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第39話:第二の刺激、生命の水

 翌朝、勇者一行の雰囲気は最悪だった。

 一枚の葉がもたらした希望は、新たな発見がないまま一夜が明けたことでむしろ彼らの焦燥感を煽る毒へと変わり始めていた。食料はもはや底をついている。このままこの場に留まっても飢えて死ぬだけだ。


「……ここまでだ」

 ついにゲイルが決断を下した。その顔には屈辱と無念が深く刻まれている。

「我々は王都へ引き返す」

「しかし、ゲイル様!それでは王都の人々は……!」

 アリアが悲痛な声を上げる。

「黙れ!」ゲイルが叫んだ。「全滅しては元も子もない!今は退くしかないのだ!」

 彼の決断に誰も反論できなかった。

 彼らが重い足取りで撤退の準備を始めようとした時だった。


「待った。まだ帰すわけにはいかないな」

 研究所でスクリーンを監視していた俺はそう呟くと、コンソールを操作した。

「被験体の離脱は実験の中止を意味する。それは僕が許さん。

 ―――第二の刺激を与える。今度はより根源的な欲求に訴えかける」


 俺が実行したのは地質学的な小規模の介入だった。

 スキル【菌界創生】を結界の外、彼らのすぐ近くの地面へと集中させる。そして地中に張り巡らせた俺の菌糸ネットワークをポンプのように利用し、聖域の浄水プラントから完璧に浄化された清浄な水を地下水脈を通じて圧送した。

 乾いた灰色の土がみるみるうちに湿り気を帯びていく。

 そして岩の裂け目から、ぽこりと一つの気泡が浮かんだかと思うと、そこから水晶のように透き通った水がこんこんと湧き出し始めたのだ。

 死の森のど真ん中に突如として出現した、小さな奇跡の泉だった。


 その異常な光景に最初に気づいたのは、神に最後の祈りを捧げようとしていたアリアだった。

「……み、水……?」

 彼女のか細い声に全員がその場に釘付けになる。

 そこにはありえない光景が広がっていた。冷たい朝の空気の中でその泉だけが湯気を立て、周囲には清浄な水の匂いが満ちている。


「……毒だ」

 ゲイルが即座に断じた。彼の猜疑心は頂点に達している。

「こんな場所に綺麗な水が湧くはずがない。触れるな!飲めば即死するぞ!」

 ボーリンもごくりと喉を鳴らしながらも、その不気味さに後ずさっている。

 セラが解析魔法を試みようとするが、もはや彼女の魔力では正確な鑑定は不可能だった。

「……駄目です。毒の魔力反応はありません。ですが……昨日の葉と同じ……あまりに清浄すぎて、逆に異常です……!」


 警戒と渇望。

 彼らがその禁断の泉を前に動けずにいる時だった。

 アリアがふらふらと泉へと歩み寄った。

「アリア!何を考えている!」

 ゲイルの制止の声も彼女の耳には届いていなかった。

 彼女はあの緑の葉を握りしめている。そして目の前の泉を見つめている。

 昨日の葉。そして今日の泉。

 彼女にとってこれは偶然ではなかった。自らの祈りが神に聞き届けられた証。

 彼女はこれが神が与えてくれた試練であり、そして救済であると信じたのだ。


 アリアは泉の前に膝をつくと、両手でそっとその清らかな水をすくい上げた。

 そして仲間たちの驚愕の視線の中、躊躇うことなくその水を自らの喉へと流し込んだ。


 一瞬の静寂。

 ゲイルが絶叫するように彼女の名前を叫んだ。

 だがアリアは倒れなかった。

 彼女はゆっくりと立ち上がると、自分自身の両手を信じられないという目で見つめている。


 彼女の体から、温かい、金色の光が溢れ出し始めていた。

 数日間の疲労で青白くなっていた彼女の頬に、みるみるうちに血の気が戻っていく。

 衣服の擦り傷が、音もなく塞がっていく。

 そして、枯渇していたはずの彼女の神聖な魔力が、まるで堰を切ったようにその身に漲り始めたのだ。


「……あ……ああ……!力が……戻って……!」

 アリアはその輝く両手と仲間たちの呆然とした顔を交互に見つめている。

 俺はその光景をスクリーン越しに眺めながら、研究日誌に冷静にペンを走らせていた。


被験体C(アリア)に対し、刺激物その三、高濃度栄養素および魔素を含有する精製水を投与。結果、急激な肉体および魔力の回復を確認。仮説は実証された。彼らの極度の欠乏状態は、僕が精製したリソースに対し極めて高い感受性を示す。―――実験は、完璧に進行している』

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