第1話 聖女は、筋肉を信じている
蒼玉騎士団所属の騎士である私が、鋼鉄騎士団との合同討伐任務を命じられた瞬間、正直に言えば、胃がきりりと痛んだ。
――あの、鋼鉄騎士団。
前線専門。
魔物討伐担当。
生存率は異様に高いが、やり方が荒い。
成果は確かだ。
だが同時に、報告書の枚数も多い。
現場で何が起きたのかを、説明する側の胃が削れる程度には。
「まあ、今回は問題ないだろ」
隣を歩く同僚が、気楽な声で言った。
「鋼鉄が前に出るなら、こっちは後ろでまとめるだけだ」
その“まとめるだけ”が、どれほど大変かを、彼は分かっていない。
こちらは蒼玉騎士団だ。
遠征と外交護衛を任とし、無用な衝突を避けることを求められる立場にある。
合同任務で問題が起きれば、責任は調整役に降ってくる。
そして鋼鉄騎士団は、調整という言葉を、あまり好まない。
「それにさ」
同僚が、急に声を弾ませた。
「鋼鉄の聖女、可憐で優しげな美人らしいぞ」
……そこか。
「淡い金髪で、癒しそのものだって」
「鋼鉄騎士団に?」
そう聞き返すと、同僚は肩をすくめた。
「むさくるしい筋肉ばっかなんだから、華は必要だろ、華は。前線だぞ?目に優しいのは大事だ」
その言葉を聞いた瞬間、胃の奥がギュっと嫌な音を立てた。
鋼鉄騎士団で、穏やかに終わった合同任務の話を、私は一つも知らない。
だが、集合地点で――
その噂は、見た目だけは裏切られなかった。
白を基調とした聖女服。
淡い金の髪と、大きな淡い緑の瞳。
まさしく可憐という言葉が似あう顔立ち。
小柄で細身。
どう見ても、前線に立つ人間には見えない。
「初めまして。本日の討伐に同行させていただきます、リリアーネと申します」
にこりと微笑まれる。
場の空気が、一気に和らいだ。
「……ほらな」
「普通の聖女じゃないか」
「こんな可憐な聖女がいるんだ。鋼鉄騎士団も、さすがに今回は後方支援だろう」
誰もがそう思った。さすがの鋼鉄騎士団も、今回の合同討伐は多少おとなしくなるだろうと期待した。
だが、合同討伐が始まった直後、その期待は全く別方向から裏切られることとなる。
「前へ出ろォ!!その筋肉は飾りか!日頃の成果を見せてみろ!!立ってるだけで魔物が倒れると思うなァ!!」
怒号が、山野に叩きつけられた。
「……え?」
間の抜けた声と同時に、鋼鉄騎士団が動く。
屈強な騎士たちが一斉に雄叫びを上げ、魔物の群れへ突撃した。
その先頭にいたのは――
「聖女様、前に出すぎです!!」
「うるさい!後ろで回復待ちなんてしてたら筋肉が腐るだろうが!!」
白い聖女服を翻し、誰よりも前線に立つ、小柄な女性。
さっきまで“癒しそのもの”だった人だ。
「ほら行け!!大腿四頭筋が泣いてるぞ!!」
「は、はい!!」
叩かれた騎士が、なぜか感極まった表情で突進した。
「……なんで士気が上がるんだ……?」
理解が追いつかない。
魔物の爪が騎士の腕を裂いた、次の瞬間。
「治癒。骨折一、筋断裂二。行動継続に問題なし!」
「ありがとうございます!!」
光が走り、傷が塞がる。
リリアーネは満足そうに頷いた。
「いいか。折れた骨は治す。裂けた筋も戻してやる」
一拍置いて、きっぱりと言う。
「私がいる。――だから、思う存分暴れろ!殲滅しろ!」
鋼鉄騎士団の空気が、ぴしりと引き締まった。
「我らが聖女の御言葉だ!!」
「筋肉に誓え!!」
……何を誓っているのかは、分からない。
遠巻きに見ていたこちらの聖女が、かすれた声で呟いた。
「あの方が、癒し担当の聖女、ですよね?私と同じ……」
「……そうだ」
「前線に、いますが……」
「……いつものことらしい」
そのとき、落ち着いた声が飛んだ。
「隊列維持。聖女は――前に出すぎるな」
鋼鉄騎士団団長、アーヴィンだ。
冷静で、的確。
まともな指揮官だと、一瞬思った。
「……止めないんですか?」
「止められるなら、止めている」
即答だった。
「結果が出ている以上、文句は言えん」
そう言った彼の表情は、少しだけ苦い。
その背後で、リリアーネが再び叫ぶ。
「次!!もっと来い!!鍛えた筋肉は、まだまだ応える!!」
魔物の咆哮をかき消す声。
その日、私は理解した。
鋼鉄騎士団の聖女は、普通の聖女ではない。
――筋肉を、信じているのだ。
討伐後。
「……私、少し前に出すぎましたでしょうか?」
リリアーネが真顔で首を傾げる。
先ほどの前線での姿が幻だったのではないかと思うほど、その仕草は、あまりにも可愛らしい。
「い、いえ……」
「問題ありません……」
「……あれが“少し”……?」
彼女は少し考えるように視線を上げた。
「倒れた者はいませんし、致命傷もありませんでした。治癒の回数も想定内です」
そして、穏やかに微笑む。
「筋肉は、嘘をつきませんから」
鋼鉄騎士団は、深く頷いた。
――この国の安定は、
どうやら筋肉(という名の鋼鉄騎士団)と聖女によって守られているらしい。




