モグラ男
穴の中に住んでいる男、通称モグラ男は巣の中にいた。モグラと言っても体の一部がモグラになっている訳じゃない。穴を掘るモグラのようなだけの人間である。
モグラ男は穴の中で衣食住を済ます。ブランドを身につけ、香水を振り、いつ誰が来てもいいように部屋は片付いている。しかし、来客があることはない。食事は最高級のモノを二人分、穴の前に置いてもらっている。部屋は二十畳くらいだろうか。トイレは配水管が巡らされていて、ちゃんと水も流れる。
モグラ男は穴を掘ることが得意だ。しかし、ただ穴を掘ればいいというものではない。どこにどれだけの穴を掘るかが重要だ。そして穴は決して崩れてはいけない。
モグラ男は地上へはほとんどいかない。興味がないからである。欲しいものは全て穴の中にあるし、生活にだって困ることはない。実はテレビだって見れる。
そんなモグラ男にも外の世界で楽しみなことがある。それは夜空に大輪を咲かせる花火を打ち上げること。穴の中に花は咲かない。
花火打ち上げ当日。冬の寒い夜。どこからともなく人がぞろぞろ集まってきた。しかも穴の中からである。そう、この穴の中に住む住人たちだ。穴はいくつもあって全て繋がっている。それはまるでアリの巣のよう。
今日の日を住人たちも楽しみにしていた。なぜ冬なのかは分からないが、手をこすりながらやってくる。
モグラ男が花火玉に火を付けて周る。音を立てながら花火が上がる。「ヒュードンッヒュードンッ」住人たちは歓喜の声を上げる。「わぁー」
モグラ男はもの悲しそうに空を見上げる。「君にも届いていたらいいのにな」冬の空はよく澄んで見える。
モグラ男は仕事をしていない。自分の作った穴に住む住人からの家賃収入で生活している。家賃は高くはないし、穴は決して崩れることはない。防空壕の代わりにだってなる。
この穴の中には様々な人間が暮らしている。家がなかった人。家庭内暴力を振るわれた人。イジメ、差別を受けた人。仕事が嫌になった人。孤独を抱えた人。清掃員、料理人、裁判官に政治家。戦闘員。皆、地上の暮らしに疲れてここにいる。そんな人のためにモグラ男は今日も穴を掘り続ける。