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【第三部開始】『辺境の軍師』~職能ギルドの受付嬢は、戦術の知識で静かに世界を救いたい~  作者: かわたん
第一部 最終章 辺境の軍師

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第25話:集う翼と、最後の夜

 D-1日、静寂に包まれた深夜。決戦の地となる「隘路」の手前、森の奥深く。


 月明かりだけが、木々の間から、まるでスポットライトのように、静かに地面を照らしていた。


 その、約束の地に、最初に姿を現したのは、ギルドマスター・マードックに率いられて西門前から転戦してきた、Cランクパーティー二つだった。

 息を切らし、額に汗を滲ませながらも、その瞳には、覚悟の色が宿っている。


 彼らは、地図にも載っていないこの場所に、なぜ自分たちがいるのか、その半ばを、まだ理解できていなかった。ただ、ギルドマスターの、そして、あの少女の、常軌を逸した「確信」だけを信じて、ここまで来たのだ。


 彼らが息を整える間もなく、別の方向から、音もなく、『鉄の街道』の四人が、闇に溶け込むようにして姿を現した。彼らは、マードックの命令ではなく、自らの判断で、ノエルが示したこの最重要地点へと、寸分の狂いもなく到達していた。


 彼らの目には、驚きはなかった。むしろ、当然だ、と言わんばかりの静かな確信があった。あの少女の思考を辿れば、ここ以外の結論はあり得ない。そう、知っていたのだ。


 彼らは、この何もない場所に吸い寄せられるように集まる。いや、違う。一人の少女の、恐るべき知性によって、ここに「集められた」のだ。


 それは、中心にある一本の巨大な樫の木に、小枝で突き刺すようにして、貼り付けられていた。


 一枚は、『作戦準備地域』とだけ、几帳面な文字で記されたメモ。

 そして、その下。羊皮紙を何枚も繋ぎ合わせて作られた、この周辺一帯の、恐ろしく精密な『作戦図』。


「…化け物め」

 カイが、ランタンの灯りでその作戦図を照らし出し、戦慄に顔をこわばらせながら、吐き捨てるように言った。


「こいつは、俺たちの戦い方じゃねえ。敵の思考、地形、天候、時間、その全てを読み切った上での…まるで、神の視点だ…」


 そこに、もう一枚、走り書きのようなメモが添えられているのを、エルラが見つけた。

「こっちにも、何か書いてあるわ」


 エルラがそれを読み上げる。


「目標:敵主力の半数撃破に限定」

「主導・奇襲:待ち受けず、敵の攻撃準備の弱点を捕捉して奇襲」

「集中・統一:全戦力を隘路に」

「機動・簡明:部隊を小分けにし、自主裁量を尊重せよ」


「…そして、総合戦闘力の最大限発揮…」


「へっ、言いたいことは分かるぜ。要は、『俺たちのやりたいように、派手にやれ』ってことだろ」

 カイがそれに軽口を合わせる。


 その、あまりにも合理的で、これまでのギルドの常識を覆す『戦いの原則』に、その場にいたベテラン冒険者たちは、言葉を失った。


 その、重苦しい沈黙を破ったのは、森の闇の、さらに奥から聞こえてきた、か細い、しかし凛とした声だった。


「――遅くなったみたいね」


 木々の間から、四つの人影が現れる。

 偵察任務を終えた、『黎明の風』と『黎明のそよ風』だった。その身は泥と傷にまみれているが、その瞳には、確かな情報という名の光が宿っていた。


「…これで、全員そろっちまったってわけだ…」

 マードックの言葉に、その場の空気が、決戦前のそれへと、一気に引き締まる。


 ミナが、マードックへと向き直り、静かに、しかし、絶望的な事実を告げた。


「敵の数は、およそ1000。もしかしたら、それ以上…」

 その言葉に、若いCランク冒険者が、ひゅっ、と息をのむ。


 今ここにいる、ギルドの先端戦力は25名。戦力比は、実に1対40以上。


 しかし、マードックは、不敵に笑った。

「上等だ」


 彼は、ノエルの作戦図を、その大きな指で、強く叩いた。


「先頭の雑魚100は、街の最終防衛線に残した仲間に任せる。奴らを信じろ。我々の目標は、その後ろに控える、主力の前衛500! この『妖精』の言う通り、奴らが動き出す前に、俺たちから仕掛ける!」


 その、常識外れの言葉。後方の仲間への、絶対的な信頼。


 その言葉を受け、バルガスが、ニヤリと、獣のような笑みを浮かべた。

 彼は、仲間たちの顔を一人一人見渡し、そして、作戦図をもう一度見つめると、こう続けた。


「…ガキの頃はよぉ、『最強』になりてえだの、『国を獲る』だの、デカいことばかり言ってたもんだ。だがな、今なら分かる。本当の強さってのは、そういうんじゃねえ」


 彼の視線が、カイ、エルラ、レオンの顔を、ゆっくりと捉える。


「守りてえもんのために、死ぬ覚悟を決めることだ。そうだろ、てめえら」


「…いつでも死ぬ覚悟はできている。だがな」


「今回は、あのひよっこを救出するまでは、倒れられねぇな、『冥府の死天王』の名にかけて、よぉ!」


 その、あまりにも青臭い、しかし、本物の覚悟が込められた言葉に、カイが「へっ」と鼻で笑い、エルラが「馬鹿ね」と呆れ、レオンが「やれやれ」と肩をすくめた。

 それは、十年以上も前の、あの酒場の夜と、何一つ変わらない光景だった。


『冥府の死天王』の、真の復活の瞬間だった。


 会議は、終わった。


 カイは、短剣の柄を、祈るように一度だけ握りしめ、闇に消えた。


 エルラは、残り少なくなった矢筒を背負うミナの肩を、そっと叩いた。


 ハンナは、サラとリリィの頭を、ぐしゃぐしゃと乱暴に、しかし優しく撫でた。


 マードックが、静かに、しかし、ギルドホールを震わせたあの時よりも、遥かに重い声で、最後の命令を下す。


「――行け。それぞれの、持ち場へ」


 その言葉を合図に、集っていた全ての冒険者たちが、一言も交わすことなく、それぞれの役割を果たすため、夜の闇へと、静かに、そして確かな足取りで、消えていく。


 **


 ノエルは、最後の仕掛けの設置を終え、敵地で息を潜めていた。


 遠く、仲間たちがいるであろう、隘路の方向を、じっと見つめる。


(…これで、私にできることは、終わった…)


(あとは…)


 彼女は、懐の、あの木彫りの人形を、ぎゅっと握りしめた。


 脳裏に浮かぶのは、ギルドで出会った、不器用で、口が悪くて、でも、誰よりも優しい、仲間たちの顔。


(…あとは、みんなを、信じるだけ…!)


 東の空が、白み始める。


 決戦の朝が、目を覚ます。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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