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インターミッション1

 インターミッション


 窓から差し込む日の光に目を覚ます。ゆっくりと上半身を起こし、乱れた前髪を一度かきあげた。窓の外を見れば、青空が広がっている。暗い周囲の街並みには不釣合いにも思えた。

 標準的なベッドから出て、ヴィアは傍の壁、ベッドで寝ていても手の届く場所に立てかけてある十六夜に視線を向けた。反応はなく、十六夜の存在感も薄い。人間でいう、寝ている状態だ。

 十六夜のような、魔力を武具内部に蓄積可能な魔工兵器には、休眠時間というものがある。言うなれば電気の充電だ。休眠時間中に、大気に存在している魔力を吸収し、武具内部に蓄積するのである。その蓄積がなければ、十六夜の真価は発揮できない。本来は休眠時間は一定時間武具を使用していない時に自動で魔力を補充し始めるのだが、意思を持つ十六夜は自分の意思で魔力を補充する。

 着替えを済ませ、ヴィアは昨日のうちに購入しておいたサンドイッチを食べる。二等辺三角形の安売りサンドイッチを齧りながらヴィアは日付を確認し、寝ている間に留守番電話が入っていなかったかどうかを確認した。

 部屋の中で、ヴィアは椅子に足を組んで座り、サンドイッチの残りを掴む。

 平穏な時間。荒事をしている時とは全く違う時間。

 かつて、荒事ばかりの中にいた時には、逆に平穏な時間が怖かったものだ。誰も敵がいないが故に、油断をしてしまう。その油断を誘っているのではないかと、常に緊張感を張り巡らせていた。

「……少し、懐かしいかな」

 小さく笑う。

 必死で生きてきた時期があった。今では、その必要もない。力も、心も強くなった。

 食べ終えたサンドイッチの包装をゴミ箱に入れ、ヴィアは立ち上がった。

 壁に掛けてあるロングコートに腕を通し、眠ったままの十六夜をウエストベルトとの接続部で固定する。背中に斜めに十六夜を背負うように向きを変え、ヴィアは部屋を出た。

 階段を下りて一回の事務室に入るが、デスクには座らずに外へと出た。

 窓には「本日休業」と書かれた札を下げ、歩き出す。

「……今日は仕事しねぇのか?」

 目を覚ましたのだろう、十六夜が喋った。

「ああ、資金なら十分にあるからな」

 不定期にヴィアは便利屋を休業している。理由は色々あるが、今日に限っていえば気分転換というのが一番相応しい理由だろう。

 裏路地を歩き、レンディの店に入った。

「ん、ヴィアか。どうした?」

「ああ、今日はただ見に来ただけだ」

 直ぐに顔を見せるレンディに、ヴィアは言った。

 周囲にある商品を、ヴィアは時折購入している。隠し武器というものは持っていて損はない。本当に危険な時には、そういったものが役に立つ事が多いのだ。

「……銃はどうだ? 新しいのが入ってるぞ」

「そういうのはキャットが買いに来るさ」

 レンディの言葉に、ヴィアは言った。

「キャットか、戻って来た癖に顔出してないとはな……」

 レンディが呟いた。

 キャットもこの店の常連だ。彼女の持つ銃の改造部品などはほとんどがこの店で購入したパーツでできている。

「そのうち来るだろ」

 十六夜が言う。

「そういえば、前に言っていたダガーはどうする? 持ってるんだろ?」

「ああ、暫くは使わせてもらうよ」

 思っていた以上に使い易かった、そう言い、ヴィアは小さく笑みを見せた。

 一番安値で売っていたという割には、質が良い。軽く、それでいて外観以上に丈夫で、切れ味も悪くない。流石にこの店で売っていただけの事はある。

「――あれ、師匠!?」

「おや、ルーパスじゃないか」

 不意に、声がした。ヴィアが振り向くのと同時に、レンディが新たな客の名を呼ぶ。

「どうしたんだボーズ?」

「だから、その呼び名は止めてくれって言ってるだろ」

 十六夜の言葉に顔を顰めるルーパスに、ヴィアは何も言わなかった。

 大方、武器を買いに来たのだろう。レアース家から貰った五十万の資金があれば、それなりの品物が手に入る。

「お気に召す品物と資金が釣り合うかい?」

「えっ、もう知ってるのか!?」

「そりゃあ、情報には敏感なんでね」

 レンディの言葉に、ルーパスは驚いたようだった。

 便利屋を目指すルーパスに、ヴィアはレンディを紹介した。それは、そのまま放って置けばルーパスが死ぬと判断したためだ。有力な情報屋であると同時に、品揃えの良い武具屋でもあるレンディは、ルーパスの力になってくれる。ヴィアが教えるよりも的確に、レンディはルーパスに武具の選び方や扱い方の基礎を教えた。そこは流石に武具屋だけある。

