第1話「型しか知らない僕が、異世界に呼ばれた件について」
お読み頂きありがとうございます。
剣を抜いたことは、一度もない。
それでも、オークを真っ二つにした。――型だけで。
竹刀で人を叩いたこともなければ、試合に出たことすらない。
それでも、僕は毎日、型をやっていた。
朝五時。父の掛け声で始まる「型稽古」。
友達がゲームに夢中な放課後、僕は庭の石畳で構えを繰り返していた。
一歩踏み込む。振りかぶる。打ち下ろす。そして、戻る。
それだけを、雨の日も風の日も、十年以上。
父は言っていた。
「型を極めれば、斬らずして斬れる」
その意味は、当時の僕にはわからなかった。
ある朝、いつものように型を終えたとき、父は言った。
「お前の型は、完成している」
誇らしげに、そう言ってくれた。
でも――それが、何になる?
僕は剣で人を斬ったこともなければ、自分が強いのかどうかすらわからない。
いや、むしろ、弱いんじゃないかとすら思っていた。
――そんな僕が、なぜか今。
「勇者様! 魔王軍が攻めてきます!」
「剣を! 剣を取ってください!」
石造りの天井。鎧をまとった兵士たちの叫び声。
気づけば僕は、異世界の城の中にいた。
「えっ……あの、あの……僕、本当に戦ったことないんですけど……?」
差し出された剣は、妙に軽かった。……いや、僕の手が震えてるだけかもしれない。
それでも、地響きを立てて敵が迫ってくる。
鎧を鳴らし、大地を踏み砕きながら、巨大なオークがこちらに向かって――
「うわっ、く、来ないでくださいっ!」
思わず出たのは、十年叩き込まれた型の一歩目。
構え。振りかぶり。踏み込み。打ち下ろし――
――次の瞬間。
オークは、真っ二つになっていた。
けれど、それは剣が触れた結果じゃない。
空気ごと“断ち切られた”。風圧でも音でもない、ただ一線の無だった。
音すらなかった。ただ、静かに、すべてが裂けた。
兵士たちの視線が、一斉に僕へと集まる。
「……いま、斬ったの……僕?」
――いや、斬った覚えは、ない。
ただ、型をやっただけだ。
オークが倒れた? いや、それどころじゃない。
地面までもが縦に裂けて、真っ二つになっていた。
僕はまだ、構えの姿勢のまま、固まっていた。
剣は、ちゃんと手にある。だけど、相手には触れてすらいない。
斬った実感は――ゼロ。
けど。
ほんとに、これでよかったのか?
「ひ、ひと振りで……っ!」
「なんて剣技だ……! あれが、勇者の力……!!」
兵士たちは、目を潤ませながら僕を見ていた。
なんで!? 僕、なんにもしてないよ!?
――いや、したのか? 型はやった。でも、それだけだぞ!?
そのときだった。
「おい、あんた」
背後から、硬いヒールの音。
振り返ると、そこに立っていたのは――
金髪をポニーテールに束ねた、長身の女性だった。
鋭い目。革鎧に包まれた体からは、血と火薬、それに戦場の空気が染みついていた。
手には黒い大剣。重たそうなそれを、片手で軽々と担いでいた。
彼女の視線は、常に前だけを見ていた。
真っ直ぐで、迷いがなくて……僕とは、正反対だった。
「今の、“見せ技”じゃないのよね?」
「え、あ、あの……見せ技っていうか、型で……」
「型で地面割るな。物理法則に謝っとけ、今すぐ」
なぜか怒られた。いや、ごもっともだけど。
「名前は?」
「あ、ユウです。ユウ・アサクラ」
「私はレイナ・ヴォルク。傭兵やってる。……あんた、気に入ったわ」
彼女はズイと距離を詰め、僕の胸元に指を突きつける。
「弟子にして。今すぐ」
「えっ!? あの、僕、剣術教えたこととかなくて……!」
「いいから。明日から一日十時間稽古な。寝言で“型”言うくらいには仕上げるわよ」
なんだこの人!? こわいけど、勢いがすごい!!
というか、そもそも僕、教える技術なんて――
「っていうか、僕、自分が強いかどうかも、よくわかってなくて……」
「地面割ったやつが言うセリフじゃねぇよ」
――こうして僕は、実戦経験ゼロなのに、なぜか“伝説の剣士”扱いされることになった。
「……あれが、勇者の剣技だと?」
誰かの呟きが、静かに、城の石壁に染み込んでいく。
この世界の常識、だいぶズレてないか……?
――ていうか、俺、ほんとに強いのか?
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