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第20話:ギルドの作戦と、METT-TC

いつも応援ありがとうございます。


本日は、【一日二話投稿】です。

これは、二回更新の【二話目】です。先に朝7時の投稿からお読みください。


【新章開始】です。

ここから、物語は大きく動き出しますので、ぜひお見逃しなく!

 カァァァァァァァン! カァァァァァァァン!


 日も傾き始めた午後四時頃。本来であれば仕事終わりを伝える教会の鐘が鳴り、人々が温かい家庭へ足を向ける時間。


 街の物見櫓から鳴り響く警鐘の音は、ニューログレインの職能ギルドから、穏やかな午後の空気を一瞬にして奪い去った。


 つい先程まで酒と武勇伝で満ちていたホールは、今やパニックと怒号が渦巻く混沌の坩堝と化している。


「ギルマス! 南の森から、大規模な魔物のスタンピードが、この街へ向かってきます!」

 血相を変えて執務室へ転がり込んできた斥候の報告を皮切りに、情報の洪水がギルドマスター・マードックの元へと殺到した。


「オークとゴブリンの混成部隊だ!」

「規模が大きすぎる! 今までの比じゃねえ!」


「黙れ、貴様ら!」

 マードックの、地の底から響くような一喝が、ホール全体を震わせた。血気盛んなCランク冒険者たちが、一瞬だけ静まり返る。


「うろたえるな! スタンピードなんざ、今まで何度も経験してきただろうが! 俺の指示に従えん奴は、今すぐギルドを出ていけ!」

 その言葉は、ギルドマスターとしての威厳と、仲間を鼓舞するための、必死の虚勢だった。


 彼は、壁に貼られた巨大な地図を睨みつけ、長年の経験則に基づき、矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。


「Bランク『鉄の街道』は西門の主戦力となれ! 街道の防衛が最優先だ!」


「Cランクは東門の守りを固めろ! 腕の立つパーティーから前に出ろ!」


「Dランクは伝令と補給! 負傷者の護送もだ! ありったけの矢を集めろ! 絶対に弾切れさせるな!」


 迅速で、的確。しかし、それはあくまで「通常のスタンピード」を想定した、定石通りの作戦だった。


 その作戦を聞いていたノエルの顔から、血の気が引いていく。


 ギルマスの指示を伝令役がCランクパーティーに個別に伝えてまわる。ホールに響き渡る怒号と喧騒。しかし、ノエルの耳は、その中から一つの名前だけを、残酷なほど正確に拾い上げた。


「――『黎明のそよ風』! お前たちは東門から出て、敵の側面を突く陽動部隊だ! すぐに準備しろ!」


 その瞬間、ノエルの世界から、全ての音が消えた。


(ダメだ…!)

 彼女の心が、声にならない悲鳴を上げる。


(あの配置では、完全に孤立する! 危ない…!)

 仲間が、最も生存率の低い「捨て駒」になる。その事実に、彼女の心は絶望に染まった。


「待ってください!」

 気づけば、彼女は叫んでいた。マードックや『鉄の街道』のカイたちが、訝しげにこちらを振り返る。


「敵の企図を知らないと、陽動に誘い出されて、各個撃破されます!」


「ノエル!」カイが厳しい声で制する。

 マードックは、ノエルの真剣な瞳を一瞥すると、ふう、と一つ息をついた。


「小娘、気持ちは分かるが、ここから先は大人の仕事だ。これは魔物のスタンピード、対処は慣れている。安心して下がっていろ」

 それは、彼女を「守るべき子供」として、戦いから完全に排除する、善意の壁だった。


 脳裏に、四年前に斥候に言われた言葉が、冷たくフラッシュバックする。


『――女は戦場に出るべきではない』


(違う。問題は、私が「女」だからでも「子供」だからでもない)


 ノエルは、唇を噛み締めた。

 問題は――この、誰よりも戦場を知る大人たちが、その優しさと経験則ゆえに、間違った戦いをしようとしていることだ。

 私が、やるしかない。

 彼女は、その一心で、ギルドメンバーの喧騒から、そっと離れた。


 **


 ホールの隅。

 巨大な壁地図の前で、ノエルは、これまで自らが「地図の妖精」として貼り付けてきた、古い情報のメモを、一枚、また一枚と、静かに剥がしていく。


 それは、臆病だった過去の自分との、決別の儀式だった。


 ギルドの喧騒が、まるで遠い世界の音のように聞こえる。彼女の周りだけが、真空の静寂に包まれていた。


 剥がした情報を頭の中で統合し、どこからか見つけてきたチョークを手に取る。

 壁に向かい、誰に聞かせるでもなく、囁くような独り言で、戦場の全てを分析していく。


「…おかしい。ギルドの報告では、ゴブリンの動きはただの暴走じゃない。統制が取れすぎている…」


 チョークを持つ手が、壁の地図に、最初の線を引いた。


「斥候カイさんの報告にあった、新しく増えた不自然な獣道…あれは、敵の兵站路…? 主力の狙いは、西門への陽動と、手薄な東門の突破…!」


 ギルドホールでは、作戦会議が続いていた。「俺が先陣を切る!」「いや、東門の守りが薄すぎる!」と、ベテラン冒険者たちが自らの武勇を誇示するように叫び、議論は錯綜していく。