「じゃあ、ちょっと見させてもらうね」

「おう、じっくりと選んでくれよ」

 ルーパスの言葉にレンディは笑みを浮かべた。

 名前とは裏腹に危険な仕事の多い便利屋にとって、武器は重要なものだ。命を預けるといっても過言ではない存在である。ただ単に、見た目の良さや破壊力だけで選んではいけない。自分が使い易いものを選ぶのが一番良いのだ。

「何が欲しいんだ?」

「やっぱり、師匠みたいな長剣も憧れるよ」

「それはつまり俺か?」

「当たり前だろ。ロウン・ウルフと言えば、月の名を持つ長刀なんだぜ」

 十六夜とルーパスのやり取りに、ヴィアはカウンターに寄り掛かるように立って聞いているだけだった。

 ロウン・ウルフ。自分の異名。勝手に周りが呼んでいる名称。

 確かに、ヴィアは誰か他の者と組んで依頼をこなす事が極端に少ない。組んで依頼をこなした経験がある中で今も生きているのは、キャットぐらいだ。他の者は、依頼の中で命を落とした者ばかりである。

「……そう言えば、俺、十六夜は持った事ないな?」

「当たり前だ」

 ルーパスの言葉にヴィアは溜め息交じりに言った。

 自分が命を預けている武器など、人に渡せるものではない。

「な、師匠、ちょっと持たせてくれないか?」

「面白そうだな、いいんじゃないか、ヴィア?」

 十六夜が笑うのを聞いて、ヴィアは仕方なく十六夜をロングコートから外した。

 そして、それを片手で持つとルーパスに手渡す。

「うわぁっ!」

 ルーパスが声を上げ、十六夜を取り落としそうになった。

「お、重い……!?」

「そう感じるならお前に俺を操る資格はないな」

 十六夜が笑った。

 魔工兵器は使い手を選ぶものがある。強力な武具は特に、魔力を攻撃力に転換するなどの力を持つが、その時の魔力の発動に耐えられるだけの素質を持った人間でなければ、完璧に振り回す事はできない。試作型であると同時に、凄まじいまでの切断力を発揮する十六夜はその傾向が強い。

 素質のない者には、武具の重量が重く感じられる。それは、武具自体が持ち主と同調しようとする特性があるが故に、素質が無い者とは同調できないためである。同調に成功していれば、武具は見た目以上に軽くなり、扱い易くなる。その同調率がどれだけ高いか、でその武具との相性が解るのだ。

 最も、素質は成長する際に開花する事もあり、相性の悪かった者でも、数年経った後には相性が改善されているケースもある。

「素質があっても俺が引退するまでこいつは俺の武器だ」

 言い、ヴィアはルーパスから十六夜を取り上げた。

 身長差から考えても、ルーパスに十六夜は不釣合いに思える。ヴィアは長身と言える部類だが、まだルーパスは成長途中の身だ。二十センチ近い身長差では、ヴィアの身長に近い十六夜を扱うのは難しいだろう。

「う〜ん……」

 残念そうにルーパスが唸る。

 仕方なく武具を選び始めたルーパスは、それでも大型の武器を熱心に眺めていた。肉厚の大剣や、ロングソード、刀を手に取っては首を捻っている。とりあえず値段は後回しらしい。

