11話 再会する鉄の残滓(のこりかす)
それからの捜索は、驚くほど順調に進んだ。
名簿という確かな地図が手に入ったこともあるが、何より俺たちが「救済者」としての覚悟を決めたことが大きかった。
かつては刃を交えた王国軍の戦士たちも、俺がその名を呼び、魂を定着させるたびに、憑き物が落ちたような顔を見せた。彼らは「前世の因縁はこの世界に持ち込まない」と誓い、一人の高校生として平穏な生活に戻ることを約束してくれた。
そして、新たにゲーティアの家族が3人、俺たちのもとに帰還した。
水山智。重力魔法を操る巨漢の魔闘士、ザガナス。
茶倉菜央。そして、戦場を軽快なステップで駆け抜けた双剣の戦士、アグレイス。
それに忘れちゃいけない重要人物がもう一人、俺たちの輪に加わった。
黄田結。今世では白川さんの親友で、休み時間になればタロットを広げているような熱心な占い好きの少女だ。
だがその正体は、元ジプシーの占い魔術師にして、ゲーティアの作戦参謀を務めたガーウィップ。かつての戦場ではストラノアの魔法の師匠でもあった人物だ。
魂の定着において、彼女ほど「器」と「中身」の相性が良い奴もいないだろう。占いという形で、前世の魔術的感覚を無意識に引き継いでいたのだから。
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実は、彼女も俺の中では裏切り者の容疑者の一人だった。バエルの情報網を攪乱できるほどの高度な術理を持っていたのは、軍師であるストラノアか、その師である彼女くらいだったからだ。
だが、あの凄惨な決戦の後半、彼女は流行り病に冒され、戦場に立つのが精一杯の状態だった。何より、死の間際まで彼女を看病し、その最期を看取ったのはストラノアとこの俺だ。彼女が裏切る隙も、動機もなかった。
「ガーウィップ……! よかった、あなたも無事だったのね!」
「ちょっと白川さん、急に抱きつかないでよ。……でも、なんか、変な感じね」
「……そうね。普通に放課後一緒にいたものね」
再会を祝して抱き合う二人だったが、すぐに気恥ずかしさが勝ったのか、微妙な距離を取って苦笑いしている。
前世では師弟として長い年を共にした魂の絆がありながら、今世では「ただの親友」として毎日顔を合わせていたのだ。感動の再会というよりは、隠し事がバレたような、なんとも言えないムズムズする空気が流れている。
だが、ストラノアにとって彼女の帰還は、何よりも心強いはずだ。
水山は天文部の二人の親友として、茶倉と黄田はあの星降る夜、白川さんに誘われて隣で流星群を見上げていた同級生として、それぞれあの会に参加していた。
「……それにしても。戦場で最後までお調子者だったアグレイスまで、女子に転生しているとはな」
俺は目の前の、ポニーテールを揺らす活発そうな美少女――茶倉菜央を見て、複雑な心境で呟いた。ストラノアに続き、屈強な戦士だった仲間が女子高生になっている現実は、やはり脳が処理を拒否しそうになる。
「正直、鏡を見るたびに違和感しかないんだけど……これ、本当に大丈夫なのかな?」
不安げに自分の身体を見つめる茶倉に対し、ストラノアがこれ以上ないほど自信満々に胸を張った。
「安心なさい。転生女子の先輩である私が保証するわ。不思議なもので、時間が経てばその違和感も『新しい自分』として馴染んでいくものよ」
完璧な「先輩顔」でアドバイスを送るストラノア。……元はといえば、彼女も男だったはずなのだが、今やその仕草はどこからどう見ても高嶺の花の美少女そのものだ。
「……ま、実は私、前世の時から心の中では乙女だったみたいだから。今の身体は、むしろ『やっと追いついた』って感じでちょうどいいのかもね!」
茶倉――アグレイスが、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。
衝撃の告白。前世での彼は、確かに戦場でも独特の艶っぽさがある、いわゆる「オネエ」のような雰囲気を持っていた。彼……いや彼女にとっては、この転生は呪いどころか、魂の願望を叶える救いだったのかもしれない。
