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超音速輸送機

 オレは眼前に翼を広げる怪鳥を見上げていた。怪鳥は無数のスポットライトを浴びて、真っ白な機体を闇夜から浮び上がらせていた。挿絵(By みてみん)

「エルウィン!見とれている場合じゃぁねえだろうが!コクピットへ行くぞ」

「あっ・・・・・・ああ!」

 オレはクラレンスに手を引かれ、コクピットに入った。

 コクピットは最新の旅客機(エア・ライナー)と殆ど変わらない造りとなっていた。並列二座のシート配列。大きな液晶パネルが配されたグラス・コクピット。そして操縦幹はF‐16やエアバスA380のようなサイド・スティックタイプだった。千九百六十四年九月二十一日に初飛行した初代ヴァルキリーのコクピットとは全く違うものだった。世代の差だな。

 だけど、なんというか、アーリャと明らかに異なる点がある。匂いだ。コイツは兵器の匂いがする。アーリャの操縦席はもっと華やかな感じがするんだ。エリザベスさんとマリオンのお陰かな?

「ヘルメットを被ってシートに座れ。時間が惜しいからチェック始めるぞ!コイツを飛ばすのは十年ぶりだからな」

 クラレンスから渡されたヘルメットはフツーの形ではなかった。見た事が無いセンサーがいっぱい付いたヘルメットだ。

「なんだぁ?こりゃ?」

「そいつはHMDヘッド・マウント・ディスプレイ付のヘルメットだ。飛行情報はヘルメットのバイザー越しに映る。そして、暗視装置も付いているから、夜間でも昼間のように見えるはずだ」

 オレはクラレンスから受け取ったヘルメットを被り、副操縦席に座った。

「副操縦席に座るなんて、やっぱりお前はファイター・パイロットだな」

「オレは右手が操縦幹で、左手でがスロットル・レバーが良いんだよ!」

「そうだろうな、F‐16と同じがいいだろう。慣れているから」

 オレは射出座席のハーネスを閉め、酸素マスクをつけた。シートには大きなヘッドレストが付いている。相当なGが掛る飛行機じゃないのか?コイツは。

 更に、液晶パネルの下に配された切り替えモードスイッチが気になった。凄く気になった。オレにとっては懐かしくも見慣れたスイッチ。そして輸送機には、ほぼ、必要ないスイッチがそこにあった。

「おい!クラレンス!」

「なんだよ!オレも忙しいんだ!お前も離陸前のチェック済ませとけ!」

 機長席に座って、チェックリストを見ながらパネルに表示されているデータを確認しているクラレンス。

 オレはどうしても我慢出来ずに質問を浴びせた。

「なんで、輸送機に火器管制装置のモードスイッチが付いてんだ?FCSファイヤー・コントロール・システムパネルを見る限り、コイツは爆撃機じゃねえのか?」

「コイツは爆撃機から派生した輸送機なんだよ。輸送機って言わなきゃ、開発予算が下りなかったんだから。《積む》って行為は爆弾も荷物も一緒だろ。届け先が空港か敵陣地の違いで!」

 つまり、開発予算欲しさの言い訳として“B”ボマーナンバーではなくて“C”カーゴナンバーを付けただけなんだな。なんとも、子供じみたずるい言い訳だな。

「一応、容量は少ないけど、カーゴ・ルームはある。立派な輸送機だよ」

「巡航ミサイルを積むカーゴ・ルームじゃねえのか?」

 オレの嫌味満々の質問に。クラレンスから返事は無かった。オレも機体のチェックをする。

「クラレンス!」

 オレは再び、ヤツを呼んだ。そうだ、興奮の余り一番大事な事を聞くのを忘れていた。

「今度はなんだよ!」

 ヤツは怒っているが気にしないで、質問を浴びせる。なんてったって沢山の命を預かって飛ばすのだから。

「オレは、ぶっつけ本番か?マニュアルねぇのか?」

 クラレンスは暫くオレを無視してチェック作業をしていた。チェックが終わり、オレに向き合う。

「だいたい、マニュアルなんて読む暇なんて無いだろうがよ!・・・・・・全く・・・・・・このXC‐7の機体機動制御は四重デジタル・フライバイ・ワイヤで、コンピューターが四台独立して動いている。独立って言っても不都合があるといけないから、四台のコンピューターを統括するAI。つまり高度な人工知能が搭載されている。ベテランパイロットが既に一名搭乗しているのと同じだ」

