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【第三部開始】『辺境の軍師』~職能ギルドの受付嬢は、戦術の知識で静かに世界を救いたい~  作者: かわたん
第ニ部 第三章 明星

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第40話:明星の街と、悪い竜

いつも応援ありがとうございます。


【新章開始】です。

領都アウロラでの明星祭!

さてさて、どうなることやら……

 明星の街、領都アウロラ。


 王国南西部に位置するこの街は、年に一度の『明星祭』を間近に控え、まるで熱病に浮かされたかのような活気に満ちていた。

 石畳の道を埋め尽くす人々の喧騒、露店から立ち上る香ばしい匂い、そして、建物の軒先に飾られた色とりどりの旗やリボンが、街全体を祝福しているかのようだった。


 その熱狂とは裏腹に、旧市街の片隅に佇む、蔦の絡まる小さな民家の中は、しんと静まり返っていた。


「――それで、捕らえた騎士たちは?」


 リナは、窓の外の喧騒から目を離し、テーブルの向かいに座る男に問いかけた。

 数刻前、まるで近所へ散歩にでも出かけていたかのような、気安い様子で帰還したリオは、彼女が淹れた薬草茶を、静かに一口すする。


「ああ、問題ない。街道上で、別動隊に引き渡した。隊長が事前に根回ししていた通り、例の駐屯地へ護送させたよ。でもまさか、騎士が直接手を下すとは、思ってもいなかったけどね」


「では、冥府の死天王は?」

「彼らもプロだ。余計なことは何も見ていないし、聞いてこない。こちらの仕事は、完璧に完了したと見ていい。それよりも……」


 一つ息をついて、リオは、さも面白そうに話を続ける。


「アウロラの『白鼠』は、まだ現役みたいだな。もう、我々『白鴉隊』の動きを、正確に掴んでるよ」


 淡々と語るリオの言葉に、リナは小さく頷いた。彼女の脳裏には、数日間の出来事が、鮮明な情報として再構築されていく。


 リナもまた、リオが不在の間、独自の経路で情報を収集し、分析を終えていた。


「私からも報告を。王都の貴族たちは、我々の『鹵獲装置』の移送が、失敗したと確信しているみたい。情報が錯綜し、帝国側の陽動にまんまと乗せられた、とね」

「だろうね。連中の頭の中は、そんなものだ」


「ええ。そして、その『失態』を口実に、白鴉隊の主力を、王都から遠ざけるための命令が下されたわ。大隊のほぼ全てをもって、南の町へ展開せよ、と」

「……なるほど。うるさいハエは、視界の外へ、鬼の居ぬ間に、洗濯するのかな」


 リオの皮肉な言葉に、リナは冷たく、しかし正確に、自らの分析結果を重ねる。


「騎士の関与から、移送妨害の裏に、王都貴族の手引きがあったことは確定。となれば、隊長は、表向きは南へ進軍したと見せかけ、おそらくは、とうに姿をくらましているはず。情報の真偽が定まるまで、我々は潜伏を続ける必要があるわ」

「つまり?」


「つまり、『鹵獲装置』の移送について、我々が失敗したと見せかける必要があるってことね」


「その点なら大丈夫だよ。鉄の街道には、騎士の持っていた偽の書状で依頼完了報告をするように言ってあるから。だから、とっとと荷物を受け取って、我々は、この明星祭を楽しむただの商人――久しぶりの休暇を満喫しなきゃね」


 そこまで聞いて、リナはふ、と息を吐いた。彼女の脳裏に、もう一つの懸念事項が浮かぶ。


「…ただ、あの『悪い竜』の処遇は、後で考えなければならないわね」

「ああ、そうだね」


 リオは、まるで子供のいたずらを語るかのように、軽く笑った。

「じゃあ、もうすぐ、その『竜』が護衛することになる、大事な荷が到着するね。とっとと準備を始めようか」


 木を隠すなら、森の中。


 明星祭で一時的に人口の増えた領都内で、昼間に堂々と『鹵獲装置』の受け渡しをする。

 リナとリオは、その小さな民家を、交易商の荷受け倉庫として、手際よく偽装していく。その動きには、一切の無駄も、迷いもなかった。


 **


 バルガス達は、職能ギルド・アウロラ地方本部の、重厚な扉を開けた瞬間、ニューログレインのそれとは全く異なる空気に、思わず目を見張った。

 木の匂いと、汗と、どこか土臭さの混じる辺境のギルドとは違う。ここは、磨き上げられた大理石の床、高い天井から吊るされた豪奢なシャンデリア、そして、澱みなく書類を捌く職員たちの、静かで、知的な空気に満ちていた。


