決戦、ジョイフル和白店
決戦、ジョイフル和白店
僕が貧しかった頃の話 Part3

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ある年の7月、めちゃくちゃ暑かった日。
その日、僕は日雇いの仕事もなく、とあるアパートのリビングのラグの上に仰向けになり、若くて綺麗な女性にチンポを舐められていた。
──前にも書いた、美沙ちゃん。
ヤンキー上がりの、美人のシングルマザーだ。
午前11時くらいだったが、カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、空気がじっとりしていた。
部屋は今日もきれいに整頓されていた。
ラグには、ありがちな子どものお菓子のかすも、抜けた髪の毛も落ちていない。
掃除機をかけたばかりなのがわかる。
壁には小学一年生で習う漢字の一覧表。
その隣には日本地図。
教育熱心できれい好きなママ。
そんなお母さんが、上は黒いTシャツを着たまま、下半身は素っ裸で、おっさんのチンポを一心不乱に咥えて舐めている。
僕は、そんな彼女の下半身を弄っていた。
中指を一本、第二関節までゆっくりと抜き差ししたり、前の小さな突起を指の腹でやさしく転がしたり。
口にモノを含んだまま、彼女は「ンフンフ」と鼻にかかった声を出した。
突然、その真っ白な下半身が僕の顔をまたいだ。
柔らかな太腿が耳元をかすめる。
「……舐めて」
囁くような声だった。
そのまま、どれくらい時間が過ぎたかわからない。
「あれ? 今日は挿れんと?」
彼女が上から覗き込む。
「あー、今日三千円しか渡してないけん。口だけでいいよ」
「は? 遠慮しようと? 挿れりいよ」
「……でも、ゴム買ってきてない」
「そっか。じゃあ、生でいいっちゃない? でも絶対、外で出してね」
胸の奥が熱くなった。
しめしめ。安い金で本番できる上に、生でできるなんて。
彼女は僕の腰を引き寄せ、自ら腰を落とした。
じゅぷ、と濡れた音が、静かな部屋にいやらしく響いた。
彼女は、いつも奥まで入れるのを嫌がる。
「あんたのデカいけん、奥は痛い!」って言う。
でも、多分それだけじゃない。
彼女は、入り口付近で擦れる刺激がたまらなく好きなんだ。
チュプ、チュプと浅く抜き差しするたび、小さく、甘く、子犬みたいな声で「アン、アン、アン」と啼く。
ちょっとわざとらしい。
でも、絶対に嘘じゃない。
この声、この可愛さこそが、彼女の本当の姿だと思う。
僕はたまらず動きを早めて、彼女のきれいな、真っ白なお腹に──
ぶちまけた。
やれやれ。
ため息まじりに、ティッシュを探した。
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それから二週間後くらいだったか、彼女からメールが届いた。
「生理来たよ。
でも、やっぱりめっちゃ不安やったけん、今度から絶対ゴムしようね」
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やがて九月になった。
僕はまだ暑い中、長崎の新幹線工事の仕事をしていた。
慣れない肉体労働だったけど、日給は良く、暮らしは少しだけ前向きになっていた。
午前の作業を終え、昼休憩。
朝コンビニで買った弁当を食べながら、携帯を覗いた。
不在着信が三件──美沙ちゃんからだった。
折り返しかけると、彼女は泣きながら子どもを怒鳴っていた。
「ちょっと! 大事な話しがあるけん、あっち行っとって!!」
電話の向こうで怒鳴り声が消えた。
彼女の声は震えていた。
「──妊娠しとった。今朝、病院で言われた」
「ごめん、今長崎で仕事中。夕方帰ってから電話でいい? 絶対こっちから電話する」
「わかった。絶対かけてよ」
「うん」
──僕は混乱した。
生ではしたけど、外に出した。
そのあと生理が来たって連絡もあった。
履歴見てみよう。
うん、そのあとは会ってない。してないな。
──オッケー。
夕方遅くに電話した。
めっちゃ暗い声だった。
僕は一生懸命説明した。
7月に生でしたあと、一回も性的接触がないこと。
「いやでも、あんたしかなくない? 絶対あんたよ。あんたいつも生でしたがるやん!」
──うん、僕はいつも生でしたがらない。
こりゃ誰かと混同してるな。
めっちゃ言いにくいけど、言わなくてはならぬことを、勇気を持って言った。
