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人前での冤罪による婚約破棄ですね。それでは魔法を発動させていただきます。

「クラウディア・ガルシア侯爵令嬢! キサマとの婚約は破棄する!」


 夜会にて、バレステロス王国のアレハンドロ王太子による突然の婚約破棄線宣言。


 夜会の参加者たちはざわついたが、当事者であるクラウディアは表情一つ動かくことなく、淡々と「……婚約破棄でございますか」と答えた。


「キサマのような、悪女は次期王妃に相応しくはないっ! 俺様は、この可憐で、かわいらしくて、聖女のように清楚なエマ・コスタを選ぶ! 俺様とエマの真実の愛を、誰もが称えることだろう!」


 アレハンドロは会場内をぐるりと見回すが、賛同する者は皆無だった。

 視線を逸らしたり、手にした扇で顔を隠した者ならいたが。


「……称える者はおりませんね」

「くっ!」

「それはともかく、一つお聞きしたいのですが。わたくしのどこを見て悪女などとおっしゃったのでしょうか?」


 やはり、クラウディアは淡々と尋ねた。


「決まっておるわ! この清楚で可憐なエマに紅茶をかけ、教科書を隠し、池に突き飛ばし……、更には階段から突き落としたというではないか! そんな貴様のことを悪女と言わずしてなんと言う!」


 憤懣やるかたないと言わんばかりに告げたアレハンドロ。


 クラウディアは「わたくしはそのようにつまらないことは行いませんわ。馬鹿々々しい。ですが、皆様の前で、冤罪をかけられ婚約破棄などという不名誉を与えられるというのなら……、いいでしょう。こちらも契約による魔法を行使させていただきます」とこれまた無感動に言った。


「はあ? 魔法だぁ? 何だそれは! 馬鹿々々しい」


 アレハンドロはクラウディアを蔑みの目で見る。


「この俺様に婚約を破棄され、つらさのあまり狂ったのか! ははははは! 馬鹿者が! 我が国に魔法などというものはない!」


 確かに、普通の生活上、この国に魔法というものはない。

 ただし、普通は……である。


「いいえ、王太子殿下。我が国、バレステロス王国にはかつて魔法というものがありました……」


 今を去ること約三百年前。


 強大な力を持つ魔法使いにして、当時の王太子の婚約者、更に侯爵家の令嬢だったセリア・シェラザディシビリが、今のクラウディアと同じく、公衆の面前にて、冤罪による婚約破棄をされた。


 セリアは怒りのままに魔法を使ったのだ。


「この場にいらっしゃる皆様はご存じのでしょう。『セリア・シェラザディシビリの呪い』を」


 夜会の参列者たちのほとんどがクラウディアの言葉に無言で頷いた。


 分かっていないのは王太子やエマ、それからごく少数の者たちだけだった。


「既にどなたかとの婚約を結んでいる皆様はその文言を目にしたことがございましょう。婚約の当事者が書いたわけでもないのに、必ず婚約の契約書にはとある文言が浮かび上がる……」

「な、なんだその文言というのは……!」

「王太子殿下、わたくしとの婚約に当たって、婚約の契約書をお読みいただいてなかったのですか? そこにもしっかと浮かび上がっておりましたわよ」

「知らん! そんなメンドウなもの読んではいない!」

「そうでございましたか。では、お伝えいたします」


 朗々たる声で、クラウディアは言った。


「『婚約破棄に関して、魔法使いセリア・シェラザディシビリの生命とこの国のすべての魔法を集めて呪いをかける。大勢の人の前で、冤罪による婚約破棄を行った場合、理不尽な婚約破棄を告げた者に対し、婚約破棄をされた者は魔法をかけることを許可される』」

「なんだその馬鹿々々しい内容は」

「わたくしも理屈などはわかりませんが……。とにかく魔法使いセリア・シェラザディシビリが生きていた時代までは、我が国にもごく普通に魔法があふれていた。だけれども、魔法使いセリア・シェラザディシビリが呪いをかけた以降は、誰もが魔法を使えなくなり、代わりにこのような婚約破棄の時だけ魔法が生じるのです」


 アレハンドロはもう一度馬鹿々々しいと言おうとして……、開けかけた口を閉じた。


 クラウディアの言うことが本当であるならば、クラウディアはアレハンドロに対して、なんらかの魔法が使えることになる。


「ま、まさか……、その呪いで、俺様を殺すつもりじゃあ……」


 思い至って、ぞっとした。


 が、クラウディアは首を横に振った。


「生命を奪う魔法は使えない。病や怪我などによる苦痛を与えることはできない。外見を変えることはできない。そう言った禁止条項も婚姻の契約書には浮かび上がってございますのよ」


