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第29話:患者の捜索と、奇妙な狩りの準備

 鳥を用いた実験の成功は、俺たちの計画を最終段階へと移行させる号砲となった。俺は早速、玻璃の豹(ヴィトロ・パンサー)に最適化した第二世代の『進化促進ウイルス・プロメテウス』の調整に取り掛かった。鳥と豹とでは当然ながら、遺伝子の構造も代謝の速度も全く異なるため、鳥で成功したからといって同じものがそのまま通用する保証はどこにもない。


 俺は、以前採取した豹のサンプルを元にウイルスの遺伝子搭載量を調整し、豹の免疫系に拒絶されないようウイルスの外殻を覆うタンパク質(カプシド)を擬態させる処理を施した。その作業はミリの目には俺がただ色の違う液体を混ぜ合わせているようにしか見えなかったかもしれないが、その一滴一滴の配合の裏では、数億通りにも及ぶ膨大なシミュレーションが俺の脳内で行われていた。


 数日後、完全版のプロメテウスが完成した。

 次なる課題は、どうやってあの豹にこれを投与するかだ。相手はたとえ弱っていても聖域の頂点に君臨する誇り高き捕食者であり、下手に近づけば返り討ちに遭うことは想像に難くない。ましてや我々の目的は、生きたまま無傷で捕獲することなのだ。


「罠を、仕掛けるのですか?」

 俺が作戦を練っているとミリが尋ねてきた。

「物理的な罠は悪手だ。対象を傷つける可能性が高いし、何より知能の高い捕食者はそう簡単にはかからん」

「では、どうやって……」

「狩りには狩りのやり方がある。だが僕の狩りは力ではなく、知識と、そして生命の理そのものを使う」


 俺が立案した作戦は三段階で構成されていた。

 第一段階は誘引。

 俺は豹のサンプルから彼らの使うフェロモンの分子構造を解析し、その中でも特に発情期の雌が雄を誘う極めて強力な、誘引フェロモンを人工的に合成することにした。もちろん、合成するのは俺の忠実な助手である特殊な酵母菌で、俺がその酵母にフェロモンを生成するよう遺伝子を組み込んでやった。この『誘惑の香水』を使えば、我々が探し回るまでもなく相手の方からこちらへとおびき寄せることができる。


 第二段階は無力化。

 対象が誘引範囲に入ったところで眠らせる。月光鹿で使った麻酔胞子をさらに強力に即効性を持つように改良し、これをフロートが上空から対象の頭上にピンポイントで散布する。


 第三段階は捕獲と護送。

 眠った豹を研究所までどう運ぶか。ここでシルヴァンの出番となる。世界樹の守護者である彼の力は単なる物理的な腕力だけでなく、植物を自在に操ることもできるのだ。彼の力で眠った豹を茨の蔓で優しく、しかし決して逃れられないように拘束し、研究所まで運んでもらう。


 それは完璧な作戦だった。武力ではなく科学と自然の力を利用した、極めて知的でエレガントな狩り。ミリは俺の作戦計画を聞き、そのあまりの発想の奇抜さと合理性にただただ感嘆していた。


「準備は整ったな。では、患者の捜索を開始する」

 俺たちは万全の準備を整え、再び玻璃の豹の住処へと向かった。今回は明確な目的がある。単なる調査ではない。俺たちにとって最初の、そしておそらくは最も困難な「狩り」だった。


 俺とミリ、そして三体のゴーレムと一柱の守護者。異質でしかしそれぞれの役割が完璧に噛み合った奇妙な狩猟団だ。

 ミリがエルフの追跡術で豹の新しい足跡や獲物の食べかすを見つけ、その行動範囲を絞り込んでいく。俺は彼女の情報を元に菌類センサーの範囲を調整して対象の正確な位置を特定する。

 数日間にわたる根気のいる追跡だった。その過程で俺たちはこの聖域の食物連鎖の現実を目の当たりにした。玻璃の豹の衰弱はその下の草食動物の異常な増加を招き、それは特定の植物の極端な減少へと繋がっていた。聖域の完璧に見えた生態系のバランスは、頂点捕食者という一つの歯車が狂っただけで既に崩壊の兆しを見せ始めていたのだ。


「……先生。やはり、私たちが助けなければ……」

「言うまでもない。これはもはや一個体の治療ではない。この聖域の生態系そのものを修復するためのオペだ」


 そして、ついにその時は来た。

 菌類センサーが、洞窟の奥で微弱ながらも確かな玻璃の豹の生体反応を捉えたのだ。俺たちが数日前に訪れたあの住処だ。おそらく衰弱しきってkもはやそこから動くこともできないのだろう。


「……見つけたぞ」

 俺は呟いた。

「全隊、これより捕獲作戦を開始する。各自、最終準備に入れ」


俺たちは洞窟を静かに、だが確実に包囲していく。

 洞窟の入り口からは、弱々しいながらも警戒する低い唸り声が聞こえてくる。そこには、追い詰められ衰弱しきってなお、王者の誇りを失わない美しい捕食者の姿があった。

 俺たちの奇妙な狩りの幕が、今、静かに上がった。

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