第3話「騎士団最強、型に挑む」
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――翌朝。
僕は再び、王城の訓練場に呼び出されていた。
いやもう、勘弁してほしいんですけど……と思っていたら、隣でレイナがにやにやしている。
「いきなりだが、あんたに挑戦したいってヤツがいるらしいわよ」
「挑戦……?」
昨日の公開演武を見た誰かが、僕を“勇者”と勘違いしているんだろうか。
いや、事実誤認ではない……らしいんだけど。自分でもよくわかってない。
訓練場に着くや否や――「おお、来たか!」と声が響いた。
大柄な体躯。銀色の鎧に身を包み、分厚い剣を腰に下げている。
彼がギルバート。王国騎士団でも屈指の武勇を誇る実戦派らしい。
「貴様がユウ・アサクラか。聞いたぞ、型ひとつでゴーレムを両断したとか」
「そ、そうですけど、あれは――」
「どうせ“まぐれ”だろう? だから、試させてもらう」
ギルバートは鋭い眼光で僕を睨みつける。
周囲には、騎士団員や宮廷魔導師、そして――なぜか王様までいる。
王様、また気楽な顔で椅子に座ってるけど、何しに来たんだろう。
「ははは、ギルバート君はうちの騎士団最強だからね。良い勝負を期待してるぞ〜」
「王様、僕、ちっとも良い勝負とかしたくないんですが……?」
「ま、ま、気楽にね」
……全然気楽じゃない。
「合図は無用。――来い」
ギルバートが腰の長剣を抜いた。その瞬間、空気が一変した。
この人……強い。
力だけじゃない。動きの勘所が、もう“研ぎ澄まされて”いる。
レイナとはまた違うタイプの剣士だ――。
僕は剣を構える。……と言っても、実戦経験ゼロ。
やることはいつもと同じ、“型”をとるだけ。
「おい、どこ狙ってんだ? ……愚図がっ!」
ギルバートが一気に間合いを詰める。
凄まじい速度で、長剣が僕の肩めがけて振り下ろされ――
「うわっ、やめてくださいってば!」
思わず出たのは、例の型の入り。
一歩踏み込み、振りかぶり、打ち下ろす――
が、ギルバートは驚異的な反射神経で斬撃を捌く。
剣と剣が交わったように見えた瞬間、衝撃波のようなものが走って、周囲の砂煙が舞い上がった。
「な、なに今の……」
「なに、剣、ぶつかった? いや、交わってないぞ!?」
騎士団員たちのざわめき。
一方、ギルバートは少しだけよろけながら、僕との間合いを取り直していた。
「……なるほど。直接は当たってねぇ、だが確かに斬撃が飛んできたな」
ギルバートの鎧には、薄く切り裂かれたような痕がついている。
けれど、血は出ていない。ギリギリで彼が防いだのだろう。
「おもしれぇ。今度は、俺から行くぞ!」
そう言うが早いか、ギルバートは踏み込み、斬撃の嵐を放ってくる。
上段から、左右から、斜めから――まるで教科書通りとは違う、実践的な殺気を伴った流れる連撃。
「うわっ、あ、危な――!」
死にものぐるいで型を取る。
中段構えから下段払いへ。振りかぶりから斜め打ちへ。
ギルバートの剣を“当たる前に”切り裂くように空間が歪み、ことごとく攻撃を逸らしていく。
僕も必死だけど、ギルバートだって目を見張る対応力で一撃も食らっていない。
鉄の鳴動と、砂煙と、わあわあと騒ぐ観衆の声。
だんだん、心臓がバクバクしてきた。
このままじゃ……ギルバートが危ないとか、そういう問題以前に、僕の体力がもたない。
(父さん……どういう仕組みなの、これ。僕は何をしてるんだ……?)
やがて、激しい連撃に一瞬の隙が生まれた。
ギルバートの肩が上下に上下に揺れ、呼吸が乱れている。
対して僕は、汗だくになりながらも、型の動きだけは乱れていない。
「……くそっ、なんなんだその動きは! こっちの剣筋を読まれでもしてるみたいだ!」
思わず僕は、素直な感想を口にする。
「ごめんなさい、こっちも詳しいことは……。でも、父が『相手の動きを読む前に、自分の型を確定させろ』って言ってました」
「……は?」
「……『身体を通して“相手の動き”を受け取れ。斬るんじゃない、ただ“流す”だけ』とか、言ってた気がします……」
ギルバートの額に汗が滴る。
意味不明だろう。でも、それが僕が十年間叩き込まれたことなんだ。
「フッ……面白ぇ。なら……これならどうだ!!」
彼は大きく剣を振りかぶり、ひと呼吸ためて――真正面から、渾身の突きを放った。
その突きの軌道は、身体強化に加え、魔力を帯びたもので、さっきまでの連撃とは“質”が違う。
まるで青白い光線のように、一直線に僕の胸を貫こうとする。
(……避けられない)
そう直感した瞬間。僕は思わず両腕を前に突き出した。
型にもそんな動作はある。**相手の突きを逸らすための古流の“受け流し”の型**。
剣先も何も持たず、ただ両腕で相手を“いなし”にかかる。
――刹那。
光が弾け、ギルバートの剣が寸前で軌道をズラされた。
物理法則もへったくれもない。いや、最初から存在してないのか、この世界。
ズバァンッ!