 死なないし、怪我も病気もない。

 外見が変わらないなら、たとえば自分の美しい顔を老人に変えたり不細工にしたりということもできないのか。


 アレハンドロは、ほっと胸を撫でおろし、大げさに笑った。


「いいだろう! キサマと婚約破棄をして、このかわいいエマと婚約をする! 呪いなど、この俺様にとっては大したことではないわ!」


 笑うアレハンドロに、エマという娘が「アレハンドロ様ってば、素敵〜」と抱きついた。


 イチャイチャしだした二人にあきれ返る周囲。

 クラウディアも二人に白い目を向ける。


「それでは婚約破棄に伴い、わたくしはアレハンドロ王太子殿下に対し、セリア・シェラザディシビリの呪いを行使させていただきます……」


 言うや否や、アレハンドロの体が眩いばかりの光に包まれた。

 まるで、神からの祝福のようではあるが、そうではない。


「うっ! 何だこれは……」


 アレハンドロにまとわりつく光。その光が収まると同時に……、アレハンドロは着ている服を脱ぎだした。


「う、わあああああ……、なんだこれは……。止めろ! 誰か止めてくれええええええ!」


 ぎゃあぎゃあと叫びつつ、アレハンドロが自分で服を脱いでいるのだ。

 上着を脱ぎ棄て、シャツを放り投げ。ベルトを外し、ズボンや靴までをも……。


 令嬢たちは顔を背け、令息たちは笑いをこらえた。


 そうしてアレハンドロは、下半身を覆う下着一枚の姿になった。


「な、な、な……」


 羞恥なのか、怒りなのか、アレハンドロの顔は真っ赤になった。


「ふふ……。服を脱ぐ程度ですから、大したことはない魔法でしょう?」


 確かに、服を脱ぐなどたいしたことではない。

 ただし、それが公衆の面前ではなく、自室や風呂場での話であれば……だが。


 衆目を浴びながら、下着一枚の姿。

 しかも、くすくすとした忍び笑いが、あちらこちらから聞こえてくる。


 アレハンドロは慌てて、脱ぎ捨てた服に手を伸ばした。

 脱いだ服なら、着ればいい。

 だが、アレハンドロに、服はつかめない。

 つかもうと思っても、服はするりと落ちてしまう。


「うふふ。さすが偉大なるセリア・シェラザディシビリ様の魔法。わたくしからの心からの感謝を捧げますわ」

「キサマああああ!」


 悪鬼のような形相で睨まれたところで、それが下着一枚という姿であれば、迫力がないどころか笑いさえも浮かべてしまいそうだ。


「うふふふ。これから先、王太子殿下は服を着ることができません。猥褻物を衆目に晒すのは申し訳ないと思いましたので、下着だけは着用可能にしておきましたが」

「くそおおおおおお! ふざけるなああああ! この俺様が、一生涯このままというのかああああああ!」

「はい、もちろんでございます」


 たとえ悔やんでも、後の祭り。

 既に、魔法使いセリア・シェラザディシビリの呪いは、アレハンドロにかかったのだ。再婚約を結んだとしても、魔法が解けることはない。


 ぎゃあぎゃあと騒ぐアレハンドロ。そのアレハンドロにしがみついていたはずのエマは、そろりそろりと後ずさった。

 アレハンドロと同じように、自分も、一生下着一枚に姿になるという魔法にかかっては、人生お終いだ。

 男ならともかくエマは女なのだから。


 そおっと、そおっと。足音を忍ばせて。アレハンドロが騒いでいるうちに夜会の会場から逃げてしまおう……。


 そう思ったのに。


「あら、王太子殿下の『真実の愛』で結ばれているはずのお嬢さん。あなた、愛する殿下を置いて、どこに行かれるのかしら?」


 クラウディアの言葉に、アレハンドロは、逃げようとしているエマを見た。


「あ、あたしは関係ありません! そ、その、王太子殿下とはお別れしますから!」


 脱兎のごとく走り出したエマ。

 その後を、ものすごい勢いで、下着姿一枚のアレハンドロが追いかけた。


「エマあああああああああっ!」

「イヤーっ! 来ないでえええええ!」


 逃げるエマと追うアレハンドロ。


 その様子に、夜会の会場のあちらこちらから、忍び笑いがこぼれて、次第にその笑い声は大きくなっていった。


 そうして、クラウディアは高らかに言った。


「アレハンドロ王太子殿下とエマ嬢の『真実の愛』とやらを、末永く称えて差し上げますわ!」


 



 終わり


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