お兄ちゃんの部屋
お兄ちゃんの部屋は、2階の廊下の突き当りにある。
僕のお兄ちゃんは、6歳年上の高校生だ。普段は学校やら図書館とか塾やら何やらで、ほとんどうちにいない。小さい頃も特に遊んでもらった記憶はなく、年が離れているから仕方がないのかもしれなかった。それに今度大学を受験するから、勉強の邪魔をしないように言われている。でも僕は知っているんだ。前に見てしまったのだ。お兄ちゃんは塾になんか行っていない。塾に行くための交通費や食事代とかを使って遊んでいるのだ。僕がそのことをお兄ちゃんに言うと、
「俺はいずれ、うちの会社の社長になるから、勉強なんて適当でいいんだ。遊べるうちは遊んどかなきゃ!だろ?」
と、当然のように言っていた。親に言ってやろうとも思ったが、みんな忙しすぎて僕の話に構っている暇はないようだった。結局、僕も面倒くさくなってそのままになっている。お兄ちゃんの引き継ぐはずの会社がなくなりかけている今でさえ、お兄ちゃんを頼ろうとは思わなかった。せめてパソコンだけでも貸してもらおうと、僕はドアの前に立つ。昔付けたのであろう、ウッドベースの文字で「すぐるのへや」とある。そのすぐ下に紙が貼ってあり、”勝手に入るな!”と乱暴に書いてあった。今は留守のはずだ。
ドアを開けてまず、臭覚が無いことに感謝した。部屋の中は足の踏み場もなく、ところどころにカップラーメンやお菓子の食べ散らかした跡がある。かろうじてパソコンデスクとベッドの辺りだけ、ぽっかりと居場所が残っているようだった。僕は左手マシンを持ちながら、つま先立ちとジャンプでパソコンデスクまで無事たどり着いた。
当てずっぽうでパソコンの電源を入れる事は出来たが、パスワードがわからなかった。どうしよう?お兄ちゃんは面倒くさがり屋だから(僕もだけど)きっと、自分の誕生日だな。僕はお兄ちゃんの誕生日を何通りか組み合わせ、試してみた。ビンゴだ!面倒くさがり屋に100億点!
画面が、新しい世界の幕開けのように立ち上がった。とにかく何か文字を表示できるものが必要だよな・・・。僕の通っている学校ではパソコンは教わっていなかった。僕は初めてのパソコンに戸惑ったが、結局スマホと同じネットの検索画面を開いてカーソルを合わせた。
それからキーボードの前に左手マシンを置いて、丸みの部分に手を置いて電源を入れてみる。すぐにポッと明かりがつき左手マシンは起動した。と同時に左手マシンは直立状態になり、目の前のキーボードをたたき始めた。思った通りだ!そして一通り打ち終えると気が済んだのか静止した。
画面を見ると、そこに表示されているのは、どうやらURLのようだった。よくアドレスとか言われている奴だ。これって何を押せばいいんだ?スマホの場合は検索ってところがあると思うけど、、僕はよくわからなかったが、キーボードの1番大きなキーを押してみた。すると画面が切り替わり、真っ暗になった。そして真ん中に入力画面が浮かび上がる。
”Robot key please”
と出てきた。
ロボットキー?ロボットキーってなんだ?言語能力があるおかげで英語には困らなかったが、また壁にぶち当たる。ロボットキーなんて、そんなもの教えてくれなかった・・僕は、すかさず左手マシンを調べてみる。すると内部が見える透明の部分から英数字らしきものが見えた。これだろうか・・他に何も見当たらないため、たどたどしく入力画面に打ち込んでみる。当たりだった!するとまた入力画面が出てきて
”Please give me the range”
範囲を教えてくださいと言われた。範囲?範囲って何だろう・・・僕は適当に30cmと入れてみた。
すると
”Range is at least 50cm”
と表示された。どうやら50cm以上でないとダメらしい。僕は50cmと入れ直した。
すると今度は
”Please tell me what to manufacture.”
何を作りますか?と表示された。え?何を作るか・・まだわからなかった。とりあえず物は試しに、掃除機と英語で入力した。
途端に左手マシンがせわしく動き出し、パソコンデスク上のありとあらゆるものを触りだした。パソコンのディスプレイやマウス、照明器具や飲みかけのコーヒーカップまで調べている。一通り調べ終えると、また何事もなかったかのように鎮座した。画面に文字が浮かび上がる。どうやらパソコンと連動しているようだ。
”Not enough material”
材料が足りません。え?材料・・・?材料って何?僕はしばし考え込んだ。ロボットの動きからすると、何か調べているようだった。・・え?材料ってこの周りにある物たちを指しているのかな?あ?もしかして最初に入力した範囲ってこのことか!ロボットの周り、おそらく半径だろう、、半径50cm以内に材料を置いて、左手マシンが掃除機を作成するって事・・?なるほど・・でもそうだとしたら、、もしそうだとしたら
お兄ちゃんのパソコンを材料にして掃除機を作っちゃうところだった・・・。
僕はしばらく半笑いの顔で固まっていた。
もう少し慎重に準備しよう。仕組みはわかったが、長い道のりになりそうだ。
僕はとりあえず、左手マシンが教えてくれたURLだけメモって、お兄ちゃんの部屋を後にした。