第1話:かくれんぼと、茜色の空
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本日は、【4話同時投稿】です。
ぜひ第3話までご覧ください。
想いは時空を超えて繋がる
白紙の魂に、古き意思が宿るとき
光の中から色彩が生まれる
夜を渡る、孤独な月光
天を焦がす、壮麗なオーロラ
太陽は静かにすべてを照らす
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「……じゅうはち、じゅうく、にじゅう……もう、いいかい」
少女がゆっくりと目を開くと、西日に染まった世界が黄金色に輝いていた。
収穫を終えたばかりの広大な麦畑には、刈り取られた麦の束がいくつも、まるで小さな獣がうずくまっているかのように点在している。その合間を吹き抜ける風は、乾いた土と、焼かれたパンのような甘い香りを運んできた。
畑の向こうでは、仕事を終えた大人たちが、家路につきながら陽気に言葉を交わす声が微かに聞こえる。
一年のうちで、最も豊かな実りと、最も穏やかな時間が、この村には流れていた。
少女――ノエルは、十歳。この辺境の村で生まれ育った、ごく普通の少女……のはずだった。
彼女は得意そうに小さく微笑むと、再び目を閉じ、意識を澄ます。
(みんな、どこに隠れたのかな)
彼女にとって、かくれんぼは難しい遊びではなかった。友達の気配が、それぞれ違う『色』として感じられるからだ。
(ルカは、怒った石みたいな、灰色と茶色の色。あっちの大きな樫の木の裏だ。クレアお姉ちゃんは、陽だまりみたいな、暖かいオレンジ色。村はずれの、古い納屋の中……)
なぜそう感じるのか、ノエル自身にも分からなかった。でも、それが『当たり前』だった。どうしてみんなには、この色が見えないんだろう? そんな純粋な疑問が、時折、彼女の心をよぎる。
ノエルはまず、樫の木へ一直線に向かった。案の定、木の幹に身を潜めていた少年が、驚いた顔で飛び出してくる。
「ルカ、見ーつけた」
「うわっ! なんでだよ、ノエル! 歩いてくる音も全然しなかったのに!」
ルカは九歳。この村でノエルと一番歳が近い、腕白な少年だ。彼は、誰よりも早く走れる自分の足と、誰よりも上手く隠れられる自信を持っていた。それなのに、鬼がノエルの時だけは、いつも一番に見つかってしまうのが悔しくてならなかった。
「だって、そこにいたから」
不思議そうに首を傾げるノエルに、ルカは不満げに頬を膨らませた。
ノエルは次に、村はずれの納屋へと向かう。『陽だまりの色』を辿っていくと、干し草の山の、一番暖かい場所が分かった。干し草を少しかき分けると、そこには案の定、姉のクレアが静かに座り、微笑んでいた。
「見つかっちゃった」
十五歳になったクレアは、もう村では大人の女性として扱われていた。その微笑みには、子供たちの遊びを見守るような、穏やかな優しさが含まれている。しかし、彼女の心の中では、別の思考が巡っていた。
(まただわ……。私がこの場所を選ぶと、ノエルがどう読んでくるか、試したつもりだったのに。まるで、私の思考そのものをトレースしているみたい……)
ふと、クレアの視線が、夕食の準備のために頼まれていた、カゴの中のハーブに移る。そろそろ家に帰らないと、母さんが心配するかもしれない。そんな、姉としての優しい責任感が、彼女の表情をわずかに引き締めた。
「ノエルとやっても、すぐ見つかるからつまんない!」
後から追いついてきたルカが、とうとう拗ねて地面に座り込んでしまった。ノエルは、なぜルカが怒っているのか分からず、きょとんとして姉の顔を見上げる。
クレアは、そんな妹と幼馴染の間に優しく立つと、ルカの頭をそっと撫でた。その手つきは、もう子供のものではなく、小さな弟をあやす姉のものだった。
「まあ、ルカ。ごめんなさいね、ノエルは昔から鼻が利きすぎるのかしら。まるで森のリスさんみたい。でも、あなたの隠れ方も、お姉ちゃんはとても上手だと思ったわ。さっきは、危うく見失うところだったもの」
ルカは少し気を良くしたが、まだ不満そうだ。
クレアは、楽しそうに手を叩いた。
「――そうだわ! ノエルがあまりに上手だから、新しい遊びを考えついたの。名付けて、『賢者の石探し』よ!」
その言葉には、ただ場を収めるだけでなく、何かを探るような、知的な響きがあった。
「賢者の石って、あの伝説の!?」「どこにあるんだよ!」と、ルカが食いついてくる。
「ふふ、それは秘密。私が、この村のどこかに、特別な印をつけた石を一つだけ隠すから、それをノエルとルカ、どちらが先に見つけられるか、競争するの。どうかしら? これなら、ノエルの鼻も効かないでしょう?」
『賢者の石』という言葉に、ルカは完全に心を奪われ、ノエルも楽しそうに頷いた。
クレアは、そんな二人を微笑ましく見つめながら、誰にも気づかれないように、そっと息をつく。
(これで、ノエルが『物』を探す時と、『人』を探す時で、何か違いがあるのか、少しは分かるかもしれない……。この子のこの力は、一体、どこから来るのかしら……)
遊びが終わり、子供たちが家路につく頃には、空は燃えるような茜色に染まっていた。
平和な一日が終わろうとしていた、その時。
森の奥深くから、地の底を這うような、不吉な獣の咆哮が、一度だけ、低く響き渡った。
家路を急ぐ子供たちの中で、その音に気づき、ふと足を止めて森の闇を見つめたのは、ノエルただ一人だった。
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