「人工知能?なんじゃそりゃ」

 クラレンスはオレのヘルメットのインカムにケーブルを刺した。

「今紹介してやる。AIの名前は『JACK』だ!・・・・・・おい、ジャック!応答しろ!コマンダーが来たぞ!」

 ブーンと低周波音がしたのと同時にコクピットのパネルがボンヤリと光り始めた。

『自分はXC‐7の搭載コンピューター。ジャックであります。コマンダー、指示を頂きたい』

 若い青年の声で喋りだした。オレは「ほおー」と感嘆の吐息を漏らした。まあ、二十一世紀だもの、コンピューターが喋る自体、珍しくも何とも無い。

「ジャック!コマンダーは副操縦席に座るエルウィン・シュレディンガー大尉。TACネーム《ミステル》だ。お前の任務はミステルの作戦のサポートだ!」

 クラレンスがAIのジャックにオレを紹介してくれた。大尉とかTACネームで紹介しているのは頂けない。オレは軍属フェアリーくなったんだけどな。

『イエッサー。自分はミステルの指示に従います。指示を頂きたい』

 クラレンスは席を立ち、コクピットを出ようとした。

「ミステル、ジャックと上手くやれば、コイツは最高の飛行をする。若干、いや、かなり性格に問題があるが大丈夫だ。あとは任せる。給油も完了だ。オレは降りて、地上の後始末をする」

 クラレンスは「グッドラック」と言い残して機を降りた。

 考えてもしょうがない。時間が無いから。ジャックとやらに話しかけてみる。

「ジャック・・・・・・キャビンに居る突入部隊の連中と話がしたい。通話用ハンドセットは何処にある?」

 確か、このXC‐7は完全武装の兵士が二十名搭乗できるキャビンがある。まあ、兵員輸送用だからパイプにキャンバス布を張った粗末なシートだろうけど。

『ミステルのインカムへ通話ハンドセットを接続しました。そのまま喋ってください』

 手際がいいじゃねえか。ジャックさんよ。

「こちら、キャプテンのシュレディンガーだ。全員席に付いてベルトを締めたか?離陸するぞ!」

『隊長のスティーブンソン曹長です。全員席に付いてベルトを締めました。準備OKです。』

 ようし、後は地上の準備か?

『ミステル!地上側の作業は完了だ!いつでも飛べるぜ!・・・・・・総員退避!XC‐7を出すぞ!』

 クラレンスから発進OKの合図が来た。

「後は行くのみか・・・・・・・もうちょっとの辛抱だぜ。エリザベスさん!」

『統合戦術情報伝達システムで作戦を受信しました。目標位置設定完了。こちらも準備完了です』

「じゃあ、ジャック。エンジンスタートだ」

『了解。ナンバーワンエンジン、ノーマルスタート』

 ヒュイィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 タービンの回転数が上がってきた。

『続いてナンバーツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、ノーマルスタート』

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 更に大きなタービン音が聞こえて来た。アーリャのエンジンより十倍ぐらいウルサイ。が、エンジンのアイドル状態から桁違いのパワーを感じるぜ。さすが六発エンジン。