「なら、魂の乖離で消滅する心配はなさそうだな」
バエルが呆れたように笑い、場が和んだ。
仲間が集まるたびに、絶望の色に染まっていた俺たちの未来に、少しずつ賑やかな日常の色彩が戻っていく。
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ザガナスは、ゲーティア創設時からの古参であり、文字通り団の「盾」だった男だ。
「うおおお……なんという貧弱な体だ! 枝か、俺の腕は枝なのか!?」
前世では、戦場のあらゆる衝撃を跳ね返す鋼鉄の巨躯を誇った男。それが今や、どこにでもいる華奢な高校生、水山智として叫んでいる。その絵面のギャップに、俺たちは苦笑するしかなかった。
「やれやれ。その様子じゃ、一から鍛え直さんと使い物にならんな、ザガナス」
オヤジが、旧友を労るようにその細い肩を叩く。
ザガナスを覚醒させた瞬間、俺の脳裏を一筋の疑念が過った。――もしや、この実直な男が裏切り者だったのではないか? だが、その考えはすぐに霧散した。彼はオヤジと同タイプだ。策を弄して仲間をハメるような、器用な真似ができる男ではない。
メンバーを見渡すと、あの日、地獄の戦場で最後まで生き残っていた10人のうち、9人が揃っていた。
だが、他の62人の団員の姿はどこにもない。あの魔法陣の生贄になった彼らは、おそらく別の場所へ、あるいは別の形へ……。
そして、この場にいない最後の一人。
俺たちのカリスマであり、ゲーティアの創設者。
ベルリアン。
彼が、今の世界で誰になっているかは判明していた。
日野 緋奈子。
国際的な巨大資本「サニーグループ」の一族。成績優秀、眉目秀麗。常に頂点に君臨することに異常なまでの執着を見せていた彼女こそが、俺たちの団長の転生体であることは疑いようがなかった。
「……彼女は今、ロンドンに留学中よ。物理的に、今の私たちには手が届かない場所にいるわ」
ガーウィップが静かに告げた。
その言葉を聞いたとき、俺たちの胸を去来したのは、焦燥よりもむしろ、奇妙な「安堵」だった。
もし今、裏切りの真犯人である彼(彼女)がこの場にいたら、俺たちはどうなっていただろうか。抑えきれない怒りの矛先が向き、凄惨な復讐劇が始まっていたかもしれない。前世の怨念に身を任せ、今世の平穏な人生までをも血で汚してしまう。それは、俺たちが最も避けるべき破滅だった。
「……おそらく、彼女は今頃、海の向こうで魂の暴走に苦しんでいるはずだ。俺という『器』が近くにいない以上、定着は望めないだろうからな」
意識不明のまま、その魂が永遠に虚無を彷徨い続ける。
それはあまりに孤独で残酷な末路だ。仲間たちの間に沈黙が流れる。かつてのリーダーを想い、心がざわつくのを止めることはできなかったが、俺は自分に、そして皆に言い聞かせるように言葉を絞り出した。
「……それが、彼が背負った罪の代償なんだ。俺たちは、今のこの生活を守る義務がある」
俺たちは、遠い異国にいる「裏切り者の王」に背を向け、今ここにある小さな平和を噛み締めることにした。
それが、俺たちに許された唯一の、そして精一杯の「前世との決別」だと思っていた。
しかし――運命は、そこまで俺たちに寛容ではなかった。
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それから数週間、世界は驚くほど穏やかな色に染まっていった。
放課後の河川敷では、俺とオヤジの特訓に、身体を鍛え直すと息巻くザガナスと、相変わらずキザな仕草でサボりたがるアズムンドが加わるようになった。慣れない現代の肉体を、かつての戦士の躍動へと近づけていく時間。それは「地獄」だと思っていたこの転生先が、かけがえのない「楽園」へと変質していく過程でもあった。
他のメンバーも、たまに顔を出しては近況を報告し合い、それぞれの「今世」を謳歌している。これでいい、いや、これが最良の結末なんだと、俺は自分に言い聞かせていた。
