表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三部開始】『辺境の軍師』~職能ギルドの受付嬢は、戦術の知識で静かに世界を救いたい~  作者: かわたん
第ニ部 第一章 初陣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/81

第34話:銀の鏡と、託された使命

 ギルドへの帰り道。四人の少女たちの足取りは、来た時よりも、ずっと軽やかだった。


 サラとリリィは、自らの指先に灯った、鮮やかな色彩を、何度も、何度も、角度を変えては眺めている。


「見て、リリィ。太陽の光に透かすと、なんだか、宝石みたい……」

「うん、綺麗……。まさか、ただの薬草が、こんな風になるなんてね」


 リヴィアは、その二人の様子を、満足げに腕を組んで見守っていた。


「でしょー! だから言ったじゃん! これぞ、『指先革命』! 明日から、ニューログレインの女の子は、みんな、これの虜になること間違いなしだよ!」


 ノエルは、そんな三人の、華やいだ会話を、ただ黙って聞いていた。


 彼女の頭の中では、先ほどの戦闘の光景が、何度もリフレインしていた。


(……プラセボ効果? 心理的な高揚が、一時的に身体能力を引き上げた? でも、あの時の、リリィさんの集中力は、尋常ではなかった。サラさんの踏み込みも、いつもより鋭かった、気がする。……偶然? それとも、この彩色に、私の知らない、何か別の要因が…? 情報が、足りない。これでは、結論は、出せない……)


 その、軍師としての冷静な分析は、しかし、彼女たちの、あまりにも楽しそうな笑顔の前に、かき消された。


 まあ、いいか。みんなが、喜んでいるのなら。


 ノエルは、初めて、自分の知識が、誰かを『笑顔』にできたという、不思議な充足感を、心の片隅に感じていた。


 **


 ギルドに帰還し、採取した月光草を査定に出すと、ボルツ親方は、その希少性と状態の良さに、一瞬だけ、その眼帯のない方の目を、驚きに見開いた。


「……ほう。これは、見事なもんだ。どこで採った?」


「ひ・み・つ!」

 リヴィアの答えに、ボルツは、ちっ、と一つ舌打ちをしたが、その口元は、どこか楽しそうに歪んでいる。提示された買い取り価格は、予想を少し上回るものだった。


「「「やったー!」」」

 三人の少女たちの、歓声が上がる。


 ノエルは、その特別報酬の銀貨を、まじまじと見つめた。これで、何日分のスープが食べられるだろうか。


 四人は、その報酬をきっちり四等分すると、食堂のテーブルで、ささやかな祝勝会を始めた。


「いやー、今日の報酬で、新しいブーツ、買っちゃおっかなー!」

 リヴィアが、機嫌よく、エールを煽る。


「リヴィア先輩、飲みすぎですよ。それより、この爪、どうします? このままにしておいたら、ハンナ先輩に、またネチネチ言われちゃいますよ」

 サラが、心配そうに自分の指先を見る。


「へーき、へーき! 『ギルドの風紀を乱さない』って規約だけだから、お洒落はダメなんて、どこにも書いてないでしょ! それより、もうすぐ新年祭じゃん? この爪で、街中の男たちの視線、独り占めだよね!」


「そういえば、来年は、聖歴998年ですね」

 リリィが、ふと思い出したように言った。


「私、一度でいいから、領都アウロラの新年祭に行ってみたいです。あの、『明星の街』の」


「あ、私も!」サラが、ぱあっと顔を輝かせた。「領主様が持ってる、国宝級の『銀の鏡』がお披露目されるっていう……」


 アウロラ―――明星の街。銀の鏡。


 ノエルは、その会話を、ただ黙って聞いていた。


 母が、遠い昔に語ってくれたおとぎ話。その、朧げな記憶。

 具体的な内容は思い出せない。でも、その二つの言葉が、なぜか、心の奥底の、何か、すごく大切で、懐かしい琴線に、強く、強く、触れるのを感じていた。


 彼女は、その、胸の奥の、小さな疼きの正体が何なのか、まだ、知る由もなかった。


 **


 その日の夕方。

 職員寮に戻っていたノエルに、ギルドマスターから、執務室へ来るようにと伝言が届いた。


 彼の大きな机の上には、先のスタンピードで鹵獲された、あの『荷車の装置』に関する、分厚い報告書の束が置かれていた。


「ノエル」

 マードックの、地の底から響くような声が、部屋の静寂を破った。


 彼は、最近のノエルの報告書を眺めながら、頭を抱えていた。情報分析能力は、Bランクのカイ以上。しかし、受付業務は、Fランクの新人以下。この、あまりにも極端なアンバランスさ。


(このままでは、いつか、とんでもないトラブルを起こすか……)


 そして手元の書類に目を落とす。『鹵獲装置』の領都アウロラへの移送任務に関する、最終確認の書類だった。護衛は、ギルド最強の『鉄の街道』。そして、その受け渡しには、王国軍が関わる。


(……仕方ない。この任務に、こいつも同行させよう。『鉄の街道』の連中と一緒なら、命の心配はない。貴族や軍人とも顔を合わせるだろう。少しは、社会勉強になるはずだ)


 マードックは、苦肉の策として、ノエルに命じることを決めた。


(それに、あのクソ面倒な道中の報告書作成や、経費精算……。こいつの、あの異常なまでの几帳面さなら、ギデオンの小言も減るかもしれん……)


「ノエル。お前に、一つ、重要な『研修』を命じる」


「……研修、ですか?」


「そうだ。『鉄の街道』の護衛任務に、補佐として同行し、領都アウロラまで行ってこい。これは、お前が一人前の受付嬢になるための、社会勉強だ。断ることは、許さん」


 アウロラ。


 その、今日、奇しくも耳にしたばかりの街の名前。

 ノエルは、それが、ただの偶然ではない、何か、大きな運命の始まりであることを、予感していた。


 マードックが口にしたのは『研修』という名の、社会勉強の機会。しかし、ノエルの頭脳は、その言葉の裏にある、もっと現実的な意味を正確に分析していた。


(領都アウロラへの道中。ギルドに集まる様々な情報。そして、『鉄の街道』の護衛任務の、補佐……。これは、姉さんを探すための、絶好の機会…!)


 マードックは、ノエルに『研修』という名の『雑用』を命じた。

 ノエルは、その『雑用』を、自らの目的を達成するための、絶好の『作戦』と捉えていた。


 二人の思惑は、全く別の場所にありながら、奇しくも、一つの結論へと収束していく。


 ノエルは、マードックの、その鋭い、しかしどこか父親のような温かみのある視線を、まっすぐに見つめ返した。

 そして、このギルドの一員として、初めて与えられた、責任ある『任務』を、その小さな両手で、しかし、力強く、受け止めた。


「……はい。謹んで、お受けいたします」


 その声の響きと、瞳の力強さ。


(こいつの目と言葉だけは、妙な凄みがあるんだよな……)


 マードックは内心で、本日何度目か分からない、ため息をつくのだった。


 ノエルの、新しい旅が始まる。

 その行き先は、明星の街、アウロラ。


 彼女自身の運命と、この世界の運命が、そこから、大きく、そして静かに動き出すことを、窓の外で、夕焼けの中に輝く月だけが、静かに見守っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価ポイントで応援していただけると、執筆の大きな励みになります。

感想や誤字報告なども、お気軽にいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