『エンジン、内圧正常。排気温度正常。燃料流量正常。油圧三四・四八MPa、正常。オルタネーター正常。各システム、異常なし』

 ジャックのチェックを聞いて、機体のコンディションが絶好調だと理解した。

 オレは右手で操縦幹を握り、左手でごついスラスト・レバー・・・・・・じゃなかった軍用機はスロットル・レバーだ。ギュッと握った。

「リントン・コントロール。こちらXC‐7!リクエスト・フォーテイクオフ。緊急発進だ!誘導路から直接滑走路に飛び込んで離陸する!」

『こちらリントン・コントロール。XC‐7ウインドウ・ワン・ナイナー・ゼロ・アット・ゼロ。クリアードフォーテイクオフ。誘導路も滑走路もクリアーだ。一気に行け!』

「了解!サンクス。クリアードフォーテイクオフ!」

 オレはブレーキをリリース。スロットルを《IDLE》から少し前に倒した。機体はスルスルと前に進んだ。タキシング・スイッチを押し、サイド・スティックで前輪のステアリングを操作する。操作系は殆ど戦闘機と同じだ。エア・ライナーとは少し勝手が違う。 誘導路に入り、格納庫から十分離れた所でスロットルを一気に《MILTALLY》へ押し込んだ。

 その瞬間、激しいGがオレの身体に降りかかってきた。さらにレバーを押してMAXパワーにする。

『V1・・・・・・ローテイト・・・・・・V2!』

 ジャックが離陸速度を読み上げた。V1からV2まで僅か数秒だ。オレはサイド・スティックを引いた。

 ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 XC‐7はオレンジ色のアフターバーナー炎を盛大に噴出し、ほぼ垂直に離陸した。F‐15のクリーン状態に匹敵する上昇力だぜ。

『こちらキャビン!もっと大人しく離陸してくれ!目が廻る!ゲロが出そうだ・・・・・・・』

 オレは慌てて、機体を水平に戻した。屈強な特殊部隊の兄ちゃん達も超音速機のスクランブル発進には慣れていないだろう。「申し訳ない」とインカムと通して彼らに謝った。

『ミステル。現在マッハ一・九。目標に向かいます。』

 既にF‐18Cホーネットの最高速度より速い。ジャックへ指示を出す。

「洋上に出たら、フル・スロットル。全速で目標へ向う!」

『了解。洋上で全速。マッハ二・五へ。ヘディング〇七六.アルチ三万三〇〇〇』

 ジャックが復唱した。オレの命令を理解しているようで少し安心した。こいつとは上手くやって行けそうだ。

「素晴らしい加速性能だな」

『速度だけではありません。旋廻性能も優れています。エンジンの偏向ノズルを併用すれば、タイフーンF2にドッグ・ファイトで勝つ自信があります。先代のXB‐70ヴァルキリーは機体構造が脆弱でしたが、この機体はF‐15Eストライク・イーグル以上の機体剛性があります』

すげえな・・・・・・・まあ、この調子ならエリザベスさんの居るニヴルヘイム空港まで一時間掛からない。

でも今のオレはその時間すら長く感じてしまう。

『ミステル、先にお話しておきたい事があります』

 ジャックの方から話しかけてきた。なんだろう?

「おっ?どうした?トラブルか?」

『ネガティブ。トラブルではありません。XC‐7の機体性能に付いてです』

「わかった。話してくれ」

『このXC‐7は極限のスピードを追及した機体です』

「そうだな、初めて見たときは美しい工芸品を見た気分になったよ」

 機能美・・・・・・・一言で済ますなら、そう言う言葉が当てはまる。

『お褒めに預かり光栄です。ですがスピードの追求で諦めた性能・・・・・・両立しなかった機能があります』

 なに?諦めた性能。

「何だ?それは・・・・・・燃費か?」

『ネガティブ・・・・・・燃費の問題は空中給油で解決出来ます・・・・・・諦めたのは機体のRCS、レーダー・断面積が非常に大きい値です。今風に言うと、ステルス性は皆無です。このまま飛び続けると、敵のレーダー警戒網に確実に引っ掛かります』

「なんだと?じゃあどうする?レーダー回避する為に高度を下げると空気密度が濃くて、抵抗となって速度が落ちるじゃねえか?それにこのスピードで低空侵攻するのか?地上へ激突するぞ!」

『スピードはともかく。低空侵攻は問題ありません。本機は高度な地形回避レーダーとそれに連動した自動操縦装置を搭載しています。低空によるスピードを落としても、このぺースなら作戦時間より十分ほど早く目的地へ付くでしょう。問題ありません』

 そうか・・・・・・問題はないな。でもコイツもはや輸送機とは言えないな。絶対、爆撃機として開発しているだろ。米空軍のF‐111アードバークやB‐1ランサーに対抗するつもりだったのか?

