記憶喪失(という設定)と、魔法学園への道
「……完全に、道、わかんねえ……」
森の中をさまよって何時間が経ったのか。
最初の勢いはとうに失せ、空腹と疲労がじわじわと体力を奪っていく。
(このままじゃ、本当に……初日で野垂れ死に……)
異世界に来たはいいものの、街も村も見つけられず、地図すらない。
しかも、神様のくれた(かもしれない)“能力”も実感ゼロ。今のところ僕はただの一般高校生のままだ。
そんな時――
「おい、そこの人!」
不意に、声が聞こえた。
木立の向こうから姿を現したのは、少年だった。
年は僕と同じくらい。肩に小さな鞄を背負い、手には木製の杖を握っている。
旅の最中、という雰囲気だった。
「こんな森の奥で何してるんだ? 魔物にでも襲われたのか?」
「え、あ……うん、ちょっと……気づいたら、ここにいて……」
僕は咄嗟に言葉を選んだ。
(下手に“異世界から来ました!”なんて言っても、どう考えても信じられないよな……)
「その……ごめん、実は、記憶がちょっと……名前以外、何も思い出せないんだ」
「……まじか。名前は?」
「僕は……ハルト。たぶん、それだけは……忘れてない」
少年は眉をひそめたあと、ふっと笑った。
「ふーん、まあいいや。俺はキール。この先にある《メルゼリア王立魔法学園》の入学試験を受けに行く途中なんだ」
「ま、魔法学園……?」
「お前、ほんとに何も覚えてないんだな。魔法学園ってのは、魔法をちゃんと学びたい奴らが入る場所だ。貴族でも平民でも、実力次第で入れるんだぜ」
「僕……そこに行ってもいいかな?」
「試験は誰でも受けられるし、着替えや道具も何とかなりそうだしな。名前があって、体が動くなら問題ない。行こうぜ、一緒に」
「……ありがとう、キール」
ようやく、人らしい人に出会えた。
少しの安心と、胸の奥に小さく芽生える希望が、僕の足を前に進ませる。
ーーーグウウウウウウウ
安心したせいで異世界に着いてから飲み食いしていないことを一気に身体が思い出し、すごい腹の音が鳴った。
「ちょっとその前に食べ物と飲み物もらってもいい? 何も口に入れてなくて死にそう」
「…お、おう」
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◆
道中、キールはこの世界のことをいろいろ教えてくれた。
「この世界は《アルメリア》って言うんだ。人間の王国が中心だけど、他にもエルフやドワーフ、獣人とかいろんな種族が暮らしてる。魔物もいるから油断できないけどな」
「魔法って……誰でも使えるの?」
「魔力量と素質次第。大体の人は何かしらの魔法属性を持ってる。無属性ってのもあるけど、稀に全部使えるやつもいるらしい」
「魔力量って……どうやって測るの?」
「入学試験の最初に“魔力量測定”がある。そこでどのくらいの力を持ってるか調べて、適性と一緒にカップが決まる」
「カップ……? クラスじゃなくて??」
「この学園じゃ“クラス”のことを“カップ”って呼ぶんだ。Aカップが一番下で、Gカップが最上位。実力順だ」
(……うん、絶対ふざけてるよね、そのネーミング)
「俺は最低でもCカップには入りたいな。上位カップは待遇も良いし、魔法の研究や実戦経験も積めるからな」
「そっか……僕も、そこ目指すよ」
「お、やる気あるじゃん。記憶なくてもそのガッツ、悪くないぜ」
(……本当は記憶、失ってないけどね)
キールの人の良さと明るさに、僕は少しずつ緊張をほどいていった。
異世界での最初の味方――今のところ、彼はとても頼りになる存在だった。
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◆
夕日が差し始めたころ、木々の向こうに巨大な石造りの建物が見えた。
高い壁、塔、旗。門の前には受験者らしき人たちが行列を作っている。
「うわ……すご……あれが、魔法学園……」
「緊張すんなよ。どうせ試験でふるいにかけられるんだ。落ちる奴は落ちるし、残る奴は残る。それだけさ」
キールは気楽そうに笑った。
だけどその目は、どこか鋭く、真剣だった。
「僕も、ここから始めるよ。自分を……取り戻すために」
「……いいね。それ、かっこいいぞ」
二人で学園の門を見上げながら、静かに息を整える。
いよいよ、僕の異世界生活――いや、“第二の人生”が始まる。