第2話「斬ってないのに伝説扱いされてる件について」
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翌朝。
僕は宮殿の一室――というか、牢屋のひとつ隣にある「保護室」にいた。
柔らかいベッドと、やたら濃い魔方陣に囲まれて。
「……えっと、これは何の儀式ですか?」
「観察だよ、観察! 君の“型”が、この世界の物理法則をどう破壊してるのか、ね!」
眼鏡をかけた宮廷魔導師が、興奮気味に僕の周囲をぐるぐる回っている。
横ではレイナが腕を組んで立っていた。昨夜からずっと付き添ってくれている(たぶん好奇心だけで)。
「この世界は《ルネヴェルト》といって、六つの大陸と一本の“塔”で構成されてる」
「塔……?」
「“世界の根”とも呼ばれていて、そこから魔素が流れ出してる。人も魔物も、魔法も剣技も――全部そのエネルギーの上で動いてるの」
レイナは僕の顔を見て、少しだけ口調を和らげた。
「この世界では、“剣技”っていうのは基本、身体強化と魔素の操作を使うものなの。でも、あんたの“型”は……何もしてないのに、魔素そのものを“ねじ曲げて”る」
「……いやほんと、ただの型なんですけど……」
魔導師が割り込むように言った。
「それが異常なんだよ! 魔素の流れに逆らわず、むしろ滑り込んでる。君の動き自体が、世界の“正しさ”をなぞっているような……!」
……なにそれ怖い。
僕、そんなにやばいことしてたの?
「で、君は何か覚えてないのか? その“型”の出自とか、使い方のコツとか!」
ギラついた目で詰め寄られ、僕はため息をついた。
「……覚えてるっていうか、父に毎日叩き込まれただけで……」
「父?」
「はい。地元じゃ道場を開いてて。でも、弟子は僕だけでした」
「なるほど、秘伝の継承か。君の父もこの世界に来た“先代の転移者”かもしれんねぇ……!」
「えっ、そんな簡単に来れるんですか!?」
「まぁね。このルネヴェルトでは、百年に一度くらい“異界の穴”が開く。君もその一人というわけだ」
異世界転移、わりと日常茶飯事なの!?
なんかショックだ……。
レイナが補足するように話し出す。
「今あんたがいるのは“ティルザ王国”――六大陸のひとつ、中央平原を統べる大国よ。
西には竜が棲む《ガルズノア火山地帯》。南は魔物だらけの《ソロディアの森》。
そして北には、“塔”がある」
「昨日言ってた……魔素の源?」
「そう。大陸に張り巡らされた“地脈”は、全部その塔から流れてくる。
“塔を制する者は、世界を制する”って言われてるわ」
ああ、なるほど。
つまり「塔を目指せ」って展開になるわけか。
なろうっぽいな……と思った、そのとき。
「ただし、“塔”には簡単には近づけない。今は魔王軍に押さえられてるからね」
「魔王軍……やっぱり出てくるんですね、魔王……」
僕がつぶやくと、魔導師の表情が急に険しくなった。
「いや、“魔王”というのは君らの世界の通称であって……こちらでは《統合存在:ディアブル・エル》と呼ばれている」
「とうごう……そんざい……?」
「人・魔・獣の“境界”が曖昧になったときに現れる、知性と本能の混沌。かつて五大陸を壊滅寸前にまで追い詰めた、“災厄”だよ」
聞いただけで、背筋が冷たくなる。
レイナが視線を逸らしながら、言った。
「でも、あんたの“型”があれば――もしかしたら、“塔”にも届くかもしれない」
「……そんな。僕はただ、父に教えられた通りに……」
「その父上が、何者だったのかって話よ。
――あんたはまだ、自分の力の“意味”を知らなすぎる」
数時間後。僕は、城の訓練場に立たされていた。
目の前には木製の人形――かと思ったら、どうやら硬化処理された魔獣の骨で作られた「耐衝撃訓練型ゴーレム」らしい。
その時点で嫌な予感しかしない。
「じゃ、やってみせて」
レイナが気楽に言うけれど、僕にとっては気楽どころじゃなかった。
周囲には、武官っぽい人々や兵士たち、果ては王族らしき人までがずらりと並んでいる。
こんな人前で型をやるの、初めてだ。ていうか、なんで公開演武になってるの?
「……本当にこれ、斬っていいんですか?」
「うん。むしろ斬れるものなら斬ってみて。あれ、魔力で自動修復されるから」
なるほど、それはありがたいような、ありがたくないような……。
僕は息を吸った。
一歩踏み込む。
型一つ、「中段構え」からの――踏み込み、振りかぶり、打ち下ろし。
瞬間。
空気がざわついた。
風ではない。音でもない。
ただ、重力そのものがひと瞬、たわんだような気配が――
ゴーレムは、静かに崩れ落ちた。
上下で切断され、きれいに真っ二つ。
内部の魔力核も、裂け目の中でふたつに割れていた。
場が、凍った。
誰も声を出さない。ただ、ざわ……ざわ……と、視線が僕に集中する。
「……やったの?」
誰かが呟いた。
「剣、当たってなくないか?」
「いや、でも……斬れてる……」
「魔力核まで正確に……!?」
レイナが口の端をわずかに吊り上げて言った。
「……こりゃ、本物ね」
僕はただ、呆然と剣を見つめていた。
ほんとに、触れてすらいないのに……。
何なんだよ、これ。
するとそこへ、あの宮廷魔導師が駆け寄ってきた。
さっきよりも、さらに目がギラついている。
「解析完了! やっぱり君の型は、魔素の流れを強制的に“収束”させている! しかもその作用点は……」
「すみません、通訳お願いします」
「えーとね。君の動きが、空間そのものの“筋”を斬ってるってことだよ!」
知らないうちに次元斬りになってた僕。
そして、なぜかその分析を聞いた観衆たちが、わあっと沸いた。
「勇者だ……!」
「伝説の剣士の再来だ……!」
「塔を目指せるかもしれない……!」
やめてくれ。
僕はただ、十年間、父と一緒に型をやってただけなんだ。
剣を振るったわけでも、才能があったわけでもない。
ただ、教えられた通りに、身体を動かしてきただけなのに――
「君には、世界を変える力がある」
魔導師の言葉が、やけに遠くに聞こえた。
世界を変える――僕が?
そんな自覚もないまま、僕は“勇者”として、この国に登録されることになった。
まだ剣をまともに振ったこともないのに。
斬った覚えすらないのに。
なのに、世界は僕を“希望”と呼ぶ。
その夜。
宮殿の外れ――誰もいないはずの廊下を歩いていると、不意に“声”がした。
「――ユウ・アサクラ。お前の“型”は、世界を滅ぼす」
氷の針のようなものが、背筋を走り抜けた。
慌てて振り向く。
……誰も、いない。
廊下の奥には、沈黙だけが漂っていた。