『あと、もう一つ』

「まだあるのか?」

『あのう・・・・・・』

 なんだコイツ、AIのクセにハッキリしないヤツだな。

「なんだよ、言ってみろ」

『エリザベス・ブラックバーンさんって美人ですか?』

 ・・・・・・はて、オレのインカムが壊れたか?・・・・・・コイツ何言ってんだ?

『ミステル。彼女のスリーサイズに付いて知っていれば教えて下さい』

「おい・・・・・・コンピューターのリセット方法を教えてくれ。オレの目の前にバグッたAIがいるんだよ」

『待って下さい、ミステル。自分は十年以上倉庫で眠らされていたんです。女性の芳しい匂いを嗅ぐ事も出来ずに。それに十年ぶりに起きた所へ来たのは汗臭い漢が乗り込んで来ました。ああ・・・・・・美人に会いたい。この荒んだ自分の心を癒して欲しい・・・・・・・』

「お前・・・・・・超音速輸送機計画が中止になった理由がわかった気がするぞ。AIに問題が発生したからだろう。それに、クラレンスが「性格に問題がある」と言っていたな・・・・・・わかった。百歩譲って、教えてやろう。エリザベスさんは絶世の美女で理想的なスリーサイズと言って置く。だからオレに力を貸してくれ。エリザベスさんと重体のパイロットを助けたい。救助が成功すれば、彼女に会えるぜ!」

 オレはある言葉を思い出した・・・・・・飴とムチか・・・・・・。でもエリザベスさんが美人なのは嘘じゃないぜ。

『了解です。ミステル。ヤル気が出ました。自分は粉骨砕身、全身全霊を尽くして、この救助オペレーションを完遂させます!』

 変なAIだ、が、単純なヤツで助かった・・・・・・今のオレはコイツの協力が必要だから。



 ニヴルヘイム空港の駐機場、空港ターミナルから一番離れ場所にブリタニア・エア・ウエイズ八三便は居た。遠巻きにパトカーや装甲車が取り囲んでいる。

 ブリタニア・エア・ウエイズ八三便の操縦席。ハイジャック犯の男が電話で仲間と連絡を取っているようだ。

「そうだ・・・・・・まず二〇〇万ドル振り込んでくれ、例の口座だ。このハイジャックが成功すれば、ブリタニア・エア・ウエイズの株は暴落するだろよ。被害者の保障で保険会社も倒産だ・・・・・・そうだ、頼む・・・・・・」

 そのやり取りを横目でみているのはエリザベスだった。両膝を抱え、機長席で小さく固まっている。不安と寂しさでいっぱいだったが、犯人への怒りが湧いてきた。

「貴方達・・・・・・乗客を殺そうとしているわね。只の殺人犯じゃない。この事件で航空会社の株を売買して利ザヤを稼ぐ気ね・・・・・・あきれたわ・・・・・・そんな事で無関係な人達の命を弄ぶなんて・・・・・・許せないわ!」

「何とでも言いな!六千万ドルの前じゃ人の命なんて、タンポポの綿毛より軽い。明後日には大金持ちさ。飛行機会社って儚いな。こういう事件があれば、とたんに経営危機になるからな」

「乗客だけじゃなく、航空会社の従業員の生活基盤もメチャクチャにする気?この人でなし!」

 ビュン!