 ノエルのチョークは、止まらない。


「ならば、ギルドの作戦では無視されている、この隘路こそが、敵の主力が必ず通る緊要地形(Key terrain)であり、接近経路(Avenue of approach)…!」


 チョークが、敵の進軍ルートを、赤い点線で描き出す。


 彼女の瞳から、感情の色が消える。魂に宿る軍人の思考が、高速で回転を始めていた。


 ――任務(Mission)

(私の最優先任務は? …街の防衛。でも、それだけじゃない。サラさんたちを、あの無謀な陽動から、生きて帰すこと…!)


 ――敵情(Enemy)

(統制されたゴブリンの動き、不自然な獣道…敵の主目的は、西門への陽動と、手薄な東門の突破。そして、その先にある商業区画の破壊と略奪…!)


 ――地形(Terrain)

(ならば、ギルドの作戦では無視されている、この隘路こそが、敵の主力が必ず通る緊要地形(Key terrain)…! 待って。この地形、この隘路の価値は…! ここは、完璧なキルポイントじゃないか…!)


 ――時間(Time)

 彼女のチョークが、地図の隅に、タイムテーブルを刻み込む。


(敵は斥候を警戒し、夜間の大規模な移動は避けるはず。本格的な攻勢は、明るくなってから(BMNT)の偵察の結果を待ってから。攻撃開始時刻(H時)は…おそらくD日の朝0700。今はD-2日の1600…。まだ、時間はある…!)


「ここと、ここの部隊を連携させ、隘路の出口で蓋をするように叩けば…! 違う、これだけじゃない。あの沼地を使えば、もっと大規模な…!」


 彼女のチョークが地図の上を舞う。点と点が線で結ばれ、線と線が面となる。そこには、街の地形を完璧に利用した、巨大で冷徹な「罠」としての作戦図が、その全貌を現していた。


「……! そうか、そうだったのか…! キルゾーンに、すべて繋がる!! これは、誘致導入だ…!」


 ノエルは、その完成した作戦図の上で、陽動部隊である『黎明のそよ風』が配置された一点を、チョークでなぞった。


 巨大な罠の中で、あまりにも無力で、生存確率の低い「捨て駒」の位置。


 脳裏に、サラとリリィの、屈託のない笑顔が浮かんだ。


『ノエルちゃん、これ、昨日焼いたクッキー!』


 その瞬間、彼女の無表情だった顔に、初めて焦燥と、悲痛な決意の色が浮かんだ。

 チョークを持つ手に、力がこもる。


「魔物たちが大規模な攻勢をかけるなら…二日後の朝!私が、あの二人を助ける!」


 ノエルの呟きは、確信に変わった。


 **


 完成した完璧な作戦図を前に、彼女は一度だけ、チョークを持つ手を止めた。


 そして、自問自答する。


(私なら…出来る?)


(私に、剣の腕はない。強力な魔法も使えない)

(でも…)


(私の戦力は、この『知識』と、誰にも負けない『持久力』…。今からでも、遅くない!)


(私が、助ける…!)


 決意を固めた彼女は、チョークをそっと床に置くと、誰にも告げずにギルドの裏口から飛び出した。自らが描いた戦場へと、たった一人で。


 **


 ギルドの喧騒が、ようやく一段落した頃。

 Bランクパーティー『鉄の街道』の斥候カイが、ふと、壁の地図に描かれた、あまりにも異様で、あまりにも完璧な「答え」に気づいた。


「…なんだ、これは…」


 そこに記された見たこともない戦術記号と、要点を抑えた地形分析の的確さ。それは、素人の落書きなどでは断じてない。

「プロの軍師の仕事だぞ…」


 その時、ハンナが血相を変えてギルドホールに戻ってくる。その手には、ノエルの部屋の鍵が握られていた。


「いない! ノエルの部屋から、最低限の野営装備と、あのボロボロのナイフがなくなってる! まさか、あの子…!」


 カイとハンナの視線が、地図の上で激しく交錯する。二人は、全てを悟った。

 これは、あの少女が残した、声にならない悲鳴であり、そして、街を救うための、あまりにも孤独な「答え」なのだと。


「「あいつ、一人で…!」」


 二人の視線は、地図に示された一点へと吸い寄せられた。

 そこには、「隘路」という言葉が、赤いチョークで、羊皮紙に傷がつくほど執拗に、何重にも、ぐるぐると囲まれている。飛び散ったチョークの赤い粉が、まるで、これから流れるであろう血の色を暗示しているかのようだった。


 ノエルの戦いが、今、始まろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

怒涛の最終章、始まりました!


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