閑話1:そよ風のスイーツ巡り
いつも応援ありがとうございます。
本日は、【一日二話投稿】です。
これは、二回更新の【二話目】です。先に朝7時の投稿からお読みください。
【閑話です】
より深く楽しみたい方への特別な贈り物です。
物語の小さなヒントが見つかるかもしれません。
「やったー! 依頼、達成!」
革鎧に付着した泥を乱暴に払いながら、サラが子供のように高く、喜びの声を上げた。その手には、ずしりと重い麻袋。中には、今回の依頼の目的物である、青白く、そして微かに明滅を繰り返す鉱石が、ぎっしりと詰め込まれている。
「サラ……喜びすぎだよ。声が大きい」
隣で、同じように息を切らせながらも、リリィがやれやれと肩をすくめた。彼女の弓の弦は、度重なる戦闘で少しだけささくれ立っている。
「何言ってるのよ、リリィ! あたしたちがCランクになって、初めてのCランク依頼だよ? しかも、あの『腐臭の森』の奥地まで行って、ちゃんと帰ってこれたんだから! 今日はもう、お祝い! ご褒美決定だー!」
そう言って、サラはギルドの査定カウンターに、高らかな音を立てて麻袋を置いた。
二人が挑んだのは「腐臭の森の、発光性鉱石の採集」。Cランクになったばかりの彼女たちには、少しだけ荷の重い任務だった。森に立ち込める瘴気は体力を奪い、鉱石の周りには、それを餌にする厄介な魔物がうろついている。実際、何度も肝を冷やす場面はあった。
(ノエルちゃんのアドバイス、本当に助かったね……)
リリィは、脳裏に、あの黒髪の、静かな後輩の顔を思い浮かべていた。
出発前、ノエルは二人に、一枚の羊皮紙をそっと渡してくれたのだ。そこには、瘴気を和らげる薬草の群生地や、魔物の巡回ルートを避けるための、信じられないほど正確な迂回路が記されていた。あのアドバイスがなければ、今頃どうなっていたことか。
「はい、査定終わり。鉱石の状態も良好。見事だね、あんたたち。報酬はこっちの窓口で受け取りな」
カウンターの向こうで、指導係のハンナが、いつものように面倒くさそうな、しかし、どこか誇らしげな顔で告げた。
受け取った報酬袋の重さに、サラの目は、ますますキラキラと輝きを増した。
「よし、リリィ! 行こう!」
「え、どこへ?」
「決まってるでしょ! 街で一番お洒落なカフェで、一番高いケーキを食べるの!」
**
ニューログレインの中央広場から、少しだけ路地に入った場所にある、レンガ造りのカフェ『木漏れ日亭』。そこは、ギルドの荒くれ者たちとは縁遠い、街の貴婦人や、裕福な商人たちが集う、別世界のような場所だった。
「うわぁ……すごい綺麗……。食べるのがもったいないくらい」
テーブルに運ばれてきた、芸術品のように飾り付けられたフルーツタルトを前に、リリィは感嘆のため息を漏らした。
対照的に、サラは、目の前のチョコレートケーキを、大きな口で、幸せそうに頬張っていた。
「なにこれ、すごく甘い! 美味しい!」
「サラったら……もっと落ち着いて食べなさいよ」
リリィは、口の周りにクリームをつけた幼馴染の姿に、苦笑しながらも、自分のタルトにそっとフォークを入れる。上品な甘さと、フルーツの爽やかな酸味が、口の中に広がった。美味しい。確かに、これまで食べたどんなお菓子よりも、美味しい。
でも。
なぜだろう。心の底から「幸せだ」と感じる、あの味とは、少しだけ、違う気がした。
**
「すごくおいしかったねー」
「うん。でも、なんだか、ちょっとだけソワソワしちゃった」
カフェを出て、賑やかな街をぶらつきながら、二人は今日の冒険について語り合っていた。気がつけば、その足は、慣れ親しんだ道筋を辿り、ギルドの、あの分厚い木の扉の前へとたどり着いていた。
「あれ? なんでギルドに来ちゃったんだろ」
「もう、癖ね」
リリィはそう言って笑うと、まるで我が家へ帰るかのように、その扉をゆっくりと開けた。
むわり、と立ち込める、汗と酒と、そして仲間たちの熱気。さっきまでいたカフェとは正反対の、荒々しいけれど、なぜか心が落ち着く、いつもの匂い。
「ただいまー」と、気の抜けた声を出すと、食堂の大きな黒板の隅に、走り書きのような文字が追加されているのが、サラの目に飛び込んできた。
『裏メニュー:親方の気まぐれスイーツ(時価)』
「見て、リリィ! 新作スイーツだって!」
「もう、サラったら。さっき、街一番のカフェで食べたでしょ?」
「いや! 甘いものは別腹!」
リリィの制止も聞かず、サラはカウンターへと駆け寄っていく。
**
やがて、食堂の厨房から、あの強面の料理長、トーマスが、無言で一つの皿を運んできた。
お洒落なタルトやケーキとは似ても似つかない、少し焦げ目のついた、不格好なアップルパイ。しかし、その湯気からは、バターとシナモンの、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上っていた。
「「わぁ……!」」
二人は、同時に声を上げた。
一口、フォークで掬って口に運ぶ。
その瞬間、二人の口の中に、懐かしくて、温かい、お日様のような優しい甘さが、じゅわ、と広がった。
「ヤバい……やっぱ、ここのスイーツが一番かも……」
「うん……。甘さ控えめで、リンゴの味がしっかりしてて、すごく、美味しいね」
それは、街一番のカフェの、洗練された味ではなかった。
でも、そこには、依頼で疲れた体を、心の底から癒してくれるような、不器用で、まっすぐな愛情が、たっぷりと詰まっていた。
二人が、顔を見合わせて、幸せそうに笑い合う。
その様子を、厨房の扉の隙間から、強面のトーマスが、目を細め、満足げに、そして自分でも気づかないほど不器用に、にこやかに微笑んで見守っていた。
彼の横顔を、カウンターで書類仕事をしていたハンナが、ちらりと盗み見る。
「……あんたの顔、怖いよ」
その、呆れたような、しかし、どこか楽しげな呟きは、ギルドの喧騒の中に、静かに溶けるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
あと一話、幕間を挟んで第二部を開始します!
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