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第19話:ギルドマスターと、完成したパズル

いつも応援ありがとうございます。


本日は、【一日二話投稿】です。

これは、二回更新の【一話目】です。夜19時の更新もお見逃しなく!

 その日の午後のギルドホールは、いつもの荒々しい喧騒とは少しだけ違う、温かい祝福の空気に満ちていた。


 カウンターの一角。普段は依頼の受付や素材の査定で慌ただしいその場所が、今だけは、ささやかな祝賀の舞台となっていた。


「――以上を以て、本日付けで、パーティー『黎明のそよ風』の、Cランクへの昇格を認める。おめでとう、二人とも。よく頑張ったな」


 ギルドマスターのマードックが、地の底から響くような、しかしどこか温かみのある声でそう告げると、カウンターの前に立つ二人の少女の顔が、ぱあっと輝いた。


「やったー!」

 剣士のサラが、子供のように拳を突き上げ、満面の笑みで飛び跳ねる。


「う、うぅ……サラちゃん、私たち、ついに…!」

 弓使いのリリィは、感極まって、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めていた。


 その様子を、ハンナはカウンターに肘をつき、腕を組みながら、やれやれと肩をすくめて見守っている。口元は「うるさいねぇ」と、いつものように呆れた形に歪んでいるが、そのそばかすの散った横顔は、誰よりも優しく、そして誇らしげだった。


「おめでとう!」「これでようやく、一人前だな!」「今夜は一杯おごってやるぞ!」

 酒場のテーブルからは、同じ志を持った職能ギルドの面々が、温かい野次を飛ばしている。ギルド全体が、地道な努力を続けてきた若い才能の門出を、まるで自分のことのように喜んでいた。


 その、あまりにも幸せで、完璧な日常の光景。

 それを、音を立てて切り裂いたのは、勢いよく開け放たれた、ギルドの重い扉だった。


「はあっ、はあっ……!」


 そこに立っていたのは、息を切らし、顔面蒼白のノエル。その、ただならぬ様子に、ホールにいた全員の視線が、一斉に彼女へと突き刺さる。


「ノエルちゃん!」

 祝宴の主役であるサラとリリィが、心配そうに駆け寄ってきた。

「どうしたの、そんなに慌てて! あ、そうだ、聞いて! 私たち、Cランクになったんだよ!」

「これからは、もっと難しい依頼も、一緒に…」


 だが、ノエルは、親友たちの喜ばしい報告にも、気づかない。

 彼女の瞳は、ただ一点。カウンターにいるハンナと、その近くのテーブルで、訝しげにこちらを見つめる『鉄の街道』の面々だけを、捉えていた。


「ハンナさん! それに、カイさん…! 大変なんです! 森の、魔物が…!」


 必死に言葉を紡ごうとする、その時。

 カイが、テーブルからすっと立ち上がりカウンターへ向かう。そして静かに、しかし、有無を言わせぬ圧を込めて言った。


「……やはり、お前だったか。『地図の妖精』さんよ」


 その一言に、ハンナのいるカウンターの周囲の空気だけが、シン、と凍りつく。バルガス、エルラ、レオン。ギルドの中核をなす『鉄の街道』の視線が、たった一人の、Eランクの見習い少女へと、探るように注がれた。


 ノエルの、隠された正体が、ついに、決定的な形で露呈した瞬間。


 しかし、その緊張を破ったのは、予想もしない人物だった。


「…騒がしいな。全員、俺の部屋に来い」


 ホールで静観を決め込んでいたギルドマスターが、重々しく姿を現した。その、熊のような巨躯と、片眉に走る古い剣傷。彼の言葉には、誰も逆らえない、絶対的な響きがあった。


 **


 ギルドマスターの執務室。


 そこは、戦場のようなギルドホールとは別世界の、静寂と、革と古いインクの匂いに満ちていた。


 ギルマス、ハンナ、『鉄の街道』の四人、そしてノエル。七人は、一つの大きなテーブルを囲んでいた。


 マードックは、どかりと、主の席に腰を下ろすと、まず、緊張で体を固くしているノエルに、その鋭い視線を向けた。


「小娘。俺が、このギルドのマスター、マードックだ。初対面、だな」


 ノエルは、こくりと、小さく頷くことしかできない。


「さて」マードックは、太い指でテーブルを一度だけ、とん、と叩いた。

「カイの言う通り、お前さんが、毎朝、地図にメモを貼っている『妖精』さんで、間違いねえか?」


 その、全てを見透かすような問いに、ノエルは、観念したように、もう一度、小さく頷いた。


「そうか。…まあ、そんなこったろうと思ったよ」

 マードックは、そう言うと、まるでノエルの反応など、とうに分かっていたかのように、話を続けた。


「言っておくが、俺は、お前さんのことを咎めるつもりはねえ。むしろ、あのメモのおかげで、ここ一週間、ギルドの怪我人はめっきり減り、低ランク連中の素材の持ち込みは、逆に増えてる。結果だけ見りゃあ、ギルドにとっては、ありがたい話だ」