 レンディの店の武具は半分以上が魔工兵器だ。持った感じで相性は大体解るのだろう、ルーパスは手に取った武具を片っ端から戻していた。

「中々相性が合わないなぁ……」

「……お前なら、軽い武具が合うはずだ」

 ぼやくルーパスを見かねて、ヴィアは言った。

「軽い武具?」

「槍や短剣も見てみろ」

 リーチが長い槍や、リーチは短いが軽くて取り回しの良い短剣の武器の方が、ルーパスのように体術を重点的に鍛えた者には合うだろう。そう考えての言葉だった。

 威力が落ちる、という言葉を言わなかっただけ、ルーパスも勉強している。扱い方によっては、槍や短剣でも長剣に勝る事ができるのだ。

「……これはどうだ?」

 ヴィアは一組の短剣をルーパスの前に差し出した。

「……え? あ、うん」

 ヴィアからの助け舟に驚いたのか、ルーパスは口篭りながらも受け取った。

 魔鋼双剣・デュアルライト。火炎の魔力に長けたサンライトと、冷気の魔力に長けたムーンライトの、正反対の魔力に秀でた二つの短剣からなる双剣だ。

 鞘から抜き、構え、軽く振ってみる。その様子は、ルーパスとの相性がさほど悪くない事を示していた。

「うん、悪くない! これにするよ、師匠」

「おいおい、そいつは結構な値がする一品だぞ?」

 喜ぶルーパスに、レンディが笑いながら言った。

 その言葉に、値段を見たルーパスが固まった。値札には、二百八十万と書かれている。

「……俺が払うさ」

 言い、ヴィアはレンディの前に現金を置いた。

「え、師匠……?」

「貸しにしておく。払えるようになったら返せよ」

 戸惑うルーパスに言い、ヴィアは店を出ようと歩き出した。

「弟子の育成にも熱心になったな?」

「自衛力は必要だ。それに、足手まといになられたら俺も困るからな」

 笑みを浮かべて言うレンディに、ヴィアは言葉を返した。

 ヴィアについて依頼に首を突っ込む事の多いルーパスにも、そろそろ本格的な戦力になって貰う必要があった。ヴィアに回ってくる依頼は危険なものが多く、それに関わってくるルーパスを、ヴィアが必然的に守る事になる。そればかりでは本来の依頼に集中できない可能性もあるのだ。ついてくるのであれば、補佐をするだけの腕前が欲しい。

 レアース家の騒動の際の事を思い出したのだろう、店を出る前に見たルーパスの表情はやや硬いものだった。だが、ルーパスはあの経験をバネにできる。それだけの素質を持っていると、ヴィアは確信していた。

「……」

 店を出て事務所に戻ると、ヴィアは二階の自宅に戻った。

 十六夜とロングコートを机の上に置き、自分はベッドの上に寝転がった。

「どうした?」

「……疲れが抜けてないらしい。少し寝る」

 十六夜の言葉に、ヴィアは目を閉ざす。

 いつか、ルーパスに十六夜を預ける事になるのだろうか。そんな時が来るとすれば、それはヴィアが命を落とした時か、ヴィアが便利屋家業を引退した時だけだ。だが、その両者が無いとは言い切れない。

 寿命というだけでなく、依頼をこなす途中で受けた傷で、四肢の一部を失えば、戦闘能力は格段に落ちるだろう。そんな状況で戦い続ける事ができるかどうかは解らない。最終的には、引退となるだろう。そうなった時、ヴィアは十六夜をどうするだろうか。生涯の相棒として持ち続けるだろうか、それともルーパスのような者に受け継がせるだろうか。

 もっとも、十六夜にも意思はある。それを無視して考えるのもあまり良い事ではないだろう。

 結局、ルーパスに武器を与えてしまった。

 今までは、ルーパスの身に危険が及ばぬよう、武器を持たせる事には反対だった。武器や道具がなければ、本格的な仕事は難しい。ヴィアのような便利屋を目指す事がどんなに危険な事か、ルーパスには解っているのだろうか。依頼を受ける側からも命を狙われる可能性がある存在でもあるというのに。

 だが、武器がなければ厳しい場面もあった。ヴィアが戦う事で、余計にルーパスを惹いてしまった事は認めざるを得ないだろう。自身の身を自分の力で守る事ができなければ、便利屋も、賞金稼ぎもできない。その上で依頼を完遂するだけの腕前を持たなければならない。

 並の便利屋や賞金稼ぎに比べれば、ルーパスはまだまだルーキーだ。質の良い武器を持たせた事で増長するようなら、本格的に鍛えてやった方が良いのかもしれない。

「なぁ、ヴィア」

「……なんだ?」

「暇を持て余してる俺はどうすればいい?」

「魔力でも蓄えていてくれ」

「むぅ、仕方ない。なら、俺は今日一日中寝ててもいいな?」

「ああ。俺も今日は一日ゆっくり過ごすつもりだ」

 十六夜と言葉を交わし、ヴィアはベッドの上で身体を伸ばした。

一度区切る毎に、依頼の絡まない話を挟もうと思います。今回は、今までの話で余り書いていなかったヴィアの思考を少し書いてみたつもりです。感情を抑制気味のキャラクターなので、多少控えめにしていましたが、評価を頂いて、ヴィアの心理描写も少し増やす事にしました。

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