皺だらけ
兄とは、社長就任式で別れたきり、一度も会っていなかった。叔父と一緒に事業を始めたと父から聞いていたが、仕事の関係で顔を合わす事は無かった。
招待状を開封してみる。還暦祝いパーティの案内だった。招待状は時間や場所などが書かれているだけのシンプルなものだったが、そこに手書きで
「お元気ですか。1度 話したいです。」
とだけ書かれていた。
話って何だろう?お金の話だろうか?相続問題とか?わからなかった。
私は会うことにした。兄がその後どうしていたのか、少しだけ興味があったからだ。
その日、私はボディーガードを2人引き連れ、会場へ向かった。妻を同伴した方が良かったのかもしれないが、相変わらず妻とはほとんど会ってなく、わざわざ誘うのも面倒だった。
車はごちゃごちゃした街の中を進んでいき、やがて閑静な住宅街に入っていった。
運転手が
「間違いありません、ここです。」
と言うまで、わからなかった。どこかの料亭か会場を借りているものと思っていたが、案内されたのは、普通の一軒家だった。屋根がモスグリーンで壁が薄オレンジ色、申し訳程度の庭がついている1戸建てだ。よく見ると表札に”浜田”と書いてあった。中から子供の声が聞こえてくる。
結婚当初、子供を作るべきか万能計算機に聞いてみたことがある。答えはNoだった。確かにハイリスクノーリターン、無駄な生き物だ。
インターフォンを押すと、しばらくしてドアが開いた。兄だった。浅黒い、皺だらけの顔で、薄くなりかけた頭をなでながら
「やあ、来てくれたか」
と言った。ボディーガードにチラッと目をやり、
「ああ、そうだよな、仕方ないか。どうぞ調べてくれ。」
と言った。奥さんと思われる人が出て来て
「初めまして、妻のさつきと申します。見ての通り狭い所ですが、どうかゆっくり、くつろいでいってください。」と挨拶した。その後ろから女の子がぴょこんと顔を出す。5歳くらいだろうか・・。私をじーっと見ている。
確認も終わり、「さ、入って入って」と言われながら私は奥の和室に通された。座敷とは到底呼び難い広さの和室に、おいしそうな手料理がたくさん並んでいた。
「こら!ダメでしょ。」
男の子がつまみ食いして怒られた。小学校低学年くらいか?
「そうでしょ!ダメでしょ!」とあおっている男の子がもう一人いる。
「うるせーな!文句あっか?」
「もんくもんくもんくもんくもんく・・・さて何回言ったでしょう?」
「うるせーくそうんこ!」
「やめなさい2人とも!」
最終的にお母さんに怒られる。
部屋の片隅にいる女の子は、周りの騒々しさを全く気にも留めず、iPadで集中して何か描いている。
てか何人いるんだ?1,2,3,4,・・・7人?無駄な生き物が7人?キッチンにいる大きな男の子たちも含め、部屋には7人子供がいた。
「飲むだろ?」
と兄が酒瓶を手に持ってくる。
「いや、もう酒は飲んでいない。」
と私が言うと、
「なんだ、そうか・・」
と兄は残念そうに言った。私にとって、酒やたばこは最も無駄なものランキングの上位だった。
「あの、他に招待されているのは・・?」
と私が聞くと、
「いや、お前だけだ。あとは俺の家族だけ。大々的に還暦を祝う余裕なんてないさ。」
と言う。私は訳が分からなかった。
怪訝な顔をする私を見て兄は、
「ずっと、お前に謝りたかった。就任式に殴ってしまった事も、もちろんだが、子供のころ全然お前に構ってやれなかったなって。年が離れていたとはいえ、俺はいつも自分の事しか考えていなかった。自分さえ楽しければいいと思う最低の兄だった。今更だが、本当に申し訳ないと思っている。」
と私に向かって頭を下げてくる。何なんだ、一体。
「自分に子供ができて初めてわかった、情けないな、ほんと、子供から教えてもらうことだらけだ。」
と兄は言い、ハハハと力なく笑った。
さつきさんが来て
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がって下さい。」
と言い、ニコッと微笑んだ。
「いっただきまーす!」
元気な子供たちの声で食卓が始まる。久しぶりのご馳走なのか、みんな目を輝かせながら、みるみる平らげていく。
「お母さん、これ1個ずつなのに、かけるが2個食べたー!」
「ごはん中は、携帯いじっちゃいけないんだよー」
「あ!何やってんのよ、もう~こぼしてもーた」
とか、本当にうるさい。
私が久しぶりに固形栄養食以外の食べ物を食べていたら、背中にいきなり重みを感じた。何だと思ったら、さっき玄関で恥ずかしそうにしていた女の子が、私に寄りかかっていた。まるでそうすることが当然であるかのように、私の肩に両手を置いて体重をかけ、左足のかかとを右に傾けたり左に傾けたりしていた。 私は人間にそのような振る舞いをされたことが無かったので、どう対応していいかわからず、されるがままになっていた。感触のわからない私の体に子供の温かい体温だけが伝わった。
「じゃあせっかくだから、この場を借りて父ちゃん挨拶してもいいか?」
兄が言うと
「え~やだ~」とか「いいよ~」「聞いてあげるう~」とか、子供たちが口々に言った。
兄は少しかしこまって
「ええ、今日は私の還暦を祝っていただき、ありがとう。とても嬉しいです。何より嬉しいのは、30年ぶりくらいか?久しぶりに弟に会えたことです。」
みんなが一斉に私を見る。
「実は訳あって、お父さんたち兄弟はケンカ別れしてしまいました。お父さんが未熟だったせいです。弟には悪いことをしました。」
少しシーンとなる。
「でもおかげで、それからの人生、お父さんには、いろんな事がありました。」
「ながーい!」とヤジが飛ぶ。
アハハと兄は笑いながら
「まあもう少し聞いてください。お父さんは、叔父さんと会社を立ち上げ、1から全く未経験の仕事を始めました。勉強勉強の毎日で、挑戦しては失敗ばかりを繰り返し、本当に辛いことや苦しいこともたくさんありました。でもお母さんはもちろんのこと、いろんな人に助けられ、何とか今まで生きてこれました。子供たちにも恵まれ、本当に良かったと思っています。まだ当分引退することはできませんが、これからも頑張っていきますので、みんなも楽しく一生懸命、過ごしてください。あ、勉強もしてください。」
兄が言うと
「えー!」と子供たちが抗議した。
「当たり前だろ~?」
と兄は言うと、
私に向かって、まるで1つ1つの皺を見せびらかすかのように、くちゃっと笑った。
食事も終わり、しばらくして、会はお開きとなった。みな私を玄関の外まで送ってくれた。
「オオー、すげえ~」
などと言いながら、子供たちはボディーガードにぶら下がっている。
兄は、
「今日はありがとな。体に気をつけて、元気でな。」
と私の肩を包み込み
「また良かったら遊びに来てくれよな。」
と言って、私が角を曲がるまで、いつまでも手を振っていた。
車に乗ると、一気に静かになった。
静かにエンジン音がかかった。すべるように愛車が動き出す。
私は少し疲れて、窓から外の景色を見ていた。
この車も全て内装にこだわり、特別に発注したものだった。
身に着けている時計、着ているスーツ、ピカピカの革靴すべてにお金が注ぎ込まれていた。
自宅に戻った。
全てが整っており、無駄なものは何一つない。
トイレに行って、洗面所で手を洗う。
鏡の中に映る自分の顔を見たら、のっぺらぼうだった。




