プロローグ
中世、ヨーロッパのどこか。
命をかけて愛し合い、国を守った二人の女性がいた。
自分にはなにも無いという劣等感から、歴史上初の女性騎士になるという夢を持ったルカ。
ひたすらに努力を重ねて自らの手で掴み取った騎士という名誉。
ただ、その先に待つのは訓練に明け暮れる同じような毎日の連続だった。
だが、ある日その国を女一人で収める姫エルサの専任護衛へと任命される。
人生のすべてを持っていると思っていた姫エルサには、誰にも言えない秘密と孤独があった。
それらを満たせられるのは自分だと気がつくルカだったが、そのときにはもう姫エルサの姿はない。
ー 私は、私という人間に生まれて良かった。なぜなら貴女に出逢えたから ー
生まれた意味を知った後、国を守るため旅立った先で二人は永遠に語り継がれる神話となる。
本文
「花の命は短し。花を咲かせた風が、また、その花を散らせるからである」
本に書かれている一節を、隣に座っている姫さまに聞こえるよう私は読み上げる。
「花が咲いたと思ったら、またすぐに散ってしまう。その繰り返しに意味はあるのだろうかと、考えてしまうことはありませんか?」
私は読み上げたページに指を挟んで、今度は姫さまの方を見ながら尋ねる。
「どんな物事においても、それの繰り返しでしょう。じゃあ、ルカは私に出会えたことも意味がないと考えるの?」
姫さまが私の顔を見つめ返してくる。
私は、反抗する子供のようにすぼめた口で言葉を返す。
「そんなこと、思うはずがありません」ムキになって否定する。
「でしょう。じゃあ、意味なんて大有りじゃない。そんなことを言い始めたら、結局は死ぬのに、どうして生まれてきたんだろうと考えるようなもの」
エルサが私の手に、自分のそれを重ねる。
「私たちがこうして出会って、いまこの瞬間に言葉を交わしている。貴方に触れたこの手の感覚、爽やかな夜風の匂い、ひんやりとした石の上に座っていること」
エルサの目がまるで愛おしいものを見つめるように、細められる。
「眼下に広がる愛しい街。私はきっとそれらを覚えておく。すると、それらが私にしか体験できなかった貴重な経験として、思い出に残る。そして、それらを大切に抱いて宙に還る。だから、私はすべての出来事に、日常のふとしたことにだって、なにかしらの意味が詰まっているものだと考える」
姫さまの言葉を聞きながら、私は静かに頷く。
ふと、眼下に広がる街を見た。
それぞれの家からわずかにこぼれ出た、柔らかな灯りが点在している。
「すべては刹那的なものなのですね」
私はそう答えるのが精一杯だった。
すると、すかさず貴女は言う。
「そんなの、ずっと咲き続ける方がしんどいじゃない。もし私が不死身になって、永遠に歳を重ねなかったとしたら? 周りのすべて誰もがいなくなってしまって、それはそれで寂しいことだし。だから、散ってしまうのに咲くんじゃなくて、また咲くために散るんでしょう。きっと。別れがあるから、また出逢える」
私と同じように街を見ながらも、どこか、もっと遠くのほうを見据えた姫さまの言葉は、私の心にまっすぐ響いた。
「姫さまがそうおっしゃるのなら、そう信じることにします」
私のあまりに真剣な口ぶりが変だったのか、姫さまから思わず笑みがこぼれる。
「私が言うことを、すべて受け入れなくていいのに。なにを信じるか、ルカが自由に選べばいいのだから」
自由に選ぶ。
いつだって、姫さまは選択の自由を与えてくれる。
自分がなにを信じるか、なにを選ぶか。
まるで、そのすべては自分で決めるのだ、と言われているようだった。
そんなことを考えながら、私は姫さまに向き合って言う。
「私は、姫さまの言葉を信じたいのです」
姫さまの表情が、陽だまりのような陽気な笑顔から、真剣な目つきへと変わる。
目の奥に力を感じる瞬間。
その瞬間を何度も私はこの目で見てきた。
「私も、ルカのことを信じたい。これからもよろしくね、私のナイトさん」




