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【第三部開始】『辺境の軍師』~職能ギルドの受付嬢は、戦術の知識で静かに世界を救いたい~  作者: かわたん
第ニ部 第四章 集結

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第49話:戦士たちと、始まりの場所

 ニューログレインの職能ギルドホールは、いつもと変わらぬ活気に満ちていた。

 しかし、その喧騒の中心で、斥候カイは、まるで自分だけが別の時間にいるかのような、奇妙な孤立感を覚えていた。


「……あれ? バルガスたちは、まだ、着いていないのか?」


 カイは、カウンターにいるハンナたちに気づくと、いつものように軽口を叩いてみせた。

 アウロラで仲間たちと別れ、オルドから託された古書の真偽を確かめるために先行してきたが、その内心の焦りを悟られるわけにはいかなかった。


 カイの一言で、ハンナの顔に一瞬だけ緊張が走ったが、すぐに「またあんたの単独行動かい」と、呆れた表情へと変わった。


 ―――


 カイが抱いていた言いようのない不安は、ギルドマスター・マードックの執務室で、揺るぎない確信へと変わっていた。


「――やはり、そうか」

 カイは、マードックが差し出した、真新しい数枚の報告書の写しから、目を離せずにいた。それは、オルド・ホワイトから極秘裏に送られてきた情報と、マードックが独自に調査した内容をまとめたものだった。


『理の灯守』。西の森に潜む、特異な才能を持つ者。そして、五年前にその地で起きた『静かなる森の事件』。公にはされていないが、帝国がその地の『何か』を狙っているのは明白だった。


「……帝国は、ミレニアムを前に、再びその『力』を求めている。五年前の何かをな。今回のスタンピードも、全て関連があると見るべきだろう」

 マードックの低い声が、執務室の重い空気に響く。


「カイ。お前がアウロラで見たもの、聞いたもの、その全てが、一つの線で繋がる。……そして、その線の上に、偶然か必然か、あのひよっこがいる……」


 ノエル。


 彼女が、何かとんでもないものを背負わされている。

「……直接、あいつに会って確かめる」

 カイは決意を固めた。仲間を、そして、あまりにも大きな運命を背負わされた少女を、この目で確かめ、守りに行かねばならない。


 彼が執務室を出ると、カウンターから、太陽のように明るい声が飛んできた。

「あ、カイさーん! って、あれ、もうどっか行くの?」

 迷いなく声をかけたリヴィアは、カイの険しい表情の裏にある何かを察したのか、悪戯っぽく笑うと、小さな小瓶を差し出した。


「ほら、これ! ノーエっち直伝の、最新作! あんた斥候でしょ? なら、これ! 左人差し指は『感覚強化』の青、右中指は『持久力』の緑! ギルド員での実験済み! ま、お守り代わり!」


「……いらん」

「いーから、いーから!」


 有無を言わさず、リヴィアはカイの手を取り、その人差し指と中指の爪に、鮮やかな青と緑の液体を手早く塗っていく。


 ここで騒ぎを起こしてハンナたちを余計に心配させるわけにはいかない。カイは、舌打ちをしながらも、その強引な善意を無下にはできなかった。


 ―――


 夕刻。カイは、新たにできた街道迂回路脇の木の幹に刻まれた、微かな『印』を捉えた。

 バルガスが残した『進路変更』を示す単純な合図。しかし、その周囲の地面には、馬の蹄の跡と、そして仲間たちの足跡に重なるように、三つの追跡者の痕跡が残されていた。


「ちっ……。何やってんだよ」

 カイは悪態をつきながらも、バルガス達の痕跡を確認し、森の闇の中へとその身を投じた。


 カイは、仲間たちが野営しているであろう場所を予測し、夜通し追跡を続けた。しかし、夜半を過ぎても、一向に追いつく気配はない。


(おかしい…。奴ら、野営していないのか?)


 ここにきて、初めてカイの心に焦りが生まれた。

 彼は追跡の速度を上げる。リヴィアに塗られた爪のおかげか、不思議と体は軽く、森の気配にいつもより敏感になっているようだった。


 夜明け前、ついにカイはバルガスたちの気配を捉えた。同時に、追跡者たちの疲弊しきった気配も。どうやら襲撃するつもりはなさそうだ。


(夜明け前の奇襲が定石のはず……。なぜ動かない? いや、違うな。バルガスたちも、追跡者も、止まれないんだ)


