撃退ロボ ぬりかべ君
「どうしてですか?理由を聞かせてほしい。あなたにとって、悪くない話のはずだ!」
そう言うと、若い男は、落ち着かない態度でウロウロし始めた。
どうやら断られる事は、彼の想定外だったようだ。
理由・・・?
理由なんて無かった。
私はただ、万能計算機の回答に従っただけだ。
私の元には、相変わらず、訪問者が後を絶たなかった。
それはそうだ。
大企業の社長が、アポなしで面談してくれる会社は、そうそうなかった。 自分の要望を直接言いにくればいい。簡単だ。
面接用の部屋は、長細い作りになっており、訪問者が室内に入ると、正面に座っている私と対峙するようになっていた。私と訪問者の間には、5~6Mほどの距離を設けていたので、訪問者は比較的大きな声で、自分の用件を伝えなければならない。まるでオーディション会場だ。
だが、セキュリティの事を考えると、仕方が無かった。本当は訪問者との間に、アクリル板などの透明な仕切りを置きたいところだが、万能計算機を使うために、直接、対峙する必要があった。
「なぜ、答えていただけないのですか?」
若い男は、「信じられない」と言わんばかりの視線を私に向けてきた。
まだ20代だろうか・・・。私が帰るように促すと、キッと睨みながら、無言で出て行った。
次の訪問者は、40代くらいの男だった。
茶色とグレーの中間色のような色のスーツを身に着けているが、ヨレヨレでくたびれている。淀んだ目と顔じゅうの無精ひげが、皮肉にもスーツとマッチしていた。どこかで会ったような気がしたが、思い出せない。
男は、視線をあげると、憎しみのこもった目で、私を睨みつけた。
と、次の瞬間、男は右手をスーツの懐に入れながら、こちらに向かって走り出した。恐ろしいほどの勢いだ。
私は突然の出来事に、動くことはおろか、思考することさえ出来ず、ただ男を眺めているだけだった。
あ、と思った瞬間、男は、私の目と鼻の先で、黒服の男たちに取り抑えられた。
倒されるドスンと言う音と共に、男のうめき声と荒い息の音が、聞こえてくる。
男は私を睨みながら、
「お前なんて、血も涙もない、最低な人間だ!」
と罵ると、黒服の男たちに連れられて、姿が見えなくなった。
辺りが静まり返る。
おそらく、以前面接に来て、私に断られた者だろう。
逆恨みされても困る。
ビジネスには、血も涙も必要ない。
すると突然、「ウイーン!」という音と共に、床下から3体、平たいロボットが登場した。加えて、両脇の壁が引っ繰り返ると、右側から2体、左側からも2体、同じようなロボットが出てきた。
合計7体のロボは、繋がって壁のようになり、出口まで進んでいった。
撃退ロボ、ぬりかべ君だった。
私は、自分が作成したロボットを見ながら苦笑した。
作動するのが遅すぎる・・。改良が必要だった。
私は、10年前のガソリン事件を思い出す。
あの時は、駒野さんのおかげで命拾いをした。
彼が、「得する確率100%」の理由が、あの時ようやくわかったのだ。
当然だ、命を助けてもらったのだから。
しかし、万能計算機がどうやって、それを計算しているのか全く不思議で、考えても考えても、答えは見つからなかった。
駒野さんに
「社長、ガソリンの匂いに気づかなかったんですか?」
と聞かれ、ちくのう症のふりをしたのを思い出す。
事件の後、私は、根掘り葉掘り調べられるのも面倒だったので、警察には通報しなかった。結局、ガソリンをばらまいた犯人は、わからずじまいだ。
私は、セキュリティ対策に、取り組む必要があった。
とりあえず車庫に、匂い探知センサーを設置し、ダミーの防犯カメラを付けた。
ボディーガードも2人雇ったが、秘密事が多い私にとって、人間より機械の方が信用出来ると考えた。
私は、大学時代に培ったロボット工学を元に、セキュリティロボットを作った。
撃退ロボぬりかべ君は、合体して1つの壁になり、相手を撃退するというシンプルな構造だ。マッスルには頼れなかったので自分で作るしかなかった。
マッスルは優れた電化製品やゲームソフトなどは作れたが、人工知能を持つロボットを作ることはできなかった。マッスル自身が、元々ロボットの手だからなのだろうか。ロボットの手は、ロボットを作れないということか。
ぬりかべ君の作成を機に、私はロボット事業に乗り出した。ぬりかべ君の他にも警備ロボサッチ君や交通誘導ロボストップなど、様々なロボットを開発してきた。
だが私自身、この10年ロボットを作ってきて思うことは、ロボットには、越えられない壁があるということだった。
特に危険を察知することを、ロボットに要求するのは難しかった。
まず人間のように、危険人物かどうかの判断が出来ない。
危険を肌で感じ、いつもと違う物音を聞き分け、反射的に動き、瞬発力で相手をはじき返すことも、ロボットでは難しい。
ロボット事業に携われば携わるほど、人間が、いかに良く出来た、奇跡の生物であることを、認識するのだった。
私は54歳になっていた。
そろそろ、ロボット事業にも終止符を打とうと思っていた頃だった。
兄から、招待状が届いた。