ギルバートの突きは、僕からほんの数センチ横をすり抜け、後方の壁を貫いた。
ドガガッと壁が崩れ、砂埃が舞う。
すぐそばにいた観衆たちが悲鳴を上げ、王様が「おおおっ!?」なんて変な声を出してる。
「げほっ、げほっ……」
「お、王様、大丈夫ですかぁぁっ!」
「はっはっは! すごいな、二人とも!」
王様、それ楽しんでるだけですよね……?
ギルバートは攻撃を外したまま、地面に片膝をついてうずくまっていた。
肩で息をしている。
……完全に、体力切れらしい。
「……ぐっ……お前……やっぱり……強い……」
僕はただ、両手を震わせながら首を振る。
強いどころか、死にそうでした……。
でも、“型”が勝手に受け流してくれた。
「俺は……完敗だ。いったい、どんな理屈で動いてるんだ、その型は……」
ギルバートは悔しそうな顔をして地面を叩いた。
その姿は、傲慢とか生意気とかじゃなく、ただ己の限界を噛み締めているようにも見える。
「――あんたがさっき使ったのは“受け流し”の型よね?」
レイナが横から口を挟む。僕はなんとなく頷いた。
「僕としては抵抗のつもりだったけど……流れに乗ったら勝手に避けてくれた感じで……」
「見事だったわ。ギルバート、あんたにも見えたでしょ。あの瞬間、ユウは先に“結果”を動きで示していた」
先に結果を示す――それが“先読み”ってことか?
いまいち腑に落ちないけれど、レイナが考えるには「型は、すべての動作に“前提となる結果”を内包している」らしい。
ギルバートの攻撃は、その「前提」にまるっと巻き込まれてしまった、と……。
「……チートだろ、それ……」
ギルバートが力なく笑った。
でも、その目は燃えるように光を宿していた。
「ユウ・アサクラ。頼む……その“型”を、俺にも教えてくれないか?」
ビクッと、僕の心臓が跳ねた。
やっぱりこうなるのか。
レイナだけじゃなく、騎士団最強のギルバートまで弟子入り希望……?
「え、えーと、僕、本当に教えられないんです。父が“型は身体で学ぶもの”って言ってましたし……」
「身体で学ぶ……だったら、徹底して稽古を繰り返すしかねぇな。教科書も理屈もなくても、やる価値はある」
ギルバートは疲労でふらつく体を無理やり支えながら、僕に近づいてくる。
これだけ全力を出したあとに、まだ闘志を失ってないなんて。
さすが最強剣士だ。
「お願いします。俺に、新しい道を教えてくれ」
頭を下げられ、僕はますます困惑した。
王様は「おお、これでユウ君率いる“型騎士団”結成か!」なんて適当なことを言ってるし……勘弁してください。
でも。
ここで断ったら、ギルバートの目が曇るのが分かった。
自分の未熟さを痛感して、それでも**新しい剣技**を求めようとしている剣士を、僕は放っておけなかった。
「……わかりました。僕で良ければ、できる範囲で……」
「恩に着る!」
ギルバートがにこりと笑う。
隣でレイナが、「あら、私だけの特別弟子じゃなくなるのね」と拗ねたフリをしている。
結局、王都騎士団が“型”の稽古を始めることになってしまった。
しかし同時に、僕は初めて“剣士としての責任”を感じていた。
自分がどれだけ危ない力を扱っているか、そして、その力を誰かに教える意味は何なのか。
――あれほど嫌だった「戦い」に、否応なしに巻き込まれていく。
にもかかわらず、最近の自分はなぜか、ほんの少し“わくわく”している気がする。
それは多分、この世界で出会った人たち――レイナやギルバートが、本気で僕を頼ってくれているから。
「型は戦うためのものじゃない……そう思ってたけど。
でも、もしかしたら……誰かを守るための“術”にもなるのかな」
そう、父も言っていた気がする。
「剣は斬るためだけにあるんじゃない。己を磨き、仲間を守るためにあるんだ」と。
その夜。騎士団との稽古を終えた帰り道、僕はふと、あの時と同じ“声”を聞いた気がした。
「――ユウ・アサクラ。お前の型は、世界を滅ぼす」
慌てて周囲を見回すも、誰もいない。
ただ、月の光だけが静かに石畳を照らしていた。
(世界を……滅ぼす、って?)
僕は、小さく肩を震わせた。
型は、人を救う力なのか。それとも、世界を壊すのか。
まだ、どちらとも決まっていない。――そんな予感がした。