ラストダンス
少女は静かにうなずくと、お辞儀をして出て行った。
そのお辞儀は、今まで見たどんなお辞儀より、姿勢が正しく優雅であった。
私はおじいさんと呼ばれる年齢になったが、相変わらず万能計算機を弾いていた。
ぼやけた老人の視界に、万能計算機の文字だけが、鮮やかに浮かび上がる。
先ほどの少女の確率は、意外にも初めて見る数字だった。
gain 50% loss 50%
彼女は小さなころからバレエを習っていたのだそうだ。
だが1年前に両親が突然、交通事故に遭い他界した。
最初は悲しかったが、バレエをしている時は、その悲しみを忘れられたのだそうだ。
そのうちバレエは彼女の生きる道となった。
舞台のそでに立ち、出番を待つ。
観客のざわめきを聞きながら、自分の高鳴る心臓を抑える。
深呼吸して、暗闇から光が差す舞台へ進んでいく。舞台の上で、彼女はかわいそうな少女ではなく、別の自分になる。観客からの拍手で、彼女は愛を得るのだと。
そんなことを、彼女は小さな声で語った。
少女に身寄りはなく、児童施設に入ったが、しばらくは親の残してくれたお金でバレエを続けることが出来たという。それも底をつき・・・いよいよバレエを続けられなくなってきた。
最後の頼みの綱で、私のところに来たのだろう。
彼女のような、まだ子供とも呼べる年齢の者が訪ねてきたのは、初めての事だった。相当勇気を出して来たのだろう。声が震えていた。
私は、得する確率が80%は無いと、ビジネスには乗り出さないと決めていた。今までの方針を変えるつもりはなかった。
父も母も兄も妻も、みな他界した。
次は私の番だった。
万能計算機のおかげで、私は常に成功を収め、資産は巨大に膨れ上がっていた。その私の資産を巡り、周りの者が浮足立たっている。
弁護士からは遺言状を書くように言われていた。それから残された者たちが困らないように、人生振り返りノートのようなものも書くのだそうだ。
困ったのは、マッスルの事だった。どこかに封印しなければならないと思った。私は金をかけて、マッスル専用のBOXを作り、格納した。それを地下室のさらに下へと、地中深くに埋めた。
万能計算機は、私の中から発見されるだろうか・・若いころ、何度かMRIやCTで探してみたことがあったが、見つけることは出来なかった。
ロボットは一体どのような手術をしたのだろうか。
私にとっては永遠の謎で終わりそうだ。
人生振り返りノートを書くこととする。
私の人生は・・・
失敗しなかった。
損しなかった。
巨万の富を得た。
良かった。
失敗しなかった。
損しなかった。
巨万の富を得た。
良かった。
失敗しなかった。
損しなかった。
巨万の富を得た。
良かった。
遠くの方で鳴く、鳥の声が聞こえた。
それくらい、静かだった。
しばらくして、私は遺言状を書いた。
簡単にまとめるとこうだ。
”全財産をバレーリーナに譲る”
無いはずの心が、少しだけ動いたような気がした。
完