 犯人はナイフの切っ先をエリザベスへ向けた。

「おめえは生かしておいてやるよ。ちょっとしたボーナスだ。オレの奴隷として可愛がってやるぜ。色んな意味でな!」

 犯人がビリビリとエリザベスの上着を引きちぎる。白いブラウスのボタンが弾け飛ぶ。

 私の心が絶望の涙で満たされて行く。もう、家族やマリオンやフレイヤの従業員と会えなくなっちゃうのかな?・・・・・・・そう考えるととても悲しくなってきた。それにとても苦しい。早くこの状況から解放されたいと、楽になりたいと思う。

「このまま、慰み者になるくらいなら・・・・・・・舌を噛んで・・・・・・さようなら・・・・・・皆」

 私は涙を我慢する事が出来なくなった・・・・・・。

 ザザッ

 突然、無線に割り込んできた者が居た。歌声がブリタニア・エア・ウエイズ八三便の操縦席へ響きわたった。

『♪タービンの音―ォ、轟々―と。ファルコンは行くー、雲の果てぇー♪』

「何だ?この無線は?」

 この無線、この歌、この声は間違いないわ。

「もしかして・・・・・・助けにきてくれたの・・・・・・」

 私は小声で呟いた。そして犯人に悟られないように誤魔化した。

「む、無線が混信しているんだわ・・・・・・普段でも良くある事よ」

『♪翼に輝くラウンデルとォー、胸に描きし毒蛇の、印は我らがぁー戦闘機ィー♪』

「何だこの歌は?誰だ」

「酔っぱらいよ・・・・・・きっと」

 私は機長席で目を瞑った。そうだ、ブリタニア・エア・ウエイズ八三便の無線機は、フレイヤのカンパニー・ラジオの周波数に合わせてあった。そこから聞こえて来た歌声はエルウィンが酔っぱらった時に良く歌っていた歌だわ・・・・・・。助けに来てくれたんだ。エルウィンが迎えに来てくれる!

私は両手を組み、祈った。

「エルウィン・・・・・・」



『ミステル。そろそろ降下ポイントです』

 月明かりを反射する白い巨大な機体。雲海の上を猛スピードで飛行していた。

「了解、アフターバーナーを止めて降下に入る」

『この機体はスーパークルーズが可能です。アフターバーナーを停止してもマッハ1.2は出ます。速度に注意を!』

「わかった。降下を開始。アルチ二千八〇〇フィート」

『コピー・・・・・・。ところでミステル。先程の歌は何ですか?』

「オレが所属していた第七七スコードロンの歌だよ。ブリタニア・エア・ウエイズ八三の機長のランディ・ボウマンは同じ部隊だったから、この歌を知っているし。オレはよく、エリザベスさんの前でも歌っていたから、オレが来たって事がわかるだろうよ」

『そうですかね・・・・・・ただの酔っ払いが無線を悪戯しているとしか思えないのですが・・・・・・。選曲のセンスも悪いです』

「そうかよ・・・・・・・暗号だと思ってくれ。犯人には気付かれまい」

 オレはサイド・スティックを右へ倒す。右のラダー・ペダルを踏み込み、右定常旋廻。

『ミステルは操縦が上手いですね。旋廻計が殆ど振れない。Gが一定です』

「有難うよ。でもこれはFBWの制御が利いているからじゃねえか?」

『この機体はエア・ライナーでは有りません。乗り心地よりパイロットの操作を最優先に機動します』

「それを聞いて安心したぜ、インメルマン・ターンも出来るんだな」

『当然です。シロイルカとは違うのですよ・・・・・・フッ』

 このXC-7は戦闘機と同じ機動が出来る。ミサイル撃たれても回避は可能だ。このスピードと合わせて強力な武器だ。

「現在位置確認」

『まもなく目標のニヴルヘイム空港です。アプローチの準備を』

「ILSやVORの計器着陸誘導は期待できない。目視で着陸させるぞ」

『ラジャー。滑走路が目視出来るまで自分が誘導します。ヘディング一二八度。アルチ五〇〇〇フィート。毎分一〇〇〇フィートずつ降下してください』

「コピー。ヘディング一二八度。アルチ一千五〇〇フィート。シンク・レイト毎分一〇〇〇フィート」

 オレはスロットルを絞りながら、ゆっくりと機体を降下させて行った。

「ジャック・特殊部隊に連絡したい」

『ハンドセットをインカムへ接続しました。ゴーアヘッド』

「こちら機長のシュレディンガーだ。着陸態勢に入った。隠密行動ゆえ、地上の誘導がない。目視着陸となる。ハード・ランディング、クラッシュ・ランディングの可能性がある。各員、耐ショック防御態勢を取ってくれ」