 カイは、鳥の鳴き声を模した口笛を低く響かせ、仲間と接触を試みる。すぐに、少し離れた場所からバルガスの口笛が聞こえた。

 それは、『追跡者の排除』という、めったに使わない合図だった。


 次の瞬間、先行していたバルガスたちの気配が、森の闇に溶けるように一斉に消える。残された追跡者たちの間に、明確な焦りの気配が広がった。


 カイは音もなく、分散する追跡者の背後に回り込み、その首筋に短剣を突き立てた。ほぼ同時に、残りの二人が仲間たちの手で始末された気配を感じた。


 そして、彼らは、互いの位置を慎重に確認しながら合流した。


「カイ、ノエルが騎乗して一人で森の奥へ入った。そこまで離れていない、すぐに追うぞ」

 バルガスの悔しそうな声に、カイは何も言わず、爪の彩色により研ぎ澄まされた感覚で、一頭だけ森の奥へと向かう馬の痕跡を追い始めた。


 ◇


 南部戦線。帝国軍の拠点を壊滅させたアウロラの戦士たちは、勝利の代償として散った同胞とジルバスティードの亡骸を前に、静かに祈りを捧げていた。


 そこに同席している戦闘小隊長の傍らに、いつの間にか白鴉隊の斥候が音もなく現れ、囁くように告げる。

「隊長より伝。本隊はこれより西へ転進する。小隊は半数をもって、西へ前進せよ」

 小隊長は静かに頷くと、即座に部隊の再編成を開始した。

「第三、第四戦闘班は、引き続きこの地の確保にあたれ。本部の残りと第二戦闘班は、俺に続け。西へ行くぞ」

 その迅速な指揮を、ナルは静かな瞳で見つめていた。そして、決意を固めたように、小隊長の前へと歩み出る。

「――俺も、ついて行く」


 小隊長は、訝しげにナルをみる。

「その件については、昨日許可しないと言ったはずだ」

「……俺は、この無益な戦いそのものを終わらせる」


 ナルの、その常軌を逸した、しかし揺るぎない瞳。彼の傍らでは、主を亡くした星毛のジルバスティードが、その誓いを肯定するかのように、静かに佇んでいる。

 小隊長は、その狂気じみた覚悟に何かを感じたのか、ふっと口元を緩めた。

「我々は王国軍の独立部隊だ。同行の許可などしない。……しかし一人の傭兵の行動など、いちいち把握するつもりもない」

「我々は王国軍の独立部隊だ。同行の許可などしない。……しかし一人の傭兵の行動など、いちいち把握はできん」


 その言葉を、近くで聞いていたアウロラの老戦士が、静かに、しかし力強く言った。

「小隊長殿の言う通りだな。儂も自由に行動してみるか」


 ―――


 その日、夜の闇の中を十騎の影が西へと駆けていた。先頭を行くのは白鴉隊の精鋭八騎。その後ろを、アウロラの老戦士が一人、そして傭兵ナルが、新たな相棒と共に、静かに続いていた。


 ◇


 帝国軍占領下にある西の森の村、民家を利用した仮の前線指揮所。

 指揮官が盤上の駒を動かし、退屈そうにあくびを漏らすその片隅で、アストルは、まるで存在しないかのように目を瞑る。

 彼は、先のスタンピード作戦以降、その強大すぎる力を危険視され、事実上の飼い殺しにされていた。


 その、澱んだ空気は伝令の報告で切り裂かれる。

「第三監視所より情報あり! 半刻前、王国軍らしき早馬七騎、ニューログレイン方向より西の森中心部へ前進!」


 その声に、アストルは目を開ける。

(西の森の中心部……!? あそこは不味いな……)


「嗅ぎ回られるのは、面倒だな。適当な部隊を送って、始末しておけ」

 指揮官の、あまりにも軽いその言葉が、アストルの心の引き金を引いた。

「――私が、排除してきます」

 アストルが、静かに立ち上がる。その声には、普段の彼からは考えられない、明確な意志が宿っていた。指揮官はまるで興味もないように、ひらひらと手のひらを返す。


 アストルは、いまだ心にまとわりつく、捨てきれない思い――帝国軍にも秘密にしている避難所を守るため、忌み地である故郷へとその身を翻した。


 ◇


 西の森、奥深く。


 そこは、全ての音が死に絶えたかのような、不気味な静寂に支配されていた。

 五年前、『静かなる森の虐殺』が起きた、不浄の土地。


 朽ち果て、黒く炭化した家々の残骸が、まるで巨大な墓標のように、朝靄の中に浮き上がる。


「酷いな……」

 ダリウスは、馬上で、その惨状を忌々しげに見渡す。彼の脳裏には、五年前、遠くの丘から見た天を焦がす劫火の記憶が蘇る。


 ダリウス・アイゼン率いる白鴉隊の精鋭たちは、その呪われた地に足を踏み入れた。


 リオと共に馬に乗るリナは、この場所に足を踏み入れた瞬間から、明らかに様子がおかしくなっていた。


「……頭が…割れるように、痛い……」

 彼女は、こめかみを強く押さえ、苦しげに呻く。その、あまりにも痛ましい姿に、部隊の集中が一瞬、乱れた。


(……罠か)

 ダリウスが、森の僅かな空気の変化から敵の殺気を読み取り、リオもまた、即座に周囲の警戒レベルを引き上げた。


「……完全に包囲されたか……」

 ダリウスは舌打ちをすると、冷静に戦況を分析した。


(……どこから追跡されていた? いや、敵の数が多すぎる……待ち伏せか。それに、リナがこの状態では……)


 その時、一本の矢が、ダリウスの頬を紙一重で掠めていった。

「――敵襲!」

 リオの鋭い声が響く。森の木々の間には、黒い軍装に身を包んだ帝国兵が、彼らを完全に包囲していた。


 その思考を、リナの悲鳴のような声が打ち破った。

「―――あ…あぁっ…!」


 彼女の瞳に、過去の光景が、鮮烈なノイズとなって溢れ出す。


 燃え盛る、我が家。斬り伏せられる、父の背中。「逃げなさい!」と叫ぶ、母の顔。


 そして、手を離してしまった、幼い妹の、絶望に歪んだ泣き顔。


 凄まじい記憶の奔流に耐えきれず、リナは頭を抱えて馬の背から崩れ落ち、地面に倒れ伏した。


「リナッ!」


 ダリウスが驚愕の表情で彼女の名を叫ぶ。


 しかし、彼は動けない。彼の斥候としての本能が、包囲の部隊とは別の、さらに多くの気配が、この森に集結しつつあることを正確に捉えていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


【第四章終了】です。


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