表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第1話 聖女は、筋肉を信じている


 蒼玉騎士団所属の騎士である私が、鋼鉄騎士団との合同討伐任務を命じられた瞬間、正直に言えば、胃がきりりと痛んだ。


 ――あの、鋼鉄騎士団。


 前線専門。

 魔物討伐担当。

 生存率は異様に高いが、やり方が荒い。


 成果は確かだ。

 だが同時に、報告書の枚数も多い。

 現場で何が起きたのかを、説明する側の胃が削れる程度には。


「まあ、今回は問題ないだろ」


 隣を歩く同僚が、気楽な声で言った。


「鋼鉄が前に出るなら、こっちは後ろでまとめるだけだ」


 その“まとめるだけ”が、どれほど大変かを、彼は分かっていない。


 こちらは蒼玉騎士団だ。

 遠征と外交護衛を任とし、無用な衝突を避けることを求められる立場にある。


 合同任務で問題が起きれば、責任は調整役に降ってくる。

 そして鋼鉄騎士団は、調整という言葉を、あまり好まない。


「それにさ」


 同僚が、急に声を弾ませた。


「鋼鉄の聖女、可憐で優しげな美人らしいぞ」


 ……そこか。


「淡い金髪で、癒しそのものだって」

「鋼鉄騎士団に?」


 そう聞き返すと、同僚は肩をすくめた。


「むさくるしい筋肉ばっかなんだから、華は必要だろ、華は。前線だぞ?目に優しいのは大事だ」


 その言葉を聞いた瞬間、胃の奥がギュっと嫌な音を立てた。

 鋼鉄騎士団で、穏やかに終わった合同任務の話を、私は一つも知らない。


 だが、集合地点で――

 その噂は、見た目だけは裏切られなかった。


 白を基調とした聖女服。

 淡い金の髪と、大きな淡い緑の瞳。

 まさしく可憐という言葉が似あう顔立ち。

 小柄で細身。


 どう見ても、前線に立つ人間には見えない。


「初めまして。本日の討伐に同行させていただきます、リリアーネと申します」


 にこりと微笑まれる。

 場の空気が、一気に和らいだ。


「……ほらな」

「普通の聖女じゃないか」

「こんな可憐な聖女がいるんだ。鋼鉄騎士団も、さすがに今回は後方支援だろう」


 誰もがそう思った。さすがの鋼鉄騎士団も、今回の合同討伐は多少おとなしくなるだろうと期待した。

 だが、合同討伐が始まった直後、その期待は全く別方向から裏切られることとなる。


「前へ出ろォ!!その筋肉は飾りか!日頃の成果を見せてみろ!!立ってるだけで魔物が倒れると思うなァ!!」


 怒号が、山野に叩きつけられた。


「……え?」


 間の抜けた声と同時に、鋼鉄騎士団が動く。

 屈強な騎士たちが一斉に雄叫びを上げ、魔物の群れへ突撃した。

 その先頭にいたのは――


「聖女様、前に出すぎです!!」

「うるさい!後ろで回復待ちなんてしてたら筋肉が腐るだろうが!!」


 白い聖女服を翻し、誰よりも前線に立つ、小柄な女性。

 さっきまで“癒しそのもの”だった人だ。


「ほら行け!!大腿四頭筋が泣いてるぞ!!」

「は、はい!!」


 叩かれた騎士が、なぜか感極まった表情で突進した。


「……なんで士気が上がるんだ……?」


 理解が追いつかない。

 魔物の爪が騎士の腕を裂いた、次の瞬間。


「治癒。骨折一、筋断裂二。行動継続に問題なし!」

「ありがとうございます!!」


 光が走り、傷が塞がる。

 リリアーネは満足そうに頷いた。


「いいか。折れた骨は治す。裂けた筋も戻してやる」


 一拍置いて、きっぱりと言う。


「私がいる。――だから、思う存分暴れろ!殲滅しろ!」


 鋼鉄騎士団の空気が、ぴしりと引き締まった。


「我らが聖女の御言葉だ!!」

「筋肉に誓え!!」


 ……何を誓っているのかは、分からない。

 遠巻きに見ていたこちらの聖女が、かすれた声で呟いた。


「あの方が、癒し担当の聖女、ですよね?私と同じ……」

「……そうだ」

「前線に、いますが……」

「……いつものことらしい」


 そのとき、落ち着いた声が飛んだ。


「隊列維持。聖女は――前に出すぎるな」


 鋼鉄騎士団団長、アーヴィンだ。

 冷静で、的確。

 まともな指揮官だと、一瞬思った。


「……止めないんですか?」

「止められるなら、止めている」


 即答だった。


「結果が出ている以上、文句は言えん」


 そう言った彼の表情は、少しだけ苦い。

 その背後で、リリアーネが再び叫ぶ。


「次!!もっと来い!!鍛えた筋肉は、まだまだ応える!!」


 魔物の咆哮をかき消す声。

 その日、私は理解した。

 鋼鉄騎士団の聖女は、普通の聖女ではない。

 ――筋肉を、信じているのだ。


 討伐後。


「……私、少し前に出すぎましたでしょうか?」


 リリアーネが真顔で首を傾げる。

  先ほどの前線での姿が幻だったのではないかと思うほど、その仕草は、あまりにも可愛らしい。


「い、いえ……」

「問題ありません……」

「……あれが“少し”……?」


 彼女は少し考えるように視線を上げた。


「倒れた者はいませんし、致命傷もありませんでした。治癒の回数も想定内です」


 そして、穏やかに微笑む。


「筋肉は、嘘をつきませんから」


 鋼鉄騎士団は、深く頷いた。


 ――この国の安定は、

 どうやら筋肉(という名の鋼鉄騎士団)と聖女によって守られているらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