「これはこれは、バルガスさん。長旅、ご苦労様でした」


 奥の執務室に通されると、一人の男が、ひょろりとした長身を椅子から持ち上げ、丁寧に頭を下げた。銀髪を短く刈り込み、どこにでもいそうな、特徴のない顔。


 しかし、その穏やかな物腰とは裏腹に、その目は、剃刀のように鋭く、相手の全てを見透かすかのようだった。

 現役Aランク冒険者にして、アウロラ地方本部長、オルド・ホワイト。


「ホワイト地方本部長。ご無沙汰しております」


「ええ、全くです。マードック殿からの手紙は、既に拝見しておりますよ。任務の達成、そして、何より、ご無事で何よりです」


 オルドの視線が、バルガスの後ろに控えるカイへと、すっと向けられる。


「カイさん。あなたのその目は、素晴らしい。実に素晴らしい。 ……早く『鉄の街道』は解散して、うちに来てください。この私は、あなたのその目を、正しく評価していますよ」


 突然の、しかしいつも会うたびに行われる、定型句のようなスカウトに、カイは片眉を上げるだけで応じた。


「皆、よくやってくれました。おかげさまで、まだ解散できそうにありません」


 バルガスは、オルドの言葉を穏やかに受け流しながら、マードックからの依頼状と、もう一つ、羊皮紙の巻物をテーブルに置いた。


「こちらが、依頼達成の報告書。そして…こちらは『正式な』受け渡し証です」


 例の騎士が見せた『偽りの書状』だった。


 オルドは、マードックからの依頼状に素早く目を通すと、満足げに頷いた。


「Eランクの、ノエル嬢の資料室使用許可の件、承知いたしました。マードック殿が、そこまで肩入れするお嬢さんだ。我々も、最大限の便宜を図りましょう」

「恩に着る」

「いえいえ。それにしても、最近、この領都には、妙なカラスが増えましてね。少々、騒がしい」

「ほう? そいつは、ネズミを喰うカラスですかい?」


 バルガスの軽口に、オルドは、その鋭い目を、バルガスが差し出した巻物へと落とした。

 封蝋の紋章を一瞥しただけで、彼の目の奥が、先ほどとは比較にならないほど、冷たく、そして深く光る。


「……なるほど。これは、確かに、『正式な』受け渡し状だ。マードック殿は、本当に、良い部下をお持ちだ」


 まるで、全ての意味を悟ったかのように、オルドは、まったく表情を崩さず、しかし目の奥だけで、微かに笑った。


「ふふっ、『冥府の死天王』は、まだまだ現役ですか。私の教えた『裏の躾事項』は、ちゃんと忘れていないようですね」


 オルドとの会話を終えたバルガス達が、執務室から出てくると、一行の中で、ただ一人ホールで待機していたノエルが、期待に満ちた目で彼を見つめていた。


「バルガスさん、許可は…」


「ああ、取っておいた。好きなだけ使うといい」

 その言葉を聞いた瞬間、ノエルの表情が、ぱっと花が咲くように輝いた。彼女は、バルガスに深々と頭を下げると、「ありがとうございます!」という元気な声だけを残し、まるで弾かれたように、資料室のある階へと駆け上がっていく。