 その意外な言葉に、ノエルだけでなく、ハンナや『鉄の街道』の面々も、驚いた顔でマードックを見つめる。


「お前さんが、西の森の村の生き残りで、姉さんを探してるってことも、知ってる。ハンナには、お前さんの監視と、それとなく、姉さんの情報を探る手伝いをさせていた。ギルドの情報網を使ってな」


「ギルマス、それは…!」ハンナが、何かを言おうとするのを、マードックは手で制した。


「バルガス」マードックは、今度は『鉄の街道』のリーダーへと視線を移す。

「お前らにも、言わなくて悪かったな。だが、この小娘の才能は、あまりにも異質で、危険すぎた。確証もねえうちから、お前らみてえなトップランカーを巻き込むわけにゃ、いかなかったんだよ」


「…まあ、ギルマスがそう言うなら、文句はねえさ。だがよ、俺らにまで秘密にすることぁねえだろう? 水臭えじゃねえか」


 バルガスが、軽口を叩くように言うと、マードックは、ふん、と鼻を鳴らした。

「あ? いつでも教えてやるぞ? この、クソ面倒くせえギルマスの席も、お前になら、いつでも譲ってやるが?」


 その、長年の信頼関係がなければ成立しない会話。ノエルは、この、厳しくも温かいギルドの空気の中で、自分が、ただの一人の生存者としてではなく、何か、大きな共同体の一員として、見守られていたことを、初めて知った。


 マードックは、再びノエルに向き直る。


「…ギルドの調査じゃ、お前さんの村は、敵国の占領下にあり、村人の半分ほどが軟禁状態にある、とのことだ。殺された者もいるが、全滅じゃねえ。だが、逃げ延びた者たちは、皆、別の村や街へ向かったようだ。遠いこのニューログレインまで、命からがらたどり着いたのは、今のところ、お前さんだけだ」


 そして、一度、言葉を切る。


「……残念だが、姉さんの情報は、何一つ、ねえ」


 生きている仲間がいるという、安堵。

 しかし、姉の安否は、やはり、分からない。

 ノエルの心は、希望と絶望の間で、ぐちゃぐちゃにかき乱された。


 それでも、ここに来たことは、間違いじゃなかった。この人たちは、自分のために、動いてくれていたのだ。


「それで、だ」

 マードックは、本題を切り出した。

「お前さんは、一体、何を掴んだ? 何を、俺たちに伝えに来たんだ?」


 ノエルは、必死に、自分が導き出した結論を伝えようとする。


 森で見つけた、姉の「印」。巧妙に隠蔽された、第三者の痕跡。そして、魔物たちの、不自然な動き。


 だが、様々な感情が渦巻き、そして、魂の知識が「総合作戦図」「可能行動」といった、この世界の誰も知らない専門用語を、彼女の頭の中で囁く。


 それを、15歳の少女の言葉に、うまく翻訳できない。


「あの、森の魔物が…その、おかしくて…」


「誰かが、こう、意図的に、こう…」


 言葉が、出てこない。うまく、説明できない。


 カイは眉をひそめ、バルガスは腕を組む。もどかしさで、ノエルの目に、じわりと涙が浮かんだ。


 まさに、その時だった。


 カァァァァァァァン! カァァァァァァァン!


 街の物見櫓から、緊急事態を告げる、けたたましい警鐘の音が、執務室の窓を激しく震わせた。


 その音は、まるで、言葉にならなかったノエルの結論を、代弁するかのように、無慈悲に、そして正確に、鳴り響いている。


 次の瞬間、執務室のドアが、乱暴に開け放たれた。


 ギルドの斥候が、血相を変えて、部屋に転がり込んでくる。


「ギルマス! 大変です! 南の森から、大規模な魔物のスタンピードが、この街へ向かってきます!」


 ノエルの、言葉にならなかった「結論」が、最悪の形で証明された瞬間。

 執務室にいた全員の視線が、再び、慄然として、たった一人の少女に突き刺さる。


 長い、長い夜が、始まろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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