其の四 「依頼内容:物資護送」
其の四 「依頼内容:物資護送」
首都アンスールから都市ラドへ向かう列車の中、ヴィアは座席の窓枠に頬杖をついて流れていく景色を眺めていた。
魔工学によって生み出された列車は、都市と都市とを繋いでいる。魔物が出没する都市外のエリアを列車なしで移動するのは至難の業だ。距離もかなりある。不可能ではないが、列車を使う方が遥かに安全で素早い。
流れていく景色にはまだ自然が多い。
都市と呼ばれる集落は工業的に発展しているため、街中は自然が少ない。公園や家庭など、場所によっては見受けられるが、やはり都市の内部より外の方が木々は多い。
特に、都市は大きければ大きいほど、植物は少ないと言える。
右腕て頬杖をついて、左腕を絡ませるようにして十六夜を抱えていた。ロングコートに身を包み、目を細めて景色を眺めるヴィアの向かいの席には誰もいない。隣の席も空いている。
ヴィアは他者を寄せ付けぬ雰囲気を放っていた。
「本当においてきて良かったのか?」
周りに気付かれぬよう、十六夜がそっと尋ねる。
「ルーパスのことか?」
ヴィアは視線を逸らさず、囁くように答えた。
今回、ヴィアが列車に乗っているのは依頼があったからだ。
依頼を持ちかけられた際、ヴィアの事務所の中にはルーパスがいた。つまり、ルーパスもヴィアの依頼を聞いているのだ。
ルーパスはヴィアの仕事を手伝いたがった。だが、ヴィアはそれを拒否した。
「あいつにはまだ早い」
小さく、ヴィアは言った。
ルーパスもヴィア同様に便利屋をしているが、実力はまだ素人だ。まともに仕事の依頼が入らない状態では、ヴィアと肩を並べるのは難しい。
戦う力だけならば並の便利屋以上だが、便利屋としてはまだまだだ。名前も売れておらず、仕事の依頼が入らない。いくら実力があったとしても、ルーパスはまだ駆け出しだ。
精神的な面で未熟な部分が多い。
便利屋という、依頼を受けて仕事をこなす稼業は始めたばかりの時期が最も辛い。
自ら動いて賞金首を狩ることを目的とする賞金稼ぎと違い、便利屋が自ら動くことはほとんどない。賞金稼ぎと違って、便利屋が名を売るというのは中々に難しい。大きな仕事を成功させれば評判は上がるが、大抵の場合、大きな仕事は名の売れている便利屋に依頼が来る。駆け出しの便利屋に大きな依頼が来ることはほとんどない。加えて、小さな規模の依頼であっても、名の売れた便利屋に頼む者は多い。
便利屋という稼業は駆け出しに厳しい。
故に、便利屋は減少傾向にある。元々そんなに数はないが、新人は挫折して廃業する場合が多いのだ。
「武器買ってやったクセに」
「護身用だ」
いたずらっぽく囁く十六夜に、ヴィアは小さく溜め息をついた。
ヴィアはルーパスが便利屋となることをあまり快く思ってはいない。
賞金稼ぎと違い、便利屋には戦闘以外の仕事もあるが、それでも危険な場面は多い。賞金稼ぎは誰かの依頼を受けるということがないのだ。賞金首に狙われているから守って欲しい、といった内容の依頼は便利屋の仕事になることがほとんどなのだ。
可能なら、ルーパスには普通の人間として生きてもらいたい、というのがヴィアの本音だ。
「今頃、レンディんとこでふてくされてんじゃないか?」
「実力に見合わない」
十六夜の言葉に、ヴィアはうるさそうに眉根を寄せた。
連れて行ってくれとせがむルーパスを、ヴィアは置き去りにして来たのである。
今回の仕事はルーパスが手伝えるほど小さいものではない。そう考えたからこそ、ヴィアはルーパスを残して一人で列車に乗り込んだ。
「そうか?」
十六夜が問う。
今回の依頼は、列車に積み込まれた荷物の護送だ。
民間企業、RIRからの依頼だった。RIRはあまり大きな企業ではないが、裏では名の知られた存在である。武器類を扱う企業というのがRIRの本業だ。表の顔は電気製品のオプション機器を扱う企業ということになっている。
「経験積ませてやればいいのに」
十六夜の言葉に、ヴィアは無言を返した。
首都アンスールから都市ラドまでの行程の半分ほどに差し掛かった頃、列車の中が慌しくなった。
貨物車両は列車の最後尾に二両分ある。ヴィアがいるのは後ろから三両目、貨物車両の直前の車両だった。前方の車両で何かあったらしく、微かだが悲鳴が聞こえた。
「来たみたいだな」
十六夜が呟く。
ヴィアはゆっくりと立ち上がった。座席から通路まで進むと、前方の車両へと駆け出した。
この列車は六両編成だ。前方から二両目の車両で何かあったらしい。ヴィアは車両を一つ分駆け抜けて騒ぎの起きている場所へと突入した。
