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第21話:冥府の死天王と、小さな道標

 ニューログレインを囲む街壁から、(とき)の声と、金属がぶつかり合う音が断続的に聞こえてくる。街の命運を賭けた防衛戦は、すでに始まっていた。


 しかし、Bランクパーティー『鉄の街道』の四人は、その喧騒を背に、別の戦場へと続く森の入り口で、ぴたりと足を止めていた。


 カイの鋭い視線が、エルラの落ち着いた横顔が、レオンの固く結ばれた口元が、そしてリーダーであるバルガスの熊のような巨躯が、まるで一枚の絵のように、不気味なほどの静寂の中に固定されている。


 時間は一刻を争う。しかし、この街最強のパーティーは、ここで立ち止まっている。


 バルガスは、目の前の、闇が口を開ける森を見つめながら、遠い昔のことを思い出していた。


 あれは、もう十年以上も前の話だ。


 このギルドの、今よりもずっと薄汚れた酒場で、四人は出会った。


 斥候としての腕は立つが、協調性のかけらもない皮肉屋のカイ。治癒魔法の才能はあるが、それを鼻にかけて男たちを手玉に取る、気の強い女だったエルラ。いつも冷静で、喧嘩の仲裁ばかりさせられていた、苦労人の槍使いレオン。


 そして、ただ腕っぷしだけが自慢だった、自分。


 野心と、根拠のない自信だけを肴に、毎晩のように安酒を呷り、夢を語り合った。


 初めて四人で挑んだCランク級の魔物討伐依頼。見事なまでに連携が噛み合わず、カイがオークの棍棒で吹き飛ばされ、死にかけたことがあった。それを、自分が盾になって庇い、エルラが半泣きで治癒魔法をかけ続け、レオンが必死で撤退路を切り開いた。

 命からがらギルドに逃げ帰った後、四人はボロボロの姿で、しかし、腹の底から笑い合った。あの瞬間、俺たちは初めて、四人で一つの「パーティー」になったのだ。


「――俺たち四人で、この国最強のパーティーになろうぜ!」


 そう言って、ジョッキを掲げた夜。カイが「くだらねえ」と鼻で笑い、エルラが「夢を見るのはタダだからね」と呆れ、レオンが「また始まった」と頭を抱える。それでも、誰一人、その場を立とうとはしなかった。

 その夜、自分たちが勢いで登録した名前。


『冥府の死天王ハデス・フォールン


 今思い出しても、顔から火が出るほど青臭い、黒歴史そのものだ。ギルマスに呆れられるほどに。


 だが、あの時の想いは、嘘じゃなかった。


 数々の戦いを経験した。仲間を失ったことも、死の淵を彷徨ったこともある。

 そのたびに、この三人がいた。背中を預けられる仲間がいた。


 いつしか、追い求めるものは「最強」という漠然とした栄光ではなくなっていた。

 守るべきものができたのだ。この街、ここで笑う人々、そして何より、この仲間たちと、馬鹿な冗談を言い合いながら酒を飲む、この何でもない日常。


 そして人々が、自分たちを『鉄の街道』と呼び始めたのは、いつからだったか。その揺るぎない守りの強さを、信頼してくれるようになったのは。


 守るべきものが、俺たちを強くした。


 バルガスの脳裏に、ギルドの壁に描かれた、あの異様な作戦図が蘇る。

 そして、それを描いた、あの少女の、静かな瞳。


 あのひよっこは、俺たちなんかよりも、ずっと先を見ていた。ずっと深く、この戦場の本質を見抜いていた。


 一人で、あの闇の中へ向かわせた。俺たちが、守ってやらねばならない、新しい仲間を。


「…守るべきものは、あの頃とは変わっちまった」

 バルガスは、誰に言うでもなく、そう呟いた。

「だが、この四人で、この街を守り抜く。その想いだけは、あの頃から、何一つ変わっちゃいねえ…!」


 彼の目の前には暗い森が広がる。


 しかし瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


 彼は、仲間たちを振り返る。エルラは静かに風の音に耳を澄まし、カイは地面に残された微かな痕跡を分析し、レオンは槍を握り直し周囲への警戒を怠らない。全員が、同じ覚悟を決めた目をしていた。


 言葉は、要らない。


「ひよっこだなんて、とんでもねえ。あいつは、俺たちの、新しい仲間だ。…行くか」

「ああ」カイが短く答える。

「当然でしょ」エルラが静かに微笑む。

「分かってる」レオンが力強く頷く。


 四人の視線が交錯する。

 バルガスが、森の奥深くへと、確かな一歩を踏み出した。


 その、目の高さのすぐ脇。

 木の幹に、一枚の羊皮紙の切れ端が、木の枝で突き刺すようにして、しっかりと貼り付けられていた。


『この先キルゾーン、侵入禁止』


 几帳面だが、状況の切迫からか、少しだけ乱れたノエルの文字。


 彼らが立ち止まっていた理由が、ここにあった。彼らは、ノエルが残した最初の「道標」を発見し、その先に続くであろう作戦の全体像を、壁の地図の記憶と照合し、その意味を完全に理解しようとしていたのだ。


「…とんでもねえな」カイが、メモを見つめたまま、呆れたように呟いた。「これはただの警告じゃねえ。風向き、地形、敵の斥候の心理まで読んだ上での、最適解だ。あいつ、ギルドで立てた作戦を、この森を走りながら、現地を自分の目で確認してさらに深化させてやがる…!」


 エルラも、そのメモから目を離さずに頷く。

「ええ。まるで、この森自体を、私たちにとって有利な戦場へと『作り変えよう』としているみたい。恐ろしいほどの『作為』ね…」


 一行は、まるで何かに導かれるように、次々と現れる小さなメモ――『迂回路、右の植生分岐稜から北へ』『ここから火の道。斥候は左の水の道を進め』『弓隊の臨時射座、所望効果:捕捉撃滅』――を発見していく。

 そのたびに、カイは舌を巻き、エルラは感嘆のため息を漏らした。


 カイは、三つ目のメモを読み終えると、それを剥がそうとはせず、ただ静かに言った。


「…このメモは、俺たちだけのもんじゃねえ。触るな。『地図の妖精』からの『贈り物』だ。俺たちはただ、妖精の描いた地図の上で踊るだけだ。行くぞ」


 一人の少女の知性を、この街最強のパーティーが、絶対的に信じて。


 ノエルの描いた戦場が、今、静かに、しかし確実に、動き始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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