管制装置を作動させた。操縦席の後ろから「シュウウンン」とバルカンがスピン・アップする音が聞こえて来た。

「さあ、行くぜ!」

 ヘッド・マウント・ディスプレイにレティクルが出た。

 ピー、ピー、ピー!

 また警告音だ、さっきのとは違う音色だ。

『ミステル、聞こえるか?こちらバイパー隊だ。迎えに来たぜ!』

「なに?」

『IFFに応答がありました。前方の二機は友軍です。タイフーンF2です』

 レーダー・スコープを見た。友軍の反応だ!助かったのか?

「戦闘機に追いかけられているの!助けて!」

 リズが堰を切ったように助けを求めている。

『お嬢さん、我々が敵機を追い払ってやる。そのままリントンへ!』

「感謝する。バイパーリーダ!」

 オレはサイド・スティックを左に倒し、左旋廻。一直線にリントンを目指した。

「大丈夫かしら?バイパー隊」

 リズの言葉の直後、右下方。二機の戦闘機とすれ違った。

「今、バイパー隊とすれ違ったよ。大丈夫、彼らに任せておけばいいよ。ヤツらは本職だから」

「よく見えたわね。相対速度は時速二千八〇〇キロ以上よ」

「まあね。これでも元戦闘機乗りだから」



 エルウィンとすれ違った二機のタイフーンF2。バイパー隊だ。

『タリホー、イレブン・オクロック・ロウ。ボギー二機』

 バイパー隊の二番機のパイロット。TACネーム《ポパイ》の敵機発見のコールが無線で飛んで来た。

『ようし、反転して追撃するぞ!ライト・ターン!』

 二機のタイフーンは左急旋回でMIG25を追う。隊長の《グレイヴ》の合図で二機は綺麗なターンを決めた。

『ポパイ、敵機に降伏勧告を!自分の家に追い返せ!』

 ポパイは無線の周波数を国際チャンネルに合わせた。「うおっほん」と一つ咳払いをして、降伏勧告を始めた。

『警告、我々はNATO軍、貴機は条約に基づいた飛行禁止空域に侵入している。直ちに、飛行コースを変更し自国領空へ戻れ!……それとも我々と一戦交える覚悟があるのか?さっさと帰りやがれ!』

『グレイヴより、ポパイへ、ミサイル・ロックで驚かしてやれ』

『了解!』

 ポパイは前方のMIGに向ってアムラーム空対空ミサイルのロックオンを掛けた。

 ポパイ機のロックオンから数秒も経たない内に、MIG25は進路を変え、自国の領空へ戻っていった。エルウィン達の追撃を諦めた。

『こちらバイパーワン。XC‐7へ、敵機は揃って自国領空へ去って行った。追い払ってやったぜ!』

「サンクス!バイパー隊」

「有難う、助かったわ!」

 オレとリズが揃ってバイパー隊へお礼を言った。

「でも……領空侵犯したのは私達なのに……上がって来た戦闘機は自分の領空を護った訳だから……悪いのは私達じゃないのかしら?」

 コクピットから東の空が赤く焼けているのが見えた。もうすぐ夜明けだ。

「リズ、深く考えなくていいよ。それは高度な政治判断が必要な事だから、オレ達の手に負えない事だよ」

「そうなのね……でも、ほっとしたわ。もう、緊急事態は起きないで、リントン空軍基地に降りたいわ」

「そうだな……もう、緊急事態なんて起きないよ。蝶が舞い降りるように、着陸しよう」

「そうね、私達、着陸すれば解放されるんだから……」

 オレ達のこの見通しはとっても甘かった事がこの後判明する。XC‐7の手強さを思い知らされる事になったんだ。



「リズ、着陸態勢に入る」

「エルウィン!ローカライザー作動よ!」

『こちら、リントン管制。XC‐7へ左旋回、ヘディング三〇〇』

 オレの目の前にある液晶ディスプレイの表示は赤く点滅していた。それは緊急事態を表示していた。

「リズ、ダメだ、燃料がもう無い!燃料計は一〇〇〇ポンド切っている!」

「リントン管制へ!緊急事態を宣言します。燃料がもうありません!着陸を優先させて下さい!」

 リズが航空法に定められている《緊急事態宣言》を管制塔へ伝えた。

「リズ、スロットルをもっと絞ってくれ!燃料が基地まで届かなくなる!」

「わかったわ。でもそろそろフラップを下げて着陸態勢取らないと」

 リズがスロットル・レバーを手前に引いて、エンジン推力を下げた。

 ガクン!