あの一通のメールが、俺のスマートフォンの画面を震わせるまでは。
差出人の名は、日野 緋奈子。
ロンドンにいるはずの、そして怨念となって消えたはずの、かつての主からの接触だった。
「お久しぶり、青山くん。……いや、サミナギと呼ぶべきかな。」
文字の羅列から、あの透き通るように冷徹なベルリアンの声が再生される。
「わかっているよね、私のこと。サミナギ、私は覚醒した。私はベルリアン。……いや、これからは『ベリアル』と名乗ることにしよう。近々、君たちに会いに行くよ。」
短い文面を読み終えた瞬間、俺の視界から色が消えた。
彼女は――彼は、無事だったのだ。それどころか、俺の「真名」の助けを借りることなく、自力でこの世界の理に魂を定着させ、完全なる覚醒を果たしたというのか。
「ベリアル……」
その忌まわしい名前に、俺は青ざめた。
あの日、俺たちを奈落へ突き落とした裏切りの王が、再び俺たちの前に現れようとしている。
このことを、オヤジたちに報告すべきか。いや、話せばようやく手に入れたこの平和な日常が、一瞬にして復讐の戦場へと逆戻りしてしまう。
俺の心は、再び「前世」という名の呪いの鎖に、逃れようもなく絡め取られてしまった。
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数日後の夜。
俺たちは、普段から人目を避けて特訓に使っている廃工場に集まった。
「ちょっとサミナギ、急に呼び出してどうしたの? あんまり遅くなると、親に言い訳するのが大変なんだけど」
マーヴァスが、かつての魔女からは想像もつかないような「女子高生」らしい文句を口にする。そう、前世では俺たちが唯一無二の家族だったが、今世の俺たちには、守るべき別の家族がいるのだ。
その事実に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
「……実は、一通のメールが届いた。送り主は、日野緋奈子だ」
俺がスマートフォンの画面を提示すると、工場内の空気は一瞬にして氷点下まで下がった。
皆、言葉には出さなかったが、確信していたからだ。あの日、俺たちの魂を『賢者の石』へと変えようとした、裏切りの首謀者。その転生体が、完全に覚醒して接触を図ってきたのだ。
「そんな……。彼女が無事なのは良かったけど、でも……」
ストラノアが複雑な表情で言葉を濁す。
「どういうつもりだ? 俺たちが裏切りに気づいてないとでも思ってやがるのか」
オヤジが低く、地を這うような声で怒りを露わにした。
「いや、向こうはすべて承知の上だろう。……ベルリアン、いや、改名して『ベリアル』か。それは闇の象徴であり、嘘と偽りを司る悪魔の名だ。わざわざその名を名乗るということは……」
バエルが、冷徹なまでにその真名の意味を分析する。
「俺たちと対立し、今度こそ皆殺しにするつもりか!」
息巻くザガナスを、アズムンドが静かに制した。
「逆じゃないかな。俺たちは天使じゃない、元より悪魔の名を冠する傭兵団だ。つまり……再び俺たちのリーダーとして、絶対的な『悪の王』として君臨しようって腹じゃないのか?」
憶測が飛び交うが、本人の真意は闇の中だ。わかっているのは、彼がどれほどの言葉を並べようとも、かつて多くの仲間の魂を消費したという大罪は消えないということだけだった。
その時だ。
「――伏せろッ!!」
俺の叫びと同時に、真っ赤な暴風が廃工場を猛然と駆け抜けた。
衝撃波に煽られ、ザガナスやマーヴァスたちが地面に転がる。
いち早く殺気を察知した俺はストラノアを抱き寄せて庇い、オヤジもまた闘気を練って踏みとどまった。
砂塵が舞う工場の吹き抜け。
錆びついた鉄骨の上、月光を背負って一人の少女が立っていた。
「みんな、本当に久しぶりだね。……ようやく全員、揃ったようだ」
日野緋奈子――いや、ベリアル。
燃えるような紅蓮の瞳で俺たちを見下ろすその姿は、かつての団長ベルリアンよりもなお、禍々しく、そして美しく完成されていた。




