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第3話 また誤解を生んでしまったようだ



「……また、誤解を生んでしまったようだ」


 夜。

 焚き火を囲み、鋼鉄騎士団は静かに集まっていた。

 団長――アーヴィンの低い声に、全員が深く頷く。


「否定できません」

「確かに」

「……はい」


 誰一人、軽口を叩く者はいない。表情は揃って神妙そのものだ。

 今夜の集まりは、れっきとした“反省会”だった。




 ***




「蒼玉騎士団の聖女殿が、“自分も前に出なければならないのでは”と、悩まれていたそうだ」


 後衛統率のヴァルツが、短く報告する。

 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


「結果、蒼玉騎士団が全力で止めに入ったとか」

「……まあ、そうなるな」


 副団長ガルドが、腕を組んで頷く。


「聖女に無理をさせるのは、本意ではない」


 アーヴィンは短く息を吐いた。


「我らの信条に反する」


「はい」

「当然です」

「それは違う」


 意見は、完全に一致していた。


「……つまり」


 アーヴィンは言葉を選びながら続ける。


「我々は、誤解を解く必要がある」


「はい」

「はい!!」


 ここまでは、完璧な反省会だった。

 ――少なくとも、ここまでは。




 ***




「そもそも」


 ガルドが、当然のように口を開く。


「我らが聖女――リリアが前に出るのは、“動けるから”ですよね」

「そうだな」


 前衛班長ロークが、深く頷く。


「あの人、倒れない」

「逃げ足がやたらと速い」

「無駄な動きがない」


「普通の聖女はそもそも、前線を駆け回らねぇ」


 新人教育係のミケが言う。


「……駆け回ってるな」


 誰かがぼそりと言った。

 沈黙。


「しかも」

「細身だ」

「細い」

「どう見ても、華奢だ」


「……」

「……」


 全員の視線が、焚き火に落ちる。


「なのに、現役の前衛騎士に遅れない」


 アーヴィンが、こめかみを押さえた。


「遅れませんね」

「追いつかれません」

「捕まらない」


 また沈黙。


「……謎だな」


 アーヴィンが、正直に言った。


「毎朝、走っているらしいですよ」


 ミケが、何気なく付け足す。


「聞きました」

「鍛錬もしているとか」

「らしいな」


 沈黙が、もう一段深くなる。


「……」

「……」


「深く考えない方がいい」


 ロークが、真顔で結論づけた。


「そうだな」


 ガルドも頷く。


「考え始めると、精神に良くない」


「……了解」

「……まあ、そうだな」

「異論なし」


 全員、納得した顔だった。




 ***




「要するに、我々は真似を勧めてはいない」


 アーヴィンが、まとめに入る。


「勧めてません」

「むしろ、誤解しないようにはしています」

「“あなたは後ろで支える役割です”と」


「ちゃんと伝えました」

「リリア本人も、そう言ってました」


 全員、再び深く頷く。


「では……」


 若い騎士が、恐る恐る口を開く。


「……我々は、悪くないのでは?」


 一瞬の沈黙。


「……」

「……」

「……」


 アーヴィンが、低く言った。


「……理屈では、そうだ」


 その瞬間。


「ですよね!?」

「ですよね!!」

「悪意ゼロです!!」


 一気に空気が緩んだ。




 ***




「問題は見た目だ」

 ヴァルツが、短く言う。


「そうだな」

「うちの聖女が可憐すぎる」

「声が通りすぎる」


「言葉選びもだ」


 ミケが顔をしかめる。


「“筋肉が泣いている”は、初見には強ぇ」

「“折れた骨は治す。だから突っ込め”もな」

「……普通、逆だ」

「事実だが」


 アーヴィンは、少し考え込んだ。


「……だが」

「はい」

「事実だ」

「事実です」

「全面的に」




 ***




 そのとき。


「皆さん、何をお話ししているのですか?」


 柔らかな声。穏やかな微笑み。

 当の本人――聖女リリアーネが、焚き火のそばに立っていた。

 反省会の空気が、一瞬で固まる。


「い、いえ!!」

「何でもありません!!」

「ただの……ええと……」


 アーヴィンが、代表して言う。


「……振り返りを」

「まあ。大切ですよね。反省」


 リリアーネは、にこりと笑った。

 全員、背筋を伸ばす。


「……何か、問題がありましたか?」

「いえ!!」

「全くありません!!」

「むしろ完璧でした!!」


 沈黙。

 

「……?」

「……」


 首を傾げるリリアーネに、アーヴィンは静かに視線を逸らした。


「……誤解を、生んだだけだ」


(それが一番、厄介なんだが)

 アーヴィンは口には出さずに、その言葉を飲み込んだ。


「まあ……」


 少し考えてから、リリアーネは言う。


「でも、誤解されるほど頑張っていたなら、悪いことではないと思います」


 麗しい聖女のほほえみに、団員たちの士気が爆発的に上がった。


「聖女様……!!」

「ありがたきお言葉……!!」

「報われました!!」


 リリアーネは、満足そうに頷く。


「では、次は……」

「……無理はしなくていい」


 言葉を探すように間を置いた彼女に、アーヴィンが即座に口を挟んだ。

 一瞬、リリアーネは、きょとんとする。


「……そうですね」


 そして、にこっと笑った。


「では、次はもう少し……誤解されにくい言い方を、心がけましょうか」

 その場が、一瞬静まり返る。


「……」

「……」

「……」


 団員たちは、顔を見合わせた。


「……つまり」

「やり方は、そのままで」

「言い回しを、少しだけ?」


 リリアーネは、にこりと笑った。


「はい」


 その笑顔に、鋼鉄騎士団の士気が音を立てて回復していく。


 ――団長アーヴィンだけが、気づいてしまった。

 (それは、何も解決していない)


 多少言い回しを変えたところで、中身は変わらないだろう。

 だが、今ここで口にしても、意味はない。

 彼はただ、焚き火の向こうを見つめ、静かに遠い目をした。


 その夜、鋼鉄騎士団は結論づけた。


 『我々は、悪くない。ゆえに、反省は不要である』



読んでいただき、ありがとうございます!

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