 その背中には、「一秒でも早く、真実が知りたい」という、彼女の強い、そして切実な希望が溢れていた。


 **


 オルドが指定した倉庫は、街の中心から外れた、古い民家のような建物だった。

 その裏庭の馬車留めには、既に、五人の男女が待機していた。


 ニューログレイン所属のBランクパーティー『竜の咆哮』。


「ちっ、遅えな。あいつら本当にBランクなのかよ」

 リーダーのグレンが、巨大な盾を地に置き、苛立たしげに呟く。

「落ち着きなさい、グレン。依頼主からは、時間通りと聞いているわ」

 唯一の女性であるイリスは、いつものように冷静に彼をいなす。


 鉄の街道の一行が、その姿を現した時、グレンの目が、品定めするように、バルガスたちを舐め回した。


 歴戦の風格。熟練の動き。そして、その静かな佇まい。自分たちとは明らかに質の違う強者の空気に、彼は、苛立ちと、同時に、わずかな対抗心を燃やす。


 鉄の街道の面々は、そんな彼らの若く、少し生意気な視線を、まるで春先の陽だまりでも浴びるかのように、穏やかに受け流していた。大人の対応、というやつだ。


「やっぱり向上心がなくなったら終わりだよね、街でくすぶるBランクさん?」

 グレンが、顎をしゃくりながら、挑発的に言う。

「まあ、新進気鋭の俺たちに、迷惑はかけないでよね」


「はあ……。そりゃ、こっちのセリフだぞ?」

 カイが、やれやれと肩をすくめながら、静かに応じた。バルガスは、そんな二人のやり取りを、苦笑しながら見守るだけだった。


 やがて、倉庫の扉が、ゆっくりと開いた。現れたのは、人の良さそうな笑みを浮かべた商人と、その隣に立つ、感情の読めない、美しい女性。リオと副官のようだ。


「これはこれは、皆様。お待ちしておりました。私が、荷受け人の、ライオと申します。書類は、こちら交信吏(こうしんり)のリイナが処置させていただきます」


 あっけないほど、事務的に、取引は始まった。

 だが、その静かな空気の中で、視線だけが、雄弁に、情報を交換していた。


 バルガスは、目の前の商人ライオを名乗る『烏』――リオの、その黒髪を鋭く観察していた。


 街道で見せた、あの人間離れした魔法と身のこなし。その記憶が、目の前の完璧な商人の姿と、どうしても結びつかない。

 ナルの言った『魔族』という言葉が、頭の中で重く響く。

(……この男の、あの強さの源は、やはり……)


 レオンは、リオの隣に立つ、坊主頭の魔法使い、シンに、その視線を注いでいた。

 シンは、リオの黒髪を見ている。その目には、憧憬でも、敵意でもない。嫉妬と、畏怖と、そして、どこか嫌悪にも似た、あまりにも複雑な感情が、渦巻いていた。


 エルラは、そんなシンの姿を、痛ましげに見つめていた。

 彼女は、彼が、その黒髪を隠すために、自ら髪を剃った、あの日のことを知っている。彼が、リオという、同じ『迫害されるべき存在』を前にして、どれほど心が揺さぶられているか、痛いほど理解できた。


 そして、カイは、ただ一人、交信吏として控える女性の横顔に、何か、遠い昔に失くした風景の欠片を、幻視していた。

(……この若いのが副官? 女性に参謀を務めさせるとは……。まあ、ノエルも同じか……)


 受け渡しは、滞りなく完了した。


 最後まで完璧な商人を演じきったリオの姿を見て、バルガスは、『竜の咆哮には、この取引の真実は、何も知らされていない』と、正確に理解した。


 そして、二つのパーティーは、互いに、一言も本音を交わすことなく、その場を分かれた。


 **


「よし、仕事も片付いたから、久しぶりの明星祭でも見学して、ゆっくり過ごすか」


 宿への帰り道、緊張から解放されたバルガスが、そう言って豪快に笑う。レオンも、エルラも、カイも、その言葉に、穏やかな笑みで応じた。


 同じ頃、その場を離れたリオとリナもまた、アウロラの雑踏の中を歩いていた。


 リオは、どこか浮かない顔で、黙り込んでしまったリナの横顔を、そっと盗み見る。


「さて、と。じゃあ、隊長が来るまで、休暇にしよう!」


 あえて、明るく、少し強引に、彼は言った。


 その言葉の裏には、『リナの失われた記憶の手がかりを、この祭りの喧騒の中で、共に探したい』という、彼の密かな、そして切実な優しさが隠されていた。

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