最初から乗り込んでいたのだろう、武装した五人の男がいた。勿論、乗り込んだ時には武装を隠していたのだろうが。
威嚇射撃をしたらしく、何箇所か窓ガラスが割れている。
駆けつけたヴィアは、顔を顰めた。
男達は少女を一人、人質にしていた。
「ヴィアライル様!」
フェリアルだ。
ヴィアを見た瞬間に表情が変わったのが判った。目を見開き、驚きながらも喜んでいる。
「ヴィアライルだと!?」
男の一人が口元を引き攣らせた。
「RIRめ、よりにもよってこいつを雇うとは……!」
フェリアルの首に腕を回している男が呻く。
ヴィアは無言で相手の出方を窺った。男達はライフルの銃口をヴィアへと向けている。
「人質の命が惜しければ、動くなよ」
リーダーらしい男が言った。
「この場で刀は振るえまい」
男の言葉に、ヴィアは目を細めた。
確かに、狭い車両内ではリーチの長い十六夜は使い難い。加えて、車両内には乗客がいる。敵の流れ弾が乗客に当たる可能性は高い。
全てを守りながら戦うというのは困難だ。
だが、RIRも困難な状況になることを見越してヴィアを雇ったのだろう。
「馬鹿ね、ヴィアライル様は凄いんだから」
フェリアルはにやにやと笑って見せる。傍ではフェリアルの侍女が震えている。
「どうします?」
「こいつはプロだ。何をするか判らん。殺しておいた方がいい」
仲間の問いに、リーダーが答える。
「了解」
男がライフルの照準をヴィアの頭へと向ける。
ヴィアは十六夜の鞘を掴んでいる左手に力を込めた。左手の親指で十六夜の鍔を押し、気付かれぬように鞘から刃を覗かせる。
「十六夜、風だ」
言うや否や、十六夜は刃から突風を周囲に放った。
列車内を暴風が吹き荒れ、乗客や男達は腕で顔を庇う。
ヴィアは駆け出していた。
十六夜の柄を右手で握り、鞘から引き抜く。同時に、左手に残った鞘はロングコートの腰に拵えたコネクタに鞘を接続、固定する。
「狼月」
ヴィアの意思を汲み取り、十六夜が二つに分離する。
二振りの刀を手に、ヴィアは男達の中央へ飛び込んだ。
突風が吹き荒れてからヴィアが男達の中央に辿り着くまで、五秒とかからなかった。
まずはフェリアルを人質にしている男の首筋に右手の刀の柄を叩き付けて昏倒させる。ライフルを向けようとする男の顎を蹴り上げて吹き飛ばし、背後でナイフを振り被る男には左手の刀で峰打ちを食らわせる。
残った二人は次のヴィアへ攻撃せず、貨物車両へと向かって駆け出していた。
「ヴィアライル様! 乗り合わせていらしたんですね!」
「拘束、頼めるか?」
目を輝かせるフェリアルから侍女へ目を向け、ヴィアは告げた。
侍女が頷くのを確認すると、ヴィアはフェリアルを無視して駆け出した。
今は構っている暇がない。
ヴィアが貨物車両に辿り着いた時には、男達は既に中にいた。
「既に仲間の車が車両の脇に着いている。積荷を渡して終わりだ」
「鎖刃」
笑みを浮かべるリーダーを無視して、ヴィアは呟いた。
二振りの刀の柄を繋ぐように、魔力の鎖が生じる。
ヴィアは右手の刀を投げ放った。リーダーの脇に立っていた男が、ライフルの引き金を引くよりも早く、眉間を刀に貫かれた。倒れる仲間を見て、リーダーの表情が歪む。
ヴィアは鎖を引いて、リーダーの首を撥ねた。
血が噴き出し、積荷の箱を赤く染めていく。列車内に血溜まりを作る男二人から視線を逸らし、ヴィアは貨物車両の連結部へと引き返した。
そこから車両の外へ出ると、盗賊の車が見えた車両に数人の男が飛び乗っている。
ヴィアは刀を投げ放ち、鎖を掴んで刃を振り回して敵を薙ぎ払った。そのまま敵の車に刀を突き刺す。
「十六夜」
「任せろ」
ヴィアの言葉に十六夜が応じる。
突き刺さった刀が炎を纏い、車両を爆炎が包んだ。爆発する車両から、鎖を引いて刀を右手に掴むと、十六夜へと戻した。
「積荷の中身は見なくていいのか?」
「必要ない」
十六夜を鞘に納め、ヴィアは答えた。
大方、非合法な武器の類だろう。列車強盗をするぐらいなのだから、並以下の武器ではないはずだ。
「確かに、あいつは必要なかったな」
十六夜が小さく呟いた。
ルーパスのことだ。ヴィア一人で仕事はこなせた。同時に、フェリアルが人質に取られた場面でルーパスがいたら足手纏いになっていたかもしれない。
連れてきたとしても、ルーパスには何もできなかっただろう。いや、何もすることはなかったと言っても良いかもしれない。
周囲に乗客がいることを考えれば、ヴィア一人の方が都合が良かった。ルーパスが戦っては乗客を巻き込みかねない。
「ヴィアライル様ぁー!」
前方の車両からフェリアルが走ってくるのを見て、ヴィアは溜め息をついた。
ラドに着くまで騒がしくなりそうだ。