「──それ、別の人の子やろ」
電話はブチ切られた。
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それから二週間、僕からは連絡しなかった。
言いたいことは言った。僕の子じゃない。
で、ある日の深夜、電話があった。
美沙ちゃんから。
美沙ちゃんは恐ろしいことを言い出した。
来週、堕胎手術の予約を入れたこと。
絶対、僕の子だと思ってること。
そして──明日、自宅で弟を交えて、この件を話し合いたいと。
美沙ちゃんの弟はヤクザだ。
たしか弟のうち二人がヤクザと言っていた。
どこの組だったかもう忘れた。
でも、
──僕のようなアウトローじゃない人でも聞いたことのある暴力団だ。
僕はメールで返事をした。
話し合いはオッケー。
時間はそっちで決めてもらっていい。
ただ、場所はファミレスとか、他人の目があるところにしてくれ。
アウトロー二人と密室で会うのは、僕にとってアンフェアすぎるから。
彼女からは「了解」とだけ、すぐ返事が来た。
追ってメールが来た。
「予定が変わって、明後日の夜9時から。自宅近くのジョイフル和白店にて。待ってます」
──僕は助かったと思った。
準備に一日、余裕ができた。
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僕が10分前に着くと、駐車場にはシャコタンのセルシオがあった。
ああ、これが弟の車か。
最悪、この後部座席かトランクにぶち込まれるのね。
写真撮っとこ。一応、弁護士にも送っとこ。
店内には、若い細身のチャラそうな若者と、不機嫌オーラ全開の美沙ちゃんが座っていた。
僕はスーツを着て行った。
いつも美沙ちゃん、スーツで会うと嫌がるんだ。
なんか怖い人みたいで嫌って。
うん、あんたとあんたの取巻きほど怖くないけどね。
挨拶もそこそこに、僕から話しを切り出した。
こっちは自分の子じゃない確信がある。
でも堕胎費用は払う。
それ以上要求されても困る。
同意書のサインも僕がしていい。
美沙ちゃんは、僕の子じゃないってところにめっちゃ苛立っていた。
同意書のサインも余計なお世話。
生活保護を受けてる以上、男がいるとなると保護が打ち切られる。
レイプされたって、病院には話してるって。
──ああ、美沙ちゃん、レイプされたんだ、多分。
僕はのらりくらりだったけど、
メールの履歴を見せながら、7月以降会ってないこと、生理が来た報告のメールを盾に、一生懸命話した。
弟に姉のセックスの話をするのは申し訳なかったけど、
段々とムスッとしてた弟は、僕にシンパシーを見せだした。
──勝てるかも。
僕の今回の設定勝利条件は、最大20万まで払って、僕の子じゃないことを認めさせること。
美沙ちゃんの反論は、筋が通ってなかった。
仕舞いには「あんたとしかしてない」とか、まるで彼氏への貞操のような反論だけになっていった。
美沙ちゃんは、自分の不利が辛くなったのか、携帯とタバコを持って外へ出た。
そのとき──
この状況を救ったのは、弟だった。
「大津さん、今回の件、多分姉ちゃんの嘘です。
多分、他の客とか男に無理やりやられて、でも頼れるのが大津さんしかいないんで、無理言ってると思います。
もし大津さんが、金輪際、姉ちゃんと連絡断つと約束してくれるんなら──」
「逃げていいっすよ」
ドリンクバー代3人分、かなり多めの5千円札一枚置いて、僕は美沙ちゃんが出た方と逆の出口から逃げた。
追っかけて来たら怖かったけど、大丈夫だった。
そこで僕は、美沙ちゃんの連絡先を消した。
彼女からの連絡も、幸い途絶えた。
あとでわかったけど、弟はヤクザじゃない唯一まともな弟だった。
他の弟は執行猶予持ちとかで、通報されたらムショ行きの可能性があったみたいだ。
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それから二年が経ったころ──
名古屋で会議に出席していた僕のスマホが鳴った。
見知らぬ番号。
出た。
「もしもし、あ、美沙やけど〜。久しぶり〜」
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美沙ちゃんと僕は、何もなかったように元の関係に戻った。
あの事件の真相は、今も藪の中だ。
【了】