 オレは特殊部隊の隊員へこれから予想される強行着陸の覚悟を説いた。オレ自信、緊張してきた。手に汗を握る。フライトグローブ(今でも軍手)をしていなかったら、サイド・スティックは汗まみれでツルツル滑っていただろうな。

『目標まで五マイル。ヘディング〇度、アルチ八〇〇フィート』

 ヘッド・マウント・ディスプレイの映像は昼のように明るい視界を映し出している。亜暗視装置のお陰だ。こう言う時、ハイテク装備はありがたい。

「ビジュアル・コンタクト!滑走路、目視確認」

 前方に真っ直ぐ伸びる滑走路を見つけた。誘導灯が付いていないが、ハッキリ視認できている。

「もうすぐだ、待っていてくれ、エリザベスさん」

 はやる気持ちを無理やり抑える。誘導の無い夜間の滑走路へ着陸するのはF‐16の訓練で何回もやったが、初めてのワルキューレ。これは緊張度がかなり高い所業だ。

「エア・ブレーキ!」

 スロットル・レバーにあるエア・ブレーキのスイッチを押す。コイツ・・・・・・スロットル・レバーにエア・ブレーキのスイッチなんて空対空戦闘機動を意識しているんじゃないのか?

「ランディング・ギア!」

 液晶モニターの左側にある、車輪を模したレバーを下へ下げた。

 ガコン!

 機体に軽い振動。

『スリー・グリーン!』

 ジャックはランディング・ギアが降りて、固定された事を告げた。エア・ライナーとは違って、騒音や振動が大きい。

「機首あげ・・・・・・おあ?前が見えねぇ!」

 オレはサイド・スティックを引いて機首上げ、着陸態勢を取ったが、オレの目の前にXC-7の長いノーズ・コーンが広がって前が全く見えない。当然滑走路も見えない。これじゃ着陸なんて不可能だ。

『バイザーとノーズ・コーンを下げて、視界を確保します。十一度以上機首上げすると、尻もちします。注意を』

 ウィイイイイイン

 オレの足元からモーター音が聞こえて来た、目の前のウインドウ・シールドが下がり、一気に視界が開けた。

 滑走路は目の前だ。

『ワンハンドレット・フィート・・・・・・フィフティ、フォーティ、サーティ、トゥウェンティ、テン・フィート』

ドン!

 機体に衝撃を受けた。タッチ・ダウンだ。

「アンチ・スキッド!スラスト・リバーサー!」

『スラスト・リバーサーはありません。気合で止めてください』

「なんだと!そう言う事は先に言え!」

 オレは両足でラダー・ペダルを思いっきり踏んだ。デルタ翼機は着陸スピードがエア・ライナーより速いから、停止するまで時間が掛かる。

「このおおおお!」

 二五〇トンの機体を気合で止める。マリオンの事は言えないくらい、全身に力が入ったブレーキだ。

 


 キイイイイイイイイイイイイイン!

 ブリタニア・エア・ウエイズ八三便の機長席に下着姿で座っているエリザベス。外から聞きなれないジェットエンジン音がした。その音はまるで壊れたパイプオルガンのような激しい金属音だった。ブリタニアのエンジン音とは全然違う。しかもかなりウルサイ。

 私は身体を起こし、外を見た。その瞬間、月明かりに照らされた純白の機体が着陸態勢で横切って行った。巨大で白く美しい機体が目に焼きついた。明らかに普通のエア・ライナーじゃないわ。これから、何か起こりそうな予感がどんどん膨れ上がってきた。その膨らむ気持ちに微かな希望が湧いて来た。

「もしかして・・・・・・あの飛行機はエルウィン?」

「なんだ?今の音は?」

 犯人の男が副操縦席から立ち上がった。

「ひ、飛行機じゃない?空港だもの・・・・・・」

 私は咄嗟に誤魔化した。

「迎えの飛行機か?予定より早い到着だな・・・・・・」

 この犯人、少し用心深さが足りないようね・・・・・・私の言う事を素直に信じるなんて。

 犯人の男がポケットからトランシーバを取り出した。

「ロキ、インディアナ!脱出の準備を。起爆装置を忘れるな!」

 犯人の男は部下に脱出の準備を促した。

「なんてことを・・・・・・機体を爆破して乗客を殺すつもりね!人でなし!」

 バチーン!