 機体が急に落ちた。オレが右手で握る操縦幹がブルブル震えている。

「エルウィン、単純失速よ。スティック・シェイカーだわ!機首を上げて」

「ネガティブ。燃料の最後の一滴までフューエル・ポンプが吸い取れるようにギリギリまで機首を下げて、燃料を機体の前寄りにするんだ!」

「ジャックちゃん!緊急用ラム・エアタービンを作動させて!」

『コピー。ラム・エアタービン作動』

「リズ!どうする気だ?」

 リズが何か思いついたようだ。でも、このままじゃ着陸直前に燃料切れでエンジンがフレイム・アウトしちまう。

「ナンバーワン・ナンバーツー・ナンバーファイブ・ナンバーシックスのエンジンを止めるわ。ナンバースリーとナンバーフォーの二発で飛ぶわ!燃料の消費を抑えます。発電機も停止。電力と油圧の低下はラム・エアタービンで確保します」

 そうか、リズめ、考えたな、エンジンの中央二基が動いていればなんとか飛べる。中央の二基を選んだ理由は、端のエンジンより中央の方が機体の姿勢変化に影響が少ないからだ。

「わかったよ、リズ。三番と四番以外のエンジンをカット・オフ」

「コピー、エンジン、カット・オフ!」

 リズが三番、四番以外のスットル・レバーをOFFポジションにして、三番、4番以外のマスター燃料スイッチをOFFにした。四発のエンジンが止まり、途端に静かになった。今は三番と四番のみ動いている。

「ジャックちゃん、後、まだ、もう、燃料節約する方法は無いの?」

『リズ、残念ながらありません。リズが全裸で自分に抱きついてくれても、燃料は出てきません。うーん、重ね重ね残念です』

「もう!こんな時に何言ってのよ!」

 今日、何回目だろう。リズが顔を真っ赤にして怒っているのを見るのは。

『それにXC‐7のデルタ翼は滑空飛行には全く向いていませんから、燃料切れはイコール墜落です。二人とも頑張って下さい』

「てめえ、他人事みたいに言いやがって!リズ、エア・ブレーキ。機首上げするぞ!」

 オレはリズにエア・ブレーキ操作を頼んだ。エア・ブレーキスイッチはスロットル・レバーの横にあって、オレの壊れた左手の義手じゃ操作できない。

「コピー。エア・ブレーキ!エルウィン、フラップは?下げなくていいの?」

「リズ、コイツはデルタ翼機だから、フラップなんて付いて無い!機首上げで揚力の調整だぜ。それはオレに任せろ!」

 目の前を見ると誘導灯が煌々と光る滑走路が見えた。オレのヘルメットの暗視装置じゃ明るすぎて、目の前が真っ白に見える。オレはバイザーを上げ、直接視認にした。

「滑走を視認した。ランディング・ギアを降ろすぞ!」

「エルウィン!大丈夫?私が操作しようか?」

 ランディング・ギアレバーは副操縦席の左側にある。オレの右手はサイド・スティックを握っているから壊れた左手で操作する必要がある。

「大丈夫だよ。オレが操作するよ」

 オレは左足を折り曲げて、膝を使ってレバーを下げた。

「よっこらせ!」

ガコン!

『スリー・グリーン!』

 ガクン!

 再びスティック・シェイカーが作動した。

「ランディング・ギアが降りたから、スピードが落ちたわ。失速するわよ!スロットルを上げるわ」

「何とか飛ばしてやる。滑走路は目の前だ」

 普段なら手が届きそうな位置まで降りて来ているんだが、今はその滑走路がえらく遠く感じる。

「後……五秒でタッチ・ダウンだ!」

「シンク・レイト。五〇フィートよ!何とか間に合ったわ!」

 ブー、ブー、ブー、ブー、ブー!

『エンジンがフレイム・アウトしました。堕ちます』

 リズの「間に合ったわ」の直後、ついにエンジンが止まってしまった。操縦席は一瞬のうちに静まり返り、警報音だけが響き渡っていた。オレとリズは血の気を引くのを感じた。

だって、エンジンは止まっているけど機体はまだ空中にあったからだ。

「クラッシュ・ランディングだ!皆、耐ショック姿勢を!」

 オレはインカムに向って墜落の宣言をしてしまった。

 ドキュン!