 私は男の左頬を平手打ちした。男の頬に私の手形が付いた。どうしても、この男が許せなかった。

「オレはお前のそう言う気の強いところが好きだぜ!」

 男は平手打ちを喰らっても、微動だにしなかった。ナイフの腹で私の頬をペチペチと叩く。私は恐怖で声も出せなくなった。

 でも、最後の抵抗で、私は犯人を睨んだ。これまでの人生でこんなにも人を憎んだ記憶が無い。それくらい犯人を憎悪した。

「大人しく座っていろ!お楽しみは帰りの飛行機の中だ!」

 男は私を機長席へ無理やり押し込んだ。ドンと椅子に尻もちを付いた。

 


 オレは滑走路端でワルキューレを回れ右させた。回れ右したところで、機体を止めた。

「ジャック、駐機ブレーキ。エンジン・ストップだ」

『ラジャー。エンジン停止。自分はここで待機しています。グッドラック、ミステル』

「頼む!」

 オレはコクピット背後のドアを開け、デッキへ入った。ヘルメットを被ったまま、飛行装備も外さずに。デッキでは特殊部隊の兵士二十名が自動小銃を手に突入の準備を始めていた。

「スティーブンソン曹長は!」

 オレは特殊部隊の隊長さんを探した。

「私です。機長、ご苦労様でした。後は我々に任せて下さい。乗員、乗客全員救出して見せます。誰一人、死なせません。機体にも傷一つ付けません」

「曹長!オレも連れてってくれ!邪魔はしない。後ろから付いて行くだけだから!」

 オレは居ても立っても居られ無くなっていた。どうしてもこの手でエリザベスさんを救出したい!

「しかし、貴方は軍属ではありません。足で纏いですよ」

 スティーブンソン軍曹はそっけない返事をした。そりゃそうだ、鍛え上げられた兵士から見れば、オレは只の輸送機運ちゃんだよ。でも・・・・・・。

 オレはオーエンス大佐から貰った紙をスティーブン曹長へ見せた。

「すまん軍曹、このオペレーションの間、オレは軍人で、大尉で、作戦指揮官だよ。戦時特例法で。命令って言葉使っていいか?頼む、お願いだから同行させてくれ!」

 オレは少しズルイ事を言ってスティーブンソン軍曹へ同行を頼み込んだ。大佐から貰った命令書をスティーブン軍曹に見せた。それを見た軍曹は表情が一変した。さっきまでの素っ気無い態度がガラリと変わり、姿勢を正して、真っ直ぐオレを見る。よくも悪くも立派な軍人だね。

「了解しました、仕方が無いですね、大尉殿。貴方の気持ちも判ります。私の後ろに付いてきて下さい」

「有難う、曹長」

 スティーブン軍曹は腰のホルスターから拳銃を取り出した。

「これを携帯して下さい。丸腰で敵陣突入なんて自殺行為ですから。でも安全装置は私の指示があるまで外さないで下さい。」

 軍曹はオレにベレッタM92Fを渡してくれた。

「そうだな、オレは拳銃の射撃は得意じゃないから、曹長に従うよ」

 同行はしたいけど、出しゃばるつもりはない。彼らの方が専門家だから。

 スティーブン軍曹は回れ右して突入隊と向き合う。

「諸君!作戦開始だ。ハイジャック犯に自分の罪の深さを思い知らせてやれ!」

 突入隊はデッキから飛び出し、あっと言う間に走り去って行った。高度に訓練されているようで、彼らの動きに無駄が一切無い。オレは少し安堵感が出ていた。

「流石、特殊部隊だ、寄せ集めのハイジャック犯は風前の灯か?」

「さあ!大尉、我々も行きます」

 オレは曹長に付いてXC‐7を出た。


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