 機体に少々強い衝撃を感じた。機体は……滑走路を真っ直ぐ走っていた。

「アンチ・スキッド!ブレーキ!」

 オレとリズは両足でラダー・ペダルを思いっきり踏んだ。機体はドンドン減速して行く。

「ジャック、ドラッグ・シュート、展開!」

『コピー。ドラッグ・シュート展開!』

 機体は更に減速して滑走路の中央付近で停止した。

「私達、着陸できたの?生きているの?」

 リズが、マスター・アラームのスイッチを押して警報を止めた。全てのエンジンが止まってしまった今、操縦室は本当に静かだ。

「そうだ。運が良かったよ。堕ちた所が滑走路の上だったんだから……こんな着陸、もうゴメンだ」

「墜落しなかったのね。……奇跡だわ」

「何と言うか……コントロールされた墜落だな……」

『こちらリントン管制。XC‐7!無事か?生きているか?』

「そうだわ、リントン管制塔、聞こえますか。こちらは着陸成功で無事です。燃料がゼロで身動きが取れません。怪我人を搬送しているので救急車を!」

『リントン管制了解。安心したよ。今救急車と消防車と牽引トラクターを向わせた。後は任せろ』

「リントン管制、こちらXC‐7機長のミステルだ。感謝するぞ。以上」

 その後三分と掛からず、救急車が到着した。救急隊が迅速に二人の怪我人を救急車に乗せて走り去っていた。ドクも患者に付いて行った。

 ワルキューレの前輪にトーイングバーを取り付け、駐機場へ引っ張って行ってもらった。

 駐機場にはアーリャが居た。アーリャが視界に入って来たときはなんだか嬉しかった。やっと帰って来たんだな。オレ達。

「駐機ブレーキ、セット」

「コピー。セットしたわ」

「マスター・スイッチOFF」

『お二人共、ご苦労様でした。』

 オレとリズは暫くシートから立てなかった。何か凄く疲れて、リズに話す言葉も見つからない。

 結構長い時間が流れたような気がする……。

「エルウィン」

「なんだい」

「助けに来てくれて有難う。あの歌声聴いた時は嬉しかった。今はもっと嬉しいわ」

「当然だよ。オレは一度、死にかけて、リズに拾って貰ったから。その恩は絶対に忘れないし、オレの残りの命はリズの為にあるようなものだから」

 オレはベルトを外して、シートを出た。リズの所へ行き、彼女のベルトを外してあげた。

「エルウィン……その言葉って、女の子にしたら凄く感動的な言葉なんだけど、貴方はそんな意識、無いんでしょ。そこは憎たらしいわ」

 ん?そうかい。

「エルウィン、抱っこして。今頃になって腰が抜けちゃった。立てないわ」

「仕方が無い。怖い思いさせて済まなかったよ」

 オレはリズを抱きかかえた。機長席のシートから下ろした。

 ドカッ!と言う音と共に、えらい勢いで操縦席のドアが開いた。

「エリザベスさん!エルウィン!大丈夫?」

 飛び込んできたのは、マリオンだった。目が真っ赤だから、寝ないで待っていたのか。まあ、眠れる訳ないか。マリオンも一人で不安だっただろうし、エリザベスさんの事が心配だったのだろう。

「マリオン、帰って来たよ」

「マリオンちゃん!」

「エリザベスさん!」

 二人は抱き合って泣いていた。良かったよ。再び無事に会えて。

「エリザベスさん、怖かったでしょ?もう大丈夫よ。ホームベースに帰りましょう」

「うん。怖かった。怖かったよ……。犯人にナイフで脅されて。服を脱がされたまま飛行機操縦させられて、エルウィンが助けに来てくれたんだけど……ミサイル撃たれて、「バスト見せろ」って……バスト見せたら、今度は全裸になれとか……挙句の果てには「残りの命はリズの為にある」とかプロポーズされたのよ」

 リズは支離滅裂な事を言っている。可哀想に・・・・・・とても大きなショックを受けたんだろ。暫く安静にした方がいいのかな?

「エルウィン……どう言う事かな?エリザベスさんの話……聞き捨てなら無いんだけど」

 マリオンがなぜかオレを睨んでいる。

「そうだな。きっと怖かったんだよ。ハイジャックや空中戦なんて恐ろしい体験したんだから」

「違う!違う。「バスト見せろ」とか「全裸になれ」とか貴方、エリザベスさんに何をした?正直に話して御覧なさい!」

 マリオンがメチャクチャ怒っている。そうかバストの話か。

「バスト見せろとか全裸になれって言ったのはジャックだよ。オレじゃあねぇよ」

「はあ?ジャックって誰よ?ここにはアンタと私とエリザベスさんしか居ないでしょ!」

「そうだ、ジャックはこの飛行機の人工知能だよ。アイツが言ったんだ。おい、ジャック、そうだろう」

『はじめまして、マリオン。自分はジャックです。このXC‐7の人工知能です』

「エルウィン、人工知能がバスト見せろっていう?フツー言わないわよ。いいや、絶対言わないわよ。人のせいにするなんて男らしくないわ!」

「おい、ジャック。何とか言ってくれ。マリオンが誤解している」

『自分はただの人工知能です。それ以上でもそれ以下でもありません。女性とかに興味はありません』

「ジャック、てめえ!」

「エルウィン、覚悟しなさい」

 マリオンが指をバキボキ鳴らしながら近づいて来た。何だか嫌な予感がするなぁ……。

「待って、マリオンちゃん。いいの。無事に帰って来られたんだから、いいの」

「エリザベスさん」

「ジャックちゃんも有難う……お礼を言うわ」

 リズは計器パネルに向かい、小さくお辞儀をした。ジャックに感謝している。オレもそう思う。コイツが居なかったら、XC‐7を飛ばす事も、皆を救う事も出来なった。

「そうだな、ジャック、世話になった」

『いいえ。自分私を飛ばせてくれたことを感謝いたします』

「じゃあね、ジャックちゃん。元気でね」

 オレ達は操縦席を出ようとした。

『自分はまた倉庫で眠る事になるのでしょうか?自分は飛びたいです。皆さんと一緒に飛びたいです。置いて行かないで下さい。倉庫の中は暗く、寒く、寂しいのです』

 ジャックがオレ達に訴えている。そうだろう、十年も格納庫の隅で埃を被っていた。ジャックは人間ではないけど、お前の気持ちはよくわかるよ。飛びたくても飛べない辛い気持ちを。特に、お前は飛ぶ為に生まれたのだから。

「ジャックちゃん。御免なさい、私達にはどうにもならないわ。許して」

 リズが計器パネルについているテレビカメラに手を触れた。

「今、私に出来る事は……そうだ、私の携帯のメアドと電話番号を教えてあげるわ。寂しくなったら連絡頂戴」

『リズ……有難う。自分は貴女の事は忘れません』

「私もよ。またね、ジャックちゃん」

 リズはカメラに軽く口付けをした。そしてオレ達は後ろ髪を引かれる思いで操縦席を降りた。

 さらばだ……ジャック。感謝する。



 操縦席を出たときはもう朝日が昇っていた。綺麗な朝焼けが眩しい。それから、色々軍の情報部とか、政府の関係者から事情聴取を受けて、解放されたのはもう昼近かった。

救出部隊を派遣した事とか、ニヴルヘイム共和国との裏取引とか政治がらみの事はオレにはどうでもいいし、関係ない。領空侵犯した事もとぼけるつもりだ。

 負傷したパイロット達は助かったそうだ。ボウマン、良かったな。

 乗客も無事解放された。今日中にロンドン帰れるそうだ。スティーブン曹長は現地に残って犯人の仲間を追跡中だそうだ。曹長たち特殊部隊ってタフだね。

 それから、アーリャの中で仮眠をとった。夕方、やっと基地を離れたのだった。

 ホームベースに付いた時にはもう暗くなっていた。その日はそのまま帰宅して風呂に入って爆睡した。

 本当に疲れた。



 翌日は通常通り出社した。

 「エルウィン、マリオンちゃん、おはよう」

 エリザベスさんに笑顔が戻った。この笑顔は何よりの栄養剤となる。

「おはよう御座いまーす。」

 マリオンは元気一杯だ。朝からテンション高いよ。

「おはよう御座います。リズ」

 オレも朝の挨拶をする。挨拶は人間関係の基本だから、しっかりやらないと。

「ねえ、いつの間にファーストネームで呼び合うようになったの?ずるい!私も混ぜて」

 マリオンが駄々っ子になっている。いいじゃんか名前なんてどう呼んだって。

「いいわよ、マリオンちゃんもリズって呼んで」

「やった。リズさん、おはよう御座います。」

「おはよう、マリオンちゃん……じゃあ、ブリーフィング始めるわよ」

 こうして、長くて短いフツーの一日が始まった。フツーっていいよな。ハイジャックはもう、勘弁して